15.激闘開始! ―進化部 アワー・ファイティング!―
戦場では、謎のロボットが瘴気獣と互角以上の戦いを繰り広げていた。
自分で言っておいて何を言っているのか半分理解できない。だが実際に《ヴレイオン3》とも違う意匠のロボットが、魚と蝙蝠を合わせたような形の瘴気獣を次々と燃やし尽くしている。
紫色のスケイルアーマー……というか羽根を纏った鳥人種のような造形で、喉元が金色に輝いている。青い尾はスタビライザーなのか、機体が躍る度に細かく動かされている。関節部はバラ色に統一されていて、《ヴレイオン3》に匹敵するほどの巨躯を有している。
早速の異常に頭が締め付けられているような気分になってくるが、幸いにも蛇瑰龍さんが俺のきんこじを緩めてくれた。
『あれはディーオの乗機、ハーモニオスの《不死鳥》だよ。でも、厄介だね。ディーオは《不死鳥》を嫌ってるんだ。なのにそれを持ち出したと言うことは……』
蛇瑰龍さんはあえて続きの言葉を口にしなかったが、苦境が待ち構えている事は分かった。
『……ありゃ、ロボットじゃねぇな。EV〇……いや、どっちかと言えばKL〇みたいだな』
ヴェルりん(何故か顕現したまま《クエレブレ》に並走している)が通信機越しに謎めいた言葉を呟いたが、ここはもう戦場だ。異世界ネタなら他でやれ。
ゴロゴロ、バキバキ、グルル、ゴロロ……
雷が踊り回る。暗雲曇る空を泳ぐように飛びかう瘴気獣は紫のロボット――《不死鳥》へ乱杭歯や触手を突き立てようと突撃を繰り返す。汚泥滴るマントのような瘴気獣の身体が、接触の度に《不死鳥》が纏う青い炎や両手に持つ蒼炎の剣で跡形もなく燃やされていく。
『とんでもねぇな……純粋な熱だけじゃねぇ。なんというか、『燃やす』っつう概念を振り回してるみてぇだ。マナを蝕む瘴気の中であれだけ激しく燃え盛る所を見ると科学も交じってるのかはたまた本来の出力が高すぎるのか……なんにせよまさしく魔法、まさしく非科学、まさしく異世界の光景だな。くぅ~っ! 熱くなるぜ!』
しかし、戦闘に参加している瘴気獣は魚蝙蝠型の奴だけだった。
《不死鳥》と魚蝙蝠型が激しい戦闘を繰り広げている、その向こう。
マナと生命の悉くを萎びさせようと黒灰色の瘴気を垂れ流すその異形は、遠くから見てもわかるほど巨大な毒液色の眼で戦場を睥睨していた。
鯨の身体に無数の蛸足を生やすその化け物は、遠近法の悪戯で《不死鳥》と同じサイズにも見える。実際にはその倍はあるだろう。体積だけで考えても、まさに小山のような存在感が俺たち生命ある者を威圧する。
そんなのが、三匹もいるんだ。
『しっかしなんであんな巨体が浮いてるんだ……? マナを消し尽くす瘴気獣が魔法を使っているとは思えんが、さりとてあの形状と速度ではすぐに失速するだろうに。殆ど身じろぎせずに宙に浮かぶ非魔法的生物ってのも中々不気味……』
「ぶつぶつ言ってないでもっと建設的な話は出来ないのか!?」
『ヴェルりん、うるさい』
『……俺サマ、若者二人のドS振りに禁じらし扉を開きそうだぜ』
しかも取り巻きのつもりなのか海蛇と鮫を足したような瘴気獣が蛸鯨型一匹に五匹も付き従っている。ヴェルりんからもたらされた報告では蛸鯨型が全長30mで、蛇鮫型が10mだとか。
これ、結構ヤバイんじゃないか?
