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20.エピローグ(人狼型瘴気獣との戦い)

 前代未聞、『空を飛ぶ瘴気獣』の襲来と撃滅。その一報は大々的に報道された。

 当たり前だ。この世界には統一政府が樹立されておらず、秘密裡に警戒を促すなど不可能。主に北と東の大国と秘密主義のギリシャのせいだが、未だ国連の手が及ばない古き種族たちやドラグノら知性ある放浪種族の為でもある。国際的に特殊な立場を持つ彼らであってもネットやテレビくらいは見るし、公にするしか伝える方法が無いという場合もあるのだ。


 映像は『BBS』立ち合いの元、『BBS』が主導で瘴気獣を撃滅したという風に編集された。俺たち進化部は様々な秘密を隠し、BBSは対処が間に合わなかったというクレームを跳ね除けられる、互いの思惑が一致した形だ。ディーオなんかは相当不満そうにしていたが。


 上層部(俺たちの場合はラウルス先生や学園理事長)でも色々と交流を深められたようで、今後瘴気獣が出現したり、進化部の討伐対象である『プレゼント』が出現した場合は、互いに連絡を取り合って対応する事が出来るようになったのだとか。


 政治の世界は複雑すぎてよく分からない所もあるが、優樹によると『これでお互いの討伐目標が予想外の場所で暴れ出した場合、近くの組織が討伐しても『連携』の一言で非難の言葉をへし折る事が出来る』らしい。この辺りは国際組織なだけあって、弾除けは多いに越したことはないのだとか。


 どうも進化部では以前にも似たような出来事があったらしく、イギリス遠征の時にノスタゥジアを討伐し、同じような理由で『黄陽の屋敷』と『連携』した事があると蛇瑰龍さんが楽し気に語っていた。


「それじゃあ、『黄陽の屋敷』がノスタゥジア討伐の専門家なんだね」

「いや、『黄陽の屋敷』は元々魔法研鑽機関だったんだ。ノスタゥジアを初めて討伐したのが『黄陽の屋敷』所属の魔法使いで、以降は勝手にノスタゥジア討伐請負人みたいな仕事をやっているらしい」

「政府は対処しないの?」

「ヨーロッパは魔法使いが多いけど民主化運動のせいで結構な数の貴族が滅ぼされたから、大魔法使いの数が偏ってるんだ。一国家の力でノスタゥジアを倒せるのは魔法大国イギリスや魔導具製造の本場ギリシャ、そして『黄陽の屋敷』の拠点があるポルトガルくらいさ」


 ――何せ、ノスタゥジアにダメージを与えられるのは魔法だけだから。

 というような会話を、俺とルビリアは病室で交わしていた。


「不思議だよね。なんで魔法じゃないと倒せないのかな?」

「魔法というか、この場合はマナだな。魔剣とか神器、後はゴーレムの魔杖やチャイナの気功法なんかでもダメージは与えられるし。なんでかはまだ謎だけど」


 ルビリアは戦闘後、三日間の眠りについていた。

 優樹曰く“早熟の代償”。ティーンエイジャー相当の肉体と精神をほんの数年で身に着けた上に自我の獲得から週さえ跨いでいないせいで、心身に強い消耗が発生するとストレス値に応じて休眠してしまうそうだ。


 瘴気獣襲来の精神的圧力に人狼型出現による一時錯乱、及び声帯と腹筋の酷使。勝利の陶酔に祝勝会での暴食、ディーオのセクハラ、蛇瑰龍さんとウピオルの子供には見せられないアレコレ、ヴェルりんのスライム趣味……俺でも気を抜けばぶっ倒れそうだったんだから、ルビリアがそうなってもおかしくはない。


「そうだ。ラウルスさんが私の転入手続きをしてくれるって話はどうなったの?」


 怠そうに緩む頬を手で抑えつけようとするルビリア。あまり無理させたくないんだが、保護者の優樹が『とにかく寝るまで話し続けろ』と言って進化部の部室へと消えてしまい、当のルビリアも積極的に話をしようとする。


 人間基準で考えてはいけないのかもしれないが、心配な物は心配だ。かといって他に出来ることもなく(病室で医療魔法以外を使うのは禁止されている)、気もそぞろにしながら会話をしているという訳だ。


