辺境伯領はモフモフ天国 2
「しかし、リセルは本当に精霊に愛されているのだな……」
「そうかもしれません。光魔法の力を授かったときから、精霊たちとは、家族のようにずっと一緒に過ごしていますから」
幼い頃は、精霊の加護により勘だけが優れていたリセル。
光魔法を授かったのは、十三歳の春。
……そう。通常聖女になると、王族と婚約することが多い。幼い頃からの婚約者とも、婚約を解消することになったのよね。
実は、その後の聖女としての修行の日々が大変すぎて、そのことについては記憶の彼方へと行っていた。
婚約者といっても、幼かったから遊び相手という認識でいた。
……そういえば、元婚約者だったデイビスは、断罪の場所にはいらっしゃらなかったわ。
聖女になったばかりの頃は、何度か手紙が届いていたけれど、いつしか連絡は全くなくなった。
騎士として活躍しているという噂は聞いたことがあるけれど、戦いで合流したことはない。
「リセル?」
「あっ、すいません。つい考え事を……」
馬車は、周囲が荒野だったはずなのに、精霊の遊び心で一面の緑地に変わってしまった街道を進んでいく。
そして、騒がしいことこの上ない。
「それにしても、騒がしくて申し訳ないです」
そう、先ほどガリアス様が『精霊に愛されている』といったのは、現在私たちの乗っている馬車が大変なことになっているからなのだ。
天井から、鳥のさえずりが聞こえ、窓から覗けば白いウサギが跳びはね、白い馬が馬車の馬と競うように併走している。
『ぴよ!!』
そして、自分のことを忘れるなとでも言うように、肩に乗ったままなのは丸々した例の小鳥だ。
それにしても、丸い……。こんなに丸くても、きちんと空を飛ぶことが出来るのは、精霊に重さがないからなのだろうか。
「――――モフモフ天国です。それにしても、王都周囲で見かけなかった精霊たちが、こんなにたくさんいるなんて、辺境というのは素晴らしい場所なのですね」
「……いや、今まではこんなに精霊を見かけることはなかったが。まあ、リセルが我が領地に来たならば、きっと驚き、そして喜ぶのだろうな」
「え? それはいったいどういうことですか? ……それと、やっぱりガリアス様は、精霊が見えているのですね?」
「ああ。この姿のせいなのか、幼い頃から精霊が見える。だから、震えながら竜の前に立った君の肩にいた小鳥にも覚えがある」
『ぴよ!!』
自慢気な小鳥。安易だな、と思いながらも分かりやすいので、ぴよちゃんと呼んでいる。
「……ずっと一緒にいてくれたんです。最後の戦いまでは」
その後、ずっと一緒にいたのに、私が断罪されるときには王都周囲に精霊たちの姿は見当たらなくなっていた。
けれど、精霊が見えるのはごく一部の人間だけだ。
だから、きっと気がついていたのは、一部の高位神官と、精霊の加護を受けた者と、聖女だけに違いない。
「……ところで」
「はい、ガリアス様」
第十八小隊の皆さまは、隊列を組んで私たちの馬車を護衛してくださっている。
けれど、一人だけ明らかに顔色が悪い人がいる。
「ベール隊長は、明らかに」
「チョコレートの人、明らかに」
ああ、いけない。時々思い出すチョコレート。あの味は、今でも忘れられないもの。
つい、顔を見る度にあの甘さを思い出してしまうわ。
「……コホン、ベール隊長は明らかに、見えてますよね?」
「……ああ。今も、白い馬の精霊に頬を舐められて何とも微妙な顔をしているな」
精霊の加護を受けた人は、本当に珍しい。
でも、間違いなくベール隊長は、精霊の姿が見えるに違いない。
そして、精霊たちにとても好かれているに違いない。
頭に三羽も白い鳥を乗せて、どこか重そうなその様子。
後で、詳細を聞かせて貰おうと思いつつ、私はそっと視線をそらしたのだった。
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