4.アドベント! ヴレイオン3!!~Try To take kill again~
半日とも一日とも思える長い苦痛を乗り越えると、今度は脳に直接ミントペーストを塗りたくったようにスーッと痛みが引いていき、目を開けると……青が見えた。
二つの青。白が混ざった薄い青と緑が混ざった濃い青。空と海が、俺の目の前に広がった。
「……元の場所に戻ってる。凄い、流石は転移魔法だ」
海に大きな影を落としている方へ目を向けると、浮遊島の底が見えた。数万年以上風雨に削られて作られた独特のつるりとした底部と、中央に刺さる『魔導書と豆電球に祝福を与える妖精』の旗から、ここが元居た『ヒースタリア学園』の浮遊島だと分かる。
『おいおい、科学の秘儀を魔法扱いするなよ。寝言は寝て死……ん?』
科学至上主義のジジイみたいな事を呟いた優樹。なおもこき下ろそうとしてきたが、何かに気付いたように声が止まる。
数秒経った頃、目の前の光学モニターに一つの映像が浮かび上がる。
それは……な、なんだあの怪物!?
『おい、この世界にはあんなアク〇バみたいなお化け鳥がうようよしてんのか?』
「んな訳あるか! あんな魔獣は見たことも聞いたこともない!」
『……魔獣? 魔獣はいるのか!?』
なんで化け物の方じゃなくて魔獣の方に驚いてんだよ。百歩譲って十四年前に現れた『瘴気獣』や六年前の『ノスタゥジア』ならまだわかるが、神話の時代から存在する魔獣なんかに驚くような事があるのかよ。
まさか本気で異世界から来た、って言ってたのか?
『いや、それ以前にあの浮いてる島はなんだ!? ラピ〇タか!? おまけに生体反応が集中してやがるし、《BA》クラスの動体反応すらあるじゃねぇか!? 魔獣といい天空の島といい、10mオーバーの人型謎存在といい! 何がどうなってるんだこの世界は!? 属性の盛り過ぎにも程があんだろうがよ!!』
……AIの感情回路って、こんな取り乱し方しないよな。
浮遊島や、そこに人が住んでいる事、呼び方は違うがSVRやゴーレム、魔獣なんかに驚いているんだから、ギリシャの古代遺跡みたいなのに封印されていた人工知能とかじゃなきゃ説明が付かない。魔獣がいない世界ってのも信じがたいが。
「本当に……この世界の事を知らないんだな」
『ようやく信じてくれた所悪いが、あの化け物、浮き島に集まってる生体反応の所へ攻撃しようとしてやがるぞ!』
なんだって!?
優樹が叫ぶと同時にモニター画面が縮小され、浮遊島と怪鳥を同時に映し出した。空中でホバリングしていた怪鳥が、禍々しい翼を勢いよく羽ばたかせる。それによって歪んだ空気のように見える何かが、真っすぐに浮遊島の中心部……ヒースタリア学園へと何十発も放たれた。
かと思えば鉄色に光る何かが炎を吹き散らし、空気の攻撃を包み込んだ。モニターを見る限り、空気の攻撃は全て撃ち落されたようだが……アレは、まさか。
『ど、ど、ど、ドラゴン!!!!???』
「うるせぇ! 『ドラグノ』だよ!!」
衝撃波かと思うくらい激しい大声を出した優樹に怒鳴り返す。
ドラグノとは神話の時代に『ドラゴン』から生まれ、現在もその存在が確認されている希少種族だ。翼と腕と足を一対ずつ備え、周囲の環境を取り込んで様々な姿に成長し、形態の別なく灼熱の息吹を操る、世界最強と謳われる生物。
そんなドラグノが、なんで……あ!
