追放聖女とただの野獣 3
* * *
時はさかのぼる。
私と、ガリアス様の出会いは、戦場だった。
この国は、瘴気が湧き起こる場所に、強力な魔獣が生まれる。
とくに人の国の国境である、レントン辺境伯領周辺は、瘴気が起こりやすい。
「――――ひどい」
いつも戦場ではそうだ。
人の姿を完全に取らずに生まれた獣人は、いつでも最前線に送られている。
けれど、その日はまだ幼さの残る獣人まで戦いにかり出されていた。
「……どうして」
どうしてという問いを、私は何度も繰り返していた。
一緒に過ごせば、同じ人間だと分かる相手に、どうしてこんなことが出来るのだろう。
今現在、この国で暮らす獣人たちのほとんどは、先祖返りだ。
つまり、聖女が祈りを捧げる動物の姿をとる精霊たちの血を人が受け継いでいる証拠のはず。
その証拠に、彼らはそれぞれ強い力を持つことが多い。
だからこそ、人に恐れられ、差別されるのかもしれない……。
「……でも、私には何も出来ない」
彼らと聖女は、何が違うというのだろうか。
強い力が人を恐れさせるというのなら、聖女だって……。
戦場に出た聖女の役目は、人々を癒やすことではない。
高位貴族をただ守ることだ。
どちらにしても、彼らと私は同じ境遇に違いない。
その時、巨大な竜が現れた。
たくさんの人がいるというのに、明らかに私だけを見据えて近づいてくる。
「――――竜なんて、勝てるはずない」
それは、国境を越えてこの国に入り込んでくるはずのない生き物だ。
人が決して勝つことなど出来ない領域にいる竜。
目の前に現れれば、逃げる以外の選択肢など……。
振り返れば、戦いの指揮を執っていたはずの、高位貴族の息子が背を向けて逃げ出していくのが見えた。
虎の耳を持った少年ですら、一般市民を逃がすために戦っているというのに。
「っ……ここは私が」
覚悟を決めることにした私は、偉かったと思う。
前世の記憶を取り戻した今、同じことが出来るなんてとても思えないもの。
多分、違う人間になってしまったに違いない。
「下がっていてください……」
「え……?」
その時、私の目の前に大きな大きな人影。
巨大な熊みたいなその影は、まるで私を守るように立ち、信じられないことに竜と戦い始めた。
大きな体に見合った大きな剣。その戦いは、三日三晩続いた。
必死になって、補助魔法を使った私は、その結果を見ることなく力を使い果たして戦線を離脱した。
そして、高位貴族の息子が、他の魔獣によって殺されたことの責を取らされることになった。
けれど、数が少ない光魔法を使える聖女が殺されることはなく、次の戦いまで謹慎させられただけだった。
しかし、この話には続きがある。
彼は王太子殿下の学友だったのだ。
王位継承者は、聖女を妻にめとることが決められているけれど、それ以来王太子殿下は私のことを目の敵にするようになった。
ちょうど、その頃に彼とヒロインは出会った。
* * *
その後、熊の人がガリアス様だということを知って、密かに応援していた私。
一緒に戦うことはなかったけれど、心の支えにしていたのだって、今なら分かる。
それにしてもひどいわ……。乙女ゲームの設定。
救国の乙女は、あくまで人の姿をした人たち、そして貴族だけのための物語なのだもの。
「…………リセル」
「……ガリアス様」
「また、泣いている」
「これは」
泣いているのは、過去のリセルなのだろうか。
それとも、この世界に急に放り込まれたように感じている私なのだろうか。
私が、リセルなのは間違いないけれど、今はまだ前世の記憶とごっちゃになって、映像を見ただけのように思えて、それが受け入れられない。
「――――慰めてあげたいけれど」
フワフワの手で、ためらいがちに涙が拭われる。
私の淡い桜色の髪を撫でる手は、おっかなびっくりという言葉が当てはまるほど遠慮がちだ。
そして、その空色をした透明な瞳に宿る光は、優しい。
戦っている姿しか見ていなかったから、その獰猛な冬眠明けの熊みたいな雄姿とのギャップがすごい。
ギャップ萌えまで備えているなんて、このモフモフは恐ろしいわ……。
そんなことを思いながら、座高も違うためやはり首を反らせる必要があるほど高いその顔を見上げる。
「……大人しく、帰して貰えるはずもないか」
優しかったその声が、低くうなるようなものに変わる。
リセルが、彼の手を取らなかったのは、もちろん理由がある。
彼と出会ってから、高位貴族だけでなく、周囲の兵たち全てを助けようとし続けていたリセル。
聖女の力を貴族のためだけに使わないその存在は、彼らにとって煙たかったのだろう。
だから、多くの罪を着せられて、婚約破棄され、さらに条件付きとはいえ、極刑まで言い渡されたのだ。
つまり、臆病な私は、何の関係もないガリアス様を巻き込んでしまったのだ。
多くの人を助けて、気高く生き、一人全てを抱えて死ぬはずだった聖女リセルの運命に。
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