9.進化を志す部活
と。今まで黙っていた少年が胡散臭そうな物を見るような顔でヴェルりんを見、への字に結んでいた唇を開いた。
「ジャパンが滅びたのは五十年も前だ。今更知らない者がいる筈ないだろう。くだらない茶番はやめて、さっさと所属を明らかにしろ」
その言葉は、とても友好的とは言えないものだった。
蛇瑰龍さんやラウルス先生が好意的に接してくれて、優樹の言葉にもきちんと耳を傾けていたから忘れていたが、よくよく考えればこいつは異世界から来たと名乗る変な奴だ。存在自体が不審なこいつを黙って見過ごせない人間がいたっておかしくはないだろう。
不機嫌そうな表情の少年に首を向けたヴェルりんは、こちらもまた不機嫌そうな声で言い返した。
『知的生命体の話は最後まで聞かないと痛い目見るぞ』
「貴様が知的生命かどうかは関係ない。最初に思い浮かぶのはギリシャだが、あの国が兵器にジャパン臭さを付ける筈はない。チャイナやコリアも程度の差は在れ同じだろう。地理的に近いハワイ・ダチーか? ジャパン贔屓のイタリアか? それとも魔鉱山大国ドイツか?」
『……無礼な口を慎め、サルゴス』
「フランス……いや、発音的にはむしろジャパンのカタカナか? 蛇瑰龍がいるこの空域でジャパニーズギルドの連中が何かするとは思え……」
『今俺サマがなんと言ったのか聞こえなかったのか? 未熟な童子めと言ったんだ』
その途端。
少年は銃を構え、躊躇いなく引き金を引いた。
「な!?」
ドンッッ!!
あまりにもアッサリと抜き放たれた死の弾に、心臓が握り潰されたような衝撃を受ける。
銃口の先はヴェルりん。不敵な笑みを浮かべた彼はワニのような顎を大きく開き、馬鹿にするように突き出した舌の先で銃弾を受け止めていた。
途端に押し寄せる呼吸の荒波。
クソッ、俺はただの『配達官』なんだ。いきなり銃なんて『人殺し』の武器を友達に向けて放たれたら、これだけ取り乱したって仕方ないだろ。
「ハッ、ハッ、ハ……は、はぁ……」
優樹は無事。優樹は無事。優樹は無事……何度も何度も繰り返す事で、ようやく心の方も落ち着きを取り戻してきた。
『グル……グオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォルオオォォォ!!!』
ヴェルりんはわざとらしい程重い音を鳴らしながら翼を大きく広げ、本物のドラグノもかくやといった咆哮を上げた。俺が息継ぎをしている間に閉じられていた口を開くと、吐き捨てるというには勢いの乗り過ぎた何かを少年に向かって吐き出した。
鈍い音を上げて飛んだ何かは少年の……少年?
いいや、違う。
さっきまで少年がいた場所に、リザードマンのような姿をした誰かが立っていた。
その『誰か』はゴツくて太い、くすんだ群青色の腕を鋭く一振りし、ヴェルりんが吐き出した何かを受け止めてみせた。
「オレの弾を撃ち返してくるとはな。しかも、こんな小細工まで」
口も喉も変わっているのに、声は少年とまったく同じだ。
この男が少年なら、彼は――
「獣化人……」
『吸血鬼の次はトカゲ人間かよ。ほんっとファンタジーなんだな、この世界は』
俺の呟きはヴェルりんの侮蔑的な「トカゲ」という言葉に遮られて消えた。
ケダモノと人の姿を持ちし者、獣化人。
彼らは普通の獣人種や爬人種と違って、普段はヒューミヌ種と同じ姿で生活している。狼人間や広義のライカンスロープ、ミュルミドーンなんかがそれに該当して、つい一世紀前まで世界的に差別されていた人達だ。
獣化人として最も有名なのはライカンスロープだ。その大半は呪術等で後天的に獣化人へと変えられた人間で、他者を同族へ変える『隷獣』として恐れられてきた。先天的な獣化人は稀で、今なお人里離れた秘境で身を潜めて暮らしているらしい。
現在は国際法によって獣化人への差別と人間への獣化人化が禁止されているものの、今この場において獣化人の少年が守るべき法はない。
彼の視線は真っすぐヴェルりんに向けられており、器用に爪で摘まんだソレを掲げていた。
――鉛色の、小さい手袋を。
