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暫く二人でテラスで黙して茶を飲んだ。

少し冷たい風が吹くと、レブロンが肩掛けをルイーゼの肩にかけた。


「ありがとうございます」


「……最初からこうしていれば良かったんだな。私がルイーゼを縛り付けていたんだな。もっとルイーゼを頼れば良かった。私が至らないばかりに君に負担を掛けていたようだ」


「陛下、私の気持ちを汲んでいただきありがとうございます」


ルイーゼが言うと、レブロンは笑んだ。


「ルイーゼ、私の気持ちを理解してくれたか?」


レブロンは、満面の笑みを浮かべる。

ルイーゼが応えるように笑った。

その笑顔を見るだけで、レブロンは胸の辺りがキュッと締め付けられた。

ルイーゼの笑うと細く弧を描く瞳が好きだ。

目尻に寄る皺までも愛しい。

はにかんで小さな口元を隠す仕草も愛らしい。

その総てがレブロンに刻み込まれているように、胸を締め付けるのだ。

風が吹くと、庭に植えられた木の葉が棚引く。

彼女の髪までも拐っていくように。

レブロンは髪の一本までも拐われてしまわないように、ルイーゼの背後に立ち、繊細な髪を掴んだ。


「風が出てきましたね」


囁くように。

まるで自身に言い聞かせているような物悲しい口振りが、レブロンとの別れを惜しんでいるように感じた。

だが、それは自分の中で勝手に解釈した思い違いであると理解していた。

何せ彼女は今、ハンドラー小侯爵との縁談の渦中にいるのだ。


「その……、ハンドラー小侯爵との件は本気なのか?」


レブロンの探るような言葉に、ルイーゼの指先がピクリと痙攣した。


「まあ、そうですね。悪くないと思っています。私のような者は貰い手があるだけ有難いと思わなければいけませんし。何より、ハンドラー小侯爵様であれば、形ばかりではあるかもしれませんが、きっと私を蔑ろにはしないでしょう。お互いに尊重し合う関係が築けるのではと思っております」


いつからだろうか。

ルイーゼが自分を卑下するようになったのは。

それもレブロン自身の所為であるのだろう。

理解はしていた。

しかし、彼女が殻にこもってしまえばいいと思っていたのも事実だ。

いっそ誰も彼女を見つけられ無い程閉じこもってしまえばいい。

いつもレブロンの陰湿な願望と、偽善の願望が混ざり合っていた。

その混沌とした心情は、最早純粋な愛情では無く、単なる執着心なのだ。

目の前でゆらゆらと揺れては遠去かるルイーゼを屠り尽くしてしまいたい。

狂おしい程の渇望が支配する。

その己の悍ましい感情をルイーゼにすら見せずに蓋をして目を逸らす。


「そうか……。君の幸せは私とは共に無いのだな」


レブロンが嫉妬に狂った己を隠すように呟くと、ザッと突風が吹いた。


「え?陛下、何と申されましたか?」


ルイーゼの問いに答えず、風に飛ばされた肩掛けを眺めていた。


















晴天である。

フィリックと会う日はいつも晴天だ。

勿論、ルイーゼにとっては雨だろうと、晴れだろうと景色は変わらず暗闇である。

ただ、心地よい風が頬を攫う瞬間や、カラッとした空気を吸い込む瞬間が好ましくはあった。


「良い天気です。陽射しに足された色が、白んだ青空に暖かみを添えています。大通りに植えられた街路樹にここ数日吹き荒んだ風が運んだ木の葉だらけです」


フィリックは開口一番にそう言った。

堅苦しい挨拶も無く、ただ有り有りと目の前にある景色を語り出した。

随分と気安い雰囲気が、自然とルイーゼの力を抜いた。


「歩き難いのではないですか?」


いつも側にいてくれるハンナの代わりに、フィリックが寄り添ってくれている。

差し出されたフィリックの腕にそっと手を添える。

ハンナよりも太く、ゴツゴツとした逞しい腕に形容し難い気分になった。


「いいえ。強いて言うなら、非常に気分が良いですね」


フィリックは徐ろにルイーゼの添えられた手に己の手を重ねた。


「ハンドラー小侯爵様」


「いけませんか?」


「いいえ、そう言う訳では……」


「そろそろ名を呼んでくれませんか?」


包み込むように、手を軽く握られた。

涼しい声音とは裏腹に、熱い手だった。


「食事が終わる頃には」


ルイーゼが控えめに申し出ると、フィリックは笑った。


「では、一刻も早く食事をしましょう」


そのフィリックのキッパリとした物言いに、ルイーゼもぎこちなく笑みを浮かべた。

正直な話、どうして良いか分からないのだ。

歳の近い男性の知り合いなど、兄とレブロンしか居らず、特段社交的な方でも無い。

いつも大体屋敷にこもって過ごしている。

そんなルイーゼにとって、フィリックは未知の存在だ。

おまけに会話で相手を楽しませるような器用さも無いと自覚があるだけに、フィリックが退屈しないか心配だった。


「行きましょう」


そんなルイーゼの心情などお構い無しに、フィリックは歩を進めた。








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