第二章 第一話 戦士の村
【第一章あらすじ】
人形としてこの世に生を受け、少女と共に人間世界のことを知った元風の精霊。少女の成長を暖かく見守りつつも、母なる地球の使命の一端さえも見つけられぬままこの世を去ることになってしまった。
そして次に待ち受けていたのは、過酷とも言える日常だった。
【作者よりひとこと】
この、第二章に関しては、ストーリーが定まっていないにも関わらず、ほぼ無理やり捻り出して書いたもので、わたしのホームページに苦し紛れに載せたものを修正したり付け加えたりしてこちらに転載しています。それにより、もともと下手くそなのに、さらに読みにくい表現やおかしな表現になってしまう部分があるかと思いますが、見直しておかしいと思った部分については、気がついた時に順次修正をしていますので、ご了承いただいた上で生暖かい目で見守っていただければ、作者は泣いて喜びます。
私は、転生時に忘却の水を飲まざるを得なくなり、不本意ではあったが忘却の水を飲み、現世ではそれ以前の私の記憶(風の精霊であった時のことや、人形であったときの事)をすべて忘れていた。そして今、私が生きている場所は戦争中のとある国のとある場所にある村で、どんな立場であろうとも、そしてどんな状態であろうとも、『生きている』事が最大の恩恵であるかのような世界だった。
私は幼い頃から自分の意志で武器を持ち、敵に立ち向かっていた。その行動力は、他のどの戦士よりもすばやく、そして確実だった。なにより今までと違う事は、私には『守るべき人物』が居た。それが私を不撓不屈にしていた。幼い時から今まで、それは変わらなかった。
毎日のように敵の狙撃を恐れ、それを必死に避けながら村から村へと渡り歩き、食料を手に入れたり水を運んだりしていた。毎日のように空を見上げているにも関わらず、澄み切った空に迫り出している入道雲さえ目につかぬほど、張り詰めた緊張の中にいた。歩くときも、走るときも、常に足跡をつけぬよう気をつけながら足を運び、夜には夜襲と男共の暴君ぶりに耐え、寝ているときでさえ安心できぬほど切り詰めた緊張感の中に居た。
ある夜、その日一日中村から村へ渡り歩き、敵の偵察と食料や雑貨を仕入れに出かけ、へとへとになって自分の住んでいる小屋へ戻る途中、一人の女性が私の所に走って来た。マーサだ。隣に住んでいて、自分の母親とは若いときから親しい間柄の女性だった。
「キース!大変だよ!アルダが!!アルダが!!」
それだけを聞いて、私はすぐさま家に向かって走りだした。
家の前には人だかりが出来ており、私は野次馬達の間をぬって騒ぎの中心に入って行った。母親が倒れており、傍らには鞭を持った男が居た。この男はマッドといい、以前から母親ばかりをいたぶっている人物であり、私にとっては憎むべき相手であったが、兵士としては私の上官であり、この村の隊長でもあった。しかし上官であることを鼻に持ち、私以外でも彼の気にいらなければ誰でも即彼の鞭の餌食になることもあったため、他の村人からも恐れられていた。
私は自身に沸き起こる怒りを収めるかのように静かに深呼吸し、母親の傍に駆け寄っていった。母親は鞭打たれ、気絶寸前だった。
「一体これはどういうことですか?」
ただ一言だけ、私はマッドに言った。マッドは憎憎しげに私を睨みつけ、母親を罵り始めた。
「こいつはこの俺様の服に水をかけやがったのさ。口も利けぬごくつぶしのくせに!息子が長のお気に入りだからと言って図に乗りやがって!その思い上がりを叩き直してやっていたのさ!」
とんだ言いがかりだった。この世知辛い村に於いては、この村の男達は、自分よりも弱い者に対していつもこんな言いがかりをつけては、一日の憂さを晴らすのが日課だった。ほぼ毎日何処かしこでこのような事態が起っていたが、とりわけ私の母はその槍玉に挙げられることが多かった。村人は、私が入っていったことでなにやら一戦が始まるのを期待しているかのように、私たちを取り囲んで興味半分で見ていた。