『ああ、俺サマもそう思うぞ』
勝手に思考を読んだらしいヴェルりんがやや震えたような声で言う。恐怖じゃなくて興奮が震源な辺り、デフォルメされた見た目と違ってかなりの武闘派だ。
『瘴気獣ってのは普通、大きくても標準的なSVRの二倍。つまり20mくらいって話じゃねぇか。中には大型種もいるそうだが、どいつもこいつもユニーク個体で同じ奴は確認されてねぇらしい。そしてその全てが上級上位の魔獣相当だったとか?』
流石はコンピューターと言うべきか、ヴェルりんはこの世界をよく調べている。
ヴェルりんの言う通り、瘴気を抜きにした瘴気獣の脅威は中級上位から上級中位の魔獣に相当するのが普通だ。それだって本来は軍やベテランのハンディアが複数で挑まなければ勝てないくらい強い。
それを遥かに上回る瘴気獣。
考えただけで指先がかじかむ。クエレブレの操縦桿を掴み損ねそうで怖い。
『ヴレイオンチームも確認したみたいだね。皆、よく聞いて欲しい。奴らは各国の精鋭が揃って死線を覗かなければ敵わないような瘴気獣――『大喰類』だ。上級上位の魔獣に匹敵する化物が三体もいて、眷属の『零喰類』や尖兵の『削喰類』も多い』
厳格なまでに真面目な声で恐怖を煽る蛇瑰龍さん。《クエレブレ》のモニターに表示される表情は険しく、唇が真一文字に引き結ばれている。
『ハッキリ言って対瘴気獣専門チーム、『BBS』ですら苦戦は免れないだろう。僕たちには様々な形で瘴気対策が備わっているけど、だからって瘴気獣の強さが変わる訳じゃない。本来なら『BBS』の到着を待つ間、遠距離攻撃で奴らを足止めするのが僕らの役割だ』
蛇瑰龍さんの言う通り、予期せぬタイミングで瘴気獣が人里近くに現れた場合、『BBS』……正式名称『Brazen Beast Slayer』が殲滅に訪れるまで非魔法武装でできる限りの進路妨害を行うのが兵士やハンディア、『マギナウスの学徒』の義務だ。何も瘴気の中を駆け抜けて瘴気獣本体を潰す必要はない。
蛇瑰龍さんはきっと、皆にこう呼びかけているんだ。
――引き返すなら、身の丈に合った職務を全うしたいのなら、今の内だと。
『どうする、逃げるか?』
「蛇瑰龍さんの優しさは嬉しいが、今は口に合わない。お前の熱さで瘴気を浄化できるなら、俺はお前を信じて付いていくだけだ。奴らを殺し尽くしてくれ、優樹」
『お父さん、私暁を信じる。だからお父さんも信じる。お願い……戦って』
『……それでこそっ、それでこそ『マイ・マーダー』&『マイ・モロース』だぜ! イカした台詞を言ってくれるじゃぁねぇか!! 臨界してきたぜ!!!』
通信装置をオンにしたまま戦意を露わにする俺たち。
その闘志を認めると共に、蛇瑰龍さんの声音がガラリと変わった。
『――だけど、僕たちにはヒースタリア学園を……平和と発展の象徴である学び舎を守るだけの力がある!』
そこには魔法のような熱があり、全身に広がりつつあった震えを払拭する力強さがあった。
『僕らの名前は進化部。その姿勢は常に不変であり、故に外敵を克服させる世界の先駆者だ! 勝ち続け、抗い続け、生き続け、守り続ける! そうある姿勢こそが相応しい!』
大気を切り裂く鋭い飛翔音が鳴る。
隣に浮かぶ《ラフィール》の底部から二機のSVRが空に飛び出し、緑色の光を身に纏う蛇瑰龍さんのSVRが戦場を睥睨するように高空で立ち止まった。
『――世界を否定する猛毒の化身。瘴気獣を、僕たちで乗り越えるよ!!』
その途端、ミヅチから漏れ出ていた緑の光が強く溢れた。
ミヅチは機敏な動作でライフルを構え……翡翠色の銃火を撃ち放った!
