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どうしてこんな事になったのだろう。





王国歴百五十七年。

現在、輝く太陽である玉座には、レブロン・オシリス・ジュナイブ陛下が座している。

長らく続いた隣国との十年戦争を見事終結させた偉大なる太陽王である。

叡智に優れ、民心を虜にする麗しい容姿。

眼差しは澄み切った湖のように美しく、筋肉質な四肢は長身に映える。

完璧な王を賜われた。

皆が口々に言う。


ただ———。


完璧なレブロンに一つだけ糸傷があるとするならば、それは彼が心底溺愛する人物のみだ。




「ルイーゼ・マルガレーテ・カサノヴァ。そうでは無いだろう?」


ルイーゼはいつも暗闇の中を歩いている。

一筋の光もささない暗闇。


「陛下?何か粗相でもしましたでしょうか?」


ルイーゼは、恐らくレブロンがいるであろう方向に顔を向けながら小首を傾げた。


「そっちじゃない。私はこちらだ」


強引にレブロンの大きな手により顎を捉えられた。


「ああ、申し訳なく……。で、えーと。何でしたか?確か陛下の婚姻についてのご相談だとか。やはり一押しはトライゼル侯爵のお嬢様でしょうか。私なんかにも優しく接してくださいますし、性格も非常に温厚でした」


「そうじゃないだろう!」


テーブルを勢いよく叩いた音がした。

上に乗っているだろう茶器がガチャガチャと音を立てる。


「まあ、怖い。陛下は私といるといつも怒ってばかりいらっしゃいますね。兄の面子もあり、難しいかもしれませんが、わざわざ私を気にかけてくださらなくてもいいんですよ?」


「ルイーゼ。私が言っている意味が本当に分からない訳では無いだろう?確かにお前の兄であるタイラントは腹心とも言える存在だ。要職も充てがっている。だからと言って他にもいる総ての重要な職に就いている貴族の兄妹に茶をもてなす程暇では無い事も知っているだろう?」


レブロンは溜め息混じりにルイーゼを諭した。


「解っています、陛下」


ルイーゼは自分に出来得る限りキリッとした表情を作った。


「解ってくれたか?」


レブロンが訝しげな声色を出す。


「陛下程偉大な王になってしまうと幼馴染程貴重な存在かもしれませんね。何事も本音を吐き出す場は必要です」


ルイーゼは突然手を握られた感覚に思わず己の手を引こうと反射した。

逃すまいと更にもう一つの手が縋ってくる。


「そうじゃない……そうじゃないよ、ルイーゼ。もう観念して私の物になってくれ」


消え入りそうな囁き。

それと同時にルイーゼの指先に柔らかな絹糸のような物が触れた。

きっとレブロンのきらきらと輝くブロンドだと思った。

ルイーゼとて、レブロンが求婚しているのだと解ってはいる。

だが、受け入れる訳にはいかないのだ。

完璧な王に、盲目の自分など決して似合わないからだ。

レブロンは完璧であるが故に自分がかつて犯してしまった過ちを修正したいだけなのだろう。

ルイーゼはそう考えていた。









かつてルイーゼの世界は光が溢れていた。

目が見えていた時はそんな風に考えていたわけではないが、振り返り、思い出の景色や人物達を夢想する内に思うようになったのだ。

なんて愛しい景色だったのだろう、と。

その煌めきの中で一際輝いていたのが、レブロンだ。


レブロンとルイーゼの兄であるタイラントは同じ歳である。

ルイーゼは二人より四つ年下だ。

レブロンは当時皇太子であったが、同じ歳のタイラントは丁度良く、更に二人は気が合ったのか度々レブロンはルイーゼの屋敷に遊びに来ていた。


その日もそうだった。


ルイーゼはレブロンを実の兄のように慕っていた。

タイラントとレブロンが何処そこへ行くと言えばついていきたいと駄々をこねた。

大抵は優しい二人が折れてくれる事をルイーゼは知っていた。

だからその日もいつものように泣いて困らせた。

二人が遠乗りに行くと言った。

いつもなら了承してくれるタイラントが、その日は断った。

だが、遠乗りには行った事の無いルイーゼは執拗にお願いしたのだ。

まだ乗馬を習ってから日が浅い為断る兄のタイラントの心情を無視してルイーゼは食い下がった。

二人が膠着状態になっている中、レブロンが割って入った。

今日は予定を変更して一番近くの湖までにしないかと提案してきたのだ。

更には城から連れて来た一番大人しい馬だから、とレブロンは自分の馬に乗るようにルイーゼに言った。

優しいレブロンの言葉にルイーゼは嬉しくなり、何度も頷いた。

それならと、渋々タイラントは了承した。

そして結局事故は起きたのだ。

湖の近くに着いて辺りをゆっくり歩かせていた時の事だ。

近くの茂みから飛び出した獣に驚いた馬が嘶いた。

その拍子にバランスが崩れる。

ルイーゼの軽い身体は簡単に放り出された。

レブロンにしても慣れない乗馬だ。

馬の制御に精一杯でルイーゼまで庇う余裕は無かっただろう。

ルイーゼが落ちた先にあった細い木の枝が柔らかなルイーゼの眼球を傷付けた。

共について来ていた従者やタイラントにレブロンが抱き起こし、慌てて屋敷へ取って帰した。

医師に診てもらったが、既に手遅れであった。

眼球の傷は次第に治りはしたが、神経を切ってしまったらしく、間もなく失明した。

そこで罪悪感を感じるレブロンにルイーゼは間違いを犯してしまったのだ。


『大丈夫、私が悪かったから』


そう伝えた時、しまった、とルイーゼは思ったのだ。

取り上げられてしまった贖罪は、レブロンの中で執着心へと変化してしまったのだ。

勿論、兄達の言葉を聞かなかったルイーゼにも非がある。

しかし、レブロンの謝罪の機会を奪うべきではなかったのだ。

———幼かったあの時に。

せめて違う言葉がかけられていたならば。

あの尊き人を縛り付ける事も無かったのだろう。

断ち切らなくてはならない悪縁だ。

ルイーゼは、目の前にいつも佇む暗闇に意識を埋めた。









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