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7.異世界の存在

 …………さて。


「申し開きを聞こうか、最終殺戮兵器のAIさん?」

『いやぁ、はっはっは』


 頭の中で「優樹とだけ話がしたい」と念じながら問いただすと、下手くそな誤魔化し笑いが帰ってきた。

 こいつ! 小舟で日本に流してやろうか!?


「お前、任せておけとか安心しろとか言っておいて、あの体たらくはなんだよ!?」


 視界の外からしょんぼりした姿勢で戻ってきた《ヴレイオン3》に《クエレブレ》で近づきながら、俺は文句を言った。


 あれだけ期待させておいて、結果はなんとも中途半端な物だった。

 そりゃ最終的にはどうにかなった。けど、ちゃんと最後まで技を決めていれば、蛇瑰龍(タケル)さん達を慌てさせる事も無かったんだ。


 口にしたことを実行できない奴は信用しちゃいけない。

 それがこの世界の鉄則であり、だからこそ俺は優樹に“怒って”いる。


『面目ない。親フラグならぬ娘フラグが立っちまってな……』

「分かるように話せ」

『……モロースが起きて戦闘行動を中止させられた』


 モロース……あっ、あの女の子か!

 そういえばメギド・ソーラとかいう技の途中で女の子の悲鳴が聞こえたな。その直後に《ヴレイオン3》は推進力を失い、魔法陣も消えてしまった。


『さっきも言ったが、モロースには戦闘行動の可否を決める権限がある。そのモロースが起きた直後に鷲野郎を見ちまったんだ。『アナヴェグル』に鳥型はいなかったから、モロースは鷲野郎を普通の生き物だと思っちまったんだろう。真っ当な少女なら、無益な殺傷を止めようと思うもんだろ?』


 そ、それは……確かに、情状酌量の余地はあるな。


『いや、だが今回の場合は機体の初期設定そのままで戦闘行動に入った俺サマが悪い。カメラ映像さえ回さなければ途中で緊急停止信号を伝えられることも無かっただろうからな』


 優樹は心の底から反省しているように、イカレたテンションの時とは打って変わって消沈した様子で己の非を認めた。


 ふーむ。


「お前の事情は分かった。その上で、今回ばかりは許す」

『……いいのか?』


 こいつ、急にしおらしくなりやがって。AIらしくないんだよ。


「なんだかんだ言って、お前もモロースの子も《ヴレイオン3》も、この世界が初めてなんだろ? むしろウチの世界の迷惑な特産品が悪さした始末をつけてくれたんだ。感謝の念だって忘れちゃいねぇよ」


 一瞬、息を呑む音が聞こえた。おい、お前実はAIじゃないのかコラ。


「だから、今回だけは許す。初めて自転車に乗ってこけた奴に、お前のせいでフレーム歪んだろ、って言うのは、なんか間違ってるだろ?」

『……ふ、ふふふ、ふははははははははははは!!』

「調子乗んな」

『あ、おう』


 またぞろ妙な事を言い出しそうな優樹に釘を刺し、それよりもと話題を変える。


「なあ、モロースの子は無事なのか? 俺のせいで無茶したんだって話だが」

『あー、そっちの症状は消えてるんだ。だが【メギド・ソーラプレス】は高熱を蓄えた《Dディヴ》っつうナノマシンを板状に展開して敵を焼き圧す技だ。そのせいでモニターに鷲野郎の断面図が見えちまってな。今、コックピットは酸っぱい匂いに包まれてるぜ』

「そ、そうか……って、わりと大変な事になってないか!?」

『人によっては殺してほしいと思うだろうな。後でシャワー貸してくれね?』

「……程度によるが、洗浄の魔法でどうにかなると思うぞ。さっき上級魔法使ってる奴がいたし、俺の魔力が足りなくてもどうにかして……くれる、んじゃないかな?」


 途中から少しずつ萎んでいく言葉。蛇瑰龍さんはともかく、あの自己中な面子が親切に協力してくれるものか……?


