追放聖女とただの野獣 2
「……」
「……」
会話は続かない。
それもそのはず。私は、前世を思い出して間もないし、ガリアス様は会話をするのが苦手だ。
本当は、巻き込んではいけなかったのだと思う。
だから、リセルはあんな返答をしたのだ。
でも、この世界に来たばかりで、その手を取らなければ、死んでしまうと分かっていて、その選択が出来るだろうか。
――――怖い、そんな覚悟、私にはないよ。
泣きそうな顔をしている私から一定以上の距離をとりながらも、ガリアス様は心配そうな表情を隠しはしない。
「「あの」」
ようやく絞り出した言葉は、完全に重なってしまった。
「「あっ、お先にどうぞ」」
初めて私たちは、まっすぐに見つめ合った。
馬車は、思いのほか豪華で、辺境伯家の財政事情がうかがえる。
うかがい見れば、モフモフした体は、いかにも温かそう。
「好き……」
「え?」
前世の記憶を思い出した私は、モフモフに心惹かれる人種だ。でも、それをさっ引いてもリセルは彼のことが好きだった。
多分、ガリアス様は私たちの出会いを覚えていない。
「でも、私はずっと……」
ポロリと私の蜂蜜色の瞳から涙がこぼれ落ちる。
わかりやすく慌てるガリアス様。
「あっ、やはり俺なんかの妻になることは、いくら命の危機とはいえ、苦痛でしかないですよね」
「えっ」
「すみません。でも、罪のないあなたが処刑されるのをただ眺めるなんて、俺には出来なくて」
「ガリアス様……」
ガリアス様は、優しい。
だから、私のことを好きなのではなくても、きっとそれしか助ける方法がないのなら、結婚なんてその身を捧げるようなことだって出来るのだろう。
見た目だけではない。
戦いでは、弱き者を守り、誰よりも強くて、冬眠が明けて荒ぶる熊のようなガリアス様。
その姿に、私は憧れていた。
「巻き込んで、ごめんなさい」
本当であれば、私が答えるべきだったのは、リセルの言葉だった。
でも、死ぬのは怖くて、差し出された温かそうな手を掴んでしまった。
「……リセル」
「ガリアス様」
「俺は、そんなことを言ってもらえる価値もない」
「っ、そんなこと」
多分、ガリアス様は笑った。
モフモフな毛皮に包まれた彼の表情は分かりにくくても、温かい温度を確かに感じて。
「……きっとガリアス様と一緒に過ごせたら幸せでしょうね」
「な、なな!?」
目の前にいる人は、きっと姿形なんて関係なく、可愛らしい。だから、これは私の本音で、おそらくリセルの本音でもある。
あの日のことを覚えているのは、きっと私だけだとしても……。
「助けてくださった代わりに、私の力を捧げます」
「俺なんかに、過分です……」
本当であれば、この時、極刑に息絶えたリセルは知らない。
大切な思い出を守ろうとした行動が、全く逆に働くなんて。
この先の物語を知っている私は、心に誓う。
この可愛いモフモフの恩人を、ぜったいに守るのだって。
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