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ガイア  作者: 知舘美衣
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第一章 第四話 離散

 私が涙を流したことで、私はエミリー以外の人間たちに、悪霊とまではいかなくても、何かしらの霊が憑いていると噂された。噂を聞きつけ、なぜか祈祷に来る訳の解らない輩まで来た。エミリーはさほどでもないが、パパに至っては私の傍に寄らなくなった。姿形が視界に入ることを恐れているようであった。私はそれがとても鬱陶うっとおしいものに思え、毎日が憂鬱ゆううつであった。


 エミリーのママが亡くなったことで、エミリーの家族の落胆は大きかった。パパは最愛の妻を亡くしたショックから立ち直ることができず、以前はさほど飲まなかった酒を毎日のようにあおるようになった。会社や学校は、しばらくの間は休暇を貰い、後片付け等をせねばならなかったが、ママの死を直視できずにいたのか、それともまだ信じられないのか、一向に片付けが捗らなかった。エミリーはパパよりはまだ現実を見ることが出来ていた。なぜなら、パパが酒を煽っている間も、食事を準備したり、掃除したりと忙しくしていたからだ。だが、やはり夜には眠れない様子で、ひとり密かに泣いていた。そんなエミリーがとても痛々しく思え、連日の憂鬱感ゆううつかんと同時に動けぬ体に対する、自分自身への怒りに近いものがこみ上げてくるのだった。


 仲間たちは皆、そんな私を見て、私がエミリーに感じているように私に対して痛々しく思えたのだろう。突然バービーが口を開いた。

「まったく・・・・。人間って、どうして自分で自分の体を壊すようなことをするんだろうね?ばっかみたい!」

確かにその通りだった。パパは毎日、昼、夜を問わず酒を煽り続けているし、エミリーでさえ、夜の暗がりに怖がり、寝ようとしないのだから。しかし、そんな言葉とはうらはらに、心の内では家族のことをとても心配しているということは、私を含め、人形達には解りきっていることだった。少なくとも私たち人形の間では、心の内もお互いにわかるようになっているのだから。だからこそ、こんな暴言とも言える言葉を聞いても、私や他の仲間たちからは反論の言葉が出てくるはずはなかったのだ。

 当のバービーは久しぶりに言った言葉が、こんな罵りの言葉だったことに、自分で自分を腹立たしく思っていた。そんな思いをかき消すかのように、ジュニアが独り言のようにぽつりとつぶやいた。

「俺たちがなにか手伝うことができれば、少しはエミリーやパパだって気持ちが落ち着くんじゃないのかな?」

それを聞いたバービーが、イラついたように言った。

「手伝いって、何をするのさ!」

「いや・・・その・・・たとえば、ほら!ご飯を作ってあげるとかさぁ〜。なにかだよ。洗濯とかさぁ〜。」

「あたしたちは人間の居る前では動けないんだよ!あんただって解ってるだろう?どうしろっていうのさ!」

さすがのジュニアもそれ以上は考えが及ばなかったのか黙ってしまった。みんな、どうして人間に生まれて来れなかったのかを悔やんでいるようだった。それほど、この家族を人形たちは愛していたのだろう。


 エミリーのママが死んでから一週間が過ぎようとしてたころ、パパが倒れた。急性アルコール中毒らしかった。救急車のサイレンと同時に救急隊員が駆けつけ、狼狽しているエミリーと意識が朦朧もうろうとしているパパを担ぎこんで、バタバタと出て行った。


 急に家の中が静まり返ったように思えた。そのとき、ジュニアが興奮したように言った。

「なあ!救急車は病院に行ったんだろ?じゃ、この隙にエミリーが帰ってきたときにご飯が食べられるようにご飯の準備をするってのはどうだい?きっと気持ちが落ち着くよ!」

「この前言っていた”手伝い”ってやつかい?でも、エミリーだって、いつ帰ってくるかは解らないんだよ。たった一人の家族が入院したとなればね。」

バービーがジュニアを落ち着かせようとして言った。だが、ジュニアはこの隙を逃すまいとしているかのように、台所へ駆け込んで行ってしまった。

「冷蔵庫に入れておけばいいだろ。あそこに入れておけば日持ちするらしいしさ。作ってあげようよ。」


 ジュニアのこの言葉を待つまでもなく、バービーやその他、台所仕事が慣れていそうな人形たちが我も我もと台所へ降りていった。みんな、なんだかんだ言っても、なにかこの家の家族に対してやってあげたくなっていたのだろう。動けぬ私一人がエミリーの部屋に取り残され、他の仲間たちは台所でわいわいと楽しげに仕事をしていた。中でも取り分け仕切っていたのは、いつもエミリーがままごとの相手として選んでいた赤ちゃんの格好をした人形だった。この赤ちゃんの人形は、エミリーが小学校に上がる前、おままごとの相手としてママが買ってくれたもので、バービーよりもこの家に早くに来た人形だった。姿形は赤ちゃんでも、作られてからの年数はかなり経っていたらしく、しゃべる言葉やしぐさはまるで大人の女性のようだった。そしてさすがにままごとの相手をしていただけあって家事のことも詳しく、料理の腕もかなりのものだった。私がこの家に来るまで、暇を見つけてはママの部屋の料理の本を読み漁っていたらしいことを、後に聞いた。

