完璧なる聖女と辺境伯~ガリアスside~
* * *
倒れ込んでしまったリセルを抱き上げる。
抱き上げる度に思うが、あまりに軽い。
小柄だからという理由だけではないのだろう。過酷な生活が彼女の成長を妨げてきたのだろうか。
初めて会ったあの日、まだ幼かった面影を残し、それでいて美しく成長したリセル。
リセルの姿を初めて見たあの日。
その美しさに驚くとともに、自分とは違う世界の人なのだという思いが否めなかった。
そんな彼女から目を離せず、それでいて近づくことも出来ずに距離を置いて戦っていたとき、戦場に急に現れた竜。
なぜか竜は、明らかにリセルをねらっていた。
逃げ惑い混乱する周囲、そんな中彼女は、一人でその前に立ちはだかり、自分が対処すると宣言した。
「リセル……。君は、いつだって無茶ばかりする」
聖女とはそういうものなのだと、根拠もなくどこか他人事でその光景を眺めていたのに。
……あの日、彼女の背中も指先も、大きく震えていることに気がついてしまった。
それでも、まっすぐに前を向いて、後ろにいる人たちを守ろうとする姿が目に焼き付いてしまった。
不安、恐怖、怯えていることが分かるのに、それでも立ち続ける姿は、周囲から疎まれて、繰り返し前線に送られていた俺の考えも、生き方も変えてしまった。
三日三晩戦い続けられたのも、彼女が後ろにいたからだ。ただ、彼女を守り抜きたかった。
そして、竜を倒した俺は、竜殺しの異名とともにその力を得て、その後の戦い全てに勝利し、今の地位を手に入れた。
「……君に恩返しがしたかった」
あの日から何度も、その活躍を追っていた。
聖女リセルは、完璧なる聖女で、いつだって誰かのために戦い続けていた。
周囲は彼女のことを、聖女と褒めそやし、それでいてその力を妬んだ。
「――――アイスクリーム」
「何であろうと手に入れてあげましょう。あなたのためならば」
無意識のうちにすり寄ってくる柔らかい頬。
幸せそうに緩む唇。
夢の中ですらリセルの欲しがるものは、あまりに可愛らしい。
多分、この姿こそが、誰も知らない彼女の本質なのだろう。あの日見た、震える背中は、幻などではなかったのだ。
――――振り払われると思ったその手は、いつか見たような、不安げな瞳とともに掴まれた。
『助けてくださるのなら、あなたのお嫁さんになります』
そう、俺は知っていたはずだ。
彼女は、完璧な聖女であると同時に、ただ一人震えながら立つ、普通の令嬢であるということを……。
「プリン、メロンパン、大福……」
「だいふく?」
「……ふふ、好き」
「……だいふくってなんだ」
「ガリアス様、かわいい、好き」
「だから、なぜなんだ……」
少しの困惑を残して、馬車は進んでいく。
だいふくというものを再現するために、奮闘することになるのは、また後日の話だ。
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