普通の令嬢あるいは完璧なる聖女 2
聖女と呼ばれる人たちが与えられた精霊の加護には、五つある。
精霊の声、万物の声が聞こえ、遠くを時には未来をも見通し、全てを魅了し力を与える声と歌を持ち、危険や本質を嗅ぎ分け、そして、光魔法を駆使する。
その中の一つでも、精霊に与えられた者を人は聖女と呼ぶ。
「リセルは、全てを与えられた完璧なる聖女と呼ばれていましたよね」
「……うーん。完璧ではないですよ?」
私は、曖昧な微笑みをガリアス様に返した。
確かに、たくさんの精霊からの加護を受けている私。
完璧なる聖女なんて呼ばれていたこともあるにはある。
けれど、五つの加護で、一つだけ私が与えられなかったものがある。
それは、後の話にするとして……。
「確かに、他の聖女たちよりも加護の数は多かったですね……」
人の身には大きすぎる力ゆえに、使いすぎれば倒れてしまう。
無制限ではない精霊の加護を高位貴族のためだけに使わない私は、疎まれて最前線に繰り返し送り込まれていた。
けれど、帰還率が低い激戦地に送られながらも、こうして生きているのは精霊の加護のおかげに違いない。
「でも……。本当は私だって」
もう、街まであと少しでつく。
目立ってしまうことを避けるために、私たちは馬車から降りた。
街に着いてしまえば、私の我が儘でガリアス様は、また危険をくぐり抜けなければならない。
今までの私だったら、きっと自ら動いて、彼らの大事な人たちを助け出したのだろうけれど……。
チラリと、ついてくる一団に視線を送る。
「――――会話に割り込むことをお許しください」
凜とした声に、思わず振り返る。
その声は、どこか自信に満ちていて、少しだけ不機嫌だ。
「……あなたは」
「聖女リセル様。ティグル・ロンドと申します」
「そう、お久しぶりですね。無事でよかったです」
「……面識は、ないはずです」
「そんなことありません。竜が現れたとき、市民を誘導し、勇敢に戦っていたではありませんか」
彼は間違いなく、あの時の虎耳を持った少年に違いない。
今は、背が伸びて、声も低くなり、すっかり大人になっているけれど……。
「そんな昔のことを覚えておられたのですか……」
「昔? そうね、でもあの戦いが私を変えたから」
自らの信じる正義のために突き進んできた聖女リセル。
けれど、彼女だって初めからそのように生きてきたわけではない。
――――普通の令嬢だったのだもの。
聖女の力は、時に生まれると同時に授けられ、時に後天的に授けられる。
リセルは、前者であり後者だった。
リセルは、幼い頃から類い希なる勘を持っていた。
危険に対する予知能力がとても高く、周囲を何度も助けていた。
けれど、精霊の加護のうち、嗅覚とも言うべき勘は、運と見分けがつきにくいため、周囲に気がつかれにくい。
――――勘がよいのは、精霊の加護を受けていたからだってことは後から分かった。
だから、その一つだけ授かったリセルは、運がよい少女として、普通の生活を送っていた。
そんなリセルに、光魔法の力が与えられたのは、十三歳の春だった。
「……周囲の言いなりに過ごして、聖女としてそれなりに大切にされながら生きていく、それでいいと思っていたの」
「リセル様……」
「あの、背中を見るまでは」
「……それって、まさか」
大きくて毛むくじゃらで、誰よりも勇敢な背中。
それは、リセルを竜から守り切った代わりに、その考えも、生き方も、全て変えてしまった。
「しかも、可愛い……。私の人生は、あの日変わってしまったのです」
「……俺が思ったお方とは違ったようです」
すでに、ガリアス様は私たちから少し距離を置いて、剣を磨いている。
その剣はとても大きくて、彼にしか扱えないらしい。
「ところで、何か伝えたいことがあったのでは?」
「そうです。あれは、どういうことですか!」
ティグルさんが指し示した先には、私たちに襲いかかった彼らがいる。
「んと、先ほど私たちに襲いかかった人たちですね」
「……っ、それならなぜ、縄をほどかれて自由の身になっているのですか!! それに」
そう、彼らの助けが必要不可欠なのだ。
私は、優雅に微笑んだ。
ティグルさんは、なぜか一度だけつばを飲み込むように喉を上下させ、そして叫んだ。
「それに、なぜ、リセル様が縄で縛られているのですか!?」
「さあ……。なぜかしら?」
頬に手を当てようとして、縛られているためにそれは叶わず、優雅に首を傾げるに留めた私は、実に聖女らしかったと思う。
それなのに、やはりティグルさんの顔は、怒ったままだった。
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