辺境伯領はモフモフ天国 4
「君が、この領地に来るという情報が流れたらしく、急に移住希望者が増えてしまったというか……」
「――――えっ?」
周囲にいる人たちは、たしかに耳が生えていたり、尻尾が生えていたりと精霊の特徴を色濃く受け継いでいる人ばかりだ。
そして、冒険者は、志高く、お金では動かないといわれる人たちばかり……。
彼らは、時に聖女リセルと共闘し、時に絶体絶命の危機から助けてくれた。
「……想定していたことではあるが、君は愛されているんだな」
「……」
不意にこぼれてしまった私の涙と、毛並みに埋もれていても分かりやすく焦ってしまったガリアス様の表情。
この涙は、おそらく聖女リセルが断罪されてしまったあとに、起こったできごとに思い至ってしまったせいだ。
――――聖女リセルが、断罪されて殺されてしまった後、ガリアス様を筆頭に、一部の獣人と呼ばれる人たち、そして聖女リセルを信奉していた冒険者たちが蜂起する。そして、その結果は全員の死で終わる。
「違うのに……」
「リセル、どうしたんだいったい……」
歓迎してくれている周囲に分からないように、ガリアス様の太い首に腕を回して抱きつく。
まるで、最高級の抱き心地と手触りの巨大なクマのぬいぐるみみたいなその体……。
聖女リセルは、ただまっすぐに、きっとガリアス様が幸せに生きていけるこの場所を巻き込みたくなかっただけなのだ。
この場所は、きっと聖女リセルが心から願った、大切な人たちが集い、幸せに生きていける場所なのだから。そして、この場所には、絶対にガリアス様の存在が必要だ。
だから、『野獣なんかに嫁入りする辱めを受けるくらいなら、極刑を受け入れます!!』なんて思ってもいない言葉で、差し出してくれたその手をはねのけたのに。
「私は、結局巻き込んでしまった……。みんな、私のせいで」
「…………」
涙に濡れたガリアス様の首当たりの毛並みは、ペタンとボリュームをなくしてしまっている。
ハンカチを取り出して、そっと拭き取り、そのまま涙を拭う。
「ガリアス様……。ごめんなさい、もう大丈夫です」
「リセル……」
『ぴぴぴ!』
まん丸小鳥精霊も、私が泣いていたことに気がついたのだろう、騒がしく飛び回る。
青白く光り輝く精霊の力が降り注げば、泣いたせいで腫れてしまった目元が元に戻るのを感じた。
「………ありがとう」
『ぴよ!』
ガリアス様が、二手に分かれたたくさんの人の間を大股で歩き出した。
抱き上げられたままであることに驚いていると、さらに体が持ち上げられて、肩の上にのせられて担がれる。
ガリアス様は、大きくて、私は小さい。
だからといって、こんなことが出来るのは、それがガリアス様だからに違いない。
「め、目立ってしまいます!」
「みんな君を歓迎しているんだ。手でも振ってやればいい」
「…………恥ずかしいです」
「そうだな。本当は、こんなに可愛らしい君のことを誰にも見せずに独り占めしたいが、それはあまりにも欲深いというものだろう」
「ふふ……」
そんなガリアス様の冗談は、きっと泣いてしまった私を気遣ってのことに違いない。
確かに、下を向いたままなんて、ガリアス様と結婚するために来た聖女の行動として、ふさわしくないだろう。
こんなに高くて不安定な場所に座らされているのに、少しも怖くない。
それは、ガリアス様の力がとても強いからだけではない。
聖女リセルは、ガリアス様を心から信頼している。もちろん、今の私だって同じだ。
私は、掴まっていた片方の手を外して、周囲に大きく手を振った。
「でも、聖女リセルだったら、断固としてこんな風に抱き上げられるのは、拒んだでしょう」
「――――リセル」
「きゃ!?」
その言葉を呟いた瞬間、浮遊感に思わず声を上げる。
ガリアス様は、なぜか私のことを今度は横抱きにすると、さらにスピードを速める。
あっという間に、人波を抜けて、数分後には私たちは大きなお屋敷の前に立っていたのだった。
次回は、二人の距離をもうすこし縮めたいです。
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