425●『さよならジュピター』(1984)①『火星の女王』(2025)と同じ西暦2125年の未来! 元気なSFはやはり木星だ!
425●『さよならジュピター』(1984)①『火星の女王』(2025)と同じ西暦2125年の未来! 元気なSFはやはり木星だ!
『火星の女王』。
2025年12月13日から27日までNHK総合にて、各話約90分、全三話で放映されたSFTVドラマです。
NHKが放送100年を記念して、原作の小説版と同時制作するメディアミックスのドラマってことで、相当な力が入っていると期待して観たのですが……
うーん。
わからん、よくわからん。
そんな感想でした。
NHK様のSFと言えば、人形劇の『空中都市008』(1969-70:小松左京先生の原作による)から、実写ドラマの『タイムトラベラー』(1972:筒井康隆先生の『時をかける少女』による)で当時の少年少女に未来への夢と希望を届けてくれたのが、強烈な印象を残しています。そこへ眉村卓先生の『なぞの転校生』(1975)が続きまして……
NHKはSFだ!
と、高く高く評価していたのです。なにせ全国にさきがけて1960年代に『サンダーバード』と『プリズナーNo.6』、そして80年代に『マックス・ヘッドルーム』を放映された偉業は大きかったですからね。
そしてSFアニメ。『ふしぎの海のナディア』(1990)はもちろんのこと、『飛べ!イサミ』(1995)があり、『YAT安心!宇宙旅行』(1996)には、スペースオペラとしての完成度の高さと、家族的な人情ドラマの絡み方が“宇宙の寅さん”といった調子で、やるじゃないですかNHK! でしたね。
華の20世紀、NHKは日本SFの牙城だったのです。
その路線は21世紀のNHKにも引き継がれて……
『絶対少年』(2005)はもう最高でした! 空想科学とファンタジーの美しい融合、それもジャパニーズテイストでね。
『E.T.』とか『未知との遭遇』みたいな洋モノとは違って、ニッポンの里山や都市風景になじんだ、異種生命体との出会い。
それがまた、ガチガチしたオトナ感覚を排除して、童心に還るかのようなフワッとした描写の仕方がたまりません。懐かしき田舎のフォークロア感覚というのか。
その後、『電脳コイル』(2007)はやや理屈っぽくなって失速感がありまして、いつしか世の中がズルズルと保守化して、2012年以降のABノミクスで国民の経済格差が開きに開いていって、“中流家庭”なるものが崩壊消滅していくにつれ、“SFのNHK”は希薄になってしまいました。
ニッポンのSFってですね、昭和30年代の高度経済成長で培われた「一億総中流」の気風に支えられた「明るい未来」の具現化だったのですよ。
国民がわずかなリッチーと大多数のボンビーに分かたれていって、「このご時世、夢もチボーもございません」になってからは、SFの御利益は無くなっていったので御座います。
とりわけ小松左京先生が2011年に他界なさってから、空想の中の“SF大明神”にいくら拝んで柏手を打ってお賽銭を弾んでも、夢と希望のお告げは降りてこなくなったのです。かわって日本を支配するのは、額にイナズマの傷を持つハリーな魔法使い君と、夢と魔法のネズミの王国となったのですな。
若者たちはみな、レミングのように群れを成して、チバ県のダンシングビーチへなだれ込んでいくようになりました。あるいは、ユニバーサル村の魔法学校のお城へと。
人々は未来に目をやらなくなり、ニッポンのSFに反骨的なパワーがなくなったのです。
小松左京先生の『日本アパッチ族』みたいな骨太のメラメラエネルギーは、どこへ行ってしまったのやら。
それは、この国の社会構造に、原因があると思います。
ごくフツーの少年少女が、明るい未来を描けなくなった。
親ガチャに大当たりで、生まれたときからおカネと人脈に困らない子供たちが出現して、社会の上層を独占するようになったのではないかと思います。21世紀の子供たちは、早くも小学生にして、未来の選別が終わっているのですよ。
哀しいながら、それが現実というものです。
まだこの国が、リアルガチの戦場になっていないだけマシというものですが……
そんな未来の、お先真っ暗感にウンザリしているところに、NHK様の『地球外少年少女』(2022)が放映されましたが……
いやね、アニメとしてはハイレベルなんだけど、なんかこう、“上級少年少女の、上級少年少女による、上級少年少女のための宇宙SF”なんですよね。
これが昭和の昔なら、商店街の年末大売出しの福引で月旅行を引き当てた長屋の一家が、サンダル履きで唐草模様の風呂敷包みを持って富士の裾野から国産シャトルのアルファー号で打ちあがるようなお話になったかと思うのですが。もちろん宇宙食は竹の皮に包んだ各種の握り飯か、チキンラーメンをお湯無しでかじるとか。飲み物はカルピスかプラッシーで。
『地球外少年少女』は、とにかく洗練された上品なジュブナイルSFでしたね……
ゴキブリ感の漂う下層庶民の子供は、あんま、関係ないというか……
で、久々のSF実写ドラマ、『火星の女王』。
タイトルからしてバローズの『火星のプリンセス』の向こうを張った一大スペクタクルサスペンスマカロニ風きしめんウエスタンじゃないかとイメージを膨らませたのですが。
そりゃーアナタ、火星ときたら西部劇でっせ。
手塚治虫先生の漫画『キャプテンKen』(1960)ですよ。
アレをアニメ化しなきゃ、何やってるんですか最近のNHK様は!
