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2.予兆

 ――時は遡り。


 蛇瑰龍(たける)は両手の操縦桿を握りつぶすように力を籠め、眼前の刀の峰に額をぶつけた。

 人前で見せてはいけない力を使ったにも関わらず、守るべき者を守れなかった。どれだけ恥じても恥じ足りない。一生拭えない汚点を作ってしまった自分を、蛇瑰龍は強く責めた。


「もっと早くミヅチを使っていれば! 二人が協力的じゃないのも、鋼鉄のドラグノであるカプトゥスが人命救助に向かないのも知っていた筈なのに! 僕は……僕は、守れなかった!」


 額の皿を割るような勢いで、何度も何度も峰に当たる。刃の背といえど金属の塊。叩きつけ続けた額からは血が滲み出て、つつ、と刀を伝う。

 するとコックピットに突き刺さっていた古めかしい刀が、ぶるりと震えた。まるで何かを語り掛けるかのような動作に、動きを止める蛇瑰龍。


 彼はいらだちと自責の宿った瞳を一度強く瞑り、懺悔するように言葉を返した。


「……わかっています。これは僕の責任ですから、自分で看取ります」


 そう言うなり操縦桿をきつく握った蛇瑰龍は、浮遊島の縁から《ミヅチ(緑のSVR)》で飛び降りようとした、直前。

 緊急警報のアラームがコックピット内に鳴り響いた。


「このタイミングで新手って……ちくしょう。勇気あるマギナウスの学徒候補生を、弔ってもあげられないのか!」


 踏み出そうとした一歩を止め、蛇瑰龍は奥歯を噛み砕く勢いで顎に力を込めた。

 血走った目で辺りを見渡す蛇瑰龍。周囲の確認を終える前に、アラームと同じ発信元から通信が届く。


 蛇瑰龍に通信を寄越した者は、やや焦った様子で言った。


『皆さん! たった今、『アロウサル・タートゥム』の現出が確認されました! ポイント:ルナノワは太平洋上にあり、軌道計算した結果、《虹の尾》の落下予想地点はヒースタリア学園直上! このままでは学園の生徒や職員が《プレゼント》に変貌する可能性が!』

「なんだって!?」


 先ほどまでの悔悟を拭い去り、蛇瑰龍は海に背を向けて今も厳戒態勢にあるヒースタリア学園へ向かった。装甲の隙間から緑光を迸らせ、飛ぶような速さで駆け抜ける。


 浮遊島特有のSVRと同程度の高さ(約10m)の塀を跳躍力だけで乗り越え、併設されているエレベーターを使い機動兵器専用の防衛塔を登った。

 塔の最上階にたどり着くとすぐさま一対のアイカメラを空に向け、じっと観察する。その間に蛇瑰龍は通信装置を起動し、仲間と連絡を取った。


「皆、聞こえたよね。さっきの少年には悪いけど、ヒースタリア学園に『プレゼント』を出現させる訳にはいかない。今度こそ、僕の指示に従ってもらうよ!」


 無音。

 正確には空を飛翔する風の音だけが通信機から届き、蛇瑰龍はこめかみに青筋を浮かべながらため息を吐いた。


(いつもの事とはいえ、これじゃダメだよね……とりあえずウピオルとカプトゥスだけでも合流させないと)


 怒りを抑えるようにかぶりを振り、別の通信回線と拡声器のスイッチを入れる蛇瑰龍。


「カプトゥス、《例のアレ》が出た。幸いにも近場だけど、油断はできない。ウピオルと合流して戦って欲しい。ウピオル、立て続けで申し訳ないけど魔身丸(ましんがん)を用意しておいて。あの二人だって《プレゼント》を貰えば喜んで包み紙を破り捨てるだろうけど、学園を守ってくれるって訳じゃないだろうから。カプトゥスと一緒に守ってほしい」

『グルォォォォォ!!』


 指示を終えると、まず一吠えの咆哮が返ってきた。鱗と翼をもつ鋼鉄の化身が力強く羽ばたき、北へ飛んでいく。サブモニターでその様子を確認した蛇瑰龍に、通信で返事があった。


『う、うん。わ、わ、分か、分かった。カプトゥス、と、や、やく、やくそっ……約束、したから。み、みんな、を、ま、まもむっ……守るっ!』

「ウピオル……ありがとう。その言葉だけで、僕は勇気を持って戦いに赴けるよ」


 歯の根の合わないガチガチという音と、盛大にどもりながらも決意を露わにした通信先――ウピオルに感謝の言葉を贈った蛇瑰龍は、笑って(ぎこちない様子ではあったが)操縦桿を握りなおした。


(とはいえ、ヒースタリア学園を庇いながら戦うとなると、ディーオが《本気》を出したとしても厳しい……最悪の場合、御神体様を晒す覚悟も必要になるのか)