「無事終わったって昨日聞いたよ。基礎科目は俺と同じクラスで、専攻科目は機操科の蛇瑰龍さんと同じクラス」

「そっか。ずっと暁と一緒じゃないんだね」


 ちなみにウピオルとディーオとビムクィッドはクラス自体に所属していない。

 ドラグノテミナルであるウピオルは既に『マギナウスの学徒』として申し分ない資格を有していて、ヒースタリア学園に通っているのは正規資格取得と模擬戦闘の為だそうだ。


 ビムクィッドはそもそもラウルス先生の護衛で『マギナウスの学徒』ではないらしい。一応生徒として登録されてはいるが、半ばラウルス先生の戯れだとか。

 ディーオに至っては所属クラスの半数(男女含めて)に性的な意味で手を出して一部の妖精や精霊とバトってクラスを追放されたらしく、コネと義理で在学し続けているだけらしい。


 後者二人についてはまだまだ余罪がありそうだが、今は置いておく。


「大丈夫だよ。機操科には蛇瑰龍さんがいるし、何かトラブルが起きても念話で教えてくれればすぐに飛んでいくからさ」

「そうじゃなくて……寂しい。暁とはもっと一緒にいたいって思うの」


 そう言ってルビリアは俺の手を取った。只人ならざるひやりとした質感。黄色人種の見慣れない肌の色。皺ひとつない赤子のような手。

 俺は操縦ダコでゴツゴツした手を緩く握り返した。


「俺たちには明日がある。俺の故郷やルビリアの両親の手から奪われた、大切な明日が」


 じんわりとルビリアの指先から熱が伝わってくる。人間であれば病気を疑う程の熱さだ。

 揺れ動く赤い瞳を見つめながら、俺は三日間言おうと思っていたことを全て伝えようと決心した。


「奪われる物と思いながら大切にする絆なんて必要ない。俺はルビリアと沢山の思い出を作りたい。でもそれは無くした時に縋る為じゃなく、明日が続き続けた未来で一緒に懐かしんで、懐かしむべき思い出のただ中を共に進みたいと思ったからそう願うんだ。ルビリア。寂しいと思う気持ちは分かるけど、どうせおはようとおやすみは一緒なんだ。たくさんの同じ時間を過ごして、ちょっと違う時間を過ごす。そんな優雅で普通でかけがえのない日々を明日にしていこう。俺の人生と、ルビリアの人生と、俺たち二人の……」


 新しい人生を明日へ届けよう。

 そう続けようとした所でルビリアの腕がツチノコのように動き、俺をベッドの中に引き摺り込んだ。


 思わぬ事態に身体がこわばる。情けなくも悲鳴をあげたが、ルビリアの冷たい手に遮られて一言も漏れる事は無かった。

 頭から布団を被せられ、世界が温かな闇に包まれる。二つの赤い宝石が見えたと思ったら、それは瞬きをして笑うように細く輝いた。


「卑怯。そんな告白みたいな言い方で女の子を説得しようとするなんて。まるで物語の主人公みたいな語彙だったよ」


 ……まあ、これでも配達官見習いだったからな。


 配達官は様々な国に書簡もしくは記録装置もしくは口頭で情報を伝える仕事だ。飛行技術はもちろん、弁論術についてもある程度訓練される。ベテランともなれば下手な外交官より語彙が豊富になる事もあるんだし、ちょっとくらい口が上手く回ったっておかしくないだろ。


「そうなんだ。配達官なら誰でも、今言ったみたいな事が平気で言えるんだね」


 内心のぼやきに返事をされて、俺は敵わないと白旗を上げるように両手を掲げた。


「でも、告白みたいで嬉しかったからいいよ。私は半人間だから、誰もそんな事してくれないだろうし。まずは暁と友達になる。恋とか愛とか後回し。平気だよ。私は孤児から始まって、モロースになって、異世界渡航者になって、今は人を守る戦士たちの仲間になった。だから、ちょっと余裕ないし」


 ……思慕の情。と格好付けた言い方にはなるが、それが無いとは言わない。言えないさ。それはルビリアも同じだろう。

 言い方は悪いが、俺とルビリアは《ヴレイオン3》に縛り付けられ、戦いの道具となった。敵対者を殺す為の刃と柄。そういう関係になった以上、互いを意識せずにはいられない。男女ともなれば古来、惹かれ合うものと相場が決まっている。


 それが本当の想いかどうかも曖昧なまま、俺とルビリアは絆を結ぶ。

 ただ、落ち着きのない繋がりに名前を付けるのは、もう少し後の俺に任せよう。


「整理する時間もあった方がいいと思う。早めに暁を堕として既成事実を作ってから愛し合えるようになればいいとも思う。これはお父さんの言葉だけど」


 あ、あいつ……自分の娘になんてあくどい知恵を授けてやがるんだ。


「そういう悩みも含めて、ずっと明日を楽しみにしていたい。暁はそう言うんだね」

「……ふっ、はは。その通り」


 まったく、悩みに悩んで選び抜いた台詞がたった一行に纏められてしまった。恥ずかしがるよりいじけて布団に潜り込みたい気分だったが、衣擦れの音と共に肩を抑えられてしまえば黙って唇を尖らせるしかない。ううむ、やはり人外の膂力だ。


