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12.異郷らしく、で行こう!

 歪んだ貴族のベッドがぽつんと置かれた部室は、嫌な考えが漠然と浮かんでは消える程にしんと静まり返っていた。


 まだお母さんとお父さんが生きているっていうのは、そういう意味か。

 片方は炉の燃料タンクとして、もう片方は生きた操縦装置として。


 それを……生きているって、言うのか?


 意思疎通が図れる優樹はともかくルビリアのお母さん……真神さんは、そんな状態でまともに会話なんて出来るんだろうか。

 愛する我が子の頭を撫でて、両腕に抱いて、「愛してる」と言ってあげられるのだろうか。


 マナと空気以外何もない空間をぼんやりと見つめている様子を見れば、冗談でも愉快な話だとは思えない。

 俺もルビリアも身じろぎ一つしなかった。


 紅い月は物思いに耽っているかのように海を眺める角度を変え、紫色がほんの僅かに混じった紅赤色の光を振りまいていた。空を漂っていた魔獣の血霧がようやく沈下したのだ。


 これからは月の光を遮るものが無くなった残留マナによって月が青く光る。マナは限りなく質量を持たず、風によって流される存在ではない為、マナが持つ拡散性に従って三日から一週間は青い夜が続くはずだ。

 と、いうことは――魔獣の血霧が晴れるのは戦闘終了から約十二時間――今は夜中の四時くらいか。俺が襲われたのは放課後の四時で、魔獣の群れを殲滅したのもそのくらいの時間だった。


 ルビリアは、両親がまだ生きていると言えば俺の憂いを払えるとでも思ったのだろうか。


 ……嫌な考えだ。中学生の頃に習った紅い夜と青い夜の関係について基礎と応用を頭の中に思い浮かべたって、追い出すことはできない。

 だが、黙ってもいられない。


「――イイラ・ミヴォシャ・ヘイジェ・チオ・イチ・ヤハフュ」


 突然の異音に驚いたのだろう。ルビリアはぱっと俺の方を向いて……異国風の相貌に恐怖の色を浮かべた。


「あなた、今魔法を……」


 言い終わる前に、ルビーを嵌め込んだような瞳が大きく開かれた。

 俺と彼女の間で超縮小版のユニコーンを模した光が三つ、ベッドの上を駆歩し始めたのだ。


「光を操る魔法……戦闘ではせいぜい目くらましにしか使えない魔法だ。この世界じゃ小学三年生までの手慰み道具ってところだけど、慣れればこんな事も出来る」


 そう言って光のユニコーン三頭をぴょんと跳ねさせ、落ちる途中でペガサスへと変化させた。


 光のペガサスは鷲の力強い羽ばたきを魅せながら宙を駆け、横座りしていたルビリアの脚の上にちょこんと飛び乗った。ルビリアは驚いて足をビクつかせたが、予想していた俺は動きに合わせてコテンとペガサスをひっくり返してみた。


 ご丁寧に足と翼をジタバタさせ、なるべく滑らかに見えるよう操作して立ち上がらせる。


「……可愛い」

(よしっ!)