『すげぇ……洗浄の魔法!? 近代ファンタジーでは定番のお手軽魔法! あまりの便利さ故に、入浴を拒む者まで現れるという伝説の……!』

「そこまで大仰な物じゃねぇから!」


 相変わらず変な所に食いつく奴だ。あんな高威力の魔法を使っておいて何を今さら。


「洗浄の魔法くらい幼稚園児でも使えるだろ。そんなに難しい魔法じゃないんだが、ひょっとしてお前の世界では攻撃とか身体強化みたいな魔法ばっかり発達して、生活用魔法が発展しなかったのか?」


 この世界にもそういう地域はある。俺の故郷なんかもそうだ。

 こいつの世界で科学が馬鹿みたいに発展したのと同じように、俺たちの世界では生活用魔法が今くらいまで発達していた、って可能性もある。それなら知らなくてもおかしくは――



『いや、俺サマの世界では魔法自体がファンタジーだったぜ』



 …………は?


「い、いやいや。それはおかしいだろ」


 冗談だ。

 冗談を言ってきた優樹に、俺は自分でもよくわからない笑顔を浮かべて、否定した。


『魔力が当たり前にある世界の人間には理解し辛いだろうな。だが本当の事だ』

「あり……あり得ないだろ、そんなの!?」


 真面目な雰囲気が漂っている。そんな物は無いはずなのに、粟立った肌が敏感にとらえている。こいつは、嘘なんかついてないと。

 だが、そんなのおかしいだろ!?


「だったら《ヴレイオン3》はなんだ!? さっきの魔法陣や《クエレブレ》だって……!」

『何を勘違いしているかは分かるが』


 どう見てもSVR……科学の機体には見えないロボットを指差し、震える声で糾弾しようとした俺を遮り、優樹は言った。


『俺サマの世界じゃ魔法は幻想だった。人は道具無しに火を付けられないし、空も飛べない』

「魔法が……魔力が、存在しない、世界……?」

『そうだ』


 今までも大概おかしな話だったが、今度のは比べ物にならないくらい衝撃的だった。


 魔力が存在しない。そんな出鱈目な話があるか?

 魔法はあって当然。

 魔力が無いのはおかしい。


 信じられない……いや、受け入れられない。

 出来る事なら喚き散らして優樹を否定したい。だが、俺はぐっと我慢して猛烈な違和感を抑え込んだ。


 魔力があってもなくても、蛇瑰龍さんの……『進化部』の招待は受けられるんだから。


「悪い、受け止めるのに時間が欲しい。その話はしばらく出さないでくれるか?」


 なんとかそれだけ絞り出し、俺は《クエレブレ》の機首をヒースタリア学園南部、

『修練の棟』へ向けた。


『……ああ、了解。目玉が片っぽの人間しかいない、って言われたようなもんだろうしな。納得もできる。俺サマたちの事は魔法文化に疎いド田舎者とでも思ってくれ』


 ややあって俺を気遣うような言葉が返ってくる。

 悔しいがありがたい。忸怩たる思いだが、ここはお言葉に甘えさせてもらおう。




 島の縁に辿り着いたとき、轟音を響かせていた《ヴレイオン3》の気配が消えた。

 どういう事だと振り返ると、そこには何もない空と海が広がっていた。


「……やられた。どうやら妖精に化かされたみたいだな」

『不可視その他のステルスを張っただけだ。最終殺戮兵器だけあって余人に知られちゃ意味が無いからな。初登場はノーカンにしても、以後の隠密行動には気を配らねぇといけねぇからよ』


 今までのは全部幻惑かと思って天を仰いだ俺の耳に、《クエレブレ》のスピーカーから優樹の声が届いた。

 言われてみれば道理だな。


「そ、そっか。確かに、普通のSVRやゴーレムの格納庫に入れておく訳にもいかないしな」

『そういうこった。それじゃ、コックピットまで誘導する。胸の谷間だ』

「余計な事を言うんじゃねぇよ!」


 されるがままに動くクエレブレが何もないように見える空間に止まり、停空する。

 すると何の前触れもなく空間が解け、淡い緑の粒となって消える。どう見ても魔法現象にしか見えないソレが収まると、若干むかつきを覚える匂いと共に狭い部屋が現れた。


 部屋にいたのは、やっぱりさっきの女の子だ。

 あの時と違うのはうつ伏せではなくあお向けに寝ている所で、顔が見えて……何も見ていない。俺は日本人の面影を宿した異国風の少女の顔しか見ていないっ。


 極力口で呼吸するよう、そして視界の隅に身体を留めるよう努め、俺はブリキ人形のようにギクシャクした動きで彼女のお腹に触れ、詠唱を唱えた。


「ジセイジェリ・ヴォニツロヴァ・ラヤ・ストゥハヤク・ソナイ・テヴォ」


 念のため教科書通りの正式な魔導語で発動する。

 それと同時に俺の凡庸な魔力を四分の一程消費し、コックピット内を包み込む。浄化魔法の下位に属する洗浄の魔法は無事発動。少女の身体からべたつきが消え、淀んでいた空気も正常化された。