『投じられた手袋の意味は、こっちでも同じだよな?』
「決闘の申し込みがしたいのか。厚かましく、卑しい偽物め。相手の足元に投げるのが正しい作法だ、恥知らずの無礼者」
『おーおー、吠えちまってまぁ、格好の悪いことだ。そんなもん床に投げたら削れちまうだろうが。最近の若い奴は配慮ってもんを知らんのかねぇ?』
凄まじい勢いで険悪になっていく二人。
俺は……止めるべきなのか? 決闘は貴族にとって神聖な行為だ。大貴族であるラウルス先生の前で放たれたソレを、平民の俺が……
いや、止めよう。
ベッドから立ち上がり、一触即発状態の二人の間に割って入った。
「馬鹿な事やってるんじゃねぇよ、優樹。大体お前、どうやってこの人と戦おうってんだよ。《ヴレイオン3》か? 大人げなさすぎるだろ。恥を知れ、恥を」
たった今、ラウルス先生と優樹の話し合いで優樹や《ヴレイオン3》は俺の管理下に入るって事になったばかりだ。なら、俺が責任を持ってこの喧嘩に対処しなければならないだろう。
『安心しろ、サトル。《ヴレイオン3》が無くたって、俺サマは強いぜ? まあ《ヴレイオン3》の中に本体があるから、根本的な問題として機体が無くなると戦えなくなるけどな』
ヴェルりんは今更ながらにAIらしく、直前までのトゲトゲしい声音が嘘のように優しげな声で言った。
強いとか弱いとかが問題なんじゃねぇよ。
「お前が勝とうが負けようが知ったこっちゃないが、まず争おうとするなよ。あんたもだ。信じられない気持ちは痛い程分かるが、だからって問答無用で『そんな武器』を使うんじゃねぇよ。それライフルじゃなくてハンドガンだろ。お前今、人殺しの武器を学徒の所有物に振りかざしたんだぞ。校則違反で風紀委員を呼んだっていいんだからな。分かってるのかよ、おい」
最初はただ制止するつもりだったが、段々と腹が立ってきた。
もしヴェルりんがただの子ドラグノだったら死んでたかもしれないんだ。文句くらい言っても罰はあたらないだろ。
「黙れ、ジャップ」
沸き上がる怒りに任せて攻撃的な言葉をぶつけたものの、殺人武器の前には無力だった。
侮蔑的な視線を投げられ、銃口を突き付けられた。
それだけで俺の身体は動揺で震え、全身に濡れた死神が這いずり回っているような気分になる。
「ふん。素人が賢しらげに語ってどうなるというんだ? たまたま巻き込まれただけの子供の癖に、首を突っ込もうとするな」
……屈辱に、血管がはち切れそうだ。
何様のつもりだと声を上げようとする俺を、ヴェルりんが偽りの翼で止めた。
『やめとけやめとけ。そいつは典型的な『職業軍人以上、中学生以下』のいかれた兵士だ。一般人のありふれた言葉で動かせるような心なんざ持っちゃいないだろうよ』
こ、こいつもこいつで酷いこと言いやがるな。お前ら初対面なのになんでこんな仲悪いの?
ヴェルりんは俺を押しのけ、ピンと伸びた尻尾で俺の胸をつついた。
『俺サマは思いあがった馬鹿が嫌いだ。その性質を直す為に、俺サマの一族は何世紀も努力を重ねたからな。舐められっぱなしも性に合わねぇし、生まれてこの方一度も大嘘を吐いた事はねぇ。俺サマが俺サマを誇らしいと思える大事な部分を、このトカゲ畜生は無遠慮に汚しやがった。無知が罪じゃなくなるのは無垢な間だけなんだよ。血と憎しみで汚れた鱗を引っ提げた輩に、俺サマが遠慮してやる義理はねぇ』
……強い決意と、大きな不満が鼓膜を震わせた。
俺はそれでもこの争いを止めたいと思う。相手は蛇瑰龍さんの仲間だし、獣化人といったら今も人々に忌避される存在だ。辛い思いをしてきたのだろうし、きちんと謝るつもりがあるのなら失礼な言動を忘れたっていい。
だが、相手はどう見てもヴェルりんを八つ裂きにしてやるとばかりにかぎ爪を構えている。とても友好的に付き合える相手だとは思えない。
「貴様のエゴに興味などない。どうしても話さないというのなら、そこのおん」
「黙るがよい」
獣化人の少年がルビリアにかぎ爪を向けた瞬間、彼の背後に緑青色の髪の少女が急接近し、鱗と同じくすんだ群青色の首に手をかけ――!?