母親は私の腕の中で小刻みに震え、私の顔を見やり、必死の形相で顔を横に振っていた。『私はなにもしていない』と必死に訴えているようだった。私には母がなにもしていないことは解っていた。それゆえ、私はこの男に対して、憎しみにも似た怒りを覚えたが、自分の上官に逆らうことはこの村では禁忌であり、ここで逆らえば自分で自分の首を締める結果になる。それゆえ、私は何も出来ぬ自分にさえ腹が立った。そのことを知っているかのように、マッドは私を見やり、にやっといやらしい目つきで睨みつけ、さらに付け加えた。
「俺様がお前の母親の教育をしてやったのだ。お前も俺様に感謝すべきだろう。お前が俺様に言う言葉はなんだ?言え!」
ここで逆らうわけにはいかない。しかし母をなんとかして救い出さねば・・・。私はひとつ大きな深呼吸をして言った。
「母は隊長に謝っています。それで勘弁願えないのでしょうか。」
周りに居た無責任な野次馬共がざわめいた。まるで私に『逆らえ』と言っているかのように。
マッドはトマトのように顔を真っ赤にして怒りを露わにしていた。次の瞬間、マッドは私に向かって鞭を振り下ろした。母を庇った私の背中に激痛が走った。
「この親にしてこの子ありとはよく言ったものだ。母親同様、貴様も思い上がっているようだな。この俺様に逆らうというのか!」
マッドはそう言うと、幾度も幾度も私に容赦なく鞭を振り下ろした。激痛に耐えて歪んだ私の顔の下で、母親が涙を流しながら震えていた。鞭の衝撃で私の背中の服は破れ、露わになった皮膚から血が滲んでいた。一頻り鞭が振り下ろされ、疲れからか鞭の勢いが弱まった頃、村の長であり、私のよき理解者である老齢のガラドがマッドに向かって言った。
「そろそろ勘弁してやったらどうじゃ。お前も気が済んだじゃろう。」
隊長とはいえ、村の長に逆らうことは出来ない。ガラドにそう言われ、マッドはしぶしぶ鞭を収めた。そして私に唾を吐きかけると、自分の小屋へ向かって行った。
私は母親を抱え、背中の痛みに耐えながら長に一礼して家の中に入った。母親をベッドに寝かせ傷の手当てをすると、となりに住む母の友人のマーサがガラドと一緒に入って来た。マーサは私の背中の傷の手当てをした後、台所で私たちに食事を作ってくれた。マーサが私の世話を焼いてくれている間、私はガラドと話をした。ガラドはかつてはマッドのような暴君であったらしいが、歳を負う事に自分達のやっていることの空しさを感じ始め、私が生まれる少し前頃辺りからはとても穏やかな人柄になっていったらしいと後に聞いた。私が生まれる時、ガラドの奥様に世話になったことから、私は実の孫同然にかわいがって貰っていた。ガラドは自身の伴侶にやさしい眼差しを送りながら言った。
「あの男も、自分にとって大切に思える人物が近くに居れば、きっともう少し態度を改めてくれると思うのじゃがのう。しかし、この戦争が終わらなければ、それもかなわぬことなのかもしれぬ。」
「この村の掟を変えることは出来ないのですか?」
私は素朴な疑問をガラドに投げかけた。ガラドは困ったというような表情で私を見つめ、そして言った。
「かつてはキースのように、この村を変えようとした人物が居た。その者はキースと同様、心根の優しい男であったが、挑まれた一騎打ちで負けてしまってのう。そのまま帰らぬ人となったのじゃ。それ以来、誰も掟を変えようとするものはおらん。わし自身が掟を変えることも出来たかもしれぬが、それでは他の村や村人にも示しがつかんのでの。村の掟を変えるのは至難の業じゃて。」
「この村を出て、他の地で暮らすことは?」
「それは、この村だけではなく、本国をも裏切ることになるぞ。見咎められれば、その場で命が亡くなるじゃろう。生きていける補償はないぞ。」
「では、どうすることも出来ないのですか?このまま、責め苦に耐えて行かねばならないのですか?」
