ある完璧ではない聖女の物語 2
強く吹いた風に、目を強く閉じる。
塞がれた視界。その代わりに聞こえてきたのは、この世のものとは思えない美しい旋律だった。
「……あ」
目を開けば、まるで違う場所に来てしまったのではないかと思うほど、周囲は花々が咲き乱れ、白い動物たちであふれかえっていた。
『ぴよ!』
まん丸い白い小鳥が私の頭にのって、まるで号令をかけるみたいに鳴く。
次の瞬間には、真っ白な小鳥を残して動物たちは消えていた。
「精霊」
「聖女」
私が呟いた言葉と、周囲の騎士たちの言葉は、ほぼ同時だったように思う。
ザザッと音がして、周囲を見れば、なぜかただの村娘であるはずの私を取り囲むように、騎士たちが片膝をついて剣を捧げていた。
この時、満身創痍だった騎士たちの傷は、全て治ってしまったのだとあとで知る。
だって、精霊から受けた加護による光魔法を無意識に行使してしまった私は、この直後に眠りについてしまったのだ。
次に目覚めたとき、私は既に神殿の一室にいた。
家族に会うことも許されず、聖女という存在として、囚われるように。
* * *
「ここまでが、聖女になるまでのお話です。ごく普通のつまらない話でしょう?」
「……いや、きっとそれが本来のリセルなのだろう」
「ふふ。でも、このあとは、結構波瀾万丈なのですよ?」
「風の噂で聞いた、君の活躍からいってそうだろうな」
とはいっても、始めから聖女リセルは、完璧なる聖女なんて呼ばれたわけではない。
聖女には貴族が多い。
それは、王族と聖女が結婚する決まりが出来たことで、その血を引く貴族の子どもたちに、必然的に聖女が生まれやすくなったからだ。
それなのに、私が聖女になったときには、他に王太子殿下と年の近い聖女がいなかった。
のちに、男爵家令嬢である乙女ゲームのヒロイン、ルルアが聖女の力に目覚める。
けれど、この時、私は王太子ディルロス殿下の婚約者になることが決まった。
「婚約者が、いたのではないか?」
「小さな村の中での、口約束ですから。でも、それはもうよいのです」
もし、あの小さな村で暮らしていたなら、前世の記憶を思い出すことなんてなかっただろうし、ガリアス様に出会うこともなかっただろうから。
「……でも、聖女になっても、後方で高位貴族の治癒をして、美味しいものを食べて、衣服だって豪華で、よい生活をしていたのですよ?」
「ああ、だが俺と出会ったあの日以降の君は」
「そうですね……」
いの一番に逃げていった、王太子の学友だった貴族。残ったのは、勇敢な冒険者と、獣人と呼ばれる人たち、そして一部の騎士だけだった。
「あなたの背中が、私を変えてしまったのでしょう」
勇敢な背中。
その背中に守られた私は、その横でその人を守れる人間になりたいと思った。
「まあ、あなたから差し伸べられた手を掴んだとき、あの時かけてもらった勇敢になれる魔法は解けてしまったのでしょうが」
「……そんなことはない。そもそも、竜の前に立ちはだかったのだって、震える君が周りを逃がすために無謀にも前に出たからで……」
ポンポンッと頭が撫でられ、次いで抱きしめられた。
「君に魔法なんて、かからなければよかった」
「ガリアス様?」
「魔獣との戦いで最前線に立ち、それでいて貴族を優先せずに平等だからこそ彼らから目の敵にされる君に、胸を痛めていた」
「ふふ。そうですね……。でも、ここまでで、話の半分なのです」
確かに、ガリアス様の背中を追いかけたリセルには、苦難ばかりが待っていた。
そして、断罪されてしまったあの日……。
「本当であれば、その手を取らない運命だったのです」
そう、聖女リセルは悪女と呼ばれても、本当は皆知っている完璧なる聖女のまま死を迎えるはずだった。
「……ガリアス様、実は私は」
前世の記憶があることを話そうとした途端、周囲が暗闇に包まれる。
強い痛みとともに我に返った私は、断頭台の前に跪いていた。
最後まで、お付き合いいただきありがとうございます。下の☆を押しての評価やブクマいただけるとうれしいです。




