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8.ラビエルを貶す変人たち

「かぷ……はむ、あむ、れろ、ちゅ、ちゅぱ、ちゅ~~~っはぁ」

「うっ……う、ウピオル、そんな、吸わないで……やめ、ダメっ、ダメだ……って」

「はぁ、はぁ……ご、ごめんね、蛇瑰龍(タケル)君。ごめん、ね、浅ま、しくて。汚らわ、しくて。でも、良いって言ってくれた、もんね? も、もっとっ。もっと熱くて、濃厚で、美味しい蛇瑰龍君を、ちょうだいっ……えい」

「うぇぁ!? ちょ、ウピオルっ、なんでそんなとこ……っ! 血の、巡りを……!? うわああっ! だっ、ダメだよ、ダメ!」

「あむちゅ……ちゅっ、ちゅーっ……っぱぁ。や、やっぱり、出撃した後の、ここ、すっごく硬い……わ、私が、柔らかくして、あげるね……」

「くぬっ!? そこっ、あ、ふにゃ、ぁぁ……こ、こんな……つもりじゃ、なか、ったの、に――」

「美味しい……美味しいよ、蛇瑰龍君……!」


 …………………………………

 ………………………

 …………

 ……


「ヴェルりん、俺」

『黙れ。黙って見てろ』


 脳の処理能力を超えた事態に、俺は助けを求めた。

 しかし、相棒は無情にも俺の言葉をバッサリと切り捨て、パタパタと翼を飛びながらふらふら前に進み……何処からか黒くてゴツいカメラを取り出した。


 パシャ。

 シャッターを切る音が聞こえる。


 パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ。


 尋常じゃなくシャッターを切る音が聞こえる。


「……何が、どうなってんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!?」


 お、俺、ちゃんと言われた通り第四地下室に入ったよな!?

 なのにそこで繰り広げられていたのは、見るに耐えない淫らな情事……

 風の、吸血行為だった。


「はぁ、っはぁ……蛇瑰龍、君の! あっっつい血潮が! 私の中に! 流れ込んでくる!」

「あ、うぁ……う、ぴお……い、しきが…………」


 それだけでも信じられないのに、この空間にはさらにおかしな所があった。


 蛇瑰龍――そう呼ばれた、黒髪に黒の三白眼を持ったタレ目の少年の手足には、四つの龍の頭が群がり、色の抜けた鳥居が後光のように佇んでいる。


 青ざめた彼にのしかかり、鍛え上げられた胸板から一心不乱に何かを吸い取っている、色素が見当たらない白髪に心が不安になるような赤い眼の少女――ウピオルの周囲には、赤い血を被った鋼鉄のスケイルが点々と落ちては消え、真上には鮮血で染めたフィルターを通したような深紅の三日月が地下室を照らしている。


 ヴェルりんの言っていた通り、そこには《ヴレイオン3》を超える不思議が広がっていた。


「……うお!? な、なんだこれ!?」


 いつの間にか不可思議は、俺にも浸食していた。


 背中に回していた両腕が何か柔らかい物に覆われ、足には《ヴレイオン3》とよく似た色をした緋色の脚甲が現れた。

 手足だけじゃなくて胴体や腰にも似たような鎧……装甲が生み出されていく。何かを被っているような違和感もあるから、きっと頭にも出現している。


 変化は自分だけでなく、モロースの少女にも訪れていた。足元に灰色の鳥の羽根がばら撒かれては消えていき……


 眩暈がする。

 思わず崩れ落ちそうになった時、不意に誰かの手が肩に置かれた。

 ビクッとして振り向くと、そこには――


「ようこそ! 歓迎するよ、『空より落ちた異郷の旅人』君」


 親し気な笑顔で変な異名を告げる、古ぼけた貴族の服を着た男が横たわっていた。

 空飛ぶ魔法の絨毯に乗って。


「驚いただろう。これは十数年前にヒースタリア学園で猛威を振るった伝説の部活組織、『ファンタジークラブ』が遺した《アナザーワールド・リミット》という装置が見せている幻影だよ。幻影だが触れられるし、記録によれば食べ物が生み出された際は食べる事も出来たとか。時の天才達が創り出したオーパーツさ」