『データ解析……驚いたな。吐瀉物っつっても胃液だけでそれ自体は人体にとっちゃ必要不可欠な筈なのに、綺麗さっぱり消えてやがる。原子もろとも消滅させたのか?』

「ぷっ。ま、まあそんなところだ」


 あまりにも科学偏向な物言いに思わず吹き出し、曖昧に頷いておく。


『不思議なもんだ。もっとも、オアシスの幻だって実物がなきゃ虚像は生まれないからな。現象として確認したんなら、素直に認めるまでだ』


 ……AIが俺より柔軟に物事を受け止める、ってのは少し心に来るものがあるな。


『さて、流石に高校生の坊主に気絶した女の子一人抱えてツーリングしろ、なんて無茶ぶりはできねぇよな。俺サマが手伝ってやろう』


 それはともかくどう運んだものかと目を閉じながら悩んでいると、不意に優樹がそんな事を言った。


「手伝うって、《ヴレイオン3》でか?」

『当たらずも遠からず、ってところだな。まあ見てなって』


 優樹が口(音声出力)を止めると同時に、コックピットの奥から色鮮やかな靄が吹き出てきた。驚いて靄を見つめていると、徐々に翼を持つ四足獣の輪郭を形成していき、一瞬ノイズが走ったかと思った直後……緑がかった黒い鱗を持つ、頭身がおかしいミニサイズのドラグノが現れた。


「お、ま、な!?」

『ふむ、イメージ通りだな。どうだ? 愛くるしいだろ、このずんぐりむっくりした三頭身ボディ。《ヴレイオン3》を隠蔽したのと同じナノマシン、《Bインヴィ》を応用した光学的な幻影だ。そうだな……ヴェルりんとでも呼んでくれ』


 幻影か。そうか、びっくりした……まさかドラグノまで造り上げたのかと思ったぞ。そこまでされたら、不気味過ぎて完全に受け入れられなくなるところだった。

 スピーカー越しではない滑らかな、けれど何処か人らしくない声を聞きながら、俺はほっと安堵の溜め息を吐いた。


「名前を分ける意味はあるのか? あとヴェルりんってなんだ」

『この姿の俺が日本風の名前で呼ばれるのもどうかと思ったんだよ。名前は俺が好きな竜種からあやかって付けた。ゲームごとにキャラの名前変えるタイプだし』


 ……ツッコミはすまい。優樹がそれでいいなら触れないでおこう。

 優樹もといヴェルりんはしばらくパタパタと翼を動かして遊んでいたが、やがて少女の肩を掴み……も、持ち上げた!?


「幻影じゃなかったのかよ!?」


 誓いは破られた。


『ガワはな。中身は出力を司る《Oアウェイク》と力場を司る《Cレイカ》、そして熱量制御を司る《Dディヴ》だ。流石に異世界でモロースの身体を預けるにはナノマシンの性質上厳しいから運搬はお前さんに任せるが、補助くらいなら問題ない。分かりやすく言うとヴェルりんは『優樹』の分体とか分け身だな』


 ますます魔法生物染みてきてないか、おい。

 ダメだ、こいつに関しては考えるだけ無駄なような気がする。科学は専攻してないし、どうせ聞いても分からん。ナノマシンとかいう物で何かをしてる、でいい。


「すまん、取り乱した」

『一般人の反応としては至極真っ当とも言えるから気にするな』


 一般人か。

 俺は『マギナウスの学徒』候補生だから一応国連事務員と同等の責任と権限を持っている。そう考えると、今までの言動は相応しくないように思える。《ヴレイオン3》や優樹が常識外れなのは考えるまでもないし……異世界人のやる事に一々驚いてちゃ身が持たないな。


 ともかく、ヴェルりんの手助けによって《ヴレイオン3》から少女を連れ出すことに成功した俺はヒースタリア学園へと飛んだ。


 その途中で緊急事態宣言が解除され、負傷者の受け入れによってしばらく保健室を使えない等の注意事項が内外問わず放送された。色々と不便になるが、死者がでなかっただけでも幸運だ。『瘴気獣』が現れだした頃は大混乱に陥った魔獣によって学生までもが過酷な戦場に赴いて命を落としていたらしいからな。