 思わず漏れてしまったというような呟きに心の中でガッツポーズし、けれど魔力操作は怠らずにペガサスたちを一つ所に集めた。


 嬉しくてニヤける頬に休職命令を出しながらペガサスたちを纏め、輪郭のない小さな妖精の姿に変えた。背中にモンシロチョウの翼が飾られ、ワンピースドレスを着ている。


 お小遣い稼ぎに子守をしていた時代、年下の女の子たちをメロメロにさせた俺の得意魔法の一つだ。ちなみに男の子たちには幻炎のドラグノや影の虎が人気だった。

 お仕置き用の水の蛇や風の羽虫なんかもあるが、諸事情あって封印している。


「わぁ……すごいね、これ」


 今までに聞いたことが無いほど素直な称賛(ガキ共は大抵一言文句を付ける)に、俺はニヤけ面を隠しもせず喜んだ。


「派手な魔法は使えないが、こういう小手先の魔法には自信があるんだ。『アイドーラン・ヒュー』、つまり『幻獣の人』って言えば生まれ故郷じゃ少しは知られた名前なんだ」

「本当にすごい……私、魔法って攻撃的な物しかないと思ってた」


 は、はは……元科学陣営国の爺さん婆さんみたいなことを言うな。


 でもルビリアの表情に嫌悪の色は見えない。純粋に価値観が映り変わって嬉しいというような様子で、飛び回る妖精を追う赤い瞳は魔法と同じくらいにキラキラと輝いていた。


 確かに魔法は攻撃的なイメージが強い。大錬金術師パラケルススが制定した四元素活用法が当時の政治的事情によって意図的に誤用されてからは、攻撃魔法こそ魔法の花形という風潮がずっと続いている。魔法は人類が科学のかの字も知らなかった頃から魔獣に対する有効的な武器として扱われていたし、仕方のない事だとは思うが。


 だが、それだけが魔法の姿だなんて、絶対に思わせない。


「この魔法は」光の妖精を空で一回転させた後、魔法を解除した。「魔科学戦争が終わって、世界が次々と民主化していった時代に生み出されたものなんだ」

「民主化? えーっと、確かに民主的っていうのは平和のイメージがあるけど……」


 それとこれと何の関係があるの? と言いたげに首をかしげるルビリア。

 俺はハッキリと苦笑を浮かべ、胡坐をかいた足の上で両手を弄んだ。


「民主主義っていうのは、この世界に合わない。まやかしの意見だ」


 魔獣の脅威。

 それは古くから続く災害の一種で、常に隣り合ってきた問題でもある。人類は弱いが人は強く、強い人間の庇護の下で人類は少しずつ版図を広げていった。


 強き人の名を国王、または皇帝と呼ぶ。


「人間は昔から主を頂くことで不安や苦痛を和らげてきた。それを忘れた人類は魔科学戦争なんて馬鹿げた争いを起こし、挙句の果てに恩知らずにも貴族や王族を排して平民だけの国を創った。戦争を主導したのが上流階級だというだけの理由で」


 革命家気取りの馬鹿な奴ら。

 ただでさえ戦争で疲弊していた民主主義国は更なる混乱に陥り、民は食い物に飢えるか魔獣に食われるかという、中世でもそこまでの惨事は滅多になかったという状態になって、多くの国が魔獣災害――と、その頃に出てきた『シャウトピクシー』の暗躍に飲み込まれて消えた。


 仮初の理想が現実を腐らせたんだ。


「民主主義は滅んだ。弱ったところを魔獣に食い破られて……だが、儚く散った彼らは俺たちに様々な恩恵を残してくれた」


 ここで俺は大いなる気合を籠め……詠唱無しで光の犬と猫を生み出した。


「こういう娯楽目的での魔法や、能力主義――血筋ではなく技能で職を選ぶべき――という考え、薄れつつあった魔獣への恐怖、平和を乱す敵に対する憎悪だ……どれか一つでも欠けていたら、人類は今ほど『瘴気獣』や『ノスタゥジア』に対抗できていなかった筈だ」


 なんて、戦後の日本人たちが見てきた歴史の雑感をつらつらと並べる。

 俺の言葉はここからだ。


「死んだ人間は生き返らない。生き返らせちゃいけないんだ。俺たちは過去に生きた人たちの行動に、永遠に支えられているんだから。今という時を彼らに感謝し、彼らのように俺未来の姿を形作っていく……それが人間ってものだと思う」

「……分かってないよ」


 月光が、瞬く間に不機嫌な表情を紅く模った。

 彼女はたった一言でどんな人間にも苛立ちを知らしめるトゲトゲしい声で言った。


「私にお説教をしようっていうの。お生憎だけど、私が持っている物に払ったのは生きるべき世界と愛してくれる筈だった家族なんだよ。そんな見ず知らずの他人の悲劇とたまたま享受した生ぬるい対価で、私の境遇を比喩出来ると思ったら大間違い」