 さ、更に意味が分からない……

 だけど、この人は見たことあるぞ。


「……あの、もしかしてラウルス・オルト・ティトルレクタ次期公爵様でしょうか?」

「む? 確かに先生はラウルスだけど、ここではただの教師兼部活顧問さ。父上の身に何か起きるか貴族として立たねばならない時以外は、先生をラウルス先生と呼んでくれたまえ」


 ラウルス様……じゃなくてラウルス先生は貴族臭さを感じさせない気さくな態度で俺の肩を叩いた。


 確かにヒースタリア学園のような『マギナウスの使徒』育成機関では、原則的に爵位による権威は一切考慮されない。だが相手は王様の次に偉い公爵家の跡取りで、学園に留学中の王子や王女の次に爵位が高い。一平民でしかない俺が、ただ規則に従うだけでいいものか……


「……分かりました、ラウルス先生」


 少し考えたが、結局次期公爵様の仰る通りに振舞う事にした。お貴族様の言葉に逆らう訳にもいかないしな。


「うん、よろしい。さあ、そのままでは辛いだろう。そちらの少女をここに寝かせるといい」


 そう言ってラウルス先生は親指と中指で小気味よい音を響かせ……

 直後、俺の目の前に豪華なベッドが現れた。


 あっちで絡み合っている捕食者と被捕食者や俺の身体に纏わりついている不可思議とは様子が違う。意匠は豪華だが、何処かで見たことがあるような……

 ……まさか!?


「転移魔法!?」

「おおっ。流石、『巫覡』君がパイロット向きだと言っただけはあるね。見事な洞察力だ。その通り、これは幻影ではなく実物。先生の部屋から持ってきたんだ。質はともかく、制作者は同じだから気付けたのかな?」


 驚き――今までのような心臓に悪い驚きではなく、純粋に珍しい物を見た驚きだ――に目を大きくし、まじまじとベッドを見つめる。

 転移魔法とは遠く離れた二つの地に魔力の橋を渡して行き来するかなり難しい魔法で、世界中を見ても使い手はとても少ない。


 しかし異世界のスーパーロボットだの空飛ぶ陸戦用SVRだの触れる幻影などより、余程現実味がある代物だ。俺はもう一度身体強化魔法を使い、幻影の羽根をまき散らし続けている少女をベッドに横たわらせた。


 いつの間に幻を被せたのか、ヴェルりんをそのまま縫い付けたような絵が描かれた巫女風の服を着ている。実際は裸のままだが、目の毒が覆い隠された分ありがたい。

 下種なパパラッチと化したヴェルりんに代わり、彼女の症状を伝える。


「精神的なショックで気絶したようなんです。なのでしばらく静かに寝かせてあげられませんか?」

「もちろんだとも。今となっては形骸と化しているが、婦女子の安寧を守る事こそ騎士の本懐と言えるからね」


 快く頷いたラウルス先生が再び指を鳴らす。


 するとベッドにこれまた豪奢な天涯(正確には四角いテントと言った方がいいかもしれないが)が現れ、少女の身を隠した。薄っすらと覗く影は数を増しており、女児向けのぬいぐるみを見繕ったとラウルス先生が楽し気に語った。


「そんなものまで先導室にあるんですか?」

「いいや、追加天涯やぬいぐるみは妹のお古を借用させてもらっているだけさ。実家の敷地内にあるものは全て先生の自由に動かせるから、普段使わない物は実家に置いてきてあるんだ」


 それはそれでどうなのかと思うが、お貴族様の常識は分からない。平民にとっては頬を引っ叩かれて一生口を利いてくれなくなるような真似でも、貴族なら普通の事なのかもしれない。


「『旅人』君も疲れているだろうが、まずは座りたまえ」


 また変な名前で俺を呼ぶラウルス先生。とはいえ、ヒースタリア学園には変な人が多い。馬鹿にされている訳でもないのだから、気にせず受け入れた方がいいだろう。


 そう流して、モロースの少女が眠る広めのベッドの端に腰を落とす。《ヴレイオン3》に似た――しかし所々あやふやで頼りない――緋色の装甲が少しだけ腰に食い込んだ。


 ちなみに何故かこの部分だけ天涯が途切れていて、俺からは少女の姿が見えるようになっている。この天涯、どういう用途で使うんだ?


