辺境伯領はモフモフ天国 1
* * *
精霊の加護を使い果たして、眠ってしまうと目が覚めるまでは時間がかかる。
今回は、何回も連続して枯渇させてしまったせいか、一週間近く眠っていたらしい。
もう、明日には辺境伯領についてしまうそうだ。
「モフモフと過ごす異世界の旅が……」
「……旅行など、辛いばかりでは?」
「確かに私たちの知る旅行といえば、魔獣を倒す旅の遠征ばかりだったかもしれません。しかし、世の中には楽しい旅というものが存在するのです!」
「……考えたこともなかったですが」
ガリアス様を見ていると、実はワーカーホリックなのではないかと思うことがある。
第十八小隊の皆様への心配りも完璧だし、食料の調達も、私のための細々した品物の用意まで全て自ら手配しているのだ。
……他の人に任せればいいのに?
そう思うけれど、どこか楽しそうでもあるので、声をかけそびれてしまった。
「……それはともかく。旅というのはですね。その土地の名物や美しい景色を見たり、珍しくて美味しいものを食べたり」
「例えばスイーツですか?」
「……よく分かっていらっしゃる!」
そう、その土地のご当地スイーツは外せないだろう。そんなことで気分が盛り上がった私は、その勢いでずっと気になっていたことを口にする。
「あの、ところでガリアス様」
「何でしょうか?」
「……どうして私にだけ丁寧な言葉遣いをするのですか?」
「…………」
黙ってしまったガリアス様。
その、淡い茶色の毛並みを見つめて、返事を待つ。
……距離をとりたいとかだったら悲しいわ。聞かなければよかったかしら。
そんな後ろ向きなことまで考えてしまうほど長い沈黙のあと、ガリアス様は口を開いた。
「……嫌ではないですか?」
「えっ?」
「俺に、馴れ馴れしくされるのは」
「え、なぜ」
「なぜって……」
ごにょごにょ聞こえにくい言葉、けれど私には「みんなそうだから」と聞こえたような気がした。
多分、過去にいろいろあったのだろう。
でも、私はガリアス様ともっと仲良くなりたい。
一応、夫婦になる予定なのだし……。
「……ガリアス様との距離を縮めたいです」
「えっ!」
そんなに驚くことかしら。
あんなに注目を浴びる中で、私に手を差し伸べてくれたというのに。
「……竜から守ってくださったときから、ガリアス様は私の憧れの人なので」
「そんな」
「ずっと気になっていました」
「そんなバカな!」
自信がないにもほどがある。リセルが、完璧なる聖女なんて呼ばれるようになったのは、ひとえにガリアス様の背中を追いかけたからだ。
逸らされてしまった空色の瞳を追いかけて、ちょこちょこと移動する。
「本当です」
「……俺のほうこそ、あなたの背中を追いかけていたんです」
……ガリアス様も聖女リセルに憧れていたのだ。
ズキズキと胸が痛むのは、記憶を取り戻した私が、完璧なる聖女なんて呼ばれていたリセルとは、きっと違う人間だからなのだろう。
だって、リセルならきっとこうした、リセルなら、という考えが拭えないから。
「震えていたあなたの噂が、完璧であればあるほど憧れ、それでいて、泣いていないか、怯えていないかと気になっていました。今思えば……」
「え?」
私が怯えていたことは、誰も知らないはず。
そう、本当は記憶を取り戻す前だって、どんなに完璧であろうとしても、本当の私は弱虫なままで。
「どうして」
「あの日、震えながら立ち上がった背中と、手を取ってくれたときの表情が……」
「っ、く……」
無様だ。リセルなら、きっとこんな風に泣いたりしない。泣いたりしないだろうか。
ううん、記憶を取り戻す前だって、こんな風に声をかけられていたなら、私の脆い虚勢は簡単に崩れ去ってしまったに違いない。
「リセル」
「っ、ガリアスさまぁ……」
こぼれ落ちる涙が、王都とは違い乾いた大地を濡らしていく。
次の瞬間、急に温かくなって、モフモフした感触に包まれていた。
「そうか……」
そう、ずっと、きっと、こうして欲しかった。
あの日から、もう一度守ってもらえたならと、夢見ていた。
それでも、それと同じくらい、リセルは守りたかったから。ガリアス様のいる、この世界を。
弱虫な私。でも、その思いを抱くのは、今の私だって同じくらい強い。
「分かった。もう、距離を置くなんてやめるから」
「……本当に?」
「守らせて、そばにいさせて欲しい」
「……嬉しいです」
濡れた地面から芽吹いた草木が、私たちの足下をすくう。
ぜったいに守ってくれる安心できる腕の中、ぐんぐんと空が近づいて、気がつけば大きな木のてっぺんにいた。
そこから飛び立つたくさんの白い鳥。
あっという間に緑に包まれていく大地。
「すごいな、リセルは」
「……本当に」
こんな力なければ、とずっと思い続けていたのは否めない。
けれど、今なら……。
一際小さくまん丸な小鳥が私の指先に留まる。
小さく鳴いたその小鳥は、聖女リセルとして戦っていた日々、よく励ましに来てくれた子に違いない。
「ここにいたの」
『ぴよ!』
「ねぇ、どうやって降りるの?」
『ぴよ?』
「……」
「はぁ、降りようか」
結局、降りる方法は見つからず、ガリアス様に抱えられて正攻法で降りたのは言うまでもない。
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