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第二話 歪んだ街

 夢でも電車に乗って遠出をすることができる。夢の世界の駅舎は通路や階段の構造が実物よりも複雑奇っ怪で、通学時に使う路線とは違う秘密のホームへ降りれば、湾岸都市行きの電車がやってくる。車内には俺以外誰も乗っていないのに乗客の気配があって、邪魔をしないよう端っこに立たなくては、という気分になる。高架線路は現実ならありえないほど桁が高く、高層ビルの中層階をかすめてどこまでもどこまでも続いている。しかし電車が戻ってきたりもする。俺が“海へ行きたい”と思うと、俺を乗せた車両は海へ向かってゆく。

 電車がいつのまにか台車だけになり、俺は吹き曝しの床にしがみついた状態で湾岸都市の駅にたどり着いた。早く海が見たい。だけど白い戸建てがごちゃごちゃと密集する住宅街を通り抜ける必要がある。なぜか他所の家の裏庭みたいなところを歩き、潮風を感じながら港にやってくると、水平線のかなたに化学工場が霞んで見えた。海面は護岸すれすれの高さがあり、ときどき靴裏を海水が濡らす(つまり護岸が役に立っていない)。俺は海が好きだ。青灰色の空、青灰色の海。視界を遮る建物のない、地球の丸さを感じる眺めが好きだ。でも、そうそう行けるところじゃないから、この夢は俺の願望に違いない。海鳥の鳴き声を聞きながら行き交う船をぼんやり眺めていたら、青灰色の上空で一瞬、何かが光った。


 青空に閃く輝点は、太陽光を反射した飛行機や気球ではなかった。視界の正面で光ったかと思うと左で光り、右斜め上で光り、しまいにいくつもの光が青空でランダムにきらめき始めた。あんなに遠くにあるのに、全部が俺を狙っている感じがする。大勢のカメラマンに囲まれてフラッシュを焚かれているみたいで不快だ。この不快感……昼間見た夢の独楽に似ている。なにか異質なものが夢に入り込み、俺を嫌な気分にさせている。俺が“あいつ”の登場を望んだとき、海面が盛り上がって波が砕け、期待どおりのものが現れた。

 すごい量の海水が俺の両膝を撫でて流れるあいだに、直線的な黒い頭が、肩が、そして胴体が伸び上がった。外から見る人型のそれには、顔のような構造はあるものの目も口もなく、つるっとしたボディの奥を縦横に不思議な緑の光が奔っている。何にも似ていないのだが、あえて喩えるなら、かっこいい巨大ロボットというよりは、美術館に展示してあったら誰もが首をかしげるたぐいの前衛的なオブジェみたいに見える。案の定、黒いハッチが開いて、俺はロボットの腹に乗り込んだ。

 とりあえず上昇してはみたが、どうやって戦えばいいんだ?独楽と違って襲いかかってくるわけじゃない。そもそも独楽といい、光の点といい、何なんだ?敵って感じはするが、敵なのか?



“somnus”



 その単語のイメージと同時に、倒さなくてはならないもの、という感じがした。ロボットが倒せと言っている。俺のほうに動機があるとしたら、光がきらめくたびにチクチクと刺すような不快感が俺を苛つかせるからだ。不快なものはロボットの力で排除したい。いま光ったあたりに手を伸ばして光線を発射してみたが、当然なにも手応えがなかった。いつ、どこに光が現れるか分からない。光ってから撃ったんじゃ遅すぎる。光点は前後左右と足下と頭上の全方向から俺とロボットを翻弄し、港から市街地へ逃げても無駄だった。


 空飛ぶロボットには傷ひとつないが、ロボットを囲んで瞬く光の何かが直接、俺の気分を攻撃している。為すすべもなく攻撃を受けるうち、あることに気がついた。光よりも不快感のほうがわずかに早いのだ。嫌な感じが来る方向に注意して神経を研ぎ澄まし、ここか!と思ったところへ光線を叩き込むと、何かが弾けて銀色の欠片がきらきら光りながら散らばり落ちていった。敵はとても小さいだけで、意外と近くにいた。続いて別方向から不快感がやってくる。光を見る前に撃ち落とす。見ていなくても位置が分かるから真後ろでも狙い撃てるが、あっちにも、そっちにも、敵は一体や二体じゃないようだ。三つ、四つ、五つ……、不快感の放射源はまだまだ増える。三体以上同時に来られると、方向が予測できても光線を撃ち出す腕の数が足りない。

「こんなにいたのか!ちまちまやってたんじゃ、きりがないな!」



“信じて”



「信じろって?何を?」



“わたしは、あなた”



「俺を……?俺の思い通りにできるって言いたいのか?」

 そういえば、悪夢を良い夢に変える方法ってのを聞いた覚えがある。夢の中で“これは夢だ”と自覚してしまえばいいそうだ。もちろん俺は気づいている。さっき光る点に襲われたとき、ロボットが欲しいと思ったらロボットが現れた。いま望むものといったら、周りの敵をいっぺんに片付ける手段に決まってる!昼間の夢でやったように両腕を広げ、それから胸の前で交差させると、俺と同じ姿勢の黒い騎体から緑に輝く衝撃波が拡散して、ロボットを取り囲む銀の球体がいっせいに砕け散った。ここは俺の夢の中だ。夢を見ている俺が望むなら、ロボットの武器はいくらでもあるのだった。

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