普通の令嬢あるいは完璧なる聖女 4
……それにしても、後ろ手に縛られていると、とても歩きにくいのね。
もし転んでしまったらどうしよう。
そんなのんきなことを考えながら、恐ろしさを振り払う。
街に入る直前に振り向けば、ベール隊長が小さく頷いてくれる。
確かに、ベール隊長は腕が立つに違いない。竜と戦って追い払ってしまうような、ガリアス様に傷をつけることが出来るのだから。
「――――申し訳ありません」
「謝る必要はないわ」
自分の家族を人質に取られていたのだから、仕方がないと思う。
しかも、それは私が生き延びたせいで起こったできごとなのだ。
「……うぅ。むしろ謝るのは、私の方」
小さく呟いた言葉、街の騎士団でざわめきが起こり顔を上げる。
小さな詰め所に、縄で縛られた追放聖女が現れたのだ。
「――――離して!」
私を縛る縄を持っていたベール隊長をにらみつける。
今回の目的は、あくまで第十八小隊の騎士たちの大切な人を助けることだ。
できるだけ目立って、時間稼ぎをする必要がある。
「あなたたちみたいな平民が、私に触れていいと思っているの?」
できるだけ高圧的に、嫌な聖女を演じる。
ベール隊長、その困惑した表情とてもいいと思います。
慌てて、連絡に走って行った騎士の後ろ姿を見送りながら、あまり時間がないことに焦りを隠せずにいると、遠く木の上でティグルさんが手を振っているのが見えた。
――――よかった。あれは、救出成功の合図だわ。
ティグルさんのあまりの有能さに感動しながら、ベール隊長に縄を引かれて歩いて行く。
でも、どうしてなのだろう。この街の様子、どこかおかしいような……。
「精霊が宿るミースの木、葉が枯れていませんか?」
「……おかしいですね。騎士以外、誰も出てきません。何かあれば、街の人間が出てきてもおかしくなさそうですが」
「――――あの家、弔いの旗が。ちょっと、聞いてきてくれませんか?」
「…………」
ベール隊長が、隊員に指示を与える。
詰め所の騎士たちと話しているうちに、隊員の顔がどんどん暗くなっていく。
この街に、いったい何が起こっているというのだろう。
「聖女リセル……」
「……それで」
「街におかしな病が流行ってしまっているようなのです」
「そう……」
そんな予感がしていた。
実は、リセルが断罪された後から、各地で原因不明の病が発生し、さらに瘴気が強くなり魔獣が呼び寄せられるようになる。
乙女ゲームの中では、聖女リセルの呪いとして扱われていたけれど……。
「呪ってない……!」
しかも私は生きている。
つまり、この病には別の原因があるのだろう。
「早く街を離れましょう……」
「それは、出来ないわ」
「聖女様!」
本当は、王家の手が届きにくい辺境まで、すぐにでも逃げてしまいたい。
でも、こんなに大変なことが起こっているのに、放っておいてたくさん人が倒れたりしたら、気になってしまって不眠になりそうだ。
遠く、木の上にいるティグルさんと目が合った。
首をぶんぶん振って明らかに私のことを止めようとしている。
「ごめんなさい!」
少し魔力を流せば、私を縛っていた縄はぱらりと落ちた。
怒らせてしまったのだろうか。次に視線を向けたとき、すでにティグルさんの姿は木の上になかった。
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