追放聖女とただの野獣 1
「そんな……」
絶対零度の視線なんて、想像の中だけのものだって思っていたのに。
けれど、意識を取り戻した私を取り囲むのは、そうとしか形容できない冷たい視線だ。
悪行を尽くした偽聖女、リセル・ランハート。
流れ込んでくる記憶が、その事実を私に突きつける。
私も、リセルは苛烈な性格の、悪役だと思っていた。
でも、それはあくまで、貴族たちの目から見たリセル……。
「聖女でありながら、これだけの悪事を働いたのだ。婚約破棄、そして」
私のことを、極刑にしろという声が周囲から聞こえてくる。
前世の記憶は、この場所が乙女ゲームだと教えてくれる。
でも、これが夢ではないのなら、この後私は……。
「ああ、だが仮にも聖女の印を持っているのだ。もし、この悪女を救いたいという者がいるのなら、その者と結婚することで、命だけは助けてやってもよい」
王太子ディルロス殿下は、冷たい声で私に告げた。
その横には、私が悪行を尽くしたと、大陸中に噂を流したヒロイン、ルルア。
その噂は半分は事実で、残り半分は嘘で塗り固められている。
誰一人挙手もしなければ、私の前に歩み出ることもない。
「あの……」
その時、ものすごく遠慮がちな、か細い声がした。
歩み出てきたその人は、全身薄茶色の毛で覆われている。
――――野獣辺境伯ガリアス・レントン。
毛むくじゃらな手が、私の目の前に差し出される。
「俺なんかが申し出るなんて、許されないことかもしれませんが、もし手を取ってくださるなら、一生あなたをお守りしましょう」
私の答えは、こうだ。
『野獣なんかに嫁入りする辱めを受けるくらいなら、極刑を受け入れます!!』
それが、本来の物語の展開だ。
正しいセリフに違いない。
でも……。
ちょっと怖そうなのに、少し長い毛に隠れた空のように美しい青い瞳は、とても澄んでいる。
体格なんて、私が見上げてもまだ顔が見えないくらい大きい。毛むくじゃらだから、何倍にも大きく見える。
それなのに、なんでこんなにも自信なさそうなのかしら。
顔を逸らして、手を差し伸べるなんて、何かの番組のようだわ……。
「かわいい……」
「は?」
「助けてくださるのなら、あなたのお嫁さんになります」
「え? 本気ですか」
――――むしろ好みなのです。
こうして私は、モフモフした野獣さまのお嫁さんになることが決定した。
もちろん、ガリアス様のモフモフは生まれつきで、先祖返りなので、呪いが解けたりしない。
これは、断罪された追放聖女が、モフモフというには少々厳つい野獣旦那さまのお嫁さんになり、溺愛される物語なのだから。
ご都合主義でゆるっと書きます。
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