「そして、今日を楽しむ。楽しくなかったとしても寝るときの“おやすみ”が言える。言ってもらえる。うん、良いと思う。暁。私、寂しくなっても頑張る」


 赤い眼が急速に近づいてきた。

 彼女は深紅の宝石を二つの薄膜で包み、深く呼吸を繰り返した。ルビリアや優樹並みの読心能力があれば紅玉に過る感情の影を読み取れたのだろうが、まあ、いきなり人間をやめるよりはマシだ。今だってまともな人間とは言えなくなったし、祖父母に伝えるのだってまだ気まずいくらいなんだから。


 ……ほぼ一日飲まず食わずでも不快じゃなかったってのは、実に不思議な体験だったけど。


「ねえ暁。私、旅をしてみたい所、決めたよ」


 赤い宝石を隠したまま、ルビリアが囁くように言う。


「どこ?」

「秘密。きっと暁も行きたいって思ってる場所。お父さんと相談して、今は危ないからしばらくここで学生生活を楽しもう、って決めたの」


 今は危ない……どこだろう。王位継承期間間際の妖精の森か、それとも『魔掃祭』の準備に入ったイスラエルか。ハワイ公国は年中危ないし、アイルランドの『指舐め祭り』は終わった筈だ。あ、そういえば生まれ故郷は今『断食月』の真っ最中だっけ。でも別に危険って事はないしな……


 分からん。


 分からんが、いつか教えてくれるだろう。

 危険な場所ならその時に対策すればいいし。


「分かった。教えてくれるのを楽しみに待ってる」

「ふふ」


 ルビリアは微笑を浮かべ、俺の身体を引き寄せて自分の上に乗せた。

 ……ああ、“お布団の刑”。


「ふぁ……あぁぁ……ぁぁっふ。眠たくなっちゃった」


 大きな欠伸と共にルビリアの体温が上昇する。爬虫類のように冷たかった身体が人の体温を越えて更に熱くなり、流れ落ちるように筋肉が弛緩していく。


「ル、ルビリア」


 胸板に伝わってくる柔らかい感触を素数で足止めし、微妙に下半身をずらす。性的な事を考えている時もそうだが、男のアレは寝る前のリラックスした状態でも若干起き上がる。今の俺は両方の理由でルビリアの平穏で快適な睡眠を妨げてしまう可能性がある為、紳士的にならざるを得ないのだ。


 ……淑女の上に覆いかぶさる紳士、か。いや、それでも変に気まずい思いをさせるよりは余程マシな筈だ。うん。俺、まだセーフ。これは性交渉じゃない。


「ねえ、暁。お願いが、あるの」


 生まれたての女の子が、眠気を噛みしめるように言って俺の背中へと右腕を回す。


「あのね、その、その……おはよう、って、私、言いたい、な」

「……分かった」


 薄れゆく言葉に応え、俺は肯定の意を返した。

 ルビリアの赤い宝石が一度だけ晒され――赤く透明で、布団の闇の中でもキラリと光る涙が目尻を覆い、とろりと蕩け落ちた。


「あり、が、と……お、や、すみ…………」


 すぅ、すぅ、と。

 赤黒の少女は規則的に寝息を零し、情報と魂を整理する為の世界へと分け入った。


「おやすみ、ルビリア……俺は、寝る訳にはいかないな」


 何せ『妖精国の夫人』が黙っちゃいない。部屋を水浸しにされるくらいなら、この昂揚とも清廉とも言える欲求に抗った方が後々楽になる。


 俺とルビリアしかいない、二人だけの病室。布団を被って、僅かな隙間から空気が出入りする。冷たく澄んだアルコールの匂いがする空気だ。


 甘くて熱い、息苦しいくらいの空気。

 一人の時は胃液のような酸っぱさが鼻につく嫌な空気だったのに。

 今はもっとずっと嗅いでいたい。肺が締め付けられ、心臓がズキズキ痛もうと構わない。

 俺とルビリアだけの空気。二人だけの、平和と平穏の空気。


 クラクラと意識が遠のく。レッドアウト対処法の要領で気合を入れ、血流を正す。

 ルビリアが起きて「おはよう」と言うまで、俺は外の世界から彼女を守る薄布だ。

 妖精にも、人間にも、優樹にも――俺にも。

 誰にも邪魔はさせない。ルビリアの記憶と肉体の調整がひと段落するその時まで。

 彼女の夢は、俺が守る。


 そして、これからも守り続けるんだ。

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