今更ながらの異世界
すっかり暗くなり、夜風が俺の頬を撫でるかのように優しく吹いている。今まで俺は顔を出すことは許されなかったが、今では自由に顔を出すことができる。フードのようになっている獣の頭を後ろにぶら下げ、顔を出しながら歩く。
それから俺は何週間か歩き続け、とある門にたどり着いた。朝日に照らされている門と旗にある紋章は、闘技場や敵の兵士たちが掲げてたものどちらでもない。ずっとこの世界に触れることのなかった俺にとっては新しい世界についたぐらいの気分だ。
門の両端には兵士がいたが、そのまま素通りして簡単に入ることができた。朝早くではあるが、すでに多くの人が大通りを歩いていて朝市もやっているので非常に混雑していた。俺は恥ずかしさから獣の頭を被り、顔を隠して歩く。なんだか、しばらく顔を出さない間に顔を出すこと自体が恥ずかしくなってしまった。
そんな俺にも、店員が俺に声をかけてきたが無一文の俺にはどうしようもない。手段を選ばなければ金の調達なんてどこでもできるが、そこまで堕ちたつもりはない。それに金などなくてもなんの問題もない。
俺は自由気ままに街の中を歩き回る。街には多くの人間や獣人がいるが、場所によってさまざまな特徴がある。商店街のように左右に果物やパンを売っている店が立ち並んでいるところでは子供を連れた女や巡回している兵士が多く、武器屋や酒場といったところでは冒険者や傭兵と思われる者たちであふれている。こう言ってしまっては何だが、冒険者や傭兵などは前の世界の基準で言えばどいつもこいつもならず者にしか見えない。このままいくと何か面倒ごとに巻き込まれそうな予感がしたので俺は裏路地に入った。
路地に入り一本裏の通りに出ると、さっきの人通りが嘘のように閑散としていた。それもそのはず、一本裏の通りは店の裏口が向き合う何もない通りだったのだ。木箱や薪、空の樽などが積み上げられ、路地の向こう側から表通りの喧騒が聞こえるだけだ。
裏通りを歩き、適当に表通りに出られるほかの道を探す。
・・・・・
「どけっ!」
それはいきなりのことだった。店の立ち並ぶ端、表通りと交差するそこそこ大きな道に出られると思った時、店と店の間にある路地から短剣を持った男が飛び出してきたのだ。だが、路地から聞こえてくる騒ぎ声は先ほどから聞こえていたので驚く必要もない。体を回転させ、そのまま男の顔面に裏拳を打ち込む。
「うぐっ!」
避けた俺の横をすり抜けようと思っていたのだろう。まともに裏拳を食らった男は走っていた勢いのまま俺の腕の下を滑り込むように倒れていく。完全に気絶しているのを見ると、そのまま男が現れたほうを見る。男が向かってきた理由があるはずだ。
路地から現れた獣人の顔には見覚えがあった。リヨンだ。また何か面倒ごとに首を突っ込んだ結果こうなったのだろうか、状況的にリヨン名が何らかの理由で男を追いかけていたのだろう。俺は何も言わずにリヨンの横を通り、路地を横目でみる。そこには倒れている男が二人と少女がいた。何があったかは容易に想像がつく。俺はそのまま交差している道に出て街を後にした。