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#1 帝都劇場の男役

「はあっ、はあ!」


時は大正ならぬ、大上(たいじょう)


帝都東京。

あちらこちらで蒸気が吹き出す中。

一人の男が、夜のこの街を逃げ惑っている。


なんとか路地裏に、逃げ込んだばかりだった。


「はあ、はあ……こ、ここまで来れば」

「脇が甘いな!」

「う……うわあ!」


頭上から聞こえた声に、男は驚く。

そこには、追手がいたのだ。


追手は、この逃げる男より大分若い。


「そんなに驚かなくてもいいだろう? つい先ほどぶりの再会じゃあないか。」

「な、何なんだ貴様は!」

「名乗ってやってもいいが……それにはお代を頂かなくてはな。」

「お、お代?」


地に降り立ち、歩み寄るシルクハットにマントという出で立ちの追手に、男は立ち尽くす。


「お代は、そうだなあ……彼岸行き列車の片道切符でどうだ?」

「ひ、ひいい! け、拳銃う!」


追手が構えた拳銃に、男は怯えている。


「そんなに怖がることないだろう? こういう仕事を好き好んでやる以上は覚悟ができていると思ったんだが。」

「ひ、ひいい!」

「……とんだ、買い被りか。」

「や、止めてくれええ!」


男の断末魔と追手の銃声が、重なった。


「……気を失ったか。 ただの麻酔弾だってのに、この驚き様とはな。」


追手は、倒れた男に駆け寄る。


「……ん?」


男の懐を探ると、中から。


「……これは、招待券? ……なるほど、あそこか。また優雅なことで。……ああ、そういえば名乗りだったな? 俺の名前は。」


追手は、倒れている男に声をかける。


名月郁夫(なづきいくお)だ。」


◆◇


「ああ、ヒエタカンナス……お願いだどうか、私の元へ戻って来ておくれ!」


帝都劇場に、一人の男役女優の声が響く。


彼女の名前――まあ、役名を言ってもいいのだが、ここは芸名で――は、大河悠(たいがゆう)


帝都歌劇団の、女優である。

とは言っても。


「いや私の元へ! ヒエタカンナスよ、戻って来ておくれ!」

「いや私の元にこそ、戻って来て欲しい!」


彼女――の演じる()は、役名すらない。

現代でいうならアンサンブル、いやモブだ。


あくまでそのヒエタカンナスとやらにたぶらかされた、哀れな男たちの一人にすぎない。


まあ、その先陣を切ってセリフを言えるのだから大したものだが。


さておき。


「ごめんなさい皆様……私には、心に決めた人がいるのよ!」


そんな()()に引き立てられている役――ヒエタカンナスは、娘役トップスター・白木観女(しらきみめ)


「ああ、ヒエタカンナス! さあ、僕の元へ!」

「ああ、今行くわ!」


ヒエタカンナスの相手役は、これまた男役トップの亜弓加子(あゆみかこ)


「もうずっと、離さない。」


本日の舞台は、これにて終幕となる。


◇◆


「こんばんは、会長さん!」

「ほっほっほ! いやはやおめでとう加子くん、君の舞台は何度見ても素晴らしい!」


観劇後に加子の元を訪れたのは、阿多名商会(あたなしょうかい)会長・阿多名恩蔵(おんぞう)


「ふふふ、会長さんにそう言っていただけると嬉しいわ。」

「ははは、君はワシの一番のお気に入りじゃ! トップになったからといって油断せず、どうか精進し続けてくれよ。」

「ええ、勿論でございますわ。」


加子は恩蔵に、笑みを返す。

それから、少し歩いてから恩蔵は。


「会長、会いに来てくださり光栄ですわ。」

「おやおや……これはこれは。君は?」

「……大河悠と申します。」

「おお……ええと、どこにいたかな?」

「……あ、はい……」


トップとそうでない者の差は、こういう所に出る。

慣れていることながらも悠は、悲しい気分である。


「その、脇に立つ男役でして」

「ああ、確かいたような……ううむ、中々にお美しい。期待しているよ。」

「あ、はい……」


最後に社交辞令を言ってもらえただけマシかと、彼女は思うことにした。


◆◇


「……いるのかい? 全く、モギリにあんな手紙を渡させて、取引がバレたら……ん?」


役者も観客もいなくなった深夜の劇場を訪れた恩蔵は、呼び出した相手がいないことに気づく。


「何だ? ……まったく! そもそも、上演中に取引は行う手筈だっただろう! こんな深夜の劇場で……!?」


ふと、何やら硬いものが後ろから頭に当てられているのに気づき、恩蔵は驚く。


「なっ……」

「手を上げてもらおうか。」

「……ほう、何者か?」


銃口を向けているのは勿論、郁夫だ。


「名乗ってやってもいいが、お代を頂戴する。」

「……その声は、手紙を渡してきたモギリか。」


恩蔵は手を上げながらも一矢報いんとばかりに言う。


「……ならば、そのお代はチケット代で!」

「おっと! ……生憎、それは一銭も俺には入って来ていないのでねえ!」


身を翻し、手にしていた鞄で殴り掛かる恩蔵を、郁夫は難なく躱す。


「そうか……ならば、これをくれてやる!」


恩蔵はたちまち、鞄から吸引器(ガスマスク)を取り出しつける。


その管は未だ、鞄の中につながっている。


「おっと!」


鞄からは弾丸が途切れることなく放たれ、客席を蜂の巣にしていく。


「なるほど……それが今日、設計図を横流しする予定だった新型爆炎機関銃(ばくえんマシンガン)か!」


郁夫は弾丸の雨を躱しつつ叫ぶ。


「ははは! その拳銃でどこまで太刀打ちできるかな? ……いや。」


恩蔵は鞄から弾丸を放ち続けたまま、劇場を離脱する。


「待て!」


逃すまいと、郁夫は追いかける。


◆◇


「くそっ! どこに……」

「ここだ!」

「ぐっ!」


劇場の外、裏に出た郁夫は恩蔵を探す中。

置かれていた巨大な箱の中から、急襲される。


その、中身は。


「くっ……最新式爆炎機関銃搭載型、大絡繰人形(ロボット)か!」


恐らくは恩蔵が乗っていると思しき、大絡繰人形だ。


「さあ、この巨躯に潰されろ!」


恩蔵の叫びと共に、飛び道具を搭載しているはずの大絡繰人形は郁夫に突っ込んで行く。


「これはこれは……人力機関(じんりききかん)、始動!」


郁夫はさしてたじろがず、指をパチンと鳴らす。


と、その時。


「ぐわっ!」

「行け、脳筋共! 頭突きだ!」

「うるさい、もやしっ子! 遅い!」


郁夫の後ろの地面より踊り出た、もう一つの大絡繰人形が恩蔵の機体を受け止める。


郁夫がそのもう一つに向けて放った声には、女の声が返る。


「ぐっ……な、何だと!」

「さあて……名乗り代は後払いでいいや。では。……大上政府直属・人力機関所長、名月郁夫だ。よろしく♪ 」

「この……!」

「……さあて、行こうか人力機関搭載型大絡繰人形・智炎(ちえん)!」


自ら智炎と呼ぶ大絡繰人形に飛び乗り、郁夫は上機嫌にて言う。



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