「アガッ……」
――煩わしい小枝でも折るかのように、躊躇なくへし折った。
「そなたも男であるのなら、挑まれた決闘を勇ましく受けるべきであろ。それを事欠いて女に手を出そうなどと、恥を知るがよい」
ひ、人一人殺しておいて、あっけらかんと男女差別的な説教を行う少女。少年と一緒に蛇瑰龍さんを介抱していたもう一人なのに、どうして――
信じられないことに――かぎ爪付きの手で強引に首を真っすぐ伸ばした少年が苦々しげに口を開いた。
「貴様には関係のないことだろう、ディーオ。それとも、貴様を創り出した研究所が新たに碌でもない物を作り上げたのか」
ま、まったく普通に喋って……なんて生命力なんだ。
確かに獣化人は自己治癒能力が高いと聞いたことはあるが、首の骨を折られて即復活なんて、はるか古代のヴァンパイア種でもなければ不可能な筈だ。
伝説のパイロットである大白理彦様の御孫様であらせられる蛇瑰龍さんが部長を務めるだけあって、部員も普通じゃないという事なのか?
「我が研究所がこの者のような魔力を持たぬ生物を作る事はない。そもそも我が蛇瑰龍の神から伝えた言葉を忘れたのか? 『これより来るは我の界でもこの界でもない、異なる時空から訪れた旅人である』と、そう言ったではないか」
「神の言葉など信用できるものか」
「ならば我の予言を信じよ。同じことを二度も言わせるでない、頭の悪い男よ」
「貴様の胡散臭い占いなど悪魔の助言より信用ならない」
「ほう? 我の予言は幾度もそなたらを救ってきた。それすら忘れたというのか? 今も我が止めなければ、そなたはドラグノの幻影に屠られていたというのに」
「出鱈目を言うな。このオレに敵う敵など本物のドラグノ以外に……」
口論の最中、またしても少女が少年の骨を折った。首じゃなくて鼻の……つまり、勢いよくぶん殴ったのだ。ソニックブームのような音が少女の腕から放たれたように聞こえ、滑らかな風が『地下室』に流れた。
ディーオ、と男性名で呼ばれた少女は鼻血を流しながら後ずさりする少年に酷く冷たい声で吐き捨てた。
「この我が、生と死の断定を違うと思うか。覚悟するがよい、ビムクィッド・メディスベー。そこのヴェルりんとやらの手を借りるまでもない。我の手によって引き裂いてくれる」
少年――ビムクィッドと呼ばれた彼は何かを口にしようとしたが、ある方向を向いて悔しそうに口を引き結んだ。
視線の先には、ようやく魔法の絨毯から降りたラウルス先生が片手を上げて立っていた。
「『猛獣』君、そこまでにしたまえ」
「しかし、どこの手の者とも知れぬ者を放置しては……」
「問題ない。彼の前では、問題にはならないと言った方が正しいかもしれないけど、先生が手を尽くすような事態にはならないと断言しよう」
何がラウルス先生にそこまで言わせられるのか。そんな疑問も、ラウルス先生の自信に溢れた態度を前に浮かんだ端から消えていく。
ビムクィッドも同じことを思ったのか、一瞬だけ不安そうな表情を見せた後、即座に真面目ったらしい顔で跪き、あっという間にヒューミヌ種の姿に戻って「仰せのままに、マイデューク」と答えた。
そんなビムクィッドに満足したような様子で笑顔を浮かべたラウルス先生は、未だ機嫌が悪そうな表情(トカゲの表情がなんで分かるんだ?)のヴェルりんに軽くだが頭を下げた。
御貴族様が頭を……! というような感じではなく、茶目っ気たっぷりの気取った礼だ。
「すまなかったね、ユウキ君。『猛獣』君は先生を実の親のように慕ってくれているんだ。自分の父親が突然狼を飼い始めるなんて言ったら、誰でも不安になるだろう? ここは先生の顔に免じて許してくれないかな?」
分かるような分からない例えを上げ、片目を閉じながら手を合わせるラウルス先生。それでもヴェルりんの不機嫌な表情は治らなかった。
せっかく穏便に済みそうなんだ。ここで黙っている手はない。