「あぁ!?」


 ……今まで穏やかだった彼女のものとは思えない攻撃的な言葉に、一瞬だけ我を失った。

 ルビリアの言うとおり、確かに俺は使う言葉を間違えた。


「いいや、比喩できるね」


 だが、間違っているなんて言わせない。

 今を生きる人間とルビリアに、違いなんてない。


「民主主義に走った奴らは、口を揃えて言ったんだ。『日本を滅ぼした独裁者を許すな。二度と身勝手な理由で国家が滅ぼされてはならない』って」


 ルビリアは、いっそアニメ染みている程にサッと表情を変え、俯いた。

 まるで馬鹿な失言を指摘されて恥じ入るように……

 ~~~っっ!! だから! そうじゃないだろ、俺!


「先にこう言っておけばよかった……俺、俺は、浅はかだった。すまん」

「う、ううん。私こそ、よく知りもしないであんな……」


 真っ先に頭を下げたが、ルビリアも同じように謝罪の形を取ったのが分かった。ああ、クソっ、俺ってこんなにコミュ力無かったのか!?

 恥ずしいというか、烏滸がましいというか……元気付けようとして逆に怒らせるなんて、完全に余計なお世話だったんだ。


 優しくしよう――してあげようなんて、付け上がったからだ。


 俺はベッドにひれ伏しながら歪んで閉じようとする唇を強引にこじ開けた。


「ごぅっ、ごめんっ。俺はただ、君に彷徨ってほしくなくて……死んだ人間に近づこうとした人や、亡き国を悼んで戦った人のようには、なってほしくなくて、あんな事を言ったんだ。俺の」


 ――両親みたいには。


「……知ってる人みたいには、なってほしくなくて」


 理性を総動員して最後の言葉だけは当たり障りのないように切り替えた。

 哀れっぽい様を見せつけようとするなんて、今日の俺は本当にどうしたんだ……死にかねないような目にあって、信じられない力を得て、天上人のような人と出会って、それでハメを外しているってのか?


「あなたは……」


 自責の念に絡みとられ、苦しみに呻きかけた俺は僅かな驚きと哀悼、そして幼げな慈愛が籠められた言葉に射竦められ、咄嗟に顔を上げた。


 仄赤い光が眼に戻る。


 闇に滴る雫のような色に囲まれて、ただ一つの輝きを失わない珠のような瞳が俺を見つめている。真の赤を乱すのは迷いのような波だけで、それも数秒と経たず静かに凪いだ。


「大切な人を見つけられなくなったことがあるんだね」


 ドクン。

 ――うくッ、うぅぅ…………


 泣き喚きそうに唸る心臓を黙らせ、荒げた呼吸を沈めながら目を伏せて、俯くように頷く。


 赤い水面に再び迷いの水紋を浮かべた瞳を見上げるように見つめ、もう一度澄んだ紅玉になるまで待った。


「“幽霊”を求めた人たちや民主主義の人たちと同じように、私が過去に囚われないように、って思ったんだね」


 再び頷く。今更取り繕ったって、どうしようもない。

 赤い瞳に波は生まれなかった。


「それなら、一つだけ聞かせて。あなたはどうやって迷路から抜け出したの?」


 ……胸を掻きむしりたくなるほどの戯言を律儀に受け止め、あくまで純粋に答えを求めるルビリア。


 彼女の優しさとも慈悲ともいえる問いかけに、俺は姿勢を正して精一杯の笑顔を浮かべた。


「いつの間にか」

「えっ」


 何か画期的な言葉が出てくるとでも思っていたのか、いっそ間抜けとも言えるくらいぽかんと口を開けて俺を見るルビリア。

 残念。俺はそこまで上等な人間じゃあないんだよ。


「俺もな、何年か前はルビリアと同じように迷ってたんだ。今まで俺を育ててくれた優しい両親を愛するべきか、それとも……」