「そうじゃ。じゃが、お前なら何とかできるやもしれぬ。掟を変えてなお、生きて暮らすことができるやもしれぬ。じゃがこれだけは約束しておくれ。決してこの老いぼれを心配させるような事はせぬと。」
この時、目の前のテーブルに質素な食事が運ばれて来たので、話はそこで終りとなった。ガラドとガラドの伴侶、そしてマーサと母親のアルダ5人で、ただ黙々と生き延びる為の食事をした。人心地着いたとき、ガラドが眠い目を擦りながら部屋を出て行った。マーサは今まで溜まっていた事を吐き出すかのようにしゃべりまくった。
「大きな声じゃ言えないけどさ、あたしらの扱いの程度の低さったらありゃしないよ!あたしらをまともに相手してくれるのは村長とキースだけさね。アルダや。あんたはいい息子を持って幸せだねぇ。うらやましいよ。あたしも子供を身篭った時、無理して下ろさずに産んでおきゃよかったよ。キース、傷は痛むかい?ああ、でも明日になって、キースがあの嫌な上官に嫌がらせされなきゃいいんだけどねぇ。あたしゃそれが心配だよ。」
マーサからこの言葉を聞かされるのはいつものことだったのであまり気に留めぬようにしていたが、今日のような事があるたび、いつもなら気に掛けない言葉が私の心に深く、そして黒く浸透していくようであった。
次の日、村中がなぜか慌しかった。どうやらガラドとマッドの所に本国からの連絡があったようだ。同じ国から派遣された私たちの同胞の、同じようにこの国に来て最前線で戦っていた他の村が敵襲にあったらしい。そこで私たちの村では急遽、作戦を開始することになったようだった。詳しいことは作戦説明まではあまり聞かされないが、同じ同胞の、敵襲にあっていない村総出で今回の作戦に当たるらしい。私以外の男連中は皆、一様に不満を述べた。と、言うのも、自分達だけで行う作戦なら成功する確率が高いが、他の村との連携作戦では、他の村の連中が自分達の足を引っ張ることになると言うのだ。
作戦のメインの目的は、敵につかまり、捕虜となった同胞を救出することだった。そのため、救出に向かう人数も多い方が良いと本国は判断したらしい。いつもなら私は、作戦の成功、失敗の心配よりも村の、それも自分の母であるアルダのことを心配する(私がいない間に、村に残った男連中から母が甚振られることが過去に何度もあったからだ)のだが、今回はガラドを残し全員で作戦に当たる為、その心配は無用だった。但し、女子供しか残っていないこの村が敵襲に合えば話は別だが。
作戦の説明がなされた。急襲を受けた村周辺には罠も多数あるため、いつもの小隊を分割させそれぞれのチームごとに作戦を遂行することになり、私はひとつのチームを任されることになった。チームの中には、統率するもの、攻撃に長けているもの、罠などを仕掛けることに長けているもの、潜入捜査が得意なものが、長によって均一に振り分けられていた。その中でも統率するものの立場は、チームの仲間の命を預かると同時に、その判断により、作戦の成功・不成功が決まる為、かなりの重責を背負わされることになる。作戦開始から終了までの間の長い時間その重責から逃れることは出来ず、精神の弱いものは長い作戦の間に、精神に異常を来す場合もある程だという。その重大な役割を私がすることになった。
チームのメンバーは、破壊工作専門で、あらゆる罠の設置や解体を得意とするスノウ、スナイパーのシンとライン、偵察隊のラックとアーニー、そして私だった。スノウは私とは幼馴染で、子供の頃はいつも2人で、いたずらをしていた。シンとラインとラック、アーニーは、私たちより少し歳が上ということもあり、本国からの派遣で来たということもあって、村のほかの男同様、傲慢な性格だった。
「ちっ。こんな若造のチームなんてよぉ。しかも第一部隊だぜぇ。一番帰ってこれるかどうか解らないチームなんだぜ。俺は本国に家族が居るんだから、くれぐれも変な行動なんかするんじゃねぇぞ。リーダーさんよぉ。」
