闘技場の奴隷
目が覚めた俺は立ち上がり兜を脱いだ。そこは三方が壁で囲まれ、正面に鉄格子の壁と扉が付いた牢屋のような部屋である。しかし何のことはない、闘技場の中にあるいつもの俺の部屋だ。いつも通り俺は全身を覆っている薄く安っぽい毛皮を脱ぎ捨て、部屋の隅にある桶と布で体を拭き清める。
腹を見れば深々と突き刺された傷口は消え、そこを中心に赤茶色の乾いた血が広がっている。どうやら、俺を運んだ奴が足よりも頭のほうを低くして運び込んだのだろう。面倒なことに下半身どころか上半身、首筋まで血が流れていて首輪まで血で汚れてしまっている。
この首輪は俺の所有者、首輪と対になる指輪をしている相手に危害を加えることができなくなり、その相手の命令に従うことしかできなくなるという効果がある。つまりこれは奴隷の首輪だ。そのため外して洗うこともできず、仕方がないので手探りで、見えないところは念入りきれいにいていくしかないだろう。
・・・・・
一通り体を拭いた俺はこちらに近づいてくる足音に気が付いた。
コツ コツ コツ コツ
何度聞いてもイラつく足音だ。
「何の用だ。」
背が低く丸々と太った男、この男こそが俺の所有者でありこの闘技場のオーナーであるバルトだ。そして、訳も分からず異世界をうろついていた俺をただ体がデカいという理由奴隷商人から買って戦わせている張本人である。別にバルトに直接何かされたというわけではないが、俺を奴隷としている以上絶対に友好的には接したくない。
しかし、首輪の対になる指輪をしている以上は殴ることも、命令に背くこともできない唯一の人間だ。現在はこの闘技場から出ないようにという命令だけなので比較的自由だが、ここに来るということは何か面倒なことがあるときだけだ。
「いえ、ちょっとした用ですよ。」
そういうと、バルトは俺のいる部屋の鍵を開けた。俺はバルトの後ろをついて歩くが指には俺の首輪と対になるものがはめられている。しかし、俺にはどうすることもできない。そこに指輪があるというだけにすぎないのだ。
・・・・・
あの日、俺は数人の奴隷たちとともに剣を持たされて闘技場の中心にある広場へと連れ出された。あの時は全くわけがわからなかったが、剣闘士一人が何人もの奴隷を相手にしたよく行われる普通の試合だ。奴隷にとってこの戦いは、相手を殺すか降参させればその日は生きられるというものであったが、何が何だかわららない俺はいとも簡単に殺されてしまったのだ。
普通であればこの時点で俺の人生は終わっていただろう。しかし、その後会場から回収された俺は死体置き場で目を覚ました。生き返ったのだ。この世界に召喚された俺はどういうわけかケガであれば30分、死んでしまっても1時間もすれば治ってしまう驚異的な回復能力をもっていたのだ。
その後、俺は首輪をつけられて、それから今までに幾度となく戦わされ、殺され、生き返ってきた。今では俺も戦いというもの慣れ、よほどのことがなければ負けることもない。なぜなら、わざわざ強い奴が来るところで相手の技や戦い方を一番近くで見て、死にながら覚えていったのだから当然だ。
こうして、俺はあらゆる武器での戦い方やカウンターの仕方もできるようになり、何度も戦った相手であればその攻撃を見ないでも避けることがこともできるまでになった。しかし、そんな俺のことを知っているのは闘技場の中でもほんの一握りだ。
死んだ人間が生き返るなど公にできるものではない。ましてや闘技場にとって強い、戦える奴隷を調達するというのは難しいうえ金がかかる。そのため俺の存在は闘技場の中でも秘匿されているのだ。最近では顔と体が隠れていればどんな格好でもよくなっているが、最初のほうは徹底してばれないようにするために全身を覆う重装鎧ばかり着させられていたぐらいだ。