 ……危うく俺が唯一の死傷者になりかけたんだよな。他人事とは思わないでおこう。


 『修練の棟』の屋上――飛行箒の発着陸場となっている――に《クエレブレ》を下ろし、少女を背負って『修練の棟』へ入る。背中や腕から伝わる柔らかい感触に心を惑わされながら、俺は目的の場所へ向かうべく黙々と足を動かした。


 幸いにして誰ともすれ違うことなくエレベーターを乗り降りでき、部活用の地下室が並ぶ階へ到達できた。


「えっと、第四地下室は……こっちか」


 案内板に従って進路を変える。

 周囲の様子をしげしげと観察していたヴェルりんが、小さな翼で器用に飛びながら呟いた。


『石材とか木材で出来てるのかと思ったが、どう見てもコンクリと塗料だな。文明レベルは意外と二十一世紀中期あたりか?』

「意外も何も、今は西暦2079年だよ」

『暦の読み方まで一緒とはな……』


 何を驚いているんだこいつ。

 世界は違っても同じ地球なんだから暦くらい一緒だろ。


「翻訳の魔法も無しに言葉が通じるんだ。そういう事もあるんじゃねぇのか?」

『そう言われればそうだな。我らが故郷も異邦なれど名は同じだし』

「異世界の日本か。やっぱり侍とかいたのか?」

『外国人みたいな質問だな。職業としての侍なら江戸時代までいたよ』

「じゃあ忍者は?」

『……それは間者としての忍者か? それともジャパニーズNINJA?』

「今で言う魔法戦士の忍者だ」

『異世界ーズNINJAは流石にいないぜ? 俺サマが知る忍者は……』


 少し戸惑いながらも嬉々として日本の事を話してくれるヴェルりん。

 侍や忍者、それに陰陽師と巫女は、日本が壊滅するまで諸外国で言う騎士や魔法戦士(狭義では暗殺者)、魔法使いにシャーマンと呼ばれていた人間と同じ意味を持っていた。それが、向こうの世界では過去の名称と化していたらしい。国名は同じでも違う所は違うんだな。


 異世界の日本について話を聞きながら廊下を進み、日本が世界に誇る文化はアニメだったという話になった辺りで第四地下室の前へ辿り着いた。


「刀でも鎧でもなくアニメかよ」

『正確に言うとサブカル全般だな。それよりもう到着なんじゃないか?』

「ああ。ここが第四地下室……蛇瑰龍さんの部室だ」


 目の前の扉を見つめながら答える。

 『修練の棟』の地下室は部活によって用途が変わる為、各々の時代の部員によって改装される事が多いらしい。さっきすれ違った裁縫部の第二地下室の扉は硬化したスパイダーシルク製だったし、過去に存在したという水溶研究部の部室は入り口がシャボン玉で作られていたと配達官の先輩に聞いたことがある。


 それらに比べれば、第四地下室の扉は大人しい方だと言える。

 カリンっぽい複雑かつ美しい木目に白い塗料が塗られ、縁の部分にはアラベスク模様が刻まれている。中央の装飾は上と下に分かれていて、上には魔法を表す杖と星とドラグノの翼の、下には科学を表す銃と数式とフラスコの紋様が刻み込まれていた。


 魔法が上で科学が下というのは、科学を基礎に据えた上で物事をより良い方向へ発展させる為に魔法を用いる、という意味があった筈だ。

 ヴェルりんが扉と同じ色の丸いドアノブに取り付き、カチャリと回した。


『ドアボーイの真似事をする日がくるとは思わなかったぜ』


 何処か面白そうに言うヴェルりん。

 俺が一歩下がった事を確認したヴェルりんは翼をピンと伸ばし、扉を押した。そこそこ年季を感じさせる扉は、しかし軋むことなく役目を果たした。


 扉の先には地下へと続く階段が広がっていた。青白い魔石灯によって昏く照らし出され、そこはかとなくおどろおどろしい雰囲気が漂っている。魔法関連の実験設備が置かれている証であるが、戦闘系の部活には似つかわしくない。