シンが私に意地悪く言った。シンの行動を見ると、本国に女房、子供が居るとは到底思えない。それほどまでに傲慢な性格の持ち主だった。スノウはシンにわからぬよう、私にぼそっとつぶやいた。
「あいつ、仕事の邪魔をしなければいいんだけどな。ああいうやつに限って、失敗して俺たちに罪を被せるんだよな。」
「そう言うな。あいつだって、仕事は完璧にこなさなければ、本国に帰るに帰れなくなるんだからな。」
私はスノウを落ち着かせようとして言葉を返した。私たちの会話が聞こえたのか、シンとその仲間達が私たちの方をジロッと睨んだので、話を区切るかのように私はチーム全員に聞こえるように言った。
「作戦は明日だそうだ。それまでに、各自準備しておいてくれ。」
私のこの一言で、みんなは散り散りに散って行った。スノウはうれしそうに私の腕を掴み、まるで無理やり握手させるかのようにして手を握り言った。
「作戦は明日か。またお前と仕事ができるな。よろしく頼むぜ。まあ、お前のことだから大丈夫だとは思うが。頑張ろうな。」
お互いに、明日からの過酷な作戦を無事に終えて、この村に戻って来れるようにと願っていた。
救出作戦開始前の準備の時が来た。まずは第一部隊である私たちの出陣となる。私たちは偵察が主な任務内容だが、第一部隊は最も敵を観察できる立場であると同時に、最も敵の目を引くことになりかねない為後に続く部隊よりも危険であったが、命を捨てるつもりがないことはチーム全員一致した考えだった。私は不安気な面持ちの母の見送りを受け出発した。敵の陣地に入る前に、私は敵襲にあった村を訪ねることにした。ちょうど通り道でもあったので、チームの反対を押し切り、不満をぶつけてくるシンやその仲間達の事も眼中に入れずに村に向かった。
村に近づくにつれ、徐々に木々が焼け落ちている箇所が多くなったことに気がついた。焚き火より大きな焼け焦げがあちこちに見られるようになり、木々はてっぺんの辺りがなくなって不恰好に生えているものもあれば、片腕を落されたかのように枝が鋭利な刃物で切られたような跡もあり、木々の幹には無数の切り傷と穴があり、当時の惨状を物語っていた。
偵察部隊のラックが地面観察しながらつぶやいた。
「敵は相当訓練された部隊らしいな。ここにつくまでの間は、敵が動いた形跡なんか全くなかったのに、ここはかなりやられてる。敵はかなりの人数だったに違いない。この作戦はかなり難航しそうだぞ。ちっ。なんだって俺たちがやつらの救出なんかやらなきゃならないんだよ。本国のやつらも甘いぜ。つかまったやつらなんかほっとけばいいのに。」
「いや、つかまったやつらの中に、本国でも重要な地位にいるやつがいるらしい。そいつが誰かは村長と隊長にしか知らされていないらしい。俺でさえ、詳しくは教えてもらえなかったからな。」
シンが、警戒を怠らずに前進しながらラックに言った。シンはマッドとは昔付き合いがあったらしく、シンの姑息な、いわゆる『自分より強い者には媚び諂う』態度のおかげでマッドのお気に入りだったので、事前に情報をいくつか掴んでいるらしい。まあ、その点では、私もガラドからいくつかの情報を貰っていたので同じ穴のムジナと言えるのではないだろうか。シンの言った情報はすでに私も知っていたことだったが、あえてそれを口にする事はなかった。
スノウが突然、地面に何か気になる箇所を発見した。それは今まで見てきた焼け焦げではなく、かなり広範囲に渡り焼け焦げている場所だった。焼け焦げの中には、人の形をし、まるでそこに黒ずくめの人間が倒れているかのような跡になっているものもあった。静かに注意しながら近づき、辺りを見回して一番気になる場所で屈んだ。ラインはその様子を見て、なにをばかばかしいことをやっているのかと言わんばかりで何か言葉を発しようとしていたが、それをシンが抑えた。スノウが近づいた地点に、シンも何かを感じたようだった。そしてラックとアーニーも・・・・
