14.出撃準備
前回もそうだったけどローマ数字ナンバリングはやめよう。違和感すごい
息を切らせて部室に入ってきたのは蛇瑰龍さんだ。
童顔と三白眼で作られた厳しい表情は学生らしさが欠片も無く、まるで上級魔獣の討伐に赴く熟練のハンディアのようだった。
ラウルス先生はサッと絨毯を下げて立ち上がり、物理攻撃無効なヴェルりんに無謀な突撃をかましていたビムクィッドを従えて蛇瑰龍さんの元へ向かった。
「『女王』君は確かに『瘴気獣』と言ったのかな?」
「はい。瓦礫の撤去を手伝いに行く途中、突然ディーオが現れて「常ならざる瘴気獣が来る。人の骸を見たくなければ汝の盟友を集めるがよい」とだけ言って窓を飛び出していきました。恐らく進化部でなければ対処できない、『災害級』の事態なんだと思います」
「ふむ……ゾールディ長官の警告が当たったかもしれないね。この事を誰かに話したかい?」
「今まで陸棲だった『瘴気獣』がこの浮遊島に迫っていると聞けば確実に昨日より酷い混乱が起こると考えました。その為、ウピオルにしか伝えていません」
「よろしい。『巫覡』君と『猛獣』君は乗機と共に汎用戦闘艇へ急ぎたまえ。発進準備が整い次第『女王』君と連絡を取りつつ『瘴気獣』の撃退に向かう。本来の役目とは違うけど、この学園を瘴気の餌食にする訳にはいかない。頼まれてくれるかい?」
「イエス、マイデューク」
「人々の平和を守るのがパイロットの仕事です。任せてください」
あまりにも突然の緊急事態に、俺は進化部の先達が競うように部室から出ていく姿を黙って見つめる事しか出来なかった。
それはルビリアも同じで、立ち尽くしている様子が抱き着かれた腕越しに伝わってきた。
たった一体、ヴェルりんだけが『彼らと同じ』反応を示す。
『早速フラグ的中かよ。ま、遅かれ早かれナントカ獣は進化すると相場が決まってやがる。むしろ俺サマが……《ヴレイオン3》がいる時にソレが起きるなんて、まさしく必要なときにもたらされる小さな幸運だろうが? ぼさっとしてんな、『マイ・マーダー』&『マイ・モロース』。俺サマ達の華々しい次陣だ! 乗り遅れたら幾万の戦女神に愛想を尽かされるぜ!!』
物々しい空気が漂う中、ちっとも雰囲気が変わらないヴェルりんの言葉に俺とルビリアは弾かれたように背筋を伸ばし、立ち直った。
そうだ、今ここに生命を脅かす敵が襲い来ようとしている。こんな事で呆然とするなんて、スーパーロボットのパイロット失格だ。
活を入れる。その為に両手で頬を叩こうとするも、左手が微動だにしない。
原因は分かり切っている。だが理由は、というと……
「どうしたんだよ、ルビリア」
大きな怪訝と少しの苛立ちを向けると、ルビリアは怯えたような不安を俺に向けていた。
「……瘴気獣の『瘴気』はマナと生命を喰らうって聞いたよ。無機物でなければ……科学でなければ遮れない、とも」
「そうだよ。でも問題ないだろ? 《ヴレイオン3》は科学で作られた……」
悲しい歴史を持ちつつも圧倒的な力を見せたスーパーロボット。
その勇姿を脳裏に浮かべ、俺はある程度楽観していた。だがルビリアは否定するように首を振りって叫んだ。
「《クエレブレ》はっ! 生身の暁が剥き出しになっちゃうんだよ!?」
……ああああっ! そうじゃん、俺コックピットじゃなくて付随の飛行箒に乗るんだった!
ど、どど、どうしよう!? ヴェルりんの奴は乗り気だし、俺がいないと《ヴレイオン3》を動かせないなら強制的に連れていく、くらいはされかねない!
