確実な死
一時間後、俺は通路の奥から、すでに闘技場の真ん中で待っている相手の姿を見た。獣人の娘との戦いに難なく勝ち、次の対戦相手であるジョンが待っているのだ。
それにしても先ほども見たのだが、何度見ても奴の格好にはあきれさせられる。バカなのかアホなのかと考えさせられるよりもあきれるという考えのほうが最初に来るのだ。前まで地味な、戦いの格好としては普通だったにもかかわらず、今では銀色の光沢のある鎧に金の刺繍が施されたマントを羽織っている。戦い直前にマントを脱ぎ捨てるのがお約束なのだが見るたびにこちらが恥ずかしくなってしまう。
今頃闘技場の職員がジョンに賭けて倍率を下げていることだろう。結果の決まっている試合に賭けるとは観客たちもみじめなものだ。俺はそんなことを考えながらメイスをもって外へと出る。戦いを今か今かと待ち望んでいた観客たちから歓声が上がった。
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戦いは順調に進んでいた。何とか時間を稼ぐことができているのだ。本当の殺し合いなんて同じ条件、互角の実力ない限り3分もあれば終わる。そのため、俺が相手を倒すのも今まで死んできた経験からわざと隙を作ってすぐに殺されることもできる。しかし、俺は試合に5分以上の時間をかける。観客たちが試合中に金を賭ける時間を稼ぐ必要があるのだ。
だが、そろそろ決着をつけなければならない。ジョンの息が上がってきたのだ。俺の回復能力欠点といえば、相手の体力を考えて戦わなければいけないということで、下手をすると体力の尽きた相手が降参してしまう。一応ジョンも戦いを生業としている身であり、身体強化をして戦うことができるが、常に魔力を流しつつ気絶しないように魔力を残しながら戦うのは難しい。そこに気を使いながらと、素で同じ能力で戦うのは大きなハンデだ。
俺は覚悟を決めてジョンに向き合う。八百長。金だけ見ればローリスク・ハイリターンだが、信頼というものを担保にしてだましているからこそ成立しているのだ。たとえ死んだふりでもしようものなら大問題になる。そこで俺は確実な死を見せることを求められている。死んだふりなどできないような確実な死を。
俺の下から上に振り切った剣はジョンの頭を掠るようにして高々と上がる。この瞬間を見逃すようでは剣闘士自体やっていないだろう。鎖帷子もつけず、無防備となった鎧と兜の隙間にある首輪すら避けて剣の切先が刺さり、そのまま奥へと押し込まれて、引き抜かれる。
剣で掻っ捌かれた俺の首からは血しぶきが上がった。それは相手の顔を真っ赤に染めるほどであり、その死はだれが見ても疑いようのない確実な死だった。
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八百長試合のあと、俺はしばらく休むことになった。なぜなら鎧がないのだ。どんな鎧かこだわらなければないこともないのだが、奴隷の来ている鎧はそれぞれ独特なのだ。というより独特でなければならない。
前に死んだはずの奴隷と色違いというだけだったり、少ししか変わらないといるものだったりしてはならないのだ。そのため、毎回鎧のデザインを考えなければならないのだが、なかなか決まらず俺の休みが長くなるばかりだった。
結局それから2か月、俺は試合をせず練習だけの日々を過ごすことになった。