『作戦開始! くれぐれも海に落ちる前に燃やし尽くすんだ! ディーオ! ポジション変わるよ!』
『ようやく掃除係交代の時間か。前置きは短く済ませるがよい』
『おっしゃあ! 鉄をも気化する極熱の拳が貴様を穿つぜ!』
急いで魚蝙蝠型の瘴気獣へ目を向けると、群れの一体に命中したようだ。真っ黒な身体に緑色の弾痕がポツンと埋め込まれ、心なしか激しく悶えているように見える。
さほど間を置かず《ミヅチ》がディーオの《不死鳥》と入れ替わり、魚蝙蝠型瘴気獣の群れを単独で受け持った。
そんな無茶なと恐怖を覚えたが……なんと蛇瑰龍さんは四方八方から襲い来る魚蝙蝠型を嘲笑うかのようにひらりひらりと躱し続け、その合間に翠色のライフル弾をお見舞いしていた。
「さ、流石は理彦様の御孫さんだ……やっぱ凄いな」
惚れ惚れするような機体捌きに感動した俺は、蛇瑰龍さんから『理彦様の孫』という色眼鏡を外し、深く尊敬の念を抱いた。
ちなみにここで撃ち落とした瘴気獣はドローンの群れを従えたビムクィッドのSVR、現行正式量産機《SVR-99ゾルダート》が捕らえ、特製の網で回収する手筈となっている。
瘴気は五日もすれば自然界のマナで浄化されるものの、海に落ちた場合の変化はまだ確認されていない。奴らは何故か水辺を嫌っているようで、そういった場所の近くには一切発生しないのだ。
瘴気獣は陸で発生し、陸で討伐されるものだったが、今回は高空とはいえ海上に出現した。
瘴気が水に流れた時、一体どういう反応をするのか……それが分からないからこその捕獲・回収であり、優樹、カプトゥス、そしてディーオら高熱攻撃手段を持つ者だけが大物を相手にする理由だ。
『万物融解! 燃えろ! 溶けろ! 霧せろ! 我が前に許されるは星の大地のみと心得やがれ!』
やかましい声に視線を移すと、蛸鯨型とその眷属の蛇鮫型に突撃した《ヴレイオン3》が非常識にも襲い掛かってきた蛇鮫型を右拳で何度も殴り、あっという間に瀕死へ追い込んだ。
『死ぬくらいなら消えちまいな! 食らえ、【メギドバスターライフル】!!』
スイッチを突然切り替えられたように死んで落下し始めた蛇鮫型へ、《ヴレイオン3》は左手に持った長くて太い棒状の物体を向け……極太のビームを放った。
【メギドバスターライフル】。その正体は荷電粒子砲で、《ヴレイオン3》が生み出す七つのナノマシンを荷電粒子に見立てて加速・発射させることで亜光速の速さで敵を消し去るという凶悪な兵器だ。
理論上可能とは言われているが、この世界ではまだ軍事機密レベル。つまり隠されてでもいない限り存在しない兵器である。
その威力は途轍もなく、巨木にも匹敵する蛇鮫型瘴気獣を全身余すことなく飲み込んでしまう程だった。
衝撃か熱か、どちらか分からない風が《クエレブレ》を撫でる。発射先を《クエレブレ》のカメラ機能でズームして見ると、海面に到達する前に霧散していた。射程は……きっちり海抜300m。《Dディヴ》とかいう熱制御ナノマシンと瘴気をも通さない《Cレイカ》を操作して地上に影響が出ないようにしている、らしい。
ナノマシンにそこまでの力があるのかとツッコミたいが、現にあるのだから仕方がない。あれだ、「一世紀先は別世界」って奴だな。
『グオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!!』
数匹の蛇鮫型とヴレイオン3が肉弾戦を繰り広げる。