「とりあえず事務的な話を済ませてしまおうか。君も今は興奮して何も気にはしていないだろうけど、今日の晩御飯を食べる頃には不安でコーンスープも喉を通らないだろう。おっと、猫舌ならどんな時でも熱々のスープは喉を通らないか。そうだな、甘いキャンディも苦く感じるくらい不安になる、と言った方が汎用性はあるかな」


 ラウルス先生はふざけたように弁を重ね、懐から飴玉を取り出して食べた。人と話す態度じゃないが、言わんとしている事を理解していくに連れ、俺の中に確かな不安が渦巻き始めた。


「まずは……上級下位の魔獣、『インヴィルコン』の接近を許し、君の生命を脅かした件について謝ろう。本来なら学園理事長が謝罪すべき事柄だが、先生が無理を言って役を変わって貰ったんだ。『アロウサル・タートゥム』に関連する一切の責任は先生……いや、ラウルス・オルト・ティトルレクタが負う事になっているからね」


 インヴィルコン……現代の科学や魔法を持ってすら見破れない程のステルス性能を持つ上級の魔獣じゃないか。ヒースタリア学園のような防衛設備や空母級の戦艦に備わる魔力かく乱膜がなければ、実際に襲われるまでその存在に気付けないという。


「分かりました、謝罪を受け入れます。でも、避難指示が出ていたのにあんな場所を歩いていた俺も悪いですから、あまり気にしないでください」


 インヴィルコンみたいな隠密能力に優れた魔獣の襲撃は昨今の魔獣被害において最も深刻な脅威と目されている。俺のような『配達官』にとっても他人事じゃあない。


「そう言ってくれて助かるよ。とはいえ、当学園は親御さんから大事な御子息御息女を預かっている立場にあるから、ケジメは付けなければならない。そこで――」


 言葉とは裏腹に寝そべったままのラウルス先生が、先ほどと同じように懐からある物を取り出した。差し出されたそれを受け取って見ると……なんとティトルレクト公爵家の家紋が入った小切手だった。


「四十万ユーロまでの好きな金額を書いてルキフグス銀行に持っていくか、何も書かず権威の象徴として扱うか、好きな方を選ぶといい」

「そんな……いえ、ありがとうございます」


 貴族の申し出を『申し訳ない』と断るのは無礼に当たる。ラウルス先生に言われたのならともかく、ティトルレクト次期公爵様が関与したのなら、それは貴族の申し出と変わらない。