しかし、ヴェルりんは呆れたように溜め息を吐いて俺の肩に乗った。
『貴重な人殺しの心を戦闘に巻き込んだ程度で死なすようなもんを作ると思うか? 《クエレブレ》はその名の通り鉄壁の飛竜。その名を冠した《クエレブレ・レイカバリェロ》、つまり《Cレイカ》の搭載量は《ヴレイオン3》より多いくらいだ。《Cレイカ》の特性は『防御と力の制御』。分かりやすく言えば物理的なエネルギーシールドだ。理論上は十分瘴気を防げる』
冷静で筋道だった説明に俺は安心したが、ルビリアは出来なかったようだ。
「でもっ、『瘴気』は私たちにとって未知の物質。《Cレイカ》が本当に通用するかどうか分からないんじゃ」
『不安なら俺サマとルビリアが先行して《Cレイカ》と瘴気の反応を見てみればいい。《ヴレイオン3》の構造上、瘴気の問題は無視できる。宇宙適性Aだしな。ま、杞憂に終わるだろうけどよ』
「……分かった」
『よし、それじゃ急ぐぞ。サトル、口を閉じてろ』
食い下がるルビリアを軽くあしらい、肯定を得たヴェルりんはおもむろに俺の肩を掴み――全力で羽ばたいた!
「え? うっ、うんんんんんんんっ!?」
物凄い勢いで迫る扉に反射的な恐怖を覚えつつも忠告通りに口を閉じ、ついでに目も瞑ろうとした瞬間、扉はひとりでに開いて俺たちを通した。
連日続く不可思議に頭痛らしき痛みを抱えていると、廊下を疾走する俺たちに猛追する影が目の端に映った。
よく見るとそれはルビリアで……もう驚くものか。
〈時速七十kmを苦にもしないとは……我が娘の人外っぷりに乾杯!〉
わざわざ念話まで使って喜ぶヴェルりんに溜め息を吐きたい気分で言い返す。
〈喜ぶことかよ、それ〉
〈マイスウィートの子供だぞ? スペックが普通の人間並みだったら世界のバグを疑う方が早い〉
この世界の人間にだって容易くできることじゃない。魔力も使わず、なんて言われたら殆どのヒューミヌ種じゃ到達できないくらいの速さだ。
〈バカなこと言わないで。それより本当に大丈夫なの、暁〉
恥ずかしそうにヴェルりんを睨みつけたルビリアが少し前に出て(つまり加速したってことだ)俺の顔色を確かめようと覗き込んだ。
〈大丈夫って、何が?〉
〈怖くないの? 瘴気って、普通の人間を一瞬で死体に変えちゃうんだよね?〉
……その事か。
ええい、考えたってどうせ筒抜けなんだ。思ったことをそのまま言おう。
〈そりゃ怖いよ。瘴気獣がまだ新種の魔獣扱いされてた頃に襲われかけたことだってあるし、瘴気獣がどういうものか分かっていても、まだ怖い〉
魔獣なら戦える。例えどれだけ強力であろうと剣を突き付ける事は出来るからだ。
対して瘴気獣は、一方的に瘴気で侵すだけ。特注のSVRが無ければ抗う事すら出来ない。
そんな瘴気獣が迫っていると昨日の俺が聞いたら、また布団に潜り込んで全てを拒絶していたに違いない。
だが、今の俺は違う。
〈俺には《ヴレイオン3》がついている。聞く限り瘴気の対策も十分で、下位とはいえ上級魔獣を討伐してのけた機体が。それに俺はもう守る側の人間なんだ。怖がっていたら、誰かを守る為の盾を取り落としちまう〉
理性も意思も俺の味方だ。
恐れに負けて味方を裏切れば、必ず後悔する……ってのはまあ、とあるハンディアの名言なんだが、偉大なる言霊は人に勇気を与える。
〈覚悟は決めた。あとは自分の信じる道を見据えるだけだ〉
〈そっか……分かった〉
沈んだ表情で一度瞼を閉じたルビリアが、再び眼を開けたとき……
無謀な少年を憂う乙女の影はなくなり、攻撃的な笑みを浮かべる戦士が表れた。
「それじゃあ、私は精一杯応援するね。お父さんと、お母さんと……あなたを!」
縦横無尽に駆け巡る突風と負けないくらい大きく、ハッキリと聞こえたその言葉に、俺の心は打ち震えた。
熱く滾る熱に体中が浮かされ、どうしようもなく心が盛り狂ってしまう。
俺自身はただのサポート……いや、殺害許可しか出せないのだとしても!