スノウの傍にアーニーが、スノウとは別の『気になる』場所を調べ始めた。スノウが調べていた場所から固形の物が見つかった。丁寧に、慎重に、汗だくになりながら調べ始めた。
「これは地雷だぜ。これはもう爆発しちまったやつだから安心だが、まだ埋まってる可能性はあるな。」
スノウは他の場所も調べ始めた。アーニーも同じく地雷を見つけていた。次々に見つかる、まだ役目を果たしていない地雷の芯を取除く作業に全員で取り掛かった。この時ばかりは誰一人として文句も言わずにただ作業に集中していた。もちろん、その間周囲の警戒は怠らなかったが。
私はスノウが作業に取り掛かっているとき、はるか遠くで地面を掘るような音を聞いたような気がして、辺りを見回した。目を凝らしてみたが、何も見えない。しかし風がこちら側に向かって吹くと同時にザックザックと土を掘る音が聞こえた。他のメンバーは誰一人としてその音を感知している者は居なかった。私は最初、空耳が聞こえたのではないか、実は何の変哲もない音が土を掘るような音に聞こえたように感じただけだったのかわからなかったが、しばらくすると、またしても奇妙な音が聞こえてきたので、今度は自分の耳を信じて、円形に陣を組んでいるチームのメンバーに悟られないよう、辺りを回ってみる事にした。
村のすぐ脇に林があり、その中に入っていくと、どこからか土を掘る音がした。やはりあの音は空耳ではなかったのだと私は確信した。いつ敵が現れるかわからないその場所で一体誰が何をしているのだろう。好奇心だけが私を支配していた。私はその音の主が誰かを確かめてみたくなり、警戒しながらそっと音のする方に近づいてみた。
そこには、歳の頃なら10歳かそこらの、男の子供がいた。傍らにはなにやら黒いものが置いてあったが、私の居る場所からは木々が邪魔をしていたので見えなかった。子供は、自分の体よりも大きいスコップを持ち、しゃにむに土を掘り起こしていた。警戒はしていたが、私はその小さい人間にとても興味が湧き、音を立てず、気配を殺してもう少し近づいてみた。
男の子は涙をその小さな目にいっぱい溜め、涙が流れるのも気にも止めずにすすり泣きながら、しゃにむに穴を掘っていた。傍にあった黒い物体は、あちこちが崩れてはいたが、人の形をしているようだった。
男の子が穴を掘っている時、私は堀り途中の穴の中ほどに、異様な物体を発見した。しかしその男の子には見えていないのか、全く気にもとめずに穴を掘っていた。私にはその穴の中の異様な物体の正体が何であるのかが一目で解り、全身から血の気が引くのを感じた。私は自分の立場やその子の身元を確認するのも忘れ、その子の手からスコップを取り上げようとした。 振り下ろそうとしたスコップが自分の意志とは関係なく振り上げられたまま動かなくなったので、ようやく男の子は我に返り、私に気が付き驚いていた。私はスコップを握りしめたまま男の子に言った。
「やめるんだ。あそこに地雷が埋まってる。あれをこのスコップで突付けば、間違いなくお前の命はここで終わる。」
ドロだらけ、汗だらけ、その上涙が流れた所に土や埃が付き、見るからにみすぼらしい顔をした男の子が私を見上げ、私の言った言葉を理解しようと頭をフル回転させているであろう表情をしていた。私がスコップを握っている手の力を緩めた隙を突いて(偶然そのときに思い立ったのかもしれないが)男の子は私から弾かれたように離れた。私は男の子の行動を物ともせず、静かに穴の中に埋もれている石のような物体を注意しながら丁寧に掘り出した。男の子はそれが何であるかがようやく解ったように、言われた通りその場で大人しくしていた。そして私に対する警戒を解き、安心したかのような表情に変わっていった。
「俺を助けてくれてありがとう。」
涙を拭いながら男の子は言った。