 それに、出来るだけ学園から離れた場所を戦場にしなければならない、と考える蛇瑰龍。

 学園の被害を最小限に抑える為でもあるが、蛇瑰龍には別の思惑があった。


『ふんっ、時分を弁えぬ愚かな粒子め……蛇瑰龍よ、我が手中に死にぞこないの鳥肉がある。これを依代に使うがよい』


 あるいは人生の節目になるかもしれないと覚悟を決めていた蛇瑰龍に、少女の声で通信が入った。咄嗟に先ほどの魔獣――インヴィルコンと仲間が戦っていた空間へ、メインカメラでもある頭部を向けると……何故か毬のようにあっちへ跳ねてはこちらへ跳ねる、白い鳥状の物体がモニターに移った。


 蛇瑰龍はめまいでも起こしたように眉を寄せ、眉間を摘まんだ。


「……なにしてるの。ねえ、一体なんでそんな残虐な行為が行われているの?」

『魔獣の肉は生に限る。我は叩いて柔らかくした鶏肉が好物なのだ』


 何か言いかけた蛇瑰龍だが、今はツッコミをしている場合じゃないと頭を振る。


「そのインヴィルコン、まだ生きてるの?」

『今殺してしまっては新鮮な肉が食べれないではないか。高位人間である我とて、加工場に運ばねば魔獣の解体は出来ぬ』

「食から離れてくれないかな!?」

『黙れ。それよりコレを使うか否か、さっさと決めるがよい』


 ディーオと呼ばれた少女は蛇瑰龍が見ていると知ってか、哀れな白い鷲を小石でも

投げて遊ぶように上下へポンポンと跳ねさせた。いつ見ても理解できない力に、蛇瑰龍は諦念と共に返答した。


「……分かった。コノハさん、ディーオに詳細な落下座標を転送してくれる?」

『了解しました』


 先ほど蛇瑰龍に『アロウサル・タートゥム』出現の報を知らせたオペレーターの女性に指示を出し、自身は大型魔獣討伐に用いる魔杖を取りに格納庫へ戻ろうとした。

 しかし、事態はそうも言っていられない方向へと加速した。


『っ! 浮遊島直下の海面に原因不明のパラメータ異常が発生! 衛星映像を転送します!』


 塔を降りた直後。『アロウサル・タートゥム』出現の時より慌てた声で、叫ぶように伝えるコノハ。今度はなんだと叫ぶ前に、ミヅチのサブモニターへ海面の映像が映し出される。

 それは――大規模な陽炎が渦巻いていている光景だった。


(……違うっ! 陽炎なら、赤外線センサーや光学映像の乱れになるだけだ。パラメータ異常なんて表現は使わない。でも……じゃあなんだって言うんだ!?)


 度重なる異常事態に軽く混乱をきたす蛇瑰龍。そのまま食い入るように陽炎(のように見える空間の歪み)を見つめていると、今度は別の人間から通信が入った。


『おい、男巫女。ラウルス様より賜った御命令を伝えるからよく聞いておけ』

「その呼び方やめてくれないかな、ビムクィッド」


 魔獣インヴィルコンの討伐に向かっていたもう一人の仲間、ビムクィッドに苦言を呈す蛇瑰龍。


『《プレゼント》の対処にはオレ達が当たる。貴様は謎の現象を探れ、との事だ』

(無視か)

「……了解。君じゃ空を飛べないし、《虹の尾》の落下地点に魔獣を運べるのはディーオだけだから、妥当な判断だと思うよ」

『貴様がどう思おうと、ラウルス様の御言葉に間違いはない。黙って仕事をしろ』

「……はいはい」

(一応部隊長扱いなんだけどなぁ、僕)


 少しへこんだ蛇瑰龍の心と連動するように、ミヅチの緑光がやや陰った。

 慌てて心に平静を取り戻すと、蛇瑰龍は足元のペダルを操作して謎の現象の映像と共に送られてきた座標へ向け、ミヅチを動かした。


「……って、ちょっと。この方向って、まさか」


 蛇瑰龍は塀を乗り越えた辺りで表示された座標が先ほど通ってきた道の先にあると気付き、強い違和感を覚えた。その方向はインヴィルコンの侵入経路であり、救う事の出来なかった少年が没した海だったのだ。


(インヴィルコン絡み……な訳ないか。そもそもインヴィルコンは透明化と魔力透析の特性を持っているからこそ警戒システムを潜り抜けられた訳だし、変な陰謀とかには関わっていない筈。でも、あの少年が原因だなんて……そんな馬鹿な)


 蛇瑰龍はハッキリと困惑を抱き、無意識の内に片手を操縦桿から離して眼前の刀の背を撫でた。すると刀は僅かに震え、緑色の淡い光がコックピットを照らす。


「……はい。予言いただいた通り、異変ではなく異常なのです。この現象は一体なんなのですか? お教えいただけないでしょうか?」


 刀が振るえる。蛇瑰龍はあからさまにではないが、瞼を伏せて落胆した様子を見せた。


「……ありがとうございました。はい。御忠告通り、いざとなればこの刀をあるべき姿にいたします」


 そう言って刀の背から手を離す蛇瑰龍。そうこうしている間に当該座標目前の縁部に辿り着いていた。海を見れば、なるほど。確かに衛星映像と酷似した歪みが海面に見える。


「何も起きなければいいんだけど……この世界には、もう吉兆だけが起きていればいいんだから」



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