その上空で、咆哮が一つ轟く。
咄嗟に見上げると、分厚い雲の天井から炎の塊が降り落ちる瞬間が目に映った。
まるで隕石のようなそれはカプトゥスのブレスだ。
胸が震える程の見事な黄金色。
普通のドラグノのブレスより高い火力を誇るブレスは蛇鮫型の瘴気獣を瞬く間に焼却し、跡形もなく薙ぎ払った。
『イイイイイィィィィィィィ!!』
身の毛がよだつような恐ろしい悲鳴が耳に届いた。恐らくは半身を焼かれた蛸鯨型のものだろう。身体のあちこちから生えた不自然な触腕が無秩序に蠢き、元々の擦り切れた皮膚とカプトゥスのブレスによって爛れた身体が縮こまり、それでも無感情な毒液色の眼が天を睨んだ。
流石に上方向からしか攻撃出来ない為にたまたま蛸鯨型の下にいた個体などは生き残っているようだが、それでも火傷は負っているだろう。
「なんて威力なんだ……《ヴレイオン3》も大概反則だが、カプトゥスの攻撃はそれ以上だ。完全に兵力の範疇を超えてるだろ、あれ」
その分地上では戦いづらいのかもしれない……訳ないよな。
ゴーレムを超える17mもの巨体が地を駆け、対物狙撃銃レベルでようやく傷付くような鱗を纏い、鹿以上の機動力とチーター以上の速力と人間以上の持久力を誇る足があり、日本刀を超える切れ味とウーツ鋼製の剣を上回る頑丈な爪と牙を備え、エルフ種を超える知能と高い戦闘センス、何より自然的な存在の象徴ともいえる圧倒的な魔力を持っているんだ。
古から存在するドラグノならともかく、鋼鉄のドラグノであるカプトゥスを討伐しうる生物なんて、この世に存在するのだろうか。
紛うことなき最強の生物。
すっぽりと抜け落ちた雲の合間から、あらゆる生命の頂点に立つ者が猛々しく咆えた。
『グアアアアアアアアアアァァァァァァアァァァ!!!』
文字通り半壊した蛸鯨型とその取り巻きの蛇鮫型の瘴気獣がゆっくりと上昇していく。いや、遠いからそう見えるだけで、公道を走る車と同じくらいのスピードは出ているはずだ。奴らは陽の光を浴びて尚輝くことのない身体を滑るように動かし、カ
プトゥスがいるであろう空へ移動し始めた。
カプトゥスは飛行が苦手らしい。鋼鉄の鱗は重く、金属竜の宿命として翼が硬いからだ。だがそれも、ドラグノの中では苦手な方というだけで、実際は並みの飛行パイロットより優れた飛翔能力を持っているはずだ。
でなければ、マッハ5なんて馬鹿げた速度で飛べる筈がない……
『回想は生きている限りいつでも出来るが、現在を見るのは今しか出来ねぇぜ?』
ハッ。
戦闘中だというのに思考を覗いてきた優樹が楽しそうに言う。
俺は“戦いに集中しろ”、的な言葉をぶつぶつと呟き、今度は《不死鳥》とそれを駆るディーオの方へ目を向けた。
『哀れ哀れな闇負のケモノ。死を産む者よ。死から生まれた我が炎を喰らうがよい』
フェイクニスとは生身で戦っていた彼女だが、瘴気に対してはロボットを『使わなければ』いけないようだ。
ヴェルりんと蛇瑰龍さんの機体捌きに比べて、《不死鳥》の動きは雑だ。まるで野生のオーガのように荒々しく腕を振るい、当たるを幸いに強引な火力で蛇鮫型の瘴気獣を消し炭にしている。だが、問題なのはそこじゃない。
《不死鳥》は、敵の攻撃をまったく避けないのだ。
「元はパイロットじゃないのか? だが、それにしたって瘴気獣相手にあんな戦い方が出来るなんて……」
瘴気獣はただ瘴気をまき散らすだけじゃない。攻撃にも瘴気を使うんだ。