 俺はラウルス先生に礼を言った後、ティトルレクト次期公爵向けの畏まった例を述べた。


「……君は、現代の貴族と平民の関係について何か勘違いしているようだね。もっとも、今も昔も日本人にはそういう所があったと聞くけどね」


 頭を垂れた俺に呆れたように言葉を投げるラウルス先生。


 先生は一つ咳ばらいをした。

 カチッカチッ、という、軽くて硬い物同士がぶつかる音が響く。


「次に、君をテロリストの疑いで逮捕する」


 一瞬で血の気が引いた。

 まさか『先導員』であり貴族(=騎士)でもあるラウルス先生に逆らう訳にもいかず、俺は助けを求めるようにヴェルりんへ視線を向け――


 元々地下室にいたらしい二人の人物と一緒に、蛇瑰龍さんの介抱をしている場面が映った。


「……煮るなり焼くなり、好きにしてください」

「潔い事だが、何も弁明しなくていいのかい?」

「未登録の機体に乗っていたのは事実ですし、俺の身柄より蛇瑰龍さんの方が大切ですから」


 今度はチラっとだけヴェルりん達が騒いでいる方に目を向け、自嘲とは程遠い、尊敬の混じった気分で言った。


「ふむ……君がそう思うのは、やはり日本人だからかな?」

「当たり前ですよ。例え彼自身が何もしていなくとも、大恩ある大白家の一族なのですから。今に生きる日本人なら誰もが俺と同じ気持ちを持つ筈です」


 あんな情けない姿ではあっても、一目見ただけで気付いた。


 幼げな作りの顔に御祖父様譲りの引き締まった表情。下がった目尻と合わせて全体的に優男然としていて、ともすれば軽薄な印象を与えかねず、常に高みを見ているかのように上方へ偏った三白眼は余人に近寄りがたい雰囲気を放っている。


 日本人らしい黒髪を首元まで伸ばし、前髪は黒眼を時折隠す程度に長い。

 見間違えよう筈もない。


 彼こそが生き残った日本人を束ね、魔科学戦争終結後の闇から救い出し、今を生きる道へと導いて下さった『大白理彦』様の御孫様なのだ。 


 本来なら俺ごときが蛇瑰龍“さん”と呼ぶなんて無礼極まりないが、蛇瑰龍さん自らがそうしてくれと仰ったのだから仕方がない。

 しかし、未だ日本人は彼の御祖父様に恩――外国に散った難民ではなく、国際的に『日本人である』と認められるようになった――を返しきれていない。


 だから敬う気持ちを忘れちゃいけないし、出来る事があるのなら可及的速やかに行動すべきなんだ。


「なるほど、立派な忠誠心だ。話を戻すよ? 先生は騎士として君を一旦逮捕するが、この場において釈放しよう。前科は付くけど、公務免罪書を発行するから実質的にはお咎め無しという訳さ」

「あ、ありがとうございます」


 何から何まで……巻き込まれただけとは言いたくないが、法は法だ。

 国際的に認められた許可証が無ければSVRやゴーレムの操縦は出来ない。魔獣の巣窟である『魔の大陸』に程近いハワイ公国やロシア東端、アフリカ及びヨーロッパ西端なんかではまた違うらしいが。

 ヒースタリア学園は公的に国連が所有していると認められた浮遊島に建つ施設だ。特例とはいえ、国際法を無視する訳にはいかないのだろう。


「次は君の機体の処遇だ。ひとまずは『巫覡』君が――あ、蛇瑰龍君の事ね――部活動で試作した機体という事にしておこう。彼はよく鍛冶部や魔道具部にも顔を出していたし、学校のSVRを勝手に改造したりしているからね」


 あー、そういえば聞いたことがある。同学年の日本人が【ノイ・イェーガー】に鎧と刀を持たせた、って。噂に尾ひれを付けたがる先輩の話だから信じてはいなかったが……本当の話だったのか。


「分かりました。あいつにも納得させます」


 確かに頷き、ヴェルりんを指でさした。

 ……あいつ何やってんだ? 蛇瑰龍さんの刀――確か銘を小竜景光と言う――をジッと見つめながら、何事か頷いたり首を振ったりしている。


「結構。さあ、次が最後になる」


 ラウルス先生の言葉に慌てて首を戻し、背を正した。


「あの可愛らしいドラグノと君の隣で眠る少女についてだ」


 その時、刀と会話でもしていたような様子だったヴェルりんがピクリと反応し、こちらに視線を向けた。

 ホログラムに過ぎないくせに感情をよく表している瞳に、察する物があった。


「あ、それに関しては奴……優樹と話してください」

「ふむ。ユウキ、か。日本と不思議なロボットの間にはよくよく縁があるようだね」


 同感の思いを呟いたラウルス先生は俺から目を離し、こちらに近づいてくるヴェルりんと向き合った。

 パタパタと規則正しい(故に嘘くさい)羽ばたきでラウルス先生に近づくヴェルりん。彼は一度ジッとラウルス先生を見つめた後、ペコリと頭を下げた。


『お初にお目にかかります、ラウルス・オルト・ティトルレクト次期公爵閣下』


 こいつ! こっちの話を聞いていた上で無視してやがったのか!


