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5.ヴレイオン3の攻勢

 俺はすぐさま島の縁を飛び越えると、《緑のSVR》を探……そうとして、それが目の前にあると気づいた。ドンピシャだな。


「さっきの人、ですよね? あの時はありがとうございました。おかげでこの通り無事に助かりました」

『え? あ、えっと、あー……どういたしまして?』


 心から感謝の言葉を伝える。声の主がその仲間と連携しなきゃ、俺は《ヴレイオン3》と出会う前に死んでいた。俺の命が助かる事も無かったんだ。


 声の主は戸惑った様子を見せていたが、流石はカスタムSVRに搭乗するパイロットだけあって、すぐに立ち直った。


『色々と聞きたいことはあるけど、今はとにかく避難して。『プレゼント』……あの魔獣は広範囲攻撃に加えて眷属を数十羽も生み出せるんだ。武装してない飛行箒(ひこうそう)じゃ相手にならない』


 『プレゼント』というのはドラグノと戦っていた怪鳥か。よく辺りを見回してみれば、そこには確かに何十羽もの鳥型魔獣が点々と骸を晒していた。


 眷属の一体一体は俺を襲った白い鷲の魔獣より少し小さい程度だ。それをこんなに沢山……どんな化け物だよ、あの怪鳥。


「事情は分かりました。でも、それは出来ない相談です」


 俺は毅然とした態度で言い放った。


 国連預かりの空域でそんなわがままを言えば撃墜されてもおかしくないが、出来るだけ《ヴレイオン3》から離れたくない。下手をすれば国連に取り上げられるかもしれないし、この世界をよく知らない優樹がトチ狂った事を仕出かす可能性もある。俺にだって、この戦場に立つ資格はあるんだ。


 けれど。

 緑のSVRの主は、まるで予想していたかのように溜め息を吐いて答えた。


『それは、あっちの緋色のロボットが理由かな?』


 そう言って指をさすようにマニピュレーターを動かす緑のSVR。

 釣られて見れば、怪鳥目掛けて空を駆け上っている緋色の機体があった。緋い翼から流れるように陽炎が生まれ、信じられない速度で怪鳥へ迫っている。前に動画サイトで見た飛行型ゴーレムより断然速い。 


「はい。あれは《ヴレイオン3》といって……味方です」


 手にした力の大きさに呆けそうになりながら、なんとか伝えられるだけの事を伝える。異世界のロボットだのパイロットがAIだの、混乱の種になりそうなのは終わってから言う事だ。


『そっか、分かった。だけど戦闘後はきちんと話してもらうよ。君は『マギナウスの学徒』候補生なんだから』


 声に咎めるような雰囲気は無く、どこか俺を気遣っているように感じられた。もしかしたら俺を助けられなかった事に思う所があるのかもしれない。『マギナウスの学徒』候補生がなんたらっていうのは、単に個人所有のSVRかゴーレムに関する手続きの話だろうし。


「ありがとうございます。俺はこれから学園側に《ヴレイオン3》の事を伝えに行きます」

『それは僕がやっておくよ。一応部隊長権限は持ってるからね。顧問の先生に連絡して、上手いこと話を付けてもらおう』


 部隊長……って事は、この人中等部の三年生以上か戦闘系部活動の部長か! なるほど、それならカスタムSVRを持っている事にも納得がいく。建造や整備系の部活と仲が良いパイロット候補生は自分に割り当てられた機体を専用機に改造してもらえるらしいし。


「本当ですか! 重ね重ねありがとうございます!」


 思わず語気が強くなってしまい、少し恥ずかしい。部隊長は学生エース級のパイロット候補生ばかりだから、武官文官の垣根なく全生徒の憧れの的だ。模擬戦とかじゃ見たこともない機体に乗ってるから、新設された部活の部長なのかも。

 よーし、今日からファンになろっと!


