普通の令嬢あるいは完璧なる聖女 3
今回の作戦は、ガリアス様から逃げだそうとした私を王立騎士団が拘束して街の騎士団に引き渡すという筋書きだ。
既に騎士服に着替えた彼らが、私を連れて街に入り、私はガリアス様に助けられて、捕まった人たちと一緒に逃げ出す予定になっている。
「私を引き渡したところで、きっと大切な人たちは殺されて、彼らも闇に葬られてしまう」
そうだとしても、この作戦は、私だけでなく、このまま逃げることも出来る彼らのことも危険にさらす。
後ろ手に縛られたままの私は、転ばないように気をつけながら、下級騎士たちの前に歩み出る。
これだけは、絶対に伝えておかなくてはいけないから。
「聖女様……」
彼らはなぜか、全員が私に忠誠を捧げるように片膝をついた。統率が取れたその動きからも、彼らの腕が立つこと、そして一番前で跪いている隊長(チョコレートの人)が優れていることが分かるというものだ。
「……全員離脱を許可します」
「おいっ、聖女様、それは!」
「その場合も、捕まっている人たちを責任もって助けることを誓います。ですから」
微笑んだ私の瞳は、きっと金色に輝いていたのだろう。私に詰め寄ろうとした、ティグルさんがその動きを止めたことからそれが分かる。
「逃げてもらえませんか?」
私の運命にこれ以上誰かを巻き込むなんて嫌。
既に巻き込んでしまったガリアス様には、申し訳ないけれど、でもきっと破滅のシナリオから助けてみせるから。
でも、彼らは違う。
変わってしまったシナリオに巻き込まれてしまった人たちだから……。
隊長さんが立ち上がる。
「お前ら、聖女様の仰るとおりだ。離脱を許可する」
「ベール隊長……!!」
途端に、ベールと呼ばれた隊長さんが、隣の人に頬を殴られた。
「……痛いだろう」
「約束したではないですか。我らは隊長とともに生き残ると。隊長は誰につくのかもう決めたのですから、どこまでもついて行きます!」
「お前たち……」
美しい友情を見ているのだろう。
いや、戦場で命を預け合ってきた彼らのことだ、それ以上だって、もしかするともしかするのかもしれない。
胸高鳴らせながら、その続きを見ていたのに。
「我ら第十八小隊、聖女様に永遠の忠誠を捧げます」
「えっ……?」
「結局そうなるか」
キュッキュッと大剣の仕上げ磨きをしていたガリアス様が、心得たように立ち上がる。
そして、呆然と言葉を失った私と、第十八小隊の皆様の間に割り込んだ。
「ふむ。俺たちについてきてしまえば、二度と王都には帰れないが」
「家族とともに、辺境に移り住むことをお許しください」
「……ふはは、俺に傷をつけるとは、なかなかの練度だったが、まだ甘い」
おおお、ガリアス様が、悪の帝王みたいなことを言いだした!
一瞬だけこの話の当事者であることを忘れ、この先への期待を込めて、成り行きを見守る。
「どうか俺たちを聖女様をお守りするのにふさわしく鍛え直してください!」
「心得た」
うわぁ、いつも後ろ向きでどこか弱気なガリアス様が……。
そう、ガリアス様は、可愛らしいだけではなく、戦場では誰よりも強く信頼される英雄なのだ。
「キラキラして見つめているところ申し訳ありませんが、俺は賛成しませんよ?」
「ティグルさん……」
「うっ、そんな目で見ても」
「ダメですか……?」
「くっ、今回だけですよ!?」
結局、ティグルさんも、作戦に参加してくれることになった。
ガリアス様直属の部下である彼は、一瞬しかゲームに出てこないモブだけれど、その造形にはデザイナーの魂が込められていると言われたほどで、一定のファンを獲得していたお方だ。
「ところで、逃げないのですか?」
「永遠に忠誠を誓います!」
「そうですか。それでは、行きましょうか……」
……うぅ。結局、誰一人逃げてはくれなかった。なぜか捧げられてしまった忠誠と、両肩にのしかかる責任が重いよ……。
この世界には、勇敢な人たちが多いのだろう。
私は出来るだけ、化けの皮が剥がれないように、心と表情に聖女の仮面を被り、凛と前を向いたのだった。
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