章終わりのエピローグ
今日の投稿は1話のみです。
日記を書くのがもう面倒くさくなっていた。
おじさんももう2日前に借金を返し終わりいなくなった。
なんとなく不穏な感じがして外に出ていた。
ああ、こういう時は考える。元の世界のことを。
中学時代は、それなりに楽しかった。
僕はあんまり人と馴染めなかったけど、小学生の時からの親友と、部活仲間にも恵まれた。
僕は勉強ができたために、そいつらとは離れ離れにならざるを得なかったが……。
しかし、進学校に行って良かったことも多い。それはいい。
そう、父親が死んだ以外は。
僕はかなり恵まれた子供だった。駅近の新築のマンションに住んでいて、父親は高収入、父親も母親もかなり頭が良くて……僕は十分すぎる以上の教育を受けていた。
小学生で古文と漢文を理解し、高校数学が解けた子供はそれなりに珍しいんじゃないだろうか。
しかし、もちろん頭のいい母親は父親が死んだからと言って、一切うろたえることはなく、家の権利も折半にしており、その上かなりいい保険に入っていたため暮らしの質が変わることは無かった。
問題は無かった。
……僕は意識が戻らない父親を前に医者に言われた。
ここで、透析をやめるか否か。
頭のいい母親はここで頷くのは懸命ではないと知っていた。打算と保身のかたまりのくせに、他人の目を大層気にして得意でもない専業主婦を選ぶような人だったから。
見かねた僕は、自分の今後の利益のために頷いてしまった。
そう……そうなのだ。
僕は父親の葬式でも一切泣かなかった。
それが世間ではありふれた悲劇であることを知っていたからだ。
そう、知ってしまっていた。
僕は僕がどうしようもない人間だということを良く理解している。
……こういうことは教会で懺悔すべきことなんだろうか。
しかし、恐ろしいことに罪悪感が一切ない。
本当に僕は駄目なやつだ。泣きそうだ。
そう、あの時泣けなかったくせに、こんなことで泣きそうになる僕は、おかしい。
お人形さんに頭を撫でてもらう。
少しマシになった。
僕の情緒は昔からどうしようもないが、それにしたって今日は特におかしい。
この感覚には覚えがある。
これはクラスメイトである今代の魔王の闇魔法だろう。精神攻撃を受けている。
「はぁ…。なんのようですか?」
とりあえず聞いてみる。
どうしてここが見つかった。
なぜ、木の賢者による契約魔法を打ち破れているのか。
僕も破ろうと思えば破れたんだろうか。
彼のその努力、執着に少し嫉妬を覚える。
僕にその感情があれば今頃僕は……。
「これだけ精神に負荷をかけても一切表情が変わらないな」
死んだはずの吴人、魔王が言う。生き返ったのか実は生きていたのか。
精神に負荷をかけても表情が変わらないんじゃない、精神に負荷をかけられているから、表情を変える余裕がないんだ。
僕は幼い頃、楽しいときは笑みをうかべると学んだ。怖い時は顔を膠着させると学んだ。
学んで、その感情がある時にその表情がでるように努めた。僕は賢かった。
その行為が持つ意味を知っていた。
そうして、やがて、周りの子供達はそれを自然にやっていると知ってしまった時の僕の絶望ときたらない。
僕が、間違っているのか?
僕は周りの子供がそうであるように、当たり前のように、正義の意味を辞書で調べた。
大多数の意見。
そりゃそうだ。民主主義ってそういうものだ。
「芥川里香。お前に復讐をしに来た」
魔王がそう宣告してきた。
そこで僕はやっと僕の名前を思い出す。
そうして僕はもともと女だったことも。
何故忘れていたのだろうか。
いくら忘れっぽいとはいえ、この重大な事実を今まで思い出さないなんてことはないだろう。
あの女王の祖父に、性別変更と同時に何かやられたんだろうか。
……別に性別が変わったからと言って何か変わるわけでもないな。
性自認ってなんなんだろうかという問いがふと浮かぶ。
まぁ僕はもとから自身の性別を自覚することなんてほぼなかったし、たまに自分の性別も忘れていた。異性に対してかっこいいなんて思うことも無かった。それでも上手くやれると確信していた。
僕はもとからそういうやつだったのだ。
大したことじゃない。
「なんでかお前が女だったことも忘れていた」
やはりこいつも忘れていたようだ。
クラスメイト達もそのような感じで記憶に干渉をうけていたのだろう。
「自分のことなんてさ、忘れていいんだよ?むしろ忘れて欲しかった。母親はぼ…自分に言ったんだ、人にやられたくないことは自分からするなって。
「自分がして欲しいことを相手にしていれば、相手も応えてくれるって言ったんだよ。
「僕、じゃなくて自分は!皆を、君を忘れ続けていたじゃないか。覚えていなかったじゃないか。
「なんで僕のことを皆覚えているんだよ!