今もまた、蛇鮫型の瘴気獣が黒いドロドロした塊を《不死鳥》へ吐き出した。ドラグノの卵すら一瞬で溶かす、瘴気獣の瘴気玉だ。
《不死鳥》はそれすら避けず、紫羽根の装甲で受け止めた。正気ではとても真似出来ない行いだ。
瘴気玉以外にも巨体を活かした噛みつきや体当たり、カギ爪の付いた触手で引っかく攻撃の全てを無視して炎剣を振るい続ける《不死鳥》。
とんでもない馬鹿装甲だな……という俺の考えは、食いちぎられたテイルスタビライザーの先端が『赤い炎』に包まれて、瞬時に再生された光景を目の当たりにする事で覆された。
「しゅ、修復魔法!? そ、そんな馬鹿な! だって、だって……瘴気獣によって負わされた傷は、治すことができないのに!」
有機物であろうと無機物であろうと、瘴気に冒された時点で魔法による治癒や修復は行えない。残留瘴気がマナの働きを阻害するからだ。
生命の無い物なら、それでも瘴気が抜けきるのを待ってから修復魔法を使えば正常に作用する。しかし《不死鳥》のように傷付いた端から再生するなんて……科学でも無理だ。
けれど、《ヴレイオン3》や《ミヅチ》と同じように、《不死鳥》もまた信じられない常識を俺に植え付けた。
蛇鮫型の体当たりで抉られた脚部も、触手で貫かれた腹部も、噛み取られた翼も、瞬く内に再生してしまったのだ。
《不死鳥》が攻撃に使う青い炎とは違う、『赤い炎』によって。
――伝承に謳われる、生と死を廻る神獣。
本物のフェニックスが、俺の眼の前で戦っているとでもいうのか。
『案外、本当にそうかもしれねぇぞ』
畏怖の念すら浮かべながら《不死鳥》と瘴気獣の戦いを見つめていた俺に、ヴェルりんが話しかけてきた。どうやら自分の分の蛇鮫型を片付け終わったようで、今は蛸鯨型へ拳で攻撃を仕掛けていた。
「あれが本物のフェニックスだって? 尻尾や装甲はどう見てもロボットだぞ」
『さてな。俺サマも全部が全部理解できる、って訳じゃねぇ。分かる事と言えば、あの機体の七十パーセント以上が生体で構成されてる、ってところくらいだ』
「生体……生きてるのか!? まさか、ホムンクルス……あ!」
そういえばディーオはどこぞの研究所によって作り出されたデザインチャイルド兼ホムンクルスだった。ディーオは生身で上級魔獣と渡り合った。その開発元が、もし大型ロボットを作ったのだとしたら……
それは、きっとホムンクルスで出来たロボットだ。
「科学と魔法が歩んできた長いロボット史に、新たな一ページが刻まれたって事か」
『ハーモニオスとか言ってたな。ありゃあ150番……もとい、融合〇体みたいなもんだろうな。お前さんにも分かりやすく言うなら、特別な魔獣か何かを遺伝子調整や特殊な魔法であの形にして、制御できるようにした、って所だろう。高性能なホムンクルスの素体をベースにすれば、あの装甲や尻尾についても説明できる。ようは生体版ゾイ〇だ』
「最初と最後以外なら、なんとか理解してやるよ。でも、それじゃあなんだって瘴気獣の攻撃を受け続けていられるんだ? 生身っていうなら装甲の隙間から瘴気が忍び込んだらそれで終わりじゃないか」
『《不死鳥》は『フェニックス』である、と仮定すると、恐らくは瘴気に冒される端から驚異的な再生力に物を言わせて回復しているんだろう。『フェイクニス』なんかとは比べ物にならんな……【メギド・ソーラプレス】でも潰せないかもしれない奴がいるなんて、驚きだ』
伝説のフェニックスは死と生を繰り返す火の鳥だが、コレがその仕組みなのか?