『気にしなくていいよ。一学徒の君より部隊長の僕の方が信用されやすいっていう、合理的な判断を下したまでだしね』


 おお! ザ・SVRのエースパイロット、って感じの謙虚さだ。

 SVRは慣習的に平民が操縦するが、貴族が乗るゴーレムとは性能に差がある。そのせいでSVR乗りにはガラの悪い奴も多い(魔獣に襲われる前に遭遇した奴らとか)んだが、中にはこの人みたいな人格者もいて、そういった人はゴーレムの(そして貴族でもある)エースパイロットよりも人気がある。


 緑のSVRのパイロットはまだ学生だけど、パイロットとして名を上げればさぞかし栄光に富んだ道を歩めるだろう。そんな人とこうして縁が出来るなんて……世界に一つだけとなってしまった神社へ、毎年お参りを欠かさなかった甲斐があった。


『一応聞いておくけど、避難する気はないんだね? さっきみたいに、まかり間違って死の鎖が君に伸びるかもしれないんだよ』


 俺が一人感じ入っていると、パイロットさんが真剣な声音で念押ししてきた。


 死……思い出すと、あの身体が海に引っ張られるような空気の奔流が肌に蘇る。


 正直に言えば、まだ怖い。俺はしがない『配達官』見習いで、祖国を失った日本人だ。

 だがそれでも俺は、日本……いや大和の男だ。

 戦える力があるのに、ただ逃げるようなジャップじゃいられない!!


「はい。覚悟の上です」

『まったく……分かったよ。ただし、僕から離れないように。今から加勢に行くから』


 俺の意思は固い。少なくとも、強情であるとは示した。パイロットさんもそれを悟ったのか渋々認めてくれた……って、加勢に行く?

 俺は眼前のSVRにさっと目を向ける。


 一見するとやはり旧式の《SVR-98ノイ・イェーガー》に緑のカラーリングを施したカスタム機だ。《ノイ・イェーガー》は射撃戦に特化した機体で、狙撃用のライフルを装備していた筈なんだけど、このカスタム機は通常のライフルやハンドガンしか装備していないように見える。代わりにというかなんというか、二振りの日本刀を装備していた。


 通常のノイ・イェーガーがドレスを着た貴族女性のように上半身に対して下半身が極端に膨らんだシルエットであるのに比べ、このカスタム機は、ドレス部分はそのままに上半身が鎧を着こんだ騎士のようにガッシリしている。たぶん近接用にチューンされているんだ。


 それなのに、一体どうやって遥か上空を陣取る魔獣と戦うつもりなんだろう。


「あの、そのSVRでですか?」


 失礼だとは思いつつ、関係各所へ《ヴレイオン3》に関する連絡をしていたパイロットさんに尋ねる。パイロットさんは最後の通信を終えてから、答えてくれた。


『もちろん。実をいうとこのSVRは少し特殊でね。空を飛ぶんだ』


 ……え?

 今日にしては珍しい、常識の方から面の皮を破いて出た非常識に新しく混乱していると、緑のSVRが放っていた……放っていた? 無理に燃料を使っている訳でもないのに、なんで光を放っているんだ? しかも、なんだか強さを増しているような?


 俺の疑問に答えるかのように、緑のSVRが……浮かんだ!?


「うそぉぉぉぉぉ!?」

『僕からしたらあの緋色の機体や君が乗っている飛行箒の方が嘘みたいなんだけどね』


 あり得ない光景にパイロットさんの言葉が耳の穴から穴へ流れていった。

 SVRやゴーレムは人を模して造られたロボットだ。人と言うからには翼や魔法なしには飛べない。飛行用のSVRやゴーレムは存在するけど、専用の装備が必要になるはずだ。


 眼前の奇妙なSVRが、そういった装備を持っているようには見えない。

 なのに……と、飛んでる!?


