11.生後半日と思春期男子
「…………なぁんだぁぁ、ぉれ……」
んー……おれー、かぜひぃたのかなぁ。
からだだる……ふぁふ。うー……なんか、ロボットとドラグノの、へんなゆめ……つづき。
ふぇ?
なんだー、このあったかいの……ふにふにで、ふわふわで、きもち…………
「へ!?」
一瞬で目が覚めた。
この手に狂いがなければ、このふにふにでふわふわの温かいものの正体は……!
「おはよう。妖しい夜だね」
「うわぁ!?」
俺はがばっと起き上がり、半ば混乱したまま今まで頭を置いていた場所から距離を取った。
寝ぼけた眼を乱暴にこすって何度か瞬きをする。
紅く輝く月の光に照らされ、俺の目の前にはやはり彼女がいた。赤と黒と両方の色が混ざり合った不気味なロングヘアに、何処か懐かしい雰囲気を感じる人外めいた美貌。初めて見るその瞳は、まるで本物のルビーが嵌め込まれているかのような深い赤色で、今は悲しそうに細められている。
「……私が怖いんだね」
そう呟くなり俺に向けられていた腕が力無くくずおれた。
彼女の声には和紙程の抵抗を残した強い悲しみが込められていた。驚愕と混乱で脳に酸素がいきわたらず、俺は深く考えることも出来ずに口を開いてしまった。
「う、ううん……その、とっ、とっても! 可愛いと思う!!」
――何を言っているんだ俺は!?
案の定、彼女……ルビリアは、呆気にとられたように深紅の瞳を開いた。
「ち、ちがっ、その、や、違わないけど、俺はその、きみっ、君が、別に怖くないって言いたくて……ごめん」
「……ありがとう。あなたはいつも優しいね」
訳も分からず謝った俺に、ルビリアは一転して明るい笑みを浮かべて言った。
「ヴェルりんから聞いたよ。私をここまで運んでくれた、って。その後、私が目覚めた時、あんなに怒ってくれて……おかげで、私、もうどこも痛くないの」
俺は当然の行動を取ったまでだ。
でも、そんな事は、彼女には関係ない話だ。
寝込む前の記憶を完全に取り戻した俺は、落ち着かない心を宥めながら微笑みを浮かべてみせた。
天涯が取り払われたベッドから見える、雲を払いのけた紅い三日月のように。
「俺の方こそ、命を救ってくれてありがとう。君と優樹が助けてくれなかったら、俺は海の餌になるところだった」
「私はただ望んだだけ。目の前に大怪我をしたあなたが現れて、助けたいって思ったら、ヴェルりんが勝手に治してくれて……」
そう言って眼を伏せるルビリア。俺は否定したい気持ちを押し込み、出来るだけ軽い口調で言った。
「じゃあ、俺も勝手に命の償いをしただけだ」
もちろん俺のしたことなんて、命と釣り合っているとは言えない程度のものだ。でも、生まれて初めての見返りが命と等価値というのは、いくらなんでも重すぎるのかもしれないだろ。
俺は少し勇気を出して、所々落ち窪むベッドに注意しながらルビリアの方へ動いた。『実体を持つ幻影』で出来た頼りない緋色の装甲は消え、俺の身体を覆っているのはボロボロの制服だけだ。
たくさんのぬいぐるみに囲まれてちょこんと横座りをしているルビリア。彼女とカードゲームが出来るくらいの距離で止まり、俺は笑顔を意識して手を差し出した。
「まずはさ、名前を知って欲しいんだ。俺、菅原暁。よろしく、ルビリア」
耳と頬が熱い。
ルビリアは不思議そうに俺の顔と手を交互に見て、吹くように笑顔を見せてくれた。それだけじゃなくて、「ふふっ」と外見相応の笑い声まで忍ばせて。
「うん。よろしくね、暁」
差し出した手が握り返される。
……それよりも、同年代の女の子に正しいイントネーションで名前を呼び捨てされたのは初めてだ。
女の子の名前を呼び捨てにするのは初めてじゃない……というか欧州じゃ普通の事だから慣れてはいるが、する方とされる方でこんなに気恥ずかしさが違うなんて……
ダメだ、今そっぽを向いたら台無しだぞ。頬よ、ムニムニするんじゃない。
「あー、えーっと……ルビリア、さ。今優樹のことヴェルりんって呼ばなかった?」