 一度口を閉じ、まだ言いたくはない真実を伏せて伝えた。


「俺を置いて……テロリズムに走った両親を憎むべきか、な」


 表情は劇的に変化した。

 前もってテロリストという存在がこの世界でどういう扱いを受けるのか聞いていたのか、信じられないものを見るように眼が窄まる。


 当然だ。その存在を知ったばかりの少女にこんな反応をされる程、あのクソ共は卑劣で低俗でしぶといゴミ野郎なんだから。


「混乱した。殴られた。悲しんだ。石を投げられた。怒り狂った。苦しんで、泣いた……一ヶ月くらいそんなのが続いて、その合間にネットを眺めてたら、不意に心が決まったんだ。『父さんも母さんも居なくなった。僕が家族の最後だ……じゃあ生きなきゃ、俺は』ってな」


 何が切っ掛けだったのか、俺にも分からん。

 対『瘴気獣』特設SVR部隊『BBS』隊員の戦死追悼文か、それとも知人が『ノスタゥジア』に取り込まれて廃人になったと嘆いた『黄陽の屋敷』の呟きか、『シャウトピクシー』の予告動画か、金ランクハンディアの引退記事か、黄金のドラグノと白銀のドラグノのハーフの育成日記か、UFOとネッシーが同時に写った曰く付きの写真か。


 全部のような幾つかのような、あるいはまったく憶えていない些細な情報が原因なのか。


 とにかく、俺はいつの間にか立ち直っていた。

 参考になんかならないし、ルビリアに聞かれるまで言うつもりもなかった。


「そう、なんだ。すごいね」


 呆れたというか馬鹿馬鹿しくなったというか。ルビリアは困ったように眉を寄せて曖昧な相槌を打ち、まさしく宝石のような輝かしくも冷たい目で俺を見た。

 冷えている――熱い怒りのような動きがまったく見えない眼で。


「こんなに苦しいものを、あなたは一人で克服したんだ」

「買い被り過ぎだ」


 ルビリアの過言を即座に取り消す。

 けれど彼女に堪えた様子はなく、どういう訳か気が抜けたように肩と足がだらんと崩れた。


「私だったら、たぶん悲しんだままだったと思うわ。お父さんとお母さんが訳の分からない考えにうつつを抜かして何処かへ行ってしまったら……そんなの、旅立ったのと同じだもの」

「……まあな」


 黄泉路か修羅道か。

 幽霊が歩くとするなら、どちらの方がいいんだろうな?

 俺に分かるのは、どの道も大切な人が自分の世界から消えゆく無慈悲な旅路だという事だけだ。


「あなたは強いんだね」

「何度も言ってるだろ。俺はそんなんじゃ……」

「その強さに寄り掛からせて、って言ったら、別の言葉を口にしてくれる?」


 ふわり。

 そんな擬音が添えられそうな程、あまりにも緩やかに止まる時間。


 目を軽く、それでいてスライム糊でも張り付けたように見開き、切なそうにニヒルな微笑みを浮かべるルビリアをマジマジと見つめた。


 俺が、強い? 両親を引き留めず、自分の部屋に籠る事しか出来なかった俺が?

 そんな訳、ないだろ。俺はただ、涙が枯れるまで布団を被っていやいやと駄々をこねていただけ――なの、だが。


 慣れない感情が心を突いてもがく。

 口から飛び出してしまいそうなそれを苦労して胸の奥底に閉じ込め……自分でもよく分からない、ふやけているような表情で答えた。


「前言撤回。俺の心はドラグノの鱗より硬く、最新のゴーレムより頑丈だ……冷たくて、暖を取るにはちっとも役立たないと思うが、それでもいいなぶぇ!?」


 言い終わる前に、ルビリアが人ならざる速さで俺を引き倒した。