『分からん。単にコードネームとして《不死鳥》と呼ばれているだけで、元祖フェニックスとは関係ないかもしれないしな』
それもそう――《ヴレイオン3》が蛸鯨型の触腕に吹き飛ばされた。
「……隙を作るような雑談を挟んですまなかったな?」
すぐさま紅い翼を輝かせて戻ってきた《ヴレイオン3》。
蛸鯨型の側面に生えている触腕を【メギド・バスターライフル】で一掃し、再び格闘戦を挑んだ優樹が叫んだ。
『やろう、俺サマに恥をかかせやがって! ぶっ殺してやる!!』
勝手に油断してやられたくせに、逆ギレしてやがる……
直情バカに冷めた目を送り、《クエレブレ》の機首を蛇瑰龍さん達の方へ向けた。
蛸鯨型瘴気獣を相手にしている三人(正確には三人と一体と二機+AI)と違って、比較的まともな機体で戦う蛇瑰龍さんとビムクィッド。彼らは群れとなって押し寄せる魚蝙蝠型の瘴気獣を相手に、パーフェクトを決めていた。
翠弾で次々と瘴気獣を撃ち落し、接近されれば特注の日本刀で切り伏せる蛇瑰龍さんと、落ちた瘴気獣を網やドローンで巧みに回収し、一片たりとも逃さないビムクィッド。
先日のいがみ合いが嘘であったかのように、二人の息はピタリと合っていた。
「しっかし蛇瑰龍さんの機体もそうだけど、ビムクィッドの機体も普通じゃないな」
《SVR-99ゾルダート》は細身の躯体にゴーレムクロースを纏わせ、コリシュマルドと呼ばれる刺突剣を帯刀する最新鋭の機体だ。『SVRNo.』のSVRを採用している軍隊で正式配備されているロボットであり、間違っても一学徒が持っていて良いような代物じゃあない。ヒースタリア学園に配備されている常駐兵力すら、滞空装備が豊富な旧式の《ノイ・イェーガー》ばかりだというのに。
「それだけラウルス先生の力は大きいんだな。滞空装備も心なしかゴージャスだし」
ま、貴族(それも国連所属)の私兵が軍の制式量産機を持っていたっておかしくないか。ラウルス先生が何と戦うつもりなのかはまったく分からないが。
「……ってヤバ!」
それにしても蛇瑰龍さんの戦い方は美しいな……なんて見とれていた俺に、《クエレブレ》がけたたましいブザーを鳴らした。
脳に直接叩き込まれたような警告に従って《クエレブレ》を左へ転がすと、直前までいた空間を魚蝙蝠型の瘴気獣が通り抜けていった。
『イィィィィ!』
奴はドロドロと滴る瘴気だか皮膚だか分からない物を振りまきながら、再び俺に襲い掛かってきた。おぞましい鳴き声に身が竦みそうになるが、俺だって空に生きる飛行箒乗りだ!
《クエレブレ》のくちばし状に曲がりくねった機首を《ミヅチ》と魚蝙蝠型瘴気獣が戦う空域へ向け、飛行箒でするように両足へ力を込めた。
かっ飛ばされたように加速した《クエレブレ》は俺の方にハグレてきた魚蝙蝠型を引き連れ、乱戦の様相を呈していた蛇瑰龍さんと瘴気獣の戦場に割り込んだ。
『暁君!? 一体どうし……そういう事か!』
「すみません! トレイン解除お願いします!」
魔獣を引き連れて逃げ回る行為を列車に例えて、トレインと呼ぶ。
今回は戦闘力の無い俺が本来の担当である蛇瑰龍さんに瘴気獣を『運んできた』という形だが、本来なら非常に危険かつ迷惑な行為だ。
一時期は表現が規制されていたほどで、今でもTVでは【※絶対に真似しないでください】のテロップが必要なくらいには忌避されている。
「多分できると思うが……透明化!」
追いかけてきた瘴気獣を処理してもらっても別の瘴気獣を引き付れてしまっては意味が無い。
《ヴレイオン3》にも迷彩技術は使われているんだ。有人兵装の《クエレブレ》にも搭載されている筈……という予想は的中し、瘴気獣共はしばらく俺を探してうろうろしていたが、程なくして《ミヅチ》への攻撃を再開した。
ホッと一息吐き、再び戦場全体を見渡せる場所で待機する。
最初から透明化しておけばよかったか?