「おかしいだろ!」
早口で中身のないことを口走った。
本当にそれくらい限界だ。吐きそうだ。
僕はどうしようもないくらいズレている。
そのズレを相手に感づかれることは恥だとさえ思っている。
でも、僕は人の行動が予測できたりしないから、やっぱりどこかでズレる。
僕の失敗を、失態を、覚えている人がいることが許せなかった。
それにもかかわらず、僕は、少しやっていただけの習い事にいた、ほぼ関わりのない子の母親に10年経っても忘れられない。
なんなんだよ。
なんで僕だけこんな思いをしなくてはならないんだよ。おかしいじゃないか。
「なんで皆僕のことを忘れてくれないんだよ…」
「それがお前の本音か。
「…入学して早々に教師と喧嘩するやつなんて忘れられるかよ」
何かをボソッと言われた気がするが、僕が聞きたくない言葉だったので、聞かなかったことにする。
本当に精神状態が悪い。
こういう時はすっかり忘れてしまえばいい。いつもやっていたことだろう。
忘れろ、忘れるんだ。今すぐ忘れろ。僕ならできる。それができてしまうだけのスペックが僕にはある。
幼い頃に記憶が戻る
───────
「なんで人を殺しちゃいけないの?」
僕は当たり前のように父親に聞いた。
「人を殺したいと思ったことがあるのか?」
父親は興味深そうに僕を見て聞いた。
「質問に質問を返しちゃいけないんだよ!」
「ああ、…そうか、すまん。それで、どうなんだ?」
「いや、ないけど…たくさんの本にさ、人を殺しちゃいけないって書かれてるんだ。理由が気になる」
本当は、幼い僕がこういう質問をすることが子供らしい行いであると、どこか勘違いしていたがゆえの質問だった。
「…。俺は人を殺したいなんて思ったことないから、その問いの答えも考えたこともない。そういうことは多分お母さんの方が上手く答えられる」
そう言われた。
「ねえねえお母さん、どうして人を殺しちゃいけないの?」
母親に聞いた。
「難しい問だね。逆に里香ちゃんはどうして殺しちゃいけないと思う?」
「捕まるからだよ。捕まったら長く時間を無駄にする。そんなのごめんだ」
何を当たり前のことを。と、僕は思った。
「なんだ、答えが出てるじゃん。なんでお母さんに聞いたの?そうだな…じゃあなんで里香ちゃんは、人を殺したら、捕まると思う?」
「分からない」
捕まった方が、人間という種にとって最良であるってことじゃないのか。
同族殺しほど無駄なことはないと僕は知っている。
「里香ちゃんは殺されるの嫌じゃない?」
想像してみる。
「寿命で死ぬのも、殺されるのも大して変わらないよ」
その当時はそうだった。死ぬのなんて怖くなかった。幼い子供にはよく聞く話だ。
「へえ、里香ちゃんはそうなんだね。…でも多くの人はそう考えない。誰かが殺されることを不利益と考える。そして、不利益を被った側は、相手に同じように不利益を返すか、排除しにかかるものなんだ。お母さんはそんな不利益を里香ちゃんに被って欲しくないな」
「だから捕まるの?」
「そうだね」
───────
「なんでこんな記憶を…」
自身におけるほろ苦い記憶の1つだ。
思い返すと、父親も母親も返す言葉がどこかズレている気がした。
「精神に負荷をかけたってことか?」
何故。
僕が記憶を忘れようとしていたことに気づいた?
いや、精神を読まれている?
それだったら、僕に表情が変わらないなんて言わないのではないだろうか。
「これだけ精神に負荷をかけても行動がほぼ動かない。どうなってるんだよ、全く」
「…それが、魔法を使ううえでの条件だからね」
僕の行動を変えて魔法の適正を下げようとしているのか。
どうかな。これも違う気がする。
別に僕がこのまま風の魔法をぶっぱなしても、僕の風魔法の適正は変わらない。
……お人形さんに近づく影?
お人形さんを動かすのは無理、魔石を使おうとするのも…無理そうだ。
僕を■■に近づけていく。
「ブラックホール」
全てを飲み込め。
そんな気持ちを込めて魔法を放つ。
地面が飲み込まれていく。
もちろん大きい規模にはしていない。
ワニさんを僕のローブの中に入れる。
「…精神に負荷をかけられすぎたら、自分は風魔法を撃たなくてはならない。正しさを払い続けることが、風魔法を使い続ける条件だから」
本当は嫌だけど。
僕がぶち切れて恐ろしい魔法を放ったようにしか見えないだろうな。
「な…」
魔王は困惑している。
しかし、お人形さんに近づく影は消えない。
お人形さんの首が落とされた。
……直るだろうか。
視界が落ちる。
どうやら僕は負けたらしい
───────
「首が落とされた時のことは考えてなかったな」
何やら声がする。
「でも、きちんと契約通り、復活させてあげます」
長い銀髪が、視界に入った気がした。