『おおおおお! 如何にも秘密の地下室って感じだな! 火事だーって叫びたい!』

「洒落にならないからやめろ!」


 馬鹿な事を口走ったヴェルりんを叱りつけ、俺は身体強化の魔法を少し使いながら少女の身体を背負いなお…………

 こほん。

 背負いなおし、地下へ続く階段へと一歩を踏み出した。


『うわ、光と混じって頬が紫色になってやがる。位置調整した時のおっぱいで恥ずかしくなっちまったんだな、このチェリー』

「うるさい、黙れ」


 せっかく考えないようにしたのに台無しだ。


 ただでさえ全裸の婦女子を背負うという頭が痛くなる行いをしているってのに。柔らかくてハリのある肌の感触が制服越しに伝わるせいで、不埒な考えが頭の中をぐるぐるしている。そんな自分に嫌気が差しても、強化魔法と慣れない体勢に神経を使っているせいで己を律する余裕なんかなくて、邪な妄想と唇を覆うような羞恥心が頭から離れない。


 おまけに動悸まで始まる始末だ。

 恥ずかしいし、面目ない。


『――は? え、な、え、こ、えっ、え……!?』


 階段を降り切って未だ長く伸びる通路を前にしたとき、不意にヴェルりんの様子がおかしくなった。一瞬身体が粒子状にバラけ、元の姿を取り戻してからも時折ノイズが走るように像がブレ、挙動不審な態度を見せ始めた。今度は一体なんの奇行だ……と思ったのは一瞬。


 その声には、紛れもない驚愕が籠められていた。


「どうしたんだ!?」


 ヴェルりん……優樹は異世界のAIだ。こっちの世界の文化や技術について度々驚きを見せていたが、ここまで取り乱しはしなかった。

 なら、それ相応の何かがあったんだ。


 俺の問いかけにもしばらく答えず、解除した強化魔法の反動で疲労を感じ始めた頃、ヴェルりんは興奮冷めやらぬ様子でドラグノが如き口を開いた。


『今、俺サマの本体にハッキング……いや、どちらかといえば無許可のアクセスが届いた』

「……つまり?」


 電子学には詳しくない。なんとなく意味が分かる程度で、それが驚愕に値する事なのかどうかはサッパリ分からなかった。


『魔法も使わずに密室へ手紙を届けるような真似をされた、と考えてみろ。俺サマがどれだけ驚いたかわかるだろう?』


 分かりやすい例えを使ってくれたが、どうにも実感できない。確かに不思議だが、何をそんなに驚く必要があるんだ?


『おい、よく考えろ。俺サマの本体は《ヴレイオン3》の中にあるんだ。無許可のアクセスなんて許されるはずがないだろ。こちとらまだ人類が存続していた時期に建造された最終殺戮兵器だぞ? しかもよく似ているとはいえ、異世界の技術で作られたコンピューターにこの世界の存在が無線で接触してきた。俺サマのようなAIにとっては恐怖そのものだぜ?』


 そ……それは確かに問題だな!?


「な、なあ大丈夫なのか? 狂った妖精の鳴き声とか聞こえないか?」

『向こうさんは挨拶のつもりだったらしいし、回路に異常は見当たらないが……狂った妖精の鳴き声? なんだそりゃ?』

「国際テロリスト集団の『シャウトピクシー』がSVRやゴーレムにクラッキングを掛けて奪い取った時に聞こえる、耳障りな声だよ。ネットにアップされてるし、聞いてみるか?」

『……いや、後でいい。つかインターネットあるんだな』


 再び強化魔法を使って携鳩(あれだけの騒動に巻き込まれて無傷だったのは奇跡だ)を取り出そうとしたが、気もそぞろな様子のヴェルりんに断られた。気分がいいものじゃないし、別に構わないが。


『…………なるほど、事情は把握できた』


 数分程誰かと通信でもするように無言で天井を睨んでいたヴェルりんは、元の落ち着きを取り戻していた。声にはよくわからない感情が籠められており、この状況を歓迎しているのだろう事しか聞き取れなかった。


『待たせて悪かった。歓迎の挨拶は、どうもあちらさんから贈られたようだ』


 そう言ってかぎ爪付きの指を指したのは、遥か前方にあろう扉。

 蛇瑰龍さん達が待つ、『進化部』への入り口。


『なあサトル。お前さんも覚悟はしといた方がいいぜ? この先に待つのは、間違いなくお前さんの常識を吹っ飛ばす連中だ。異世界の使徒である俺サマなんか比べ物にならない、既知の超常がお前さんを襲うぞ』