そんな思いが浮かぶも、ロボット達と蛸鯨型瘴気獣の激戦を見て考えを改める。
《ヴレイオン3》はともかく、他の一機と一体の眼から隠れるような真似は控えるべきだ。知らず知らずのうちに巻き添えを食ったりしたら、命が九個あっても足りなさそうだし。
『似非海洋生物が。一度死んだ日本男児は空飛ぶ鯨に特攻を持つと相場が決まってんだよ!』
因果関係がまるで理解できない台詞に首を巡らせると、《ヴレイオン3》が……さ、三機いて、蛸鯨型瘴気獣をかく乱するように動き回る二機の後方、腕組みをしていたもう一機が、雲の切れ間から覗く光を浴びて紅く輝いていた。
ただの反射光とは思えない。紅の装甲は熱を増幅させるという新種の魔法金属だ。それがあんな風に薄っすらと光を纏っているように見えるという事は……
『我が〔鯨〕特攻は熱量攻撃! 死ね、圧倒的な灼熱の壁に押し消されて! 【メギドォ・ソーーーラップレェェス!】』
大仰な叫び声と共に、離れていた一機の眼前に沢山の白い魔法陣が隙間なくビッシリと生み出された。
と同時に他の二機が空間に溶け込むように姿を消し、蛸鯨型瘴気獣の無機質に淀んだ眼はただ一つの場所に向けられる。
『フェイクニス』に使われた必殺技。それに類するであろう強大な攻撃を準備している《ヴレイオン3》の本体へ。
得意技と同じだけの熱を伴い、獣のような雄たけびが戦場に木霊した。
『【モアァァァァァァ!!!】』c
紅い翼を轟かせ、ミサイルの様に突撃する《ヴレイオン3》。
迫りくる紅熱の脅威に、蛸鯨型瘴気獣は生物らしからぬ冷えた動作で口を開き――そこに溜めこまれていた特大の瘴気玉を《ヴレイオン3》へと撃ち放った!
お、おい。あんな高濃度の瘴気が炸裂したら、いくら《Cレイカ》に守られているとはいえ……!
気付けば、俺は喉を張り上げて叫んでいた。
「ルビリアー!」
『暁……なんで私の名前を呼んだの?』
『やられると思ったんだろ。薄情なもんだぜ……だが勝ちフラグ、はためいたり!』
……すっとぼけた答えと調子に乗った答えが返ってきた時には、《ヴレイオン3》の白い魔法陣と蛸鯨型瘴気獣の濃縮瘴気玉が衝突していた。
意外にも魔法陣と瘴気玉は互いに形を崩さず、まるで鍔迫り合いのようにその場で拮抗した。
高熱と瘴気の塊。どちらも触れれば相手の死貌をぐずぐずにしてしまう恐ろしい攻撃だ。そんな物がぶつかり合っているのに、まったく変化が無いなんて……
《クエレブレ》のモニターを拡大する。すると白い魔法陣と濃縮瘴気玉の間に薄っすら、緑色と赤色の膜が発生している事に気付いた。
緑は《Cレイカ》だ。赤はなんだっけか。
よく見れば緑と赤の膜は少しづつ中心に集まっていき、瘴気玉の真ん中に穴を開けている。何がどうなってそうなっているのかは分からないが、ひょっとすると瘴気玉に熱量制御ナノマシン、《Dディヴ》を壊されたくないのかもしれない。緑と赤のナノマシンを緩衝材に敷き、熱で焼き尽くせるくらいに分解するつもりなのか。
『ウオオォォォォアアラアアアァァァァァ!! 気体になぁぁぁれぇぇぇぇ!!!』
慣性に従って飛んでいるに過ぎなかった瘴気玉が、ついに敗れた。
