12日目
お祭りは結構楽しかった。
この世界の名前がナーロッパだって聞いた時は吹いた。風の魔道士が名付けたらしい。
そういえば元の世界にも名前があったのだろうか。世界の名称なんて他にも世界があること前提だ。現状観測できていないんだから名前なんてあるわけないだろう。まぁ調べれば仮名くらいはあるのかもしれないけど。あえて言うなら地球か?でも世界単位なんだからこの場合次元全てなのだろうし、宇宙の1つの惑星でしかない地球を呼称に持ってくるのはいかにも傲慢すぎやしないだろうか。
脱線したが、お祭りは日本の七夕みたいで少し懐かしさを感じた。
みんな楽しそうでいいことだった。
「…」
一瞬寒くなった気がして目をつむった。
目を開けたら1面が凍りついていた。
「ありがとう、ロプト、守ってくれて」
少なくともお人形さんと僕と、僕の肩に乗っているワニさんは無事だ。
『…しかし、一瞬のことだったから、2人分までの結界しか貼れなかった』
「…まぁ、仕方ないよ」
僕達以外の街にいた人々は皆凍りついている。
おじさんへの中継も結界を貼るときにもう切った。
……。この事態は僕にはどうしようもない。これ以上被害を広げないようつとめるしかない。頭上を見上げる。
烏のような羽で飛んでいる少年が上の方に見える。反射すると紫に見える黒い髪が特徴で、そこら辺に売っていそうなシャツとズボンを着ている。その少年がこちらをどうでも良さそうに見下げている。
「既に目的は果たした。僕は帰る」
彼はそう言って、背中に乗せていたであろう誰かを蹴飛ばし、飛んで帰って行った。
どうやら、攻撃はあれで終わりらしい。
落とされた誰かは、空中に床を作ったのか、途中から階段を降りるかのように降りてきた。
「はぁ、いや、ここで落とされるとは…」
「…」
目が合った。ピンク色の髪をしている青年だ。目は髪で隠れている。服の仕立てがいいので、身分もいいのかもしれない。
「あれ、まだ2人残ってる?潰さなくてはな」
空間が切れる気がした。
青年と僕の間の空間が埋まる…。
「ウィンド!」
不快感に従って空間の歪みごと青年を風で吹っ飛ばす。
「…!?風の魔道士か!」
「…歪んでいる?」
と、僕はなんとなく口にしていた。
そうだ、僕の直感がこいつを今すぐ潰せと言っている。
「…こうなった経緯を聞いた方が良い気がするような?」
と、肩のワニさんが言った。
まぁそれは確かに。
僕達とちょうど別行動をしていた家族も凍ってることはやはり確定的で、やるせないやら、罪悪感が湧き上がってくるわで少し気が動転していたのかもしれない。冷静になろう僕も。
「撃ち落とせ!縛り付けろ!」
僕がそう言うと、風は僕の言うことに従ってくれて、竜巻みたいになる。
青年は両手を挙げた。
「はあ、風の魔道士はやばい、とは知ってたけど、こんなん勝てないって…」
「…それで君はなんでこんなことを?」
「僕は軍人だ。そしてこの町は隣国と裏で手を結んでいた」
「それを祭りの日に攻撃した理由は?」
「祭りなら出稼ぎに行ってた連中が帰ってくるだろ」
「確かにね」
もう彼は身動きが取れないらしいので、おじさんのもとへ凍りついた女の人と双子を転移させることにした。時間もお人形さんによって止めてもらったので、手段さえ見つかれば生き返る…とは思えないが、まぁ腐りはしないだろう。
とはいえ、復活は光魔法ならいけるかもしれない。光の聖女クラスがいれば同じく大切な人1人の命と引かえで1人復活可能であろうと風の魔道士の日記には書いてあった。
とりあえず、おじさんに対してお詫びと、経緯を書いた手紙も送った。
「…その魔法は僕しか使えないはずなんだが…」
青年がお人形さんの魔法を見ながら困惑したようにそう呟いた。
カツンカツンと靴を鳴らす音が聞こえた。
僕は思わず後ろを振り返った。
黒いローブをまとった男がこちらを見ている。
「見覚えがあるような…」
よく見ると、なんで僕が動いているかと質問をしたクラスメイトだった。
「…久しぶりだね」
「…俺の名前を覚えているか」
「…申し訳ない。残念ながら、覚えていないみたいだ。しかし、自分が名前を覚えてるなんてとても稀なんだ気を悪くしないで欲しい」
「クラスでの俺のことを覚えているか」
「いや、覚えていないね。これもそうなんだけど、自分がまともにクラスメイトで覚えている人間なんてごくひと握りだ。正直まともにとは言ったって名前も怪しいんだけどね」
「もういい」
「だろうね」
よくあることだ。
そう思った瞬間気分が一気に暗くなる。
突如として恐怖心が沸きあがる。
病院の中で父親が目を覚まさなくて、僕は声をあげて笑いながら、絵を描いて…いたんだったか。何故か今全く関係ない記憶を思い出す。
……そうしてわかる。僕は精神攻撃されている。
僕は火力が高い。不老不死という、異世界転移特典もある。
しかし、精神攻撃に対しては全くなすすべがないことに、僕は気づいてしまった。
「…。何故自分を狙うんだ?」
「俺があのクソ野郎どもに殴られて、笑われてた間、お前は何をした?」
「は?」
「無視だよ無視!お前は生徒会役員だった。そのうえ、なんだかんだ教師達と顔見知りで、学校に対して影響力のあったお前が!声をあげれば俺は…あいつは…」
少し視点が定まっていない。
「ふうん。自分の知らないところでそんなことがあったんだね。…それさ、本当にあったのか?本当に君の気のせいじゃなくて?」
恐怖が強まった。
そりゃそうか。煽っているようにしか聞こえないだろう。僕はどうもそういうところがある。
……違和感があるのだ。僕は忘れっぽいとはいえ鈍いわけじゃない。
本当にそんなことがあれば、その時は、気づくはずだ。そうしてそんなにまずいことがクラスメイトに起こっていると知って、その時僕がそのまま放置しておくだろうか?
僕なら、まず間違いなく後に禍根を残さないように立ち回るだろう。
少なくとも、いまこうして復讐されるようなことは無いはずだ。
「ねえ、逃げたほうがいいんじゃない?」
肩のワニさんが言う。
「だって、アールくんは彼に勝てないでしょ?」
ワニさんが続けて僕にささやく。
そうすべきだと僕も思う。しかし、恐怖心のせいで僕は1歩も動けないのだ。
魔法も使えない。お人形さんも動かせない。
ピンク髪の青年の檻もとけてしまった。
もう既にそこから立ち去っている。
「逃げるぞ」
ピンク髪の青年が後ろから声をかけて来た。
……僕を助けてくれるのか?
「えっ……転移するんだったら空間を繋げる感じがいいです、あ、あとどこでもドアみたいな感じで…」
「…まー、僕にかかればそれくらい余裕だが?ほら、行くぞ」
そう言ったあと僕の前に扉が出現した。
そうして逃げ出したあとはよく覚えていない。