首と頬の固定に全力を注いだせいで思考力が疎かになり、咄嗟の判断で聞いてみたが、どうやらよく考えてから口を開くべきだったようだ。
ルビリアは見る間に表情を不機嫌一色に変え、唇をへの字に曲げた。
「お父さんなんか知らない。ヴェルりんは《ヴレイオン3》に搭載されたモロースとマーダーのサポート用AIだよ」
どうやら怒りは解けていないようだ。アイツも余計な事を言わなければ嫌われたりしなかっただろうに。
「そんなことより、この世界には幽霊がいるって本当?」
ルビリアは不愉快な羽虫をそよぎ出すようにアッサリと話題を換え、興味津々な子供のように身を乗り出した。優樹……哀れなやつ。
「うん。幽霊というか、ゴーストだ。幽霊だと日本人になるから。ゴーストは半透明で人によって赤っぽかったり白っぽかったりする。色調って奴が無いから不気味に思って避ける人もいるけど、今はゴースト風作画の漫画が人気だったりするから、俺みたいな若い奴らはそうでもないかな」
「ゴースト風作画の漫画? それ、面白い?」
「ああ、面白い。といっても、漫画初心者にはおすすめできないかな。のっぺりし過ぎて二次元と言うより『一.五次元』的だから。俺も先輩に読ませてもらえなかったら存在自体知らなかったかも」
大陸や海に浮かぶ島に住んでいたら本屋とかで見かけるかもしれないが、浮遊島に住まう俺達『マギナウスの学徒』候補生は基本的にネット通販でしか娯楽用品を手に入れられない。
それも週に一度だけ。特別な事情に縛られている者と、成績優秀者のみだ。
「この世界の人は皆ゴーストになるの?」
「マナと未練と心の強さ次第、って言われてるけど、殆ど偶然だよ。ゴーストになりたくなかった人は聖職者に成仏させてもらって、死神とか仏鬼とかがあの世に案内するのさ」
「……そういう設定じゃあ、ないんだよね?」
「……俺からすると、ゴーストの事を全然知らない人間の方が嘘みたいな感じだ」
「そう……私、科学しかない世界で生まれたのに、産声を上げたのは魔法の世界なんだね」
「魔法と科学だ。この世界は、もう何百年も前から魔法と科学に包まれて存在しているんだ」
しばらく。
彼女はジッと紅の夜景――殆ど黒に近い紅い海――を見つめ、絞るように目を細めた。
紅い月の光を受けた彼女の目は本物の宝石のように美しく輝き、エキゾチックな容姿を更に引き立てていた。
大気中に残留した魔獣の血霧が映し出した光景は、クリスタルのように透き通った眩暈と腹の底から湧き上がる熱い浮き物を俺に与える。そこにいるのが吸血貴族だとしても、ここまでは感動しなかっただろう。
まさしく別世界。
俺がいた世界とは違う景色が、そこに広がって見えた。
「私……私ね。お母さんとお父さんの顔、知らないの」
遠く、そして近い場所から声が聞こえた。誤魔化そうとも隠そうともしない、鞘走りのような声だった。
「《ヴレイオン3》を使えばお母さんとお父さんの前の姿は見られるけど、きっと虚しくなると思う。故人の立体映像に取り憑かれて衰弱した人もいるって、『知識』が教えてくれた。ゴーストもそうなの?」
……どうだったか。前に見たネットの記事では、確か。
「狂わなかったゴーストは生前の記憶と人格をそのまま受け継いでいる場合が殆どだから、もし遺された人間が腑抜けたらすぐに叱りつけて学校なり職場なりに放り込んでくれるらしい。実際にそれで引き籠りやニートが社会復帰した事例もある」
身近な死にショックを受けた人間の全員がその恩恵に預かれる訳じゃないが、それでもこの過酷な世界で今日も笑って悲劇を乗り越えられるのは、少なからずゴーストがいるおかげだと俺は思う。
だが――もし、『幽霊』がいたのなら。
俺がルビリアと出会う事もなかったかもしれない。
「でも、ゴースト自身は『此処』に居続けたくないと思っているらしい。幾つかの例外を除いた現世滞在最長記録が、確か三十六年だったか……」
なんで今この話を出したのか。
……いや、分かってはいる。
俺は、ルビリアに両親のゴーストを求めて欲しくないんだ。
「そうなんだ」
ああ、ごめん。