「ドラグノが人間……それもヒューミヌ種の貴族に謙るとは思わなかった。一体どういった環境が君をそんなアンバランスな身体に育てたのか、興味がわくね」

『失礼ですが、俺サマはドラグノを模しているだけの幻にございます。何が俺サマを育てたと言えば、それはもちろんジャパニーズANIME&海の向こうの児童文学ですが』


 その時、一人の人間が動いた。

 さっきヴェルりんや他の人と一緒に蛇瑰龍さんを介抱していた人間。一見してヒューミヌ種に見えるが、病的に青白い肌と色素が抜け落ちた透明な髪は、どちらかと言えばアンデッドのような印象を受ける。


 彼――少なくともヒューミヌ種の基準では――は何を言うでもなくラウルス先生に近寄り、そっと横に立ち並んだ。まるでSPか何かだ。

 ラウルス先生は気にせず話を続けた。


「立体映像か……君とは一度私的な席を設けてじっくり話し合いたいね。それはさておき、君達の名前と所属、そして目的を聞かせてもらおうか」

『おぉぉせのままに、貴き血族のお、ん、か、た』


 ラウルス先生が「所属」と口にした時、咄嗟に止めようと腰を上げかけたが、それよりも早くヴェルりんが道化師のようにふざけた口調で答えた為、別の意味でハラハラしながら腰を降ろした。

 恥ずかしいからそういうのを貴族の前でやるのやめてくれ。


 突然、ヴェルりんの背後で爆音と爆煌が炸裂した。


『我が名はヴェルりん! 生体コンピュータを生業とし、最強の殺戮兵器、《ヴレイオン3》を操る者……!』

「……いや、そこはヴェルりんじゃなくて優樹って言えよ」


 華々しい演出と仰々しい名乗りで地下室のシリアスな空気をいっぺんにお釈迦にしたヴェルりん。俺のツッコミも虚しく、ラウルス先生ですら唖然と顎を外していた。

 そんな空気もお構いなしに、ヴェルりんは一転して真面目な声で言った。


『今は無きリーフ・リ・スミス機関紅玉研究所所属のジェノサイド用AI『優樹』だ。目的は絶滅した異世界の人間を蘇らせる為、新天地へと転移した後人類の版図を広げる事。その子は同研究所所属の人造人間にして、《ヴレイオン3》のサブパイロット、『モロース』を努める俺サマの愛し子……ルビリアだ』


 ルビリア――それが少女の名前なのか。


 思わず彼女……ルビリアの方を見ると、丁度寝返りを打った所だった。今までに見たことのない可憐な顔が、赤と黒の不吉な髪に隠れる。人造人間って事は、ホムンクルスなのか?


「……これは想像以上の代物だね。あるいは『オセアニア』の原住民が駆ると聴く異種のロボットかと思いはしたが、異世界なんて言葉が飛び出すとはね」

『信じる信じないは勝手だ。どちらにしろ、俺サマは『モロース』と『マーダー』の許可無しにロボット三原則を破ることは出来ない。人を守り、人に従い、己を守る、って奴だ。『マーダー』……つまり時空の狭間に迷い込み、《Hアクティ》によって治療されたサトルだけが、この原則を破って《ヴレイオン3》の力を解き放つ事が出来る』

「ふむ……中々に信じがたい話だね。しかし、神や魔王とて太古の時代には異界より人間界へ干渉していた。それがもし君のように進んだ技術を持った人間の行動であったのなら、彼らの遺産を使って繁栄してきた我々が否定するのもおかしな話になる」

『いや、異界とやらが何かは知らんが、俺サマの世界とおたくの世界は並行世界の関係にあるのだろうと推測している。度重なるIFの積み重ねによって生まれた連なり子……と、IFっていうのは』