『詳しい話はお互い後にしよう。僕の秘密も教えてあげるからさ』


 はっ……そうだ。このパイロットさんだって《ヴレイオン3》や《クエレブレ》について、幾らでも言いたいことはあるんだ。それを抑えて気遣いまでしてもらっているんだから、俺も気丈に振舞わないと。


「了解です。聞き苦しい声を聞かせてしまい、すみませんでした」

『気持ちはわかるよ。それじゃ、行こうか……っと、その前に』


 パイロットさんは一度言葉を切り、何かつまみを動かすような音を立てて言った。


『よし、個人回線に切り替えたよ。さあ、勇敢なる『マギナウスの学徒』候補生君。君の名前を聞かせてくれないか?』

菅原暁(すがわらさとる)です」

『あ、うん。躊躇とかないんだね』


 二度目だから慣れた。


『こ、こほん。えー、暁君。僕の名前は蛇瑰龍(タケル)。ただの蛇瑰龍だよ』


 その言い回しを聞くのも二度目だ。異世界とこっちの世界で流行ってるのか?


『そしてこの機体が《ミヅチ》。《ノイ・イェーガー・ミヅチカスタム》だよ』


 《ミヅチ》、かぁ。バリバリ日本語だよな。

 しかし『タケル』って名前、何処かで聞いたことある気がするんだけど、どこだったっけ?


「あの、もしかして日本人ですか?」


 どうもイントネーションが西洋人っぽくない。半ば確信を抱きながら聞いた俺に、声の主はキッパリと答えた。


『そうだよ。君もだよね』

「やっぱり……はい、そうです」


 日本人で、SVRのエースパイロットで、学生ながら国連の所属(?)で、カスタム機を持っていて、不思議な力が宿っているなんて。これはますますのめりこんでしまいそうだ。

 まるで五十年前の……!?


「あぁぁぁぁっ!?」


 ま、まま、まさか、タケルってあのタケル……!?


『ストップ!』


 思うがまま閃きを口にしようとして、タケル……蛇瑰龍『様』の制止の声が耳に届いた。慌てて口を塞ぐ。思わず、操縦桿から手を離してしまった。こ、これが異世界の飛行箒……じゃなくて、エアバイクでよかった。飛行箒だったらまたしても海へダイブしている所だ。


『こんなに少ない情報で答えに辿り着くなんて、やっぱり君はパイロットに向いてるよ。どっちかと言えば対獣パイロットとして、だけど』

「え、えと、その、き、きょっ、恐縮ですでありましゅ!?」

『あー、もう少し肩の力を抜いて? そんなんだと、この先で撃墜されちゃうよ?』


 そ、そんなこと言われても……《ヴレイオン3》以上の衝撃を受けたんだ。簡単に立ち直れる訳ないだろ。

 だって、俺の考えが正しければっ!

 この人は――


『ヒュィィィィィィィィ!!』


 混乱した思考を押し流すように、何処か禍々しい咆哮が響き渡った。

 直接耳朶を打った爆音に、くわんくわんする頭をどうにか落ち着かせながら、俺は音の発生源へと眼を向けた。

 遥か上空では、すでに乱入していた《ヴレイオン3》が怪鳥に攻撃を仕掛けていた。


 《ヴレイオン3》は空中戦の常識を覆すかのように分厚い拳で怪鳥を殴りつけ、同時に炎の魔法でも併用しているのか、拳が引いた後には細い煙の筋が尾を引いていた。


「なんて出鱈目なんだ……」

『空中格闘はドラグノの十八番だと思ってたんだけど、どうやら認識を改める必要があるね』


 蛇瑰龍さん(礼儀上、様はやめておいた)も呆れたように呟き、《ヴレイオン3》の非常識さを訴えていた。


『ま、それでも相手は『プレゼント』だ。仮にあの機体が通常のSVRやゴーレムと一線を画す性能を持っていても、恐らくは経験不足で苦戦は免れないだろう。暁君、僕らも行くよ』