 尋常じゃない怪力に抵抗する間もなく、俺は覆いかぶさるようにしてルビリアの身体に倒れ込んだ。慌てて起き上がろうとするが、隼や梟を思わせる強靭な指でガッチリと捕まえられているせいで逆に体を叩きつけてしまった。


 汚い悲鳴と出て行った悪感情とは別に、本当にヴァンパイア種の貴族か何かか、という悪態とも言えない苦言が湧き出る。

 今と同じように、例えどんな気持ちになったとしても、結局は口に出来なかっただろうが。


「ぐすっ……うぅ、うぇ」


 ルビリアはわなわなと震える両手で俺の制服をわし掴みにし、額と鼻の頭を押しつぶすように胸をぐいっと引き寄せた。勢い余って爪が皮膚に食い込み、斬るような刺すような、表現しがたい痛みが俺を襲う。


 しかし、俺の心を揺さぶったのはそんなちゃちな痛みなんかじゃない。


「もっ、もう、いやっ……なにもかも、うんざりっ」


 途切れ途切れながら、熱く湿った呼気と共に怨嗟の文句を俺の胸へ吐き掛けては、堪えきれないように悲痛な嗚咽を漏らす。


「気持ち、悪い。肉と、血と骨が……ぐすっ。魔法なんて、魔法なんか、魔法なんてぇっ。うぇん、うぇ、うぇぇぇ……ずびっ。何にも役に立たないっ。お母さんと、お父さんに……えぐ、会わせてよっ」


 制服一枚を越えた先で、彼女がどれだけ震えているのか伝わってくる。

 動揺する余裕すらなくなり、俺はただ泣きじゃくるルビリアを前に固まるしか――


 その時、絶望を抑えてくれた温かな布団の感触が背に蘇った。


「いやなのっ。こんなっ、こんな、知らない男の子にっ、知ったような顔をされてっ、媚びるしかないなんてっ、あんまりだよっ。うぁ、うぇ、ぐす……はっ、初めてなのにっ。私が甘えたのは、お母さんじゃない!」


 誰にも……きっと、この世の誰にも分からない苦しみを吐き出すルビリアに、俺は重さをかけ過ぎないよう気を付けながら、そっと身体を預けた。


 彼女の苦悩は俺にも分からない。死なれた人間と去られた人間で、片や純ヒューミヌ、片や怪物とヒューミヌのハーフ兼ホムンクルスだ。軽々しく理解できるなんて思っちゃいけない。


 だが、『苦しい』という感情が同じなら、俺はただ黙って外界を遮る厚布団になってあげればいい。確かな重みと程よい熱さえあれば、人は絶望を溶かす事が出来るのだから。


 人ならざるルビリアにとっては、人の重さくらいが丁度いいのかもしれない。


「お母さんっ、おかあさんっ、おがあざんっっ!」


 不吉な色に染まっていた夜光が静謐な青を称えて徐々に移り変わっていく。


 その内に朝日が差し込んできて、『穢れた魄の血霧』、『失われた魂の輝き』とも呼ばれる紅の夜と青の夜が終わるだろう。


 一頻り言葉を吐き終えた赤黒の少女はすすり泣きと嗚咽を繰り返し、やがて身体の震えを弱く短いものに変えていく。時折ぐずぐずと不快げに鼻を啜る音を除けば、メトロノームをスロー再生させたように均等な寝息を立てるのみ。


 彼女が夢の世界へ入ったのを確認して十分程が経過した時、俺はその場を離れようとした。

 しかし、夢の中でも何かを握りしめているのか、胸を掴んでいる力はちっとも緩まず、あまりにも強く握られたせいで僅かに血が滲んだような気がする。

 強引に離れればまたしても《Hアクティ》とやらに頼る羽目になりそうだ。


 ……諦めと共に、禁断の誘惑が俺を襲う。

 喉奥と鼻を通って頭に突き抜ける抗いがたい快楽。そうしてはならないと寄せた眉から皺がどんどん抜けていき、程よい脱力感を覚え、青い夜が明滅を繰り返す。


 ……こっ、これは、不味――ね、む



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