逃げ切れない聖女 3
「あれは……。君が彼らに声をかけるまで解散しそうにないな」
「……っ、怪我や病気の方もいるようです」
「あっ、リセル!」
上半身を乗り出すと大きな歓声が沸き起こった。
怖がりで、自分のことが大切で、かつてのリセルのように勇敢でもない私。
こんなたくさんの人の前で語るなんて、緊張してしまうからとても出来ない。
でも、たった一つだけ私にも出来ることがある……。
あの日泣いていたリセルが、心の奥底で叫んでいる。本当は、この力をこんな風に使いたかったのだと。
「無茶をするな、リセル!」
ガリアス様が叫んだけれど、既にもう力を目一杯使ったあとだ。
――青空の下羽ばたくのは白い小鳥たち。走り回る白い馬。白く輝く蝶。
キラキラと輝きながら白い花が降り注ぐ。
たわわに実る赤い実だけが、精霊たちに白一色に塗りつぶされていく世界に彩りを与える。
「こんな大衆の前でスピーチなんて、とても出来ないけど」
やり遂げた気持ちいっぱいで、私は後ろに倒れ込む。
かつての聖女リセルなら、慈愛の笑顔とともに気の利いたひと言をたくさんの人たちに告げられただろう。
「本当に君は、不器用で、無茶ばかりする……」
「ガリアス様?」
「きっと、君こそが本当の聖女なのだろうな」
抱き上げられた私は、そのまま微睡みへと落ちていく。
ふわふわした毛並みに包まれていると、ここが帰りたかった場所だと、ただそう思うのだ。
「ガリアス様の、聖女ですよ」
「いや、俺が独り占めすることは出来ないだろう」
「……だって、ここが私の帰る場所です」
「そうか。それなら、最期まで君を守ろう」
その間を私を抱き上げたままのガリアス様が、屋上から観衆に手を振った。
「ああ……。先ほどまで杖をついていた者も、倒れ込んでいた者も飛び上がって喜んでいるな。これは、情報統制はもう不可能か」
分け隔てなくその力を使う聖女。
聖女は通常、貴族に囲い込まれ、富と名声を持つ者のためにその力を使う。
だって、聖女の力は無限に湧いてくるものではなく、有限な地下資源のようなものなのだ。
「君の歩む道は、なかなかに険しいぞ、リセル」
ため息交じりに聞こえてくるのは、覚悟を秘めたガリアス様の低い声だ。
本音を言えば、一番守りたいのは彼の幸せなのだけれど……。それだけでは満足できない私は、強欲に違いない。
「しかし、だからこそ君は精霊たちに選ばれたのだろうな」
ポフンッと柔らかく寝台の上に降ろされる。
それは、ひとときの平和に違いない。
この出来事のせいで、ますます私の聖女としての名声は高まってしまのだから。
――精霊に愛される、聖女リセルの願いに突き動かされるように。
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