 あの魔獣の名前は『プレゼント』というらしい。トナカイ型ならともかく、鳥型の魔獣にプレゼント? 変な名前だ。

 しかし否はない。


「はい! お邪魔にならないよう、精一杯努めます!」


 俺の言葉を聞き届けた蛇瑰龍さんは少しだけ苦そうな声で笑い、緑のSVRミヅチを戦場の方へと向かわせた。

 複雑な思いを抱えつつ、俺も《クエレブレ》に上昇と前進を命じるのだった。




『チッ。何度殴っても即座に再生しやがる……見てくれは鷲だが、ありゃ不死鳥か何かか?』


 戦闘の細かい音まで聞き取れるくらい近づいた俺たちに、そんな通信が届いた。


『暁君、今のは?』


 回線はやはりオープンで、蛇瑰龍さんのミヅチにも届いたようだ。優樹の奴、戦闘中なのにオープン回線の周波数割り出しまで行ったらしい。


「《ヴレイオン3》に搭載されているAIです。かなりふざけた奴ですが、今は俺の命令……というよりお願いを聞いて討伐に参加してもらってます。名前は優樹です」

『なるほど……こちら『ヒースタリア学園』特殊戦闘部活動『進化部』の部長、蛇瑰龍です。《ヴレイオン3》の操縦者さん、聞こえていますか?』


 蛇瑰龍さんもオープン回線で《ヴレイオン3》に語り掛けた。『進化部』って、聞いたこともない部活だな。

 何やら秘密の匂いがしないでもない。


『こちら……あー、フリーパイロット……は、うちの子かサトルだよな……うむ、自立稼働型対『アナヴェグル』殲滅用最終殺戮兵器《ヴレイオン3》のメインコンピューター、『優樹』だ。訳あって所属組織が壊滅したんで、正式な肩書は無い』


 ……そっか。あいつ、あんな立場なら自己紹介にも困るよな。特に軍事兵器としての側面も持っているロボットのAIなら、尚更。


 ちなみにそんな会話を繰り広げる間にも、《ヴレイオン3》は『プレゼント』を攻撃している。拳じゃなくて熱線のような魔法を放っているんだが、打撃と同じように煙こそ上げるものの大した傷にはなっていないように見える。


『それは……ごめん、もう少し言葉を選ぶべきだったよ』

『気にするな。俺サマみたいな事情の持ち主はそういない』


 異世界から来たAIだもんな。


『いや、どんな事情であろうと、意思ある存在に心無い言葉をかけたのは事実だ。この詫びは後ほどさせてもらうよ』

『ふん。律儀な奴だぜ……そんじゃ、とりあえず何故うちのサブパイロット持参でこんな所に来やがったのか、理由を説明してもらおうか』


 鉄色のドラグノがブレスを吐いた。

 失礼な態度を取った優樹に文句を言おうと思ったが、人知を超えた生物の戦闘に俺は魅了されてしまい、会話についていけなくなってしまう。


 ドラグノのブレスは怪鳥を丸ごと包み、羽根や一部の骨を溶かしたように見えた。しかし、怪鳥は瞬く間に身体を再生し、お返しとばかりに空気の攻撃(まるで鎌鼬みたいだ)をドラグノに浴びせた。鉄色のドラグノはやはり鱗や甲殻で空気の刃を受け止めたが、気流に変化が生じた為か空中でバランスを崩してしまう。


『僕も避難してくれとは言ったんだよ? けど、死んでも君の戦いを見たいと言われたんだ。一度は救い損ねた彼の意思を、僕は尊重してあげたい』

『救い損ね……? あー、そういう事か。だからサトルの両足がぐちゃぐちゃになってたんだな。なんとなくわかった。となると、俺サマはお前さんに感謝しなきゃいけないようだな』


 ドラグノと《ヴレイオン3》は遠距離攻撃で『プレゼント』を落とそうとしているが、どの攻撃も通じるには通じるものの、全て回避されるか再生されてしまう。

 今更だけど、あの魔獣はなんなんだろう。まさか本当に伝説のフェニックスだとでも言うのか……? 叙事詩の挿絵や宗教画なんかでは鷲っぽい見た目らしいけど。


『感謝?』

『そいつは戦闘後に話す。お前さんも中々面妖な機体に乗ってるみたいだが、鷲野郎をぶっ殺す算段はあるのか?』

『……前者については了解。後者については、無い事も無い。だけどなるべくなら晒したくないんだ』

『理由を聞かせろ。それ次第で、こっちも切る手札を考えさせてもらう』


 ん? 今、ドラグノも《ヴレイオン3》も攻撃していないのに、『プレゼント』の翼が変な風にひしゃげた。もしかしてドラグノに乗ったドラグノテミナルが圧力系の風魔法を使ったのかもしれないな。それもすぐ再生してしまったが。