寺ふぉーみんぐ途中の火星、あの赤い荒野に一番似合うのは、火星サボテンと火星牛の赤べこと炭酸ガスで発射する火星拳銃のはず。そしてジョン・カーターとキャプテンKenなのです。
それはともかく……
『火星の女王』はさっぱりわからんのです。
ウィキペディアのストーリー紹介によりますと……
2125年、人類が火星に入植して40年。ISDAによる「地球帰還計画」が採択され、火星社会は不穏な空気に包まれていた。そんな中、帰還訓練を終えたばかりの盲目の少女リリ-E1102が突如拉致される。犯人を名乗るシュガーは、リリの母であり地球帰還計画を推進するISDA日本支局長タキマ・スズキに、計画の即時中止を要求。
……というイントロで、火星には既に10万人も住んでいる、という設定。
それでですね、この2125年には、40年もかけて10万人も生活している火星から、何をトチ狂ったか突然に全面撤退するって事なのです。
まず、この消極性にビックリです。
40年にして10万人、それだけの資本投下をして火星の大地を開発してきたのに、どんな事情があったのか知りませんが、全面撤退ですと?
20世紀末の国民的ヒット番組『プロジェクトX』と、21世紀の斜陽衰退ニッポンの無理矢理っぽいコジツケ負け惜しみ番組『新プロジェクトX』を放映なさるNHK様、どうなさったのですか!
『火星の女王』はNHK様の放送百周年を記念する肝いりSFドラマです。
それがなんですか、のっけから……
「♪風の中の火星 砂の中のコロニー
みんなどこへ行った~ 見送られることもなく」
に、なっちゃうじゃないですか!
ここはなんとしても『プロジェクト火星』で、企業戦士が立ちあがり、24時間、じゃなく火星だから25時間戦いますとスタミナドリンクを片手に猛噴発しなきゃ。
何が何でも火星の赤い荒野を緑の楽園に変えるのだ!
その程度の意気込みすら、萎えてしまったのですか?
思い出すのは筒井百々子先生のコミック『火星に捧げるデュエット』です。これを『たんぽぽクレーター』と併せてアニメ化して戴きたいものです。
ニッポンのSFの“火星モノ”でこれを避けて通るのは許されないと思いますよ!
*
2020年代の“大河ドラマ”製作費は一回45分で、一説に7900万円とか。
諸説ありますが、そういうことなら……
90分が三回続く『火星の女王』には三億円から五億円ほどかかっているのかな?
よくわかりませんが、視聴料を払っている身としては、砂漠でカーチェイスするマッドマックス調のありきたりなCGよりも、脚本とドラマの表現に製作費を傾注してほしかったものです。
それに運ぶ人員とペイロードが少なければ、火星には炭酸ガスの大気があるのですから、道なき道をガタガタドタドタと走るノロい地上車両よりも、“空飛ぶクルマ”みたいな回転翼機や熱気球(可視光吸収率99.98%の暗黒シートを使ったマックロバルーンで太陽光を浴びて温める)とか水素飛行船は無理なのかなあ。大気が炭酸ガスなら燃えないので、ヒンデンブルグな水素飛行船でも安全に運行できるのでは?
*
ともあれ『火星の女王』。
住民10万人を地球へ撤退させるなんて、それなりの理由があるんでしょ?