 俺に異世界の末路を教えてくれた時と同じくらい、真面目な声で決意を促すヴェルりん。


 その言葉によって想起されたのは、空に浮かび、曰くありげなオーラを纏う鋼鉄の巨人。蛇瑰龍さんが乗る、緑のSVRだ。


 外接の推進器なくしてSVRが飛ぶことはない。

 ゴーレムと違って、SVRは燃料や一部のオプションパーツ以外、純粋に科学のみで作られている。それが当たり前で、百年以上前から続く常識だ。


 その前提は、さっき覆されたばかり。


「俺の人種を忘れたとは言わせねぇぞ」


 けれど、そんなものは否定する材料にならない。


『……日本人だからこそ、常識にゃ縛られがちなもんだと思うが』


 確かにそういった面は否めない。

 実際に魔科学戦争を生き延びた数少ない日本人は、ホームシックによって大なり小なり精神を蝕まれ、割合的に少なくない人数が本土に残った亡骸の魂を追って太平洋へ身を投げた。海の外側の常識に馴染めず、失われた故郷を求めて。


 だが俺は、それさえも乗り越えた日本人の血統だ。


「この世界の日本人はな、SVRとゴーレムを組み合わせた、科学と魔法のスーパーロボットを生み出しちまったどうしようもない馬鹿集団なんだよ」


 当時の日本は、魔法にも科学にも染まらず中立を標榜していた。

 その裏で開発が進められていた、科学と魔法の優れた所を組み合わせた前代未聞のロボットこそ、後の世で敬意と皮肉を籠めて《スーパーロボット》と呼ばれる事になる五つの機体だ。


 科学を使う平民風情と魔法を使う貴族階級。

 両者を取り持ち、世界平和を実現させるために、強大な兵器を作り出した大馬鹿なんだよ、俺たちのご先祖様は。


「それが偉大な力だと知ったら、常識なんかクソ喰らえ。そう信じて突き進んで滅びた馬鹿の末裔が俺であり、今の日本人だ。臆病にはなったが気質まで変わった覚えはねぇよ」


 常識と常識を掛け合わせて非常識を作り上げ、支払った代価が代価だからな。今の日本人は影響力を高め難い、ありふれた社会の歯車として生活している。

 渦中の人物である蛇瑰龍さん……大白(おおびゃく)蛇瑰龍様の御祖父様のような一部を除いて。


「その超常とやらが危険かどうか分からない内は間違いなく狼狽えるだろう。けどな、異常を除け者にしてちゃこの世界の日本人は務まらねぇ。何が待っていようと、筋が通った話に目を瞑ったりはしない。だから安心してついてきてくれ」


 目の前をパタパタ飛ぶ小さなドラグノは、クリクリと大きな目を見開いたまま俺を凝視している。

 魔力の有無を前に目を閉じた俺が言っても信用なんて出来ないかもしれない。


 だけどこの言葉に偽りはない。

 言葉にならなかっただけで、とっくに覚悟は決まってたんだ。


『……ま、どっちにしろもう引き返せないしな。俺サマの『殺意の主』が骨のある男だと分かっただけの問答だったぜ』


 俺の目を真っすぐ見て、ふっと真剣な雰囲気を解し、おどけたように言うヴェルりん。


 俺が凄いとかじゃなくて、戦後に人として正しくあれと教えてくれた両親や祖父母が偉いだけだ。こんなの、今の日本人として当たり前なだけだ。

 たまたま選ばれたのが、俺だったってだけで。


「さて、長話は終わりだ。そこそこ長い道みたいだし、さっさと行くぞ」

『おうともよ』


 言葉に表した覚悟を胸に刻み、青白い魔石灯に照らされた廊下を歩み始めた。


 数分もかけてたどり着いたのは、色鮮やかな暖色を中心に青や緑などが散りばめられた、紋章風の装飾が目立つ木製の扉だった。

 魔法に関しては平凡な才能しか持たない俺にもわかる、濃密な魔力の気配。


 それを臆しもせずにちょんちょんと触れ、安全を確認してから先ほどのようにドアノブへ取り付き、カチャリと回すヴェルりん。


 ヴェルりんの……相棒の無鉄砲なまでの勇気に思わず苦笑を浮かべ、すぐに表情を引き締めて未だ目を覚まさない少女を背負いなおし、溢れる暖色の光の先へ踏み込んだ。


 扉の奥で、俺たちを待ち受けていたのは……!



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