辺境伯領はモフモフ天国 5
たくさんの人に出迎えられる。
どの人もとても嬉しそうだ。
ガリアス様が、信頼され、愛されているのがよく分かるというものだ。
「あの、挨拶を」
「……すまないが、先にどうしても確認しなければいけないことがある」
「えっ」
横抱きにされたまま、頭を下げていく使用人たちの間を通り抜けていく。
どの人も、挨拶していない私に対して、心からに見える笑顔を向けている。
優しすぎるのでは……?
そんなことを思っているうちに、ガリアス様がドアを蹴破る勢いで、一つの部屋に入った。
「ガリアス、様?」
「……座って」
「はい……」
トサリ、と軽い音を立てて下ろされたソファーは、まるで前世の家具の展示場でで体験した最高級のソファーみたいに柔らかい。
そのまま、囲い込まれるみたいに抱きしめられる。
「柔らかくて、温かくて、安心します」
「そうか。だが、きっとリセルは知らない」
「何をですか?」
「そんな言葉の、一つ一つが、俺を暗い沼の底からすくい上げているなんて」
強く抱きしめられても、ふんわり温かな感触のせいで、苦しくなんてない。
もう一度、顔を埋める。大好きだ。
「だから」
「ガリアス様?」
その声は、絞り出すように苦しげで、そして切実な響きを秘めていた。
そのまま、腕が緩められて、私たちは距離をとる。
しばし、見つめ合う時間は、まるで長いときと空間を超えて待ちわびていたようにすら思えてくる。
「もしも、だが」
ガリアス様の声は掠れたままだ。
けれど、その美しい空色の瞳は、真摯に私を見つめている。
「もしも、ほの暗い沼の底に、君がいるのなら、いつだって俺は」
「……っ、それは」
「俺は、見ての通り自信がないんだ。それでも、君が抱えていることを受け入れたいし、ともに解決したいと思っている」
ガリアス様が言いたいことは、そのまっすぐな瞳から全て伝わってくる。
きっと、私が感じ取ったことは、間違いではないのだろう。
「……もし、俺にその価値があるのなら、リセルが苦しんでいる理由の全てを話してくれないか」
……ガリアス様は、気がついているのだろう。
私が、以前の私と変わってしまったことに。
本当は、知られたくない。
ガリアス様が、好きなのは、今の私ではなくて聖女リセルだった私に違いないから。
そんな私の卑屈な思いを察しているように、ガリアス様は、私の顎をそっと持ち上げた。
「なにか勘違いしていそうだが、俺が好きなのは、今の君だ」
「……え?」
「聖女リセルとしての君は、尊敬の対象だ。だが、弱くて泣き虫な君を愛しているんだ」
「……ガリアス様」
その言葉は、記憶を取り戻して、どうしようもなくあの世界が恋しいときにも、完璧に見える過去の自分と今の自分を比べてしまったときにも、ただ一つ欲しくて仕方がなかった言葉だった。
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