「そういえば同じ六世代第三学徒候補に『ドラグノテミナル』がいるって噂があったな」
『どらぐのてみなる? なんだそれ』
「ドラグノと契約を結び、ドラグノの不思議な力を獲得した人間の事だ」
異世界人優樹にこの世界の常識を教えている間にも、怪鳥とドラグノの戦いは続いている。
怪鳥の攻撃を防いだドラグノは力強く翼をはためかせ、怪鳥へ突っ込んでいく。しかし怪鳥のスピードはドラグノを上回っており、余裕がありそうな挙動で回避してしまう。
そして怪鳥が再び空気の攻撃を放ってドラグノを攻撃するが、ドラグノはそれを意に介さずその身で全て受け止めた。痛がる素振りすら見せない辺り、防御に特化したドラグノなのかもしれない。その常としてやや鈍重に見えるが、せいぜい普通の飛行箒と同じくらいだ。
『すげぇ、すげぇ……! 本物のドラゴン……じゃなくてドラグノに拝めるなんて! 今だけはあのクソッタレ『アナヴェグル』に「人類を滅ぼしてくれてありがとう」って言えるぜ!』
「やめろよ、そんな不謹慎な事」
“ドラグノ狂信者”みたいにはしゃぐ優樹。こいつの世界にはドラグノもいなかったのか。
一体どんな世界なんだ?
『クソッ、こうなったら加勢しなきゃ末代までの恥だ! この場合は誤用の方で!』
「加勢!? こんな武器もない飛行箒でか!?」
武器……ないよな? さっきモニターで見た時も表示されてなかったし……
キョロキョロと空に浮かぶクエレブレを見回し――――
「はぁぁぁぁ!?」
不意に後ろを向いた時、ソレは俺の視界に現れた。
普通のSVRやゴーレムとは比べ物にならない程大きなソレは、緋色の巨人だった。
SVRに似てスラっとしたシルエットでありながらゴーレムのように球体状の関節を持ち、見たことも無い緋色の金属で全身を覆っている。背中からは翼のようなM字の装飾が伸びていて、装甲と同じ材料が使われているようだ。
両手足の関節を守る覆いには穴が開いている。ドラグノの血を引くと言われるドラグナー種によく似た頭部で、アイカメラはモノアイだが、何故か右目に備わっている。腰には日本刀風の柄を穿いているが、刀身は見当たらない。細身な機体には不釣り合いな程幅広く大きな肩は薄く輝いていて、背骨が突き出たような四角い筒はどこかチョークを思わせる白色だ。
よく見れば緋色とは異なる白と黒のサブカラーが各所に使用されていて、左腕には三角形の腕盾が鋼色に輝いている。両腕から伸びる緋色の手は、マニピュレーターというよりも拳と表現すべき重厚さと威圧感を放っていた。
異質。
ソレはこの世界において、あまりにも異質な機体だった。
見たこともない金属が使われ、見たこともない意匠が施され、見たこともない武装に身を包み、見たこともない構造をしている。
SVRともゴーレムとも違う。まさしく、異なる世界からやってきた存在――
「隻眼の……竜人?」
自然と、そんな言葉が口をついて出た。
あまりの事態に呆然としていた俺に、優樹がどこか誇らしげに告げた。
『これこそ我が世界。いや、我が一族の全てを持って造り上げた、文字通りの最終殺戮兵器。その名も……《ヴレイオン3》だ!』
「ヴレイオン、トライ……」
俺がさっき、叫んだ言葉だ。
――汝、強大すぎる我が力を望むなら……
あの台詞は、《Hアクティ》や《クエレブレ》だけじゃなく、この緋色の機体、《ヴレイオン3》も含めての言葉だったのか……!
だとしたら、俺は――俺は!!
「優樹! こいつは、俺の思うように動かせるのか!?」
腹の底から胸に沸き上がった興奮を、そのまま口に出した。恥も外聞もない、欲望に塗れた声だったが、構うものか。
だって、こいつは!
既存のロボットに当て嵌らないっ、伝説のスーパーロボットなんだろう!?
『……俺サマの目的は人類の再生だ。浪漫とうちの子に関する事を除けば、俺サマの行動理由はそれだけだ。今のモロースの性質を鑑みれば、俺サマはマーダーの行動指針に従うつもりでいる。そういう意味では、お前さんの思うように動かせる、と言えなくもないだろう』
優樹は何かを抑えるような口調でそう言った。
些細な制約はつくが、基本的には俺の意思に従うってことだな。
ならば……!