「料理が出来上がったからといって、すぐに冷蔵庫に入れちゃダメよ。冷ましてからでないと・・・えーと、ラップで蓋をして・・・ほら。みんな、手伝って」

そんなことを言いながら、てきぱきと仕切って、料理を完成させ、冷ましてから冷蔵庫へと運んだ。みんな、意気揚揚として戻ってきた。少しでも、エミリーの助けになればという思いが仲間たちを満たしていた。私はこのとき、この明るい仲間たちを誇らしく思えた。


 赤ちゃんの格好をした人形は、エミリーに”ビビ”と呼ばれていた。普段あまり目立つことのない彼女は、今まであまり口を利くことがなかったのだが、今回のことで、私の中でも印象が強く残ることになったのだった。


 人形たちの思いが通じたのか、エミリーは夜遅くになって帰ってきた。叔母(パパのお姉さん)が病院に来ていたらしく、叔母といっしょに帰ってきた。叔母はエミリーのことを大層心配し、今夜はゆっくり寝れるようにと送ってきたのだった。慌しく入ってきた叔母は、台所でなにやらごそごそ始めたが、冷蔵庫を見て唖然あぜんとしていた。

「あら。エミリーちゃん。あなた、病院に行く前に夜ご飯を用意して来たの?ずいぶんと準備がいいのね。叔母さん、感心しちゃったわ」

エミリーは、何がどうなっているのか解らないといった様子で首をかしげていたが、誰が用意したとも解らぬ夜ご飯を見て、とてもお腹がすいていたのか、もしくはとてもおいしそうに見えたのか、食べることにしたらしかった。叔母はいそいそと持ってきた材料をしまい、冷蔵庫に入っていたご飯を取り出し、レンジで温めて帰っていった。エミリーは、着替えをするために部屋に来たとき、いつもの自分の部屋の様子が変わっているような気がしたのか、私たちに向かっていった。

「くすっ。あなたたちがご飯を準備してくれたのね。ありがとう。」

そう言って、着替えを済ませ、私を抱いて台所でご飯を食べた。その間中、エミリーは私に話し掛けてくれた。

「ルイスもきっとご飯を作ってくれたのでしょう?ありがとう。おいしいわ。まるで・・・・ママの作ってくれたご飯みたい・・・」

ご飯を食べながら、エミリーは涙を流した。私は自分が何もしていないのに、こうしてエミリーが私に感謝の言葉をくれるのは、きっと私が涙を流した一件で、私の中の魂のことを確信していたのだろう。そして、それを霊現象とは思わず、何かの運命的な出会いなのではないかと思っているようであった。


 その日はエミリーは久しぶりにゆっくり、ぐっすりと眠りについた。夢を見ることもなく、ただひたすらに眠っていた。


 一週間ほどでパパが退院してきた。しかし、以前と比べ、生気が失われたかのような、まるで抜け殻のような感じだったので、私も仲間たちも驚いた。会社から電話があっても応対に出ることはなく、いつもぼーっとしたままだった。そして、時々、火がついたように暴れまわり、家中のものを壊しまくっていた。パパが暴れているときにエミリーが止めても、今度は矛先がエミリーに向かってくるので始末におえなかった。パパが暴れまわったときあまりにもひどい有様だったので、近所の人が警察を呼んでしまったくらいだった。しかし、一旦暴れると落ち着くのか、その後はまたぼーっとしていたのだった。


 そして、その後また一週間ほどが過ぎたころ、パパはようやく会社に行った。その後は、ただひたすら仕事のみをする人間になってしまった。家に帰ってきてはなにもする様子はなく、ただひたすらぼーっとし、そして時々発作のように暴れまくった。エミリーにも暴力をふるうようになった。そのことをパパは内心わかっているようで、その後は仕事を休みを返上してまでこなし、とうとう家にも帰ってこなくなってしまった。そうなると、残されたエミリーはまだ子供ということで、役所の人間がとっかえひっかえ現れ、エミリーを施設に入れることを説得しにくるようになった。エミリーはがんとして施設に入ることを嫌がっていたのだが、あるときパパが久しぶりに帰ってきて、涙ながらにエミリーに施設に入るように言った。そして、何度も何度も謝っていた。


「パパがもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかったのに。だが、この家に居れば、ママのことを思い出さずにはいられなくてな。それがとても辛いんだよ。パパは会社を辞めて、また病院に入院することになった。どうやらママが死んだ後、パパの精神のどこかがおかしくなってしまったのだと思う。それを直すためにも、パパ自身が入院を決めたんだ。勝手なことを言ってすまない。だが、エミリーのことはいつまでも、どんなときでも愛しているよ。」

この、パパの一言でエミリーはとうとう決心したらしく、施設に入ることを承諾した。エミリーは承諾するとき、パパに言った。

「わかったわ。パパ。でも、エミリーと約束して。絶対に元のやさしいパパに戻って、元のように、エミリーと暮らすようになるって。」


 本来なら、この言葉が子供から出れば、大抵の大人は子供らしい約束だと思うことであろう。しかし、そのときのエミリーの表情は鬼気迫るものがあった。そのため、パパも気持ちを新たに決心したかのように、両手を合わせ、天に向かって目をつぶり、静かに言った。

「絶対だ。天国にいるママに誓う。」と。


 こうして、この家族は散り散りになっていった。エミリーは養護施設へ、パパは精神科の病院へとそれぞれ行くのだが、この家はパパの入院費の足しにするために売りに出されることになったため、小物類はすべて処分されることになった。エミリーは人形たちをすべて施設に持っていくと言ったが、ごく少数のものしか持っていけないことを知り、仕方なく私だけを連れていくことにしたようだった。バービーや、ジュニア、そしてビビたちとの別れの際、気を紛らすかのようにジュニアが言った。

「俺たちはこれからオウルじいさんの所に行くことになるだろう。だが、これが永遠の別れじゃない。生まれ変わったら、また何処かで会えるさ。そのときまでのお別れだ。」

この言葉を聞いて、オウルじいさんのことを思い出した。


 『生あるもの、必ず没する。しかし、また生まれ出でてくるのじゃ。それが、魂の輪廻転生なのじゃ。』

まるでオウルじいさんの声が聞こえてきたかのように、そんな言葉が頭の中でこだました。それは仲間たちみんな同じだったのかもしれない。みんな同じようにあたりをきょろきょろしていたのだから。まるでオウルじいさんを探すかのように。


 こうして、エミリーと私は、今までの仲間たちに別れを告げ、養護施設で暮らすことになった。今までとはまったく別の土地に行かなくてはいけなくなり、エミリーは戸惑いを隠せない様子だったが、私が心の支えであるかのように、私を片時も離さなくなっていた。学校も変わり、住む場所も変わって、新しい生活を始めたが、何もかもが解らないことだらけで、まるで私が始めてエミリーの家に来たときのように、エミリーも困惑していた。施設に来たばかりのときには、役所の職員がひっきりなしにやってきては、なにやらいろいろなことを聞いて来たりし、職員が帰ればすぐに施設の職員に質問攻めにされ、とても忙しかったし、鬱陶しかったようだが、一週間もするとだんだんと落ち着いてきたが、必要なとき以外エミリーは部屋から一歩も出ることがなかった。そしていつも私を傍らに置き、窓の外の鳥を見ていた。施設に入ってからというもの、エミリーは、同じ施設の子供たちとは話をしようとせず、動物にとても興味を持つようになった。そしていつもつぶやいた。

「私も動物に生まれたかったな。そうすれば、私も今ごろ、自由に外を歩くことが出来たのに。」


 その夜、エミリーが寝ているとき、久しぶりにエミリーの夢の中に入ってみた。エミリーは草原らしきところで、いろいろな動物を相手に遊んでいた。私はゆっくりとエミリーに近づいていき、傍で黙って様子をうかがっていた。エミリーは馬を見ては追いかける振りをしたりしていた。ひとしきり遊んだ後、私の傍まで来て、今までの鬱憤を忘れたかのように、地面にあお向けになって寝転がった。

「動物っていいよね。いつも自由だもん。私みたいに、何もかもを誰かに監視されているようなことはないんだろうしね。うらやましいな。」

エミリーはぽつっと言った。私はエミリーの横に座り、言った。

「いや、動物は自由なように見えても、それぞれの種族の間ではちゃんとしたルールがある。それを破ることは自身の破滅を意味するから、ルールを常に守って生活しているんだ。」

私は風の精霊であったときの記憶を元に、さまざまな動物たちの生き様を語って聞かせた。エミリーは、なぜ私がこんなにいろいろなことを知っているのか不思議がると同時に、動物たちに関しての興味がとても大きかったため、いろいろなことを質問し、時には私の予想だにしなかったような質問までしてきたりした。そして私から教えてもらった知識を、エミリーは子供ながらのすさまじいほどの吸収力でどんどん吸収していった。エミリーが施設での生活に慣れたころには、すでに施設内のどの子供、どの大人よりも博学であった。

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