逃げ切れない聖女 2
* * *
「……それにしても」
ガリアス様のお屋敷は、少々武骨で、まるで要塞みたいだ。
それでも、屋上からは、緑豊かなレントン辺境伯領が一望できる。
「……あの木、目立つわね」
遠くに見えるのは、先日ガリアス様と私を空高く昇らせてしまった木だ。
大きく根を張ったらしいその木は、さらに育ち続けて雲の上まで届きそう。
「赤い実がたわわになっているから、何だかクリスマスみたい」
そこまでつぶやいて、かつていた別の世界に思いを寄せる。
聖女リセル・ランハートとしての記憶が、定着していくにつれて、この世界こそが自分の世界だと思うようになってきた。
どの世界、というよりも、私が立っていたい場所は、たった一つしかないから……。
「ガリアス様」
その名を呼んだとたんに、背後で何かを倒してしまったような、激しい物音がした。
誰がいるのか、半ば確信して振り返ると、案の定そこにいたのはガリアス様だった。
「いつからそこにいたのですか?」
「赤い実がたわわに……と君がつぶやいた時に」
「声をかけてくれたらよかったのに」
「……」
きっと今、ガリアス様は困ったように微笑んでいるに違いない。長い毛並みに隠れて見えない表情は、思ったよりきっと素直なのだから。
「もっと、そばに来て下さい」
「あ、ああ……」
隣に立ったガリアス様は、どこか遠慮がちで、私に口づけした人と同じだなんてとても思えない。
二人で眺めた大きな木から、たくさんの白い鳥が飛び立っていくのが見える。
二人でしばらくその光景を眺めていると、ガリアス様がポツリとつぶやいた。
「君が我が領に来てから、魔獣の出現が、激減した」
「そうなのですか……」
それは、偶然なのだろうか。それとも……。
そっと、モフモフしたその手を握る。
ガリアス様は、一瞬びくりと手を引きかけたあと、思い直したように強く握り返してくる。
物語は、大きく変わってしまった。
目を閉じれば、処刑された日にリセルが見てしまった、ガリアス様の姿が目に浮かぶ。
――――弱い私のままだけれど。
人前に出ればすくんでしまうし、誰かのために強敵と戦うのも怖くて嫌だ。
それでも、ガリアス様があんな目に遭うのが分かっていて、何もせずにいるなんてもっと怖い。
「……でも、あれはないと思うんですよねぇ」
「確かに、想定外ではある」
遠くを見れば、見えないけれど、ざわめく音は耳から離れない。
屋上の手すりに身を委ねて、下を見ればそこは聖女リセルの元に集った人々で埋め尽くされている。
「逃げ切れない……」
決意半分、あきらめ半分、私はつぶやいたのだった。
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