「この、黒いものは、あの林を抜けたところで敵にやられて死んじまった俺のとうちゃんなんだ。俺はとうちゃんの墓を作っていたんだ。」
男の子はそういうと、私に向かってにこっと屈託のない表情で笑って見せた。強い子だ・・・。私はその子の頭をくしゃっとなで、その子に背を向けながら言った。
「この辺りは地雷が多く埋まっているようだ。墓を掘るつもりなら用心することだな。」
「うん!解ったよ、にいちゃん。俺だって、とうちゃんから武器の扱いや敵と遭遇したときにどういう行動をすればいいか、教えて貰ってたもん。絶対に生きて、やつらに一泡吹かせてやるんだ!それまでは死ねるもんか!」
明るく言った男の子からは、新たなる決意が湧きあがっているように思えた。そしてその子を背にし、私は仲間の所へ帰って行った。
戻る途中でシンに出会った。スノウはまだ解体作業をしていたが、途中で私がいないことに気が付き、私と同じように、他のメンバーの作業の邪魔をせぬように私を探していたらしい。私を見つけたとき、シンは不信感を露にした表情をしていた。
「おい。リーダーさんよ。一体何をやっていたんだ?なんであんたは俺たちを置いてこんなところをほっつき歩いていたんだ?」
よりによって、私は一番見つかりたくないやつに見つかり、心臓が早鐘を打つのを感じたが、そんなことはおくびにも出さず、何事もなかったかのように言った。
「物音がしたので気になってな。敵かと思って見に行ったが、なんでもなかった。」
「ほぉ。なんでもなかったのか。おい!こんな所で油を売る暇なぞ、俺たちにはないんじゃないのか?目的地にさっさと行かねぇで、変な場所で油を売っていたと隊長が知ったら、合流した時にあんたはどういう目に遭うんだろうな?」
シンはにやりと笑い、私を軽蔑した目で睨んでいたが、私はシンを無視するかのように、それ以上のことは言わず、仲間達と合流した。スノウ達の作業が終了し、その後で私たちが居ないことに気が付き、お互いに相手が(ラックとアーニーは私が、スノウはシンが)逃げたのではないかと言い合い、取っ組み合いの喧嘩をしたらしい。スノウの顔にはあちこちに痣や腫れがあった。ラックとアーニーの顔にもまた、スノウと同じような痣や腫れがあった。
私はみんなに男の子のことを気づかれぬようにして、偵察をしていたと説明し、何事もなかったかのように先を急ぐことを告げた。シンはライン達にこそこそと話をしていた。どうやらシンは私のやっていたことの半分は見ていたに違いないと覚悟した。シン達は話しながらわたしの方をちらちらと見、ほくそえんでいた。
しばらく行くと村が見えた。村は人の気配が全くしなかった。そしてあちらこちらにたくさんの敵、味方が事切れて倒れていた。女子供も死んでいた。生まれて間もない乳飲み子や、乳飲み子を抱えた女、幼い子供が自分も戦おうとしたのか、武器を持ったままで死んでいた。家の屋根もほとんどが穴が空いていたり燃やされていたり、屋根だけではなく家そのものを焼かれていたり、焼け焦げだけではなく、剣や斧で攻撃された跡があちこちにたくさんあった。地面を見ると、あちこちに血痕があり、数え切れないほどの足跡の他、馬の蹄のような跡も沢山残されていた。
「こりゃ、ひでぇ。」
スノウが村に入るなり一言発した。
シン達は私の行動がよっぽど気に入らなかったと見えて、村に来てからも私に脅し文句を欠かさなかった。
「道草食ってる場合じゃないぜ。隊長のいるチームが俺達より先に目的地に着いたら、お前さんは言い訳できなくなるぜ。こんなことは無意味だ。」
スノウと私はシンの言葉を無視して村の惨状を見て回った。ある一軒の家に入ったスノウが、私を呼んだ。
「キース!ちょっと来てくれ!」