ルビリアの鮮やかな瞳に浮かんだ水面で、紅い月の光がキラキラと反射している。
俺は……俺は最低だ。
出会って一日も経っていない女の子の気を引こうとして、孤児の弱みに付け込むなんて。
「でも……」
正義感溢れる別の感情がすぐさま否定の言葉を吐こうとして、しかし黙りこくってしまう。
俺が言ったのは事実でもある。そもそも異世界で死んだルビリアの両親がこの世界でゴーストになれる訳がないし、口にした幾つかの例外は本当に例外中の例外で、参考に出来るようなものじゃない。
だけど……何か言うべきなんだ。
そうだ、言え。言ってしまえ。
俺は言える。つい最近に決めたばかりじゃないか、なんでも言ってやる、って。
言えよ、このクソ野郎。
「大丈夫だよ」
自責の念に駆られて口を開こうとした俺を、どう勘違いしたのか儚げに笑って止めるルビリア。その眦には、はっきりとした意思の光が宿っている。
「本当は内緒なんだけど……暁はマーダーだから教えちゃうね」
潜めるように声を小さくすると、ルビリアはそっと俺の側によってきた。
恥知らずにも高鳴る胸。
無礼にも大きく開いて見つめる瞳。
不誠実を極めながら、それでも俺は抗いがたい誘惑に逆らいきれず……
互いの頬がすれ違って、擽る髪の感触を味わう。
「私のお母さんとお父さん、実はまだ生きてるんだ」
「……え?」
予想外の言葉に浮ついた心が一気に安定した。
同時に新たな謎が脳を埋め尽くし、来た時と同じくゆっくりと離れていくルビリアにポカンとした間抜け面を晒し続けた。
ルビリアは俺の顔を見てクスクスと笑い、笑顔のまま言った。
「《ヴレイオン3》は元々、《ヴレイオン》っていう名前のBA……ブレイブアーマーだったの。こっちの世界で言うSVRかな。動力源は人工アダマンタイトじゃなくて核融合だけど」
いつの間にこの世界の知識を学んだのか、引っかかる事無くスラスラとこちらの世界の常識を口にするルビリア。
唐突な話題転換についていけない俺を置いて、ルビリアは淀みなく話を進めた。
「《ヴレイオン》は紅玉研究所が創り出した日本の正式量産型BAの試作機で、沢山の『アナヴェグル』を葬ったの。私のお父さん……つまり優樹は、リーフ・リ・スミス機関から《ヴレイオン》のテストパイロットとして選出されたエリートだった」
まるで歴史書を朗読する教師のように淀みない口調だ。紅い世界にいた彼女が、俺の世界へ急接近してきたような気分になる。
「ある日、お父さんは散歩をしていたの。その日は『アナヴェグル』を追い返した後で、しばらくは安全だって分かってたから。けど……散歩先で、偶然出会ったの。見たこともない人型の『アナヴェグル』に追われて逃げていたお母さんと」
……なるほど、それが馴れ初めって訳だ。この世界ではありきたり過ぎて冒険モノでもあまり使われないシチュエーションだな。
「お父さんはパイロットの嗜みとして幾つか格闘術を極めていたから、人間サイズの『アナヴェグル』数人なんて大した脅威じゃなくて、あっという間に殲滅したの。お父さんは怯えるお母さんにピクニック用のご飯餅……五平餅だったっけ。とにかくそんな名前の昔の料理を差し出して、大人しくなったお母さんを保護した。お母さんは日本語が分からなかったし、何処かに帰ろうとする素振りを見せなかったから」
一瞬シリアスが剥がれたような気がしたが、ルビリアの表情は真剣そのものだ。
「お母さんとお父さんは一緒に暮らすうちにお互いに惹かれていって、お父さんはお母さんに真神という名前を付けたの。真の神と書いてまかみ。大昔の狼の神様の名前なんだって。お母さんはお母さんのお母さんに追い出されてお父さんの元で暮らすしかなかったから、新しい名前を欲しがって、お父さんが付けたの。お母さんたちはしばらくの間、幸せに過ごした」
真神……それは俺も聞いたことがある。蛇瑰龍さんの御母上の家系が代々祀ってきた『八つ岐首の大いなる蛇』と同系統の、今は失われし獣の神の一柱だった筈だ。ドラゴンといいヒュドラといい、優樹の世界は居なくなった超自然的存在の『あの世』か何かだったのか?