「あの怪鳥を墜とす! 力を貸してくれ、優樹!」
『……フッ、杞憂だったか。OK、相棒! 恋人の絆って奴を見せてやるぜ!!』
「…………気持ち悪い事言うなよ」
な、なんとか冷めそうだった興奮を胸に灯し直し、突起でしかない操縦桿をギュっと握る。
『気にするな。その内家族の絆になるだけだから』
ほんとにどういう意味だ!?
『よぉし、そうと決まれば派手にぶちかまさねぇとな! サトル! あの怪鳥を見つめながら心の中で『死ね』と叫べ。そうすりゃ怪鳥への殺傷許可が下りて、俺サマは戦える!』
「お、おう! とりあえず、後で詳しく説明してもらうからな!?」
相棒の同性愛疑惑は脇に置いておいて……鳥には苦い思いを味あわされたばかりだからな。
(あの白い鷲じゃないみたいだが、人を襲うなら魔獣と同じだっ。死ね、怪物!!)
『殺害許可を受領。対象を確認、人型にあらず。これよりバトルエンゲージに入る!!』
システマチックながら熱血を秘めた声と共に、緋色の巨人――《ヴレイオン3》の周囲が歪に揺らめきだした。
熱風が頬を掠める。
膨大な熱が《ヴレイオン3》から発生している……爆発とかしないだろうか?
「お、おい、大丈夫なのか?」
『安心しろ! 圧倒的な熱量こそが《ヴレイオン3》の基本であり真価だぜ!』
まったく理解できなかったが問題が起きている訳ではないようだ。
『とはいえ、あまり近くにいられると戦いづらい。敵はあれ一体だけみたいだから、お前さんは一度あの浮かんでいる島に避難して、事情を伝えてきたらどうだ? 向こうも混乱するだろうが、それ以上にUNKNOWN扱いされて撃墜されるのは御免だからな』
「了解……ん? ならこの《クエレブレ》って何のためにあるんだ?」
そんな事を言っている場合ではないが、思わず訪ねてしまった。こんな優れた技術を使って作られた代物が、ただの飾りとは思えないし。
『対俺サマ用だよ。俺サマは一時期、『アナヴェグル』と人間をごっちゃに考えてたからな。人型の『アナヴェグル』を目視で確認したマーダーが俺サマに命令を与えるために作られたんだ。今回の殺害許可はモニター越しだったが、相手は人型じゃないからな』
なるほど。イカレたAIが人間に『アナヴェグル』の幻影を被せた映像をマーダーのモニターに映せば、大量虐殺が始まっちまう。それを防いで、あくまで人間が操縦方針を決定づける為の装置が《クエレブレ》という訳か。
「分かった。それじゃ、ヒースタリア学園にお前の事を伝えてくる。拡声器みたいなやつはないのか?」
『あるぞ。クエレブレに備え付けられている装備は思念を送るだけで使えるぜ』
相変わらず凄まじい技術を事も無げに口にする優樹を置いて、俺はクエレブレに上昇するよう念じた。
優樹の言う通り、クエレブレは俺の命じるままに高度を上げていく。飛行の滑らかさときたら、二度と他の飛行箒に尻を置く気になれなくなるほどだ。
突如として後ろから聞こえた爆音(《ヴレイオン3》が飛び上がった音だろう)を努めて気にしないようにしつつ、試運転代わりに縦へ横へクエレブレを躍らせ、調子を確認する。
(感覚は飛行箒と大体同じか。癖さえ掴めれば『エアリアルカップ』優勝も夢じゃないな)
飛行箒乗りなら誰もが憧れる空の祭典で栄光を浴びる自分を妄想していると、あっという間に島の縁へとたどり着いた。
そのまま縁を飛び越えてヒースタリア学園へ飛ぼうと思っていたのだが、直前になって通信が届いた。オープンチャンネルに決まっているが、魔力波や電波も拾えるのかコレ。
『そこの所属不明機! 現在この空域は国連平和維持委員会の預かりとなっている! 即刻立ち去るか、戦闘に巻き込まれて……!? 君は、さっきの……!』
この声は……さっきの緑のSVRに乗っていた人か!