急いでスノウのいる場所に行くと、スノウは地面にへばりついていた。その地面には、ちょうど私達くらいの年の男の指が一本分あるかという太さの筋が見つかった。スノウは用心深く、その筋を指でなぞり、厚く積もった土を払いながら筋と筋をつないでいった。何かの紋章のように思えた。その紋章を、まるで額縁にいれたかのように、外側にももう一本筋が見つかった。その筋をたどっていくと、四角の底辺あたりの筋に、私達の年の男の指二本分の太さになっている場所があった。スノウがその一番太い筋に指を入れると、ずぶずぶと中まで入っていき、とうとう第三関節あたりまで入ってしまった。慌ててスノウがその指を抜こうとすると、紋章の書いてある部分が少し持ち上がった。
「どうやらこれは何かの蓋みたいだな。」
そう言って、スノウは土と埃だらけの蓋を持ち上げた。私はスノウを手伝い、その蓋を二人がかりでようやく取り除くと、蓋は紋章を下に土埃を上げて倒れた。そこは地下室になっているようだった。私達はなぜこのようなところに地下室があるのか訝りながら、そっと階段を降りていった。
階段の下には、重要な人物か、もしくは位の高い身分の人が仕事をしていたような部屋だった。ちゃんと使われていたころにはとても整理され、小奇麗にされていたのだろうが、敵襲によりかなり争ったようで、あちこちに書類と見られるものが散らばっており、地下室の上の家よりも多く、誰の物とも解らぬ血痕があちこちについていた。血痕付きの書類と思しき紙っきれの一枚に、何かのサインと思えるものが書かれていた。私もスノウも、本拠地である戦士の村で生まれ育ったため、字を習うこともなかったので、散乱した紙の文字を見ても、なんと書いてあるのかは解らなかった。物珍しそうにスノウが一枚を拾うと、シンが紙を覗き込んで言った。
「それは何かの命令書だな。まあ、俺達には関係のないものだ。そんなものに気を取られていないでさっさとここを出ようぜ。さもないと、俺が隊長に告げ口するまでもなく、お前らは仕置きされることになるぜ。」
せせら笑うように言い捨てると、シンはさっさと階段を上って行った。私は何かの役に立つかもしれないと思い、血痕付きの紙の一枚をポケットに入れ、スノウと一緒に階段を上ろうとした時、足の先に何かが当たったような感触を覚え、足元を調べた。そこにはやはり紋章のようなものが刻まれた印鑑のような物があった。象牙で作られており、紋章のようなものが刻まれた所とは反対の、恐らくは手に持つ所であろう場所には、蛇をかたどった飾りが彫られていた。それを私は無造作にポケットの内側にしまい込み、スノウの後を追って階段を上がった。
目的地はこの村から約15キロ離れた場所に位置していた。この目的地で一晩状況を確認し、明日からの本来の目的のための会議が行われる予定になっていた。惨劇の遭った村を私達が出たあたりから、急に雲行きが怪しくなってきた。そして5キロ歩くか歩かないかの間に雨が降ってきた。私達は足跡をつけぬよう用心しながら先を急いだ。10キロ歩いた辺りからはすでに辺りは暗くなり、雨足は強くなって、とうとう足跡を気にしなくても雨がすぐに足跡を消してくれるまでになっていた。
びしょぬれになりながら、私達は目的地に着くとすぐさま、敵の目につかぬ場所にテントを張った。ここは敵陣からは目と鼻の先であるため、特にこれからは用心しなければならない。テントを張り終わるとすぐに第二陣、第三陣と仲間が到着し、第三陣の中にマッドが本国の連中と一緒にいた。マッドがテントの中に入ると同時に、シンもテントの中に入って行った。私達の『道草』を報告するのが目的であることは手に取るように解った。私とスノウは飲み水を確保するために、瓶を雨が一番当たる場所に置いた。
シンがほくそえみながら、私達を呼んだ。私はその指示に素直に従った。案内されたテントの中は、今まで明日からの細かな作戦の会議だったらしく、白熱した人の熱気と、長距離の歩行とじめじめとした雨の放つ水蒸気で濛々(もうもう)としていた。その奥には、マッドが私達を睨み付けながら立っていた。シンはマッドの傍で相も変わらずほくそえんでいた。