「なあ優樹、お前が怒る気持ちはよく分かるが、ここは大人になってくれないか? ほら、まだこの子……ルビリアさんの処遇をどうするか、聞いてないだろ?」
この世で唯一人の娘の名を口にすると、ヴェルりんは如何とも言い難い極彩色で身体を点滅させるという意味の分からない方法で更なる不機嫌さを訴えたが、すぐに元の緑がかった黒色に体色を戻し、不承不承と言った様子で言った。
『はぁ、過保護なこって。分かったよ、さっさと話し合いを続けよう。それからサトル。俺サマの可愛い宝石を口にする時は親しみを込めてルビリアと呼び捨ててやってくれないか? この世界どころか元居た世界にさえ他人との縁がないんだ。『マーダー』として、《ヴレイオン3》に束縛された者同士の誼で……どうか、友達になってやってくれないか?』
は……い、異性をいきなり呼び捨てなんて、また微妙にハードルの高い事を……男女の性差を気にするなんて時代遅れもいいところだが、俺は女性慣れしてないんだ。花を育てた事がない人間に、薔薇の接ぎ木をしろと言うようなものじゃないか。
「……分かった」
でも、迂遠な言い回しで「友達がいない」なんて言われたら、素直に頷くしかない。ハードルは高いが、乗り越えられない程じゃないしな。
少し躊躇いながらも確かに頷いた俺を見て、ヴェルりんはふっと笑みを漏らして元のおちゃらけたキャラに戻った。
『さぁってと。うちの子についてだが……多くは要求しねぇ。サトルと同等の権利を保障してくれりゃあ、生活の面倒は俺サマとサトルで見る』
俺と同等の権利……?
って、そうか。異世界から来たルビリアさ……ルビリアには身柄を保証する国家が無い。衣食住以前に、国籍から手に入れなくちゃならないんだ。
生活の面倒は……まあ、先導員の手伝いでもして稼げばいい。
『サトル、この空飛ぶ島でアルバイトって可能なのか?』
優樹も同じ考えのようだ。
彼の質問に同意を示し、後で掲示板を確認すると約束した。
「承知したよ。我が国の戸籍を用意し、ヒースタリア学園への臨時転入手続きを行おう。住む所はどうするのかな?」
なんでもない事のように、ヴェルりんは答えた。
『ああ、サトルの部屋に住まわせるから気にする……』
「気にしろ! 大体、俺の部屋は相部屋だぞ!? 女子なんか入れられるか!」
これだけは譲れない。もしもルビリアのような……か、可愛い女の子なんて連れてきたら、年齢差なんて関係なくルームメイトに『ロリコン』と言われるのがオチだ。日本人は皆オタクでロリコンだと思い込んでるんだ、あの白人ども。
『そうか、なら仕方ないな』
言葉だけは潔いヴェルりんだが、直後に浮かべたあくどい笑みに背筋がゾクッと震えた。
『部屋を一つ借りたい。サトルはそこに引っ越し、な』
「な、なんで俺を引っ張り込みたがるんだよ!? 大体、成人前の男女の同棲を認める先導員なんて……」
「いいよ」
「ラウルス先生!?」
思わぬ裏切りに目を見開く。
先生はニコリと人の良い笑顔で「ユウキ君が望んでいるのなら、それ相応の理由があっての事だろう。レディ・ルビリアを頼んだよ、『旅人』君」と楽しそうに宣った。絶対大した理由じゃないぞ。御貴族様の遊興だろ、これ。
「……仕方ない。部屋を借りるにもお金がかかるし、節約の為と思って割り切るよ」
さっきラウルス先生から貰った小切手を使うつもりはない。
あんなもの、よほど切羽詰まった理由が無い限りとても使えたもんじゃない。いきなり大金を手にするのも怖いし……いざという時、ルビリアを守る為にも使える。もうちょっと時期を見た方が良い。
『俺サマの可愛い子に何貧乏くさいレッテル貼ってくれてんだこのやろ。ま、金の切れ目が縁の切れ目とも言うから、纏まった額が手に入るまではその言い訳で勘弁してやるよ』
ゴリ押ししたのはお前だろ! 一体何様のつもりだコイツ!