『政治的、個人的、宗教的、文化的、国際的、哲学的、どの理由が聞きたい?』

『政治と国際は被ってね? でもまあ結構複雑っぽいし、今は聞かないでおくぜ』

『ありがとう。これも必ず後で話すよ』

『他人が嫌がる事は、敵でなければやるなとお袋に教わってるんでな。親父からは「やられて嫌な事は雑魚にやれ」って教わってるけど』


 ……!? い、今、『プレゼント』の上を飛んでいたドラグノから人が落ちなかったか!?

 人型の何かは恐ろしい勢いで落ちていき、『プレゼント』の背に激突した。500mとかは離れていなかったけど、50、60くらいは離れていたと思う。普通に落下死圏内だ。


 その直後、『プレゼント』の左翼が引き裂かれた。


「はいぃぃぃぃ!? し、しかも再生してやがる!? おかしいだろ!」


 切り離された翼と共に落ちた人型は海面すれすれでドラグノの背に着地し、もいだ翼を海へ落した。ヴァンパイア種か? いや、今は昼間だ。超凄腕の獣人系ハンディアか、それとも噂に聞く戦闘用デザインチャイルドか? どっちにしろとんでもない力だ。


 それ以上に恐ろしいのは、身体の三分の一を失って尚再生する『プレゼント』だが。


『ま、同郷にして異邦の友に救いの手を差し伸べる、ってのも浪漫のある話だからな。どうせ悪目立ちするだろうし、派手にぶちかましてやるよ』

『同郷にして異邦……? いや、ともかく感謝するよ、優樹君』

『参戦の意を示したのはサトルだ。そうでなければ、俺はお前らを見捨てていた可能性だってある。礼なら奴に言いな』

『掲げられた旗にどんな紋章が描かれていようと、騎士に守ってもらったのなら感謝の言葉を口にするのが礼儀ってものじゃないかな?』

『おっと、こいつは一本取られた。確かにその通りだ』


 おお! ドラグノが『プレゼント』と取っ組み合いにもつれ込んだ! いいぞ、首に噛みつけ! 胸を引き裂け!

 ところが、小刻みに震えだした『プレゼント』から多数の羽根が眼下の海へ落下した。その羽根はみるみる内に小さな『プレゼント』となり、ドラグノに襲いかかった。鱗や甲殻に覆われている部分はまだしも、顔や翼に数十羽もの鷲(『プレゼント』と比べたら鷹と言っても過言じゃないけど)が集ってはドラグノもたまらないのだろう。ドラグノはやむなく『プレゼント』から離れ、しつこく食い下がる小鷲を爪で引き裂き、顎で噛み砕いた。


『それじゃ友情の証として、素敵なチキンを送らせてもらうぜ! レッツゴーヴレイオン!』


 蛇瑰龍さんとの会話が終わったのか、優樹が語気を強めて叫んだ。そのわりに《ヴレイオン3》は動きを止めてしまったが、それまでゆらゆらと落ち着きのなかった緋色の装甲が段々と静まっていった。嵐の前の静けさってヤツか……?


『喰らえ、【メギド】!』


 優樹が叫ぶと、《ヴレイオン3》の四肢から数えるのも馬鹿らしくなるほどの熱線があらゆる方向へ飛び出し、ドラグノに纏わりついていた小鷲や様子を伺っていた小鷲(つまり全ての小鷲なんだけど)の、胸や翼や頭を貫いた。


