追放聖女とただの野獣 4
「あの……。私やっぱり」
「やめてくださいよ」
「……え?」
「自分の身を差し出そうなんて」
その言葉に、思わず息を詰める。
リセルが欲しかった言葉。そして、決して手に入らないと思っていた言葉だ。
だって、リセルは守る側の人間なのだから……。
「明らかに、王家からの刺客です。戦ってはいけません」
「野盗に扮しています。申し開きなど出来ませんよ」
「あっ……」
馬車の扉を勢いよく開いて飛び出してしまったガリアス様。
どうしよう、止めなくてはいけなかったのに。
巻き込んでしまう。でも……。
この後、乙女ゲームでは獣人たちの離反が起こる。
それは、平和な世界を壊してしまう出来事。
ヒロインと王太子が、制圧することで王国の平和は守られる……。
「ガリアス様」
その時、反乱軍を指揮していたのが、反逆者ガリアス・レントンなのだ……。
「ガリアス様!!」
もしかしたら、リセルが処刑されてしまったことが関係しているのではないだろうか。
それは、乙女ゲームで考察の一つに上がっていた。
そう、リセルに手を差し伸べ、ひどい言葉で断られたガリアス様。
――――そう、断られるはずだった。でも、私はその手を取ってしまった。
これでいいの? リセルの声が聞こえる。
だって怖いもの! それは、私の正直な気持ちだ。
孤高の悪役になんて、なれそうにもない。
だって、怖い。戦いなんて……。
「でも、ダメです……」
どう見ても、多勢に無勢なのに、ガリアス様は強くて、あっという間に周囲を制圧していく。
でも、無傷とはいかない。
ガリアス様の肩から血しぶきが上がったのを見てしまった私は、たまらず馬車の扉を開ける。
「ダメです」
「え?」
扉から出ようとした私を制止する声。
そっと私の進路を塞いだ手と、黒髪に揺れる虎の耳。
声には覚えがない。高かった声は今は低く、あまりに変わりすぎてしまったから。
「聖女様。どうか、守られていてください」
「……あなたは」
それは、確かにあの時の虎耳を持った少年だ。
いや、今は少年と言うにはあまりに大人びてしまった。
そう、目の前にいるのは最強といわれる、辺境騎士団の若き騎士だ。
扉はもう一度閉められてしまった。
なけなしの勇気を振り絞って開いたドアをもう一度開けるなんて、私にはもう出来ない。
「……う」
涙がボロボロとこぼれ落ちて、情けなくなってしまう。
だって、今までの私なら、リセルなら、こんな風に泣いたりしなかった。
すぐに、この扉を開けて、二人と一緒に戦ったに違いない。
「どうして、記憶なんて……」
リセルの持っていた勇気をなくしてしまった私は、優しい人の手にすがらずにはいられなかった。
巻き込んで、戦わせて、ただ見ていることが、とても辛い。
それなのに怖くて扉を開けることが出来ず、かといって窓の外で繰り広げられる戦闘から目を背けることも出来ないまま、時間だけが過ぎていく。
そして戦いは、ガリアス様と虎の獣人騎士様の圧倒的な勝利で終わった。
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