「すぐに部屋を手配しよう。そうだね、折角だから誰も使っていない従者用の部屋を用意しようじゃないか。貴族の部屋ほど豪華じゃないが、一般学徒の部屋よりは住みやすいよ」
従者用の部屋か。確か貴族が学園に通う際の側仕えを寝泊りさせる部屋で、学徒用の部屋と違ってキッチンやトイレ、緊急時の離発着用ベランダが備え付けられているらしい。ホテルみたいなものだ、と先輩(イギリスの子爵の三男)が言っていたのを覚えている。
「ご配慮、ありがとうございます」
わざわざ従者用の部屋を提供してくれたのは、間違いなくルビリアの為だろう。
いくら転入生として扱うとはいえ、時期が外れているし、本人はこの世界の事をまったく知らない。そんな状態で共用の学食やトイレなんか使わせたらそれだけで問題が起きそうなものだ。その気になれば教室を行き来するだけで生活できる従者用の部屋なら、ルビリアが慣れるまで隔離しておくことができる。
それに……表向きは次期公爵様の従者が住んでいる事になっている部屋だ。
婦女子に対して乱暴を働こうとする不埒な貴族除けにもなるだろう。
もちろん、ヒースタリア学園では貴族の横暴なんて許されない。だが権威によって集められた人間が悪意を持って動けば学園が把握する前に全ての悪事を終わらせ、証拠を回収する事だって不可能じゃない。普通の平民が私兵に脅されれば、従う他ないんだ。
しかし、次期公爵という強大な権威を持ち、他家の横暴にも真っ向から立ち向かえるラウルス先生の支配下にいればその心配もない。返り討ちにして逆恨みされる事もないだろう。
一先導員として扱ってくれと言った癖に、したたかな人だ。
「なに、交換条件という訳じゃないけど、君には我が『進化部』へ入部してもらおうと思っているからね。雷親父も身内には甘くなるというものさ」
……そういう事か。
正直勧誘されるだろうな、とは思っていた。名前は胡散臭いが、所属している面子は決して侮れない。蛇瑰龍さんにドラグノテミナル、異常な生命力を持つ獣化人にソイツをぶちのめす少女。明らかに戦闘系でSVRの所持までしている部活が俺を……《ヴレイオン3》をむざむざ逃す筈が無いよな。
「その、『進化部』というのはどういう部活動なんですか? 色々と良くしてくれた先生の期待には応えたいと思いますが、活動内容次第ではよく考えさせていただきたいです」
さっきからずっと気になっていた事を聞く。これだけのメンバーが揃っていて噂にもなっていない所や、俺と同期という事になる蛇瑰龍さんが部長を務めているという所から、つい最近になって出来た部活だとは察せられる。
しかし、『進化部』という抽象的な名前から活動内容を見極めるのは困難だ。もし遺伝子の改竄や生体改造なんかで強制的な進化を促すとかだったら、申し訳ないがお断りしたい。
そんな不安を読み取ったのか、ラウルス先生はクスクスと忍び笑いをして、「まあ聞きなさい」と言った。改めてベッドに腰を下ろし、ラウルス先生の説明に耳を傾ける。
――曰く。
『進化部』とは己の現状を打破し、『個としての進化』を促す為にあるという。
『集団としての進化』を目指すならバイオ研究部や騎士部に入部すればいいが、そういった普通の部活では持て余すような問題児に切磋琢磨の場を与える為の部活なのだ、と。
主な活動内容はSVRやゴーレム等の操縦訓練、生身の身体の強化、魔法の研鑽、技術鍛錬、部員同士での模擬戦、意見交換、非常事態における実戦訓練、そして不定期開催の遠征訓練。
資料用と思われる堅っ苦しく飾り立てられた言葉を要約すると、次期公爵の全面バックアップを受けた総合戦闘能力向上兼変人隔離用の部活という訳だ。