「お前達、ここに来るまでのことで報告することがあるそうだな。」
マッドは横柄にそう言った。私は敵襲に遭った村の調査をしていたことを報告したが、地下室の中にあった印鑑のようなもののことや、何かの書類のような物のこと、そして地雷の犠牲にあった父親の墓を作っていた男の子の事は隠していた。いや、実際には隠すつもりはなかったのだが、報告の時にはなぜかそのことは口から出なかった。私の報告を聞き、マッドはさらに私を睨みながら言った。
「それだけか?そこで何かを拾ったのだろう?俺様が何も知らぬと思ったのか!拾ったものを出せ!」
私は内心ギクリとした。そうか。スノウ以外の者は誰も私が何かを拾ったことなど知るはずもないと思っていたが、実はシンが見ていたのだ。しくじった。しかし私は平静を保ちながら、地下室で拾った紙切れを渡した。マッドは紙切れを見るとくしゃくしゃに丸めて床に叩きつけた。
「こんなものではない!他に拾ったものがあるだろう!出さないか!」
やはり隠し通せるものでは無かった。仕方なく私は印鑑を取りだし手渡した。
「こんなものを見つけていたのか。これが何を意味するものなのかは解らずともよい。だが、なぜこれを拾ったことを報告しなかった!」
とうとうマッドがキレた。それと同時に、テント内にいたほかのチームの連中や雨宿りをしていた人々がみな一斉に外に出た。これから何が起こるのかを予測しての行動だった。スノウは青い顔をして私の横に立っていた。私はスノウを片手で押し、テントから出るように合図した。心配そうに私を見つめながら、スノウは自分自身との葛藤と戦っているように見えた。マッドは片手に鞭を持ち、私とスノウを睨みつけながらずいと前に出た。私は覚悟した。そのとき、スノウが私を庇うようにして前に立ちはだかり、マッドに向かって言った。
「隊長。自分はキースが拾った物の事を知っていました。知っていて、隊長に報告しなかったキースに注意しませんでした。自分もキースと同じように罰を頂く身ですか?」
私は驚いた。スノウが私を庇ってくれている。だがスノウの言っている事をマッドがどう受け止めるかによっては、逆効果になる場合もある。しかしそうと解っていたとしても、スノウのこの行動はとても嬉しかった。私とスノウは生き残れる可能性がほとんどないに等しいあの村で生まれ育った。ここまで二人ともが生き残れたのは、お互いに友情と言う名の絆で助けあったからこそなのだ。二人ともお互いの事を大切に思っていた。だからこそ、私はスノウの行動が必ずしも正解であるとは思えずにいたが、それとはうらはらに嬉しがっている自分がそこにいるのも事実だった。
「スノウ、いいから行け。」
私がそう言うと、スノウは困惑した表情になった。マッドは私達の行動に余計に腹を立てた様子で、顔を真っ赤にして今にも頭から湯気が出そうだった。
「いいかげんにしろ!二人まとめて叩きのめしてやる!そこへ跪け!」
テントに他のチームのメンバーが戻ってきたのは、雨が止み、空にはまるで昼間の雨模様が嘘だったかのような明るい、それでいて優しい星々の光が戻って来てからであった。私達はその場に跪いたまま、しばらくは動けなかった。テントに戻って来たメンバーは、何事も無かったかのように振舞っていた。私はスノウの手を取り、抱き起こし、テントの外へ出た。優しい月明かりがたった今つけられた傷跡に染みた。私はこういうことはすでに慣れっこになっていたが、スノウにとっては子供時代から久しくなかったことであり、かなり堪えていたらしい。夜の涼しげな風を浴びながらしばしの休息を得ていた。
夜の虫達が奏でる音楽に耳を傾けながら草むらで休んでいる間に、一羽の伝書鳩が飛び立つのが見えた。あれは一体誰に送った手紙なのだろう。どんな内容の手紙を出したのかは解らないが、私にはなんとなく不可解なことのように思えた。