「『もしも』、という意味だろう? 並行世界の概念自体は先生……じゃなくて私も知っているよ。科学者たちはそれこそが異界という存在であると推測している」

『どっちかと言えばx軸に時間があり、y軸に異界があり、z軸に並行世界があるような物なんじゃないか? 異界には人間がいないと聞いた。天の国や地の国ならそれもありえるだろうが、俺サマの世界の人間はこっちの世界の人間と遺伝子構造がほぼ同じだ。天使と堕天使程の違いが俺サマの世界とお前さんの世界にあるとは思えん』

「遺伝子構造……? そんな物をどこで知ったんだい?」

『サトルを回収して治療する時にナノマシンでな。遺伝子情報が分からなかったら再生治療は不可能だ。サイボーグになるなら話は別だがな。ついでにそこの坊ちゃんに疑似的な血液を提供した時もちょいと調べさせてもらったが……こっちは人間がベースになってはいるが、幾つかおかしな所があった。主に寿命や脳に関してだが、吸血鬼にしては少し足りなくないか?』

「ああ、それは恐らく『巫覡』君が正当な巫女の血筋を引く人間だからだろうね。寿命は常人の倍で、御神体と念話が可能。ところで、何故吸血鬼だと思ったんだい?」

『思いっきり血ぃ吸われてたろ。そこの男の娘に』


 ……あれ? もしや話が脱線してる?

 その後もあーだこーだと話題が二転三転し、何故かエロに話が移ったので慌てて止めた。


「優樹! お前雑談しに来たわけじゃないだろ!? ラウルス先生も混乱していたのは分かりますけど、ここには子供しかいないんですよ!?」


 叱りつけられた両者は共に「『あ』」と声を上げ、気まずげに喉を鳴らした。


『……結論から言うと、俺サマはしばらくの間、マーダーであるサトルの下に付く。会ったばかりで何を信じられると思うのなら、監視を付ければいい』

「それには及ばないよ。君が『旅人』君……日本人の支配下に収まるというのなら、異世界の使者だろうと異界の御使いだろうと、我々に文句は言えないさ。元々、スーパーロボットは日本の物だしね」


 呪いと放射能によって汚染された日本には、今も五体のスーパーロボットが眠っている。


 魔科学戦争終結後数年は何度も探索隊が組織されたと聞くが、あまりにも複雑怪奇な呪いと高濃度の放射能のせいで近海に近づくだけで莫大な国家予算が消え、探索は続かなかった。


 野望を燻らせた大国が手間取っている間に、理彦様を始めとした生き残った日本人が艱難辛苦の末に発言力を高め、スーパーロボットの所有を世界に認めさせたのだ。


 《ヴレイオン3》が日本のスーパーロボットとして認められるかは分からないが、ラウルス先生の言うように日本人が所有しているという事実さえあれば、恐らくは認められると思う。


 どっちにしろ俺の所有物という事になれば、少なくともヒースタリア学園にいる間は問題ないだろう。公的にはカスタムSVRとして発表されるらしいし。


『……この世界の日本人は随分と特殊な立場にいるらしいな。サトルは滅んだとか言っていたが……』

「事実だよ。現在確認されている日本人は、混血を含めても千三百人程さ」


 当事者である俺がさらりと受け流した言葉に、ヴェルりんは相当ショックを受けたようだ。

 さっきみたいに身体が崩れ、曖昧なままに幾つもの姿を取っては崩れ……一目で日本人だと分かる平凡な顔つきの少年の姿を最後に、再びヴェルりんの姿へと戻った。


『…………この世界になら、あるいは俺の同胞が数多く残っていると思ったんだが』

「君に、そして世界にとっては残念なことだが」

『はっ……ある世界じゃ最後に滅び、別の世界じゃ全滅寸前ってか。泣けるぜ』


 口で言うほど悲しそうな感情は伝わってこなかったものの、直前の現象で本当はどう思っていたのか伺える。


 AIの癖に、人を騙すのが下手な奴。



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