 小鷲の群れはまだ無事な奴だけがフィーフィーと情けない鳴き声を上げながら、死んだ小鷲と一緒に海へ落ちていった。


『クアーーーッハッハッハ! これこそが《ヴレイオン3》を最終殺戮兵器と自称せしめる対群必殺技! ばら撒き型荷電粒子砲【メギド】の掃射だ!』


 やけに楽しそうに叫ぶ優樹。俺はちょっと引きながら今の光景をもう一度脳裏に浮かべた。


(……殺戮兵器か。確かにあんな武装があったら、AI任せになんてできないよな)


 俺は《ヴレイオン3》を作った科学者に感謝の念と、なんで優樹というイカレAIをメインコンピューターなんかにしやがったんだバカという文句を同時に捧げた。


『ヒュィィィィ!!!』


 ちなみに今の発言はオープン回線ではなく、拡声器による馬鹿声だった。

 自らの眷属を撃ち落して勝鬨を上げる《ヴレイオン3》に、トサカを立てた『プレゼント』が勢いをつけて突進した。鷲なのにトサカがあるとはデタラメな。


『ハッハァ! 焼きイーグルの唐竹割りにしてやるぜ!』


 意味不明な事を口走り、《ヴレイオン3》は腰に差してあった剣の柄を引き抜いた。やはり刀身は無かったが、緋色の装甲から白灰色の靄が出てきて柄に寄り集まり、剣のようなシルエットを作り出した。それと同時に先ほどまで装甲を覆っていた陽炎が白灰色の剣身から湧き出るようにして現れる。炎は出てないけど、あれって実体を持たない伝説の魔法剣なんじゃ……


『フハハハハ! 【唐竹メギド割り】! 相手は死ぬ!!』


 どうでもいいが笑い方を統一しろ。どんだけ興奮してるんだこいつ。


 白灰色の剣は突撃してくる『プレゼント』の正中線を違うことなく捉え、バターでも斬るかのように真っ二つにしてしまった。断面は食事後のホットプレートの隅みたいな有様になっていて、余程高い熱に晒されただろう事が伺える。流石の『プレゼント』もあそこまでされたら再生なんて……しやがった。


 焼け焦げた断面から気持ち悪い肉の触手が飛び出し、右と左に分かれた『プレゼント』の身体を繋ぎ合わせる。

 ものの五秒もしない内に、『プレゼント』は翼を大きく羽ばたかせた。


 怒りに燃える鳴き声を上げ、再び《ヴレイオン3》へ迫る。


『クルッフッフ! どこぞの魔人か貴様は。こりゃ跡形もなく消滅させるしか手は無いな!』


 だから、なんでそんな嬉しそうなんだよ。戦闘用AIじゃなくて戦闘狂AIなんじゃないだろうな。


『……これは僕らも全力で戦わないと討伐出来ないかも。まったく、厄介な『進化』を遂げてくれたものだよ。ディーオ、ビムクィッド。僕が言いたいこと……』

『おいおい、見くびってもらっちゃ困るぞタケル』

『優樹?』


 意味深な事を言って部下と思われる二人に声をかけようとした蛇瑰龍さんを止める優樹。声には自信が溢れ、喜色を隠そうともしていなかった。


『怪物退治の基本戦術:ヒュドラ編が通用しなかっただけだ。進化だかなんだか知らんが、それが生物として在る上で独立している存在なら、《ヴレイオン3》に屠れない道理はねぇ』


 ヒュドラ……太古のギリシャで英雄ヘラクレスに討伐された多頭蛇の魔獣だ。

 魔獣がいない世界から来たと言っているくせに、ヒュドラは知っているのか。ますますもって不可解な奴だ。

 いや、それより今は『プレゼント』を完全に殺せるっていう手段の方が重要だ。


『生物として在る上で独立している存在?』

『あー、あれだ。本体は別のところにあって、ここにいる鷲野郎をどうしようが魔法的な力で物理法則を無視して何度も蘇らせるとか、そういうのだよ』

『後期型リッチの事を言っているのかな。『フェイクニス』は――あ、その『プレゼント』の暫定ネームね――そんな生態じゃないと思うよ。発生現場を見ている訳だし、間違いない』