「でも、それは儚い夢だった。『アナヴェグル』が全世界……つまり、あらゆる国で一斉に侵攻を開始したの」
ルビリアの調子は変わらない。悲しみを心の奥に隠しているのか、それとももう吹っ切れてしまっているのだろうか。惨劇を語るには奇妙なほどに感情が動いていなかった。
「名だたる強国の灯が次々と消えていく様子が人工衛星に捉えられていたらしいよ。最初に消えたのは大陸の国。次に海の上に浮かぶ国。そして最後が日本だった。日本はロボット工学に優れていて、パイロットの練度も高くて、四方を海に囲まれた島国で、国土の四分の三が山に覆われた山国でもあったから、総合的に見て防衛力がとても高かったの。でも世界中に散った『アナヴェグル』が日本に集中してしまったから、結局は滅んでしまった」
ヴェルりんが『ある世界じゃ最後に滅んだ』って言ったのはそういう理由か。『アナヴェグル』が空を飛ばない怪物なら、確かにあり得る話だ。
だが腑に落ちない点もある。
「宇宙には逃げなかったのか? この世界より優れた科学を持っていたんなら、科学だけでも宇宙に逃げられたんじゃないのか」
「もちろん逃げた人たちもいたよ。でもリーフ・リ・スミス機関は彼らを居なくなったものとして扱った。お金が無い人たちを強制的に働かせて造った宇宙船で、お金持ちだけが宙に逃げたから、って」
そりゃ……確かに、そうだな。
映画とかでもわりと使い古されている、卑劣で当たり前な展開だ。
「話を戻すね。お父さんは懸命にアナヴェグルの大群と戦った。最後の一機になっても、リーフ・リ・スミス機関がありったけの日本人を避難誘導して大型宇宙船に乗せきるまで、熱血っていう理解できない謎の力で『ヴレイオン』のスペックを超える戦闘力を発揮して……気付けば、最初に日本に侵攻していた『アナヴェグル』の大群は全滅していたの。お父さんの命と引き換えに」
ルビリアの言葉には誇張も過小も見受けられない。淡々と真実を話しているような様子に、背筋が震えて戦慄を覚えた。
優樹、お前……正真正銘のパイロットだったんだな。
蛇瑰龍さんの御祖父様。日本の英雄と同格の、本物のパイロットのように。
「お母さんは嘆き悲しんだ。でも『アナヴェグル』の侵攻はとまらなかったの。生き残った日本人と僅かに滞在していた外国人が乗った大型宇宙船の中に、何人かの『アナヴェグル』が入り込んでいて、お父さんを置いてはいけないって地上に残ったお母さんと私や《ヴレイオン》を生み出した科学者が、お母さんと《ヴレイオン》とお父さんの死体を回収して小型宇宙船で地球から逃げ出した時に、ことの詳細が記録されたメッセージの受け取りと大型宇宙船が『アナヴェグル』に占領された地球に自爆特攻を仕掛けた様子が確認された、って」
逃げ切れた訳じゃなかったのか……!!
ちくしょう! 日本はいつだってそうだ! 詰めが甘くて、最悪のタイミングで最悪の敵に最悪の攻撃をされちまう。永遠に貧乏くじを引き続ける呪われた国家……
クソッ。クソッタレの運命が!