瘴気玉の中心から赤と緑の光柱が飛び出し、地獄の釜を開いたようにドバっと瘴気が溢れ出す。それと同時に玉の形を維持できなくなった瘴気の塊が次々と解れ、白い魔法陣に触れる傍から消し去られていった。
正直純粋な熱量で瘴気を浄化出来るとは思っていなかったが、考えてみれば瘴気とはマナの働きをも遮断する毒霧のような物だ。
全ての魔法を否定する代わりにその恩恵を受けられないのだ。それなら、科学的熱量で燃やし尽くせたっておかしくは無いだろう。
濃縮瘴気玉を打ち破った《ヴレイオン3》はやや曲がった白い魔法陣を翳しつつ、無防備な蛸鯨型瘴気獣へ突撃を敢行した。
蛸鯨型もタダでやられるつもりはないのか、触腕が残っている側の体を《ヴレイオン3》に向け、先端が尖った無数の蛸足を突き付けた。まるで槍衾だ。
抵抗は無意味。白い魔法陣は、まず触腕から溶かしていった。
『イィイィイィイィイィイィイィイィイィィイイィイィイィイィイィ!!!!!!』
壮絶な悲鳴を上げてのたうち回る三十mもの巨躯を、無慈悲に焼却処理する白い魔法陣。熱で屈折した空気と強烈な光によって蛸鯨型の影しか見えないが、どう考えてもその身はミンチ以上の惨状に襲われている事だろう。
……心なしか美味そうな匂いが漂っている気もしたが、それはきっと勘違いだ。そうでなければ、優樹が《クエレブレ》のモニターにコンマ一秒だけタコ焼きを挟んだに違いない。
『おっと、臭気の方は漏れちまってたか。悪い悪い』
瘴気獣が焼けた匂い……身体に、悪そうだ。
気のせいだった事にしたい……
『OK、《Cレイカ』の調整完了』
『ごめんね、暁。お父さんには後で懲罰コードを打ち込んでおくから』
『怖い事言うなぁ、我が娘……え、本気? あれ、痛覚由来の快楽電流が一切流れないからただただ痛いだけなんだが』
『罰ってそういうもの』
『正論。くそう、ご褒美はなしか』
どこか異常な所は無いか触ったり魔法で視たりしている内に優樹の粛清が決まったようだ。
娘から淡々と鞭を振るわれる。明日は我が身というが、ああはなりたくない。だが流石に可哀想だし、優樹のモチベーションを管理するのも俺の仕事だ。
「無事に帰れたら、どっか大陸にでも降りてプチ旅行とかどうだ? 現地の珍しい土産とか飼育可能な下級魔獣も、値段次第では買ってやらんこともないが」
『サトルぅ! お前さんってやつは、お前さんって奴は……! 俺サマ、キリマンジャロで栽培されているとかいうコーヒースライムが欲しいんだ。通販じゃ売ってねぇみたいでよ』
AIの癖に随分マニアックな要求をしてきたぞ。コーヒースライムってなんだ?
「分かった分かった。一応それなりに貯金はしてるから、期待しておけよ」
『いやっほう! お前さんは最高のマーダーだぜ! 是が非でも頑張っちまう!』
蛸鯨型瘴気獣の触腕を消し終え、今まさに本体へ接触しようとしたその瞬間、《ヴレイオン3》の身体がますます輝き、白い魔法陣が少しだけ分厚くなった。
やる気を出してもらえて何よりだが、この野郎武器の性能をセーブしてやがった。
飴をくれてやった甲斐はあったようで、蛸鯨型がどれだけ暴れようと白い魔法陣から逃れられはしなかった。まるで嫌がる召喚獣を強制送還する召喚術師のようだ。
この分だと、奴の戦いに俺はもういらなさそうだな。