まあ確かに、蛇瑰龍さんは優秀なパイロットだけどSVRは不思議な力を持つし、ウピオルというドラグノテミナルは破廉恥だ。ディーオさんも浮世離れした言葉遣いと態度、そして古臭い男女差別的な言動で浮いているし、ビムクィッドの野郎なんか人の話を聞かない。
これじゃあ真っ当な集団に入れておく訳にもいかないよな。
その真っ当じゃない組織に、俺も入れと……
『面白そうじゃねぇか。部活系ラノベブームの端くれかと思ったが、ボーイミーツガールや青春要素があるし、サイエンス&ファンタジー+ロボットモノも兼ねてやがる。何よりうちの子がヒロインかサブヒロインだ。スマ〇ラとかス〇ロボが大好物な俺サマにはピッタリの学園だぜ』
何言ってんだこいつ。
辛うじて肯定的だという事は分かったが、どうにも不真面目さを感じる。日本語(もしくは英語)なのに言葉が通じないのはなんでだ。
うーん……正直に言うと、入りたくない。
俺は現代日本人らしく、社会の歯車になって生きていきたかったんだ。配達官になろうと決めたのも、単身で魔獣と遭遇するリスクに比例して高い給料を稼げる平凡な仕事だからだ。
生まれ育った町の飛行箒レースで優勝したのも理由の一つではあるが、一番の切っ掛けは恩人である大白理彦様の助けになりたいと思ったからだ。
忘れもしない。
トルコ帝国日本人自治領。俺の生まれ故郷であるその地で、魔獣災害が起こった。
トロールの大群が押し寄せ、近隣の村が次々と壊滅していく中、俺たちは避難所でぶるぶると震えていることしか出来なかった。一番近くの都市へ逃げようにも、街道はほんの三日前に瘴気獣の襲撃を受けていたのだ。マナを奪い、生命を食らう瘴気に逃げ道を塞がれ、領民は身動きが取れなくなってしまっていた。
トルコ軍の到着が間に合わず、自警団のSVRが次々と爆発する音を聞きながら、トロール共によってツボ貝のようにシェルターから穿り出されようとしていた、その時――理彦様が特設SVR部隊を率いて救いに来て下さったのだ。
自治領の領主(といっても貴族ではないが)が無差別に放った救援依頼を聞きつけ、誰よりも早く駆けつけてくれた理彦様は、『日本人互助組合』にて独自開発された《JP-SVR-39-G荒武者・轟》をもって同じサイズの中級中位魔獣であるトロールをバッタバッタと斬り倒し、瞬く間に掃討してみせたのだ。
今にも全滅しそうだった自警団のSVRが送ってきた中継映像に、俺を始めとした心が若い奴らは皆、夢中になった。
そしてトロールを殲滅し終えた《荒武者・轟》から降りてきた、当時六十四歳の理彦様に崇拝のような憧れを抱いたのだ。
理彦様……ひいては大白家の為に何ができるか考えた俺たちは大半が日本防衛軍のパイロットを目指し、残りの何人かは日本防衛軍の上位組織、『日本人互助組合』の『従僕構成員』となり、数人が理彦様の奥方である大白狭穂様の下へ従者見習いとして教育を受けにいった。
『従僕構成員』ではなく『庇護構成員』……つまり、幾らかの税を納める代わりに日本人としての権利を享受する立場を選んだのは、俺を含めて三人だけだった。
一人は俺のライバルだった人間で、飛行箒レースの『トップレーサー』を。
一人は大商人の娘で、未開地域に住む非人間人種との『交渉人』を。
俺はトルコ帝国の日本人『配達官』を。
どれも中々の高給取りで、それに見合うリスキーな目標だ。
その見返りとして得られた金を日本人互助組合に『寄付』し、役職上広く届く縁を日本人にとって有利な物とする事を最終的かつ永続的な目的としている。
俺が一流のマギナウスの学徒育成機関、『ヒースタリア学園』へと進学を決めたのもそれが理由だ。授業は配達官に関係する物しか取っていないし、放課後は学生レース出場を目指す飛行箒部の飛行訓練空域にお邪魔して自主トレーニングを積んでいる。何度も勧誘を断っているのも、配達官を目指しての事だ。