〈ああ、俺も誓う。優樹と、真神さんと……ルビリアを信じると!〉
ここから先はビビらねぇ。
俺は今を生きるスーパーロボットのパイロットとして、必ず勝鬨を上げる。
メインパイロットのヴェルりんでも、コックピットに座るルビリアでもなく。
この俺が最初に! 戦闘が終わったその瞬間、誰よりも高く勝利を叫ぶんだ!
『クハ! やはり熱血は良い! 機械化した俺サマにも伝わる最高の感情だ!!』
『修練棟』の屋上に出ると突然高笑いを上げ、何を言いたいのかよく分からない事を言い出したヴェルりん。
昨日からこちら、この手の発作は聞き飽きる程に聞いた。サクッと無視し、俺は屋上の端に駐留されていた《クエレブレ》に駆け寄る。
屋上に付いた時点で俺の身体は解放されていたらしい。
『スルースキルが上がったようだな。ルビリア、搭乗方法はどうする? 脚力で飛び乗るか女子力でサトルに乗せて届けてもらうか、好きな方を』
「暁、コックピットまで送って」
ヴェルりんに最後まで茶々を言わせず、さっと俺の後ろに相乗りするルビリア。
「了解」
ツッコミなんて無粋な真似はせず、クールに《クエレブレ》を起動する。飛行箒にするようにグリップを捻り、浮かべと念じ……
「……あ、あのさ。くすぐったいからその掴み方やめて」
飛行箒に相乗りする場合は腕を前に回すのだが、ルビリアは切り株でも掴むかのように脇腹を両手で掴んだ。細くて力強い指先にあばらを撫でられるという慣れない感触に、危うく変な声が出るところだった。
「そう? 分かった」
素早く理解を示したルビリアは一度両手を離し、前に回した。
……これはこれでその、密着度が高まって緊張するな。
とはいえ、今は緊急事態だ。気合を入れて可視化された《ヴレイオン3》のコックピットまでルビリアを運び、機械的な音を立てて閉じていくコックピットを見送ってから《ヴレイオン3》の肩まで上がった。
そこでは、やけに薄くなったヴェルりんが俺を待っていた。
『さあてさてさて。祭を始めるにあたり、お前さんには知っておいてもらいたい事が幾つかある』
若干興奮してはいるが、いたって真面目な口調だ。
俺は首を縦に振って肯定の意を示した。
『まず《クエレブレ》に搭載されている《Cレイカ》はある程度お前さんの自由に動く。自動的に展開される『飛行力場』はリミッター解除しない限り動かせねぇがな』
防御と出力制御に長けたナノマシン、か。恐らく《クエレブレ》のイカレた形状で空を飛べる仕組みもその辺りにあるのだろう。本当によく科学だけでこんな物が作れたな。
『次に《ヴレイオン3》だ。詳しい説明は省くがこの機体のコンセプトは殲滅力と戦闘力だ。その方式は高熱と荷電粒子。動力は大神炉……じゃあねぇ』
……? サブエンジンでも積んでるのか? いや、《ヴレイオン3》の事だ。きっと他にもとんでもない科学が詰まって……
『ヒヒイロカネ。神代において広く使われていたとされる伝説の金属だ。その性質は永久不変にして金剛石よりも硬く、木の葉数枚の燃料で茶を沸かすとまで謳われた異常なまでの熱伝導率……というより熱量を増幅するという特性を持っている』
「思いっきり魔法金属じゃねーか!」
魔法がないとか信じられないくらい頭の悪い嘘を付きやがって! なんだそのふざけた金属は! オリハルコンだってそこまでぶっ飛んでないぞ!