「結局、生き残ったのは外国の宇宙船を除けばお母さんと科学者だけになったの。科学者はお父さんを延命装置に放り込んで火星を目指し、そこで《Hアクティ》を始めとした七つのナノマシン、《ドクハルブ》の研究と実用間近だった《ヒヒイロカネ》の研究を進めた。いつの日かリーフ・リ・スミス機関が独自に集めていた文化、遺伝子、発展……人類の歴史を取り戻す為に。科学者は補助コンピューターを幾つも使って寿命を削るような大演算と不眠不休の活動を続けて《ヴレイオン2》を作り上げた」
3はどこから来たんだと思っていたら、2の後継機だったのか。
「でも、《ヴレイオン2》には致命的な欠陥があったの。パイロットの不在と核融合炉の出力不足っていう、実験機にあるまじき欠陥が。科学者は様々な可能性を試した結果、『アナヴェグル』が持つ『進化を齎す液体』を動力源として使う事で核融合炉を超える力が得られると確信したの」
ぶるっ。
急に肩と背中が震え、堪えがたい寒気が全身を襲った。
肉親の不幸に触れたルビリアの口調の変化……ではなく。
ある、恐ろしい真実を覗き見てしまった嫌悪感が、この震えを生み出しているのだ。
続きを言わないでほしいと思う。
だが、拳を固く握りしめたルビリアを止められはしなかった。
「気付いたみたいだね。そう、私のお母さんは……『アナヴェグル』、なの。『何故自分はアナヴェグルとして生まれたのか』と母親に尋ねて、不穏分子として巣を追われた次世代マザーの、一個体」
「うっ……うぇ、ぉ……そ、そんな、まさか」
そんな……そんな……まさか、だって、だったら……俺が――俺が求めた、強大すぎる力って奴の、正体は……!
「科学者はお母さんに、《ヴレイオン》を完璧な物とする為には君の協力が不可欠だ、って言ったの。お母さんの怒りと憎しみを利用して、『進化を促すアナヴェグルのリトルマザー』だったお母さんを、科学者は《ヴレイオン2》の動力源に適するよう進化させてしまったの」
おお、かみ、ろ……
優樹の野郎が言っていた……大神、炉。大神は、日本狼の神の事だ……そして、奴の妻でありルビリアの母親の名前は……狼の、神様の、名前だ。
俺は……俺はそんな物を手にして、喜んでたって言うのかっ!!
「進化を齎す液体……『アロウサル・フォーメィズ』と名付けられたそれは《ヴレイオン2》を動かす燃料として十分に作用した。あとは頭脳だけ……パイロットを必要とした科学者は、延命しておいたお父さんの脳を最高性能のコンピューターと融合させてパイロットの代わりにしたの。たぶん、科学者なりにお母さんとお父さんを結んであげたかったんだと思う」
……ッ!
俺の個人的な感想なんてどうだっていい……頼れる者を失い、愛する者を失い、憎む者しかいなくなったルビリアのお母さんを、ロボットって形だけでもルビリアのお父さんと繋げた科学者を、よく知りもしない俺が、非難して良いはずがない。
だが、だが……そんな結末じゃあ、あんまりにも優樹やルビリアのお母さんがっ。
「だけど、そうやって造り上げた《ヴレイオン2》は動作不良を起こした。生体コンピューターとして目覚めたお父さんが暴走して、科学者を殺そうとしたの。お父さんは、人型『アナヴェグル』と人間の区別が付かなかったらしいよ。運よく緊急停止装置が発動しなかったら、私はこの世に生み出されなかった」
ルビリアは、まるで乱れた毛糸玉のように感情が不規則な動きを描き、絡み合ってしまったような、とても複雑な表情で紅い月を見ていた。俺が人生経験豊富な大人じゃないからか、ルビリアのこんがらがった感情が一体どんなモノなのか伺い知ることは出来なかった。
「緊急停止した《ヴレイオン2》に、科学者は『モロースとマーダーの対人識別機能』と『次元跳躍装置』、リーフ・リ・スミス機関が集めたあらゆる情報が詰まった『スピリオリティ・ツリー』を搭載して《ヴレイオン3》を完成させた。科学者はそのすぐ後に《ヴレイオン3》を動かすモロースとマーダーの開発に取り掛かった。モロースは知っての通り、お母さんとお父さんの細胞で創り上げた私よ。マーダー……つまり、今のあなたの役を担う筈だった人造人間は、科学者の遺伝子を基に男性型『アナヴェグル』の遺伝子を放り込んで作られたの。人型最強の種族を自分達にとって都合がいいように改造した、って言ってた」
「俺と同じ立場になる筈だった人造人間……だが、そいつは」
「うん。あなたも聞いている通り、マーダーになる筈だった人造人間は死んじゃった。私の脳領域情報入力作業が終わるまで、宇宙に進出してきた『アナヴェグル』の攻勢を食い止める為に。科学者が名前を付ける暇も無かったそうだよ……その後の事は、あなたの方が詳しいと思う。転移しようとして、転移先に生体反応を見つけて、大怪我を負ったあなたと出会った」