――進化部に入れば、それも叶わぬ夢となってしまうだろう。
『進化部』は特殊な部活とはいえ、れっきとした戦闘系部活動だ。ヒースタリア学園へ魔獣やテロリストが現れれば、撃退戦に参加しなければならない。
それどころか、場合によっては魔法が効かない瘴気獣や魔法しか効かないノスタゥジアとも戦わなければならないのだ。危険度は配達官の非にならないだろう。
更に言えば蛇瑰龍さんの下で(表向きとはいえ)パイロットを勤めておきながら配達官になりたいだなんて、言えるわけがない。日本防衛軍の顔に泥を塗る事になるし、『あの大白理彦の血族の部下だった配達官』という肩書は生まれ故郷に無駄な争いを招く。ギリシャやチャイナ、ロシアにコリアなんかの日本を見下している国に目を付けられたら洒落にならない。
ラウルス先生の物言いでは、断っても支援を止められる事はないという。
………………
よし。
「分かりました。俺……と、優樹とルビリアを進化部に入れてください」
散々迷った挙句、俺は首を縦に振ろうと決めた。
「ありがとう、『旅人』君。しかし良かったのかな? 君には並々ならぬ野望があったように見受けるが」
何か……俺に関する何かを知っているような口ぶりで言うラウルス先生に、俺は少しだけ諦めが混じった声で答えた。
「ヴレイオン3はスーパーロボットです。正確には違うのでしょうが、極めて特殊な機体である事に違いはありません。俺の平凡な夢の為に死蔵させるのはあまりにも勿体ないです」
スーパーロボットは日本の物だ。俺が個人で所有していられる物ではないし、していいとも思えない。
これが単なる人型兵器だったのなら蛇瑰龍さんに譲って活躍を祈るところだが、既に専用のパイロットとして俺が登録されてしまっている。かつてのスーパーロボットにもそういう機体はあったらしいし、今更何を言おうがどうしようもない。
だから――
「俺の夢は、たった今からスーパーロボットの『パイロット』です」
それはきっと、とてつもなく厳しい道となる。
現存するすべてのスーパーロボットのパイロットは五十年前に理彦様を残して全員死亡している。大量の放射能と邪悪な呪術によって殺され、今も愛機と共に日本の地で朽ちる日を待っているのだ。
俺も彼らの仲間入りをする事になるかもしれない。
それでも俺は力を手にしてしまった。
『配達官』なんかで得られるよりも、更に大きな『力』を。
『……悪ぃな』
ヴェルりんがぶっきらぼうに呟く。
まったく俺の心情なんか読んじゃいない言葉に、俺は毅然とした態度で答えた。
「謝んなよ。俺だって男の子なんだぞ。スーパーロボットに乗れるって言われたら、目の前の宿題なんか窓から放り投げるに決まってるだろ」
この力は『歯車』なんかじゃ収まりきらない。
だから、俺が『機械』になるんだ。
たくさんの『歯車』に動かされて、誰かの役に立つための『機械』に。
「自分の夢を贄に、新たな道を切り開くか……うん、偉大な決断だ。我が『進化部』は君たちを歓迎しよう。よろしく頼むよ、『空より落ちた異郷の旅人』君。『緋色の煌めきを代弁する幻像』君と、『幽々たる赤色と輝く闇色の姫君』君もね」
貴族らしい……というより詩人のように大げさな物言いだ。
でも、そんな風に言われて少し嬉しい自分がいる。簡単に夢を捨てるような奴と思われなくて良かったと思っているのかもしれない。今日の俺、ちょっと大胆だったから今更になって小市民な所が出てきたのかも。悩みぬいた末の決断を認めて貰えて喜んでいるとも言える。
どれにせよ、俺はラウルス先生が差し出した手を快く握り返した。
実体を持つ幻という摩訶不思議な緋色の装甲に目を落とし、日本の為、大白家の為、そして自分の為に頑張らなければと、固く決意しながら。