追放聖女とただの野獣 5
戦いが終わり、馬車の扉が開かれる。
転がり落ちるように降りて、よろよろと中心に歩む。
「……」
ドスンと膝から崩れ落ち、手を組む。
怖い。こんなことが目の前で起こるなんて、信じられない。
でも、リセルの記憶が教えてくれる。これがこの世界の現実なんだって。
「――――お願いします。全員拘束してください」
「え? ほとんど全員瀕死ですが……」
「お願いします」
私の言葉に不思議そうにしている虎獣人の騎士様。
一方、ガリアス様は思うところがあったのか、手早く野党姿の人たちを縄で拘束していく。
「……これでいいですか?」
見上げたガリアス様の肩は、赤く色づいて湿っていた。すでに乾きかけているから、傷は深くはないのだろう。
「ありがとうございます」
よろよろともう一度立ち上がった足元に光る淡い桃色の幾何学模様。
精霊の力を使うことが出来る女性を、人は聖女という。
古には、誰もが使うことが出来たその力を、大半の人は失ってしまった。
「……どうして」
虎獣人の騎士様が、呆然としたように呟く。
そう、自分のことを害そうとした人たちを助けるなんて、この世界ではあり得ない。
でも、このまま死なせてしまったら、きっと怖くて夜眠れない。
だからこれは、私の自己満足だ。
重傷そうな人から順番に、治癒魔法を掛けてまわる。野党姿の人たちは、虎獣人の騎士様に負けないくらい目を見開いている。
「前から思っていたが、リセルは優しすぎるな」
「……そうですね。それでも、以前はこんなに甘くなかったはず」
「――――何があったか分からないが、きっとこれも彼女の本質なのだろう」
「そうなのでしょうか。……だとすれば、あまりに危うい」
「守ればいい。先ほど、そう約束したのだから」
二人の会話は、私の耳には届かない。
これだけたくさんの人を治癒するには、相当な集中力と精霊の加護が必要だ。
短距離を何度も全力疾走しているみたいに、心臓がバクバクと打ち、息が苦しくなる。
こぼれ落ちた汗が、乾いた地面を濡らしていく。
「お願い……」
最後の一人を治癒した途端に、意識が薄れていく。
そうだ、断罪される直前も、リセルは獣人を含む周囲にいる全員を守るために力を使ってこうして倒れたのだ。
普段であれば、倒れるような力の使い方ではなくても、回復しきっていない私には、負担が大きかったのだろう。
「でも、まだダメ」
吐き気すら感じながら、よろめいて歩み寄った私をふかふかクッションのように柔らかい腕が支えてくれる。
「まだ、あなたを治していない」
「は? 何を言っているんですか。さっさと眠ってください」
「力になれなくて、ごめんなさい」
「あ……」
本当は一番に治してあげたかった腕の傷が塞がっていく。そのことで、ようやく私はホッと息をつく。
そのまま、抱き上げられた私は、完全に体力も加護の力も使い果たして、眠り込んでしまったのだった。
溺愛スイッチが押されたはず(*/ω\*)
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