『い、いや、《ヴレイオン3》を創り出した一族が何百年もかけて科学的に錬成したんだよ。三種の神器っつってな。実際にヒヒイロカネで作られた最後の道具を第三次世界大戦のどさくさに紛れて盗……』
「神器って付喪神や魔神具のことだろ!? やっぱり魔法じゃねぇか!」
『あ、いや、その、ほら、神話だよ神話。昔の偉い人が考えた……ってそんな事はどうでもいい! とにかく、ヒヒイロカネの熱量増幅特性と熱電変換デバイスを使えば大神炉の出力を全て機体性能に費やせる。つまり殲滅兵器と決闘兵器の両方の性質を一機で実現させる事ができるって訳だ!』
慌てたように早口でまくしたてるヴェルりんに冷ややかな視線を浴びせる俺。
ふん、今ならヴェルりんを可愛いマスコットとして見る事ができるぞ。中々愛い。
『……なんだかM的にゾクゾクするんだが。ご主人様って呼んだ方が良いか?』
「で? それを俺に伝えてどうしようっていうんだ」
『イエスッ、ご主人様! ようは熱とか電気とか物理とかを使うと魔力的にどうなるか分からないから、妙な現象が起きた時は真っ先に助言してくれ、って話だ。一応ネットで調べはしてみたが、ネット程実践が怖い物も無いからな』
そういう事か。確かに、熱や雷に反応する魔力現象はそこそこある。マナを喰らいつくす瘴気獣の戦場とはいえ、突発的なマナ風なんかが吹かないとも言い切れん。仮にも『マギナウスの学徒』として学んでいる俺なら、ネットの説明より正確に伝えられるかもしれない。
「分かった。ただ、目に見えない魔力現象だと俺じゃ分からない可能性もあるから、蛇瑰龍さんともよく連絡を取ってくれ。あとご主人様とか言うな。なんか背筋がむず痒くなる」
『…………とにかく。了解だ、『マイ・マーダー』』
『お、お前それ、ガチのSじゃ』とか言ったのは忘れてやろう。俺はそんな変態じゃない。
コメディなのかシリアスなのか分からないやり取りを交わしていたその時。
ヒースタリア学園のメイン発着場から一隻の船が飛び出した。
突撃槍のようなフォルムのその船は無骨な鉄色のカラーリングを施されており、船体には金色の英字で《ラファール》と書かれている。
という事は、あれが進化部の旗艦か。
遅れて同色のドラグノが飛び出す。クエレブレの望遠機能を使うと、その背に青ざめた表情のウピオルが乗っているのが分かる。ドラグノテミナルなら瘴気の届かない高空からブレスをお見舞いできる……ってテレビでやってたんだが、本当なのか?
『聞こえるね、《ヴレイオン3》及び《クエレブレ》。こちらは進化部所有の汎用戦闘艇だ。今からディーオの信号を辿って戦闘ポイントへ向かう。君たちも乗るかい?』
蛇瑰龍さんの声で通信が入った。
こ俺が答える前にヴェルりんが返答を送る。
『いや、それには及ばない。【スカーレットDCウイング】を使えばマッハ30は出せる。《クエレブレ》でも最高速度はマッハ12だぜ』
『……人型兵器にしておくには勿体ないくらいだね。了解だよ』
そ、そんな、ば、ば、馬鹿みたいな速さが出せるのかよ、これ!
現行の最速飛行箒がマッハ3だってのに、しれっと四倍も速いなんて……
俺の驚愕を余所に、戦闘艇は緑色に輝く人工アダマンタイトの燃焼光を噴出口から放ち、加速を始めた。《ヴレイオン3》は深紅の炎をはためかせながら《ラフィール》の真横に並び、鋼鉄竜カプトゥスと共に《ラフィール》の護衛をしているような形となった。
その後ろにちょこんと並ぶ《クエレブレ》。眼前の奇跡にも等しい光景を眺められて満足すべきか、それともあそこに俺も並びたいと望んでもいいのか……
贅沢な葛藤を胸に、俺は戦場へと続く航路へ身を委ねた。