 ……やばい。同じ世界の人間である俺にすら、『プレゼント』の名前が『フェイクニス』である事以外、蛇瑰龍さんが何を言っているのか分からない。


『発生現場……? まあいい。だったら怪物退治の基本戦術:超再生編を適用すりゃ行ける。問題は時間だ。結構な大技になるから足止めが必要になってくる。お前さんとドラゴ……ドラグノ、それから戦闘空域でうろちょろしてる二人の人型生物。その面子で、『フェイクニス』とやらを一分間抑えてられるか?』

『それくらいなら構わないけど……本当にそんなことができるの?』


 俺も蛇瑰龍さんと同じ気持ちだ。

 あの魔獣の再生能力は異常過ぎる。普通、魔獣と言えば体内に魔核と呼ばれる核を持っていて、魔核を破壊されると全身に魔力を満たせなくなって衰弱する。


 そして、どんな魔獣も魔核は身体の中心にある筈だ。なのにあの『プレゼント』……じゃなくて『フェイクニス』は体を真っ二つにされても再生した。そんな魔獣、聞いたことがない。

 『瘴気獣』や『ノスタゥジア』には魔核が無いらしいけど、『フェイクニス』が『瘴気獣』なら生身のドラグノは戦えないし、『ノスタゥジア』はヨーロッパにしか出現しない。ハワイと日本列島の中間に位置するヒースタリア学園の浮遊島近くに現れる筈がない。


 でも、じゃあなんなんだ?

 魔核を真っ二つにされても再生する『魔獣』? 瘴気を纏わない空飛ぶ『瘴気獣』? 太平洋に発生した『ノスタゥジア』? いいや、そもそも『プレゼント』ってのはなんだ?


 くそっ、頭がこんがらがってきた。

 とにかく、俺にとってもあの怪鳥は不可解な怪物だ。特殊な事情を持っている蛇瑰龍さん達でさえ手こずっているのに、どうしてこの世界に来て十分も経っていない優樹が自信をもって倒せるって言えるんだ?


『ああ、出来るぜ。失敗しても誰も死なねぇ素敵な必殺技がな』


 失敗しても誰も死なない……って、ノーリスクだから強気に出てるだけかよ!?


「本当に大丈夫なのかよ」

『安心しろってサトル。俺サマが本気出せば魔王を名乗れるくらいには強い』

「比較対象がなんで魔王なんだ」

『魔王と言っても色々種類があるけどね。今は君に頼らせてもらうよ、優樹君』


 ……蛇瑰龍さんと俺で人の出来って奴が問われたな。余計なツッコミだった。


『任せろ。そして任せた! 一分足止めしてくれりゃあ、BGMの出番もないくらい速攻で片づけてやるよ!』


 気負いのない台詞。AIだから感情くらい隠せるだろうが、俺には伝わってくる。あいつはこの状況をまったく恐れていない。安全が確保された森で、ゴテゴテに飾り付けたゴーレムを使って魔獣を狩る貴族みたいに。

 それを油断と捉えるか自信と捉えるか、俺にはまだ判断が付かない。所詮は日本人ってだけのただの子供だから、戦士の考え方なんてサッパリだ。


 でも、頼れる。

 日の光さえ押さえつけ、存在を強く主張するような緋色の装甲を纏った《ヴレイオン3》。

 その姿を見て、奴の言葉を聞いて、俺は計り知れない程の安堵を覚えた。

 こいつになら俺の命を預けられる、と。


「優樹、頼んだぞ。勝って……お前の知る日本を俺に教えてくれ」


 一度認めてからは、自然とトゲトゲした気持ちが収まっていた。

 スーパーロボットのパイロットとして選ばれたはいいが、操縦者は別にいた、なんて……そんな小さな嫉妬を知りもしないだろう優樹は、一瞬だけ間を開けて、力強い声で肯定した。


『っ、おう! そっちの日本の事も教えろよ、俺サマのマーダー!』


 そう言って天高く飛んで行った《ヴレイオン3》に、俺は精一杯の敬意で答えたのだった。


「俺の意思、お前に託したぞ! 勝ってくれ、《ヴレイオン3》!」



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