要するに諸般の事情で、火星開発事業の採算が取れなくなったってことですよね。
それなら、火星の低重力(地球の三分の一)に順応していて、地球に連れてきても1G環境下ではヘロヘロで労働力にならない10万人を帰還させるために新たに何百隻の宇宙船を建造するのですか! そんなカネがどこに? それこそISDAの事務総長が逆立ちしてドジョウ掬いを踊ってもますます超巨大赤字タレ流しですぞ。
それなら、黙ってコッソリ超極秘の“火星トンズラプロジェクト”を計画して、ISDAの幹部とその家族だけがササッと火星を離昇して、残ったロケットはみんな爆破、後は一切通信途絶で知らないよ……という、ほぼ10万人黙ってバッサリ見捨てて事実上虐殺の方針で計画が進むはず。悪い奴等だよなア。
しかしまあ、置き去りにした10万人を一切救援することなく十年二十年とほったらかしにするためには、それなりの政治的理由づけが必要になるはずです。
だって地球から、グレタさんみたいな人道活動家が粗末な宇宙ヨット船団を仕立てて、見捨てられた火星の救援に出発するかもしれませんし。
そのような事態を防いで、火星の10万人を堂々と孤立無援にするためには……
そうです、火星が内戦状態になればよいのです。
そこでISDAは画策します。
最後の火星脱出ロケットが飛び立つ直前に、火星のコミュニティでわざと内乱を勃発させ、火星のテロリストと住民に武器弾薬をドッサリ与えて、お互いに殺し合ってもらいましょう。
そうすれば、火星の地上に残ったロケットを全て爆破しても自然だし、電力や水の生成プラントも破壊して、感染症の病原体をばらまいても疑われない。
内戦と、伝染病の蔓延。
そうなれば住民同士がサバイバルで殺し殺されて絶滅するまで数年間、誰も地球から火星に行かないように政治的隔離することが可能となりますね。
ということで、ISDAが仕掛ける火星内戦計画、そして幹部たちが脱出するラストロケットの発射準備が刻々と進む。
これを察知した、とある火星住民はどうするのか。
リリの誘拐には、そういった背景があってしかるべきと思うのですが……
ドラマでは、「ISDAの軍・警察vs火星住民」の図式でしたが、体制側が仕掛ける陰謀は「火星住民vs火星住民」の内乱であるはず。
そのあたりの不気味な緊張感が、ドラマではどうにもフニャラとしていまして、歯切れの悪さが引っかかって、物語に没入できませんでしたね。火星ラジオで「♪命からがら~」と歌う場面が何とも能天気で……
ISDAは本気で、いかなる犠牲を払っても、10万人殺すつもりだ……
そういう恐怖の本気度が、どうにも伝わってこないのですよ。
それに、火星と地球で発見された、例の黒い“物体”の正体。
一説に、安定化されたマイクロブラックホールとか。
ともあれこの二つの物体のおかげで、ISDAの火星撤退計画は御破算となり、火星住民は無事に火星生活を続けられるというオチになるらしいのですが……
そこンところの因果関係の説明がわからず、結末がスッキリしないのです。
しかも、二つの物体は、遥か太古の昔に地球と火星を訪れた異星人が、いつかそれぞれの星に知的生命体が繁栄して、この物体を発掘して活用しようとすることを見越して、ある種の文明進捗観測装置として置いていったものらしい……との推測が述べられて終わります。
が、そういうことなら、二つの物体は『2001年宇宙の旅』(1968)のモノリスと同じことになり、60年近く昔の名作SFから、アイデア的にはこれといって進歩していないことになります。
あ、そういえば『火星の女王』の女王って、誰なんだ?
うーん……
まあ、いいか。
ということで、『火星の女王』の原作を買って読む気力が盛り上がらないまま、年を越してしまいました。原作はいいのですが、ドラマがイマイチなのです。
ところで……
火星ときて、ブラックホールときて、異星人が残した物体ときたら……
そう! 『さよならジュピター』。
1984年に映画公開され、ほぼ同時に原作小説も出版された、故・小松左京先生の超大作SF!
火星の極冠氷床融解計画の成功。赤い砂漠に水が満ちる。
その氷の下から出現した、異星人の巨大絵画風メッセージ。
あいつら、ラクガキが好きだったんだなァ。
その内容が暗示する、遥か昔に異星人が残した、木製の雲海に潜むナマコクジラな姿をした巨大機械生命体らしき“ジュピターゴースト”の正体とは?
そして、静かに地球目指して迫りくる恐怖の大王、移動性ブラックホール……
『火星の女王』のガジェットネタをさらに深く掘り込んだ内容の、超大作SFが、40年あまり昔に、すでに全国の銀幕を飾っていました。
『火星の女王』を観終わって、スカッと爽やかな気分になれた人、あまりいないのでは?
あのどうにもならない、何ともモヤモヤした印象を払拭する、爽快な“お口直し”には、やっぱ、あの名作『さよならジュピター』ですよ!
なんといっても、描いている舞台が、両作とも全く同じ、西暦2125年!
(『さよならジュピター』は主人公・英二の墓碑銘によると、物語の中で2128年まで進行しますが)
今こそ観よう、『さよならジュピター』!
こっちには、火星撤退なんて後ろ向きの未来は無いのです。
みんなで頑張ってファイナルフロンティアへ前進あるのみ。
木星を太陽にしてしまい、太陽系の外惑星を明るく照らして開発するのだ!
そんなプロジェクトXな、“明るい未来”を、火星でなく木星で満喫しましょう!
【次章へ続きます】




