表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガイア  作者: 知舘美衣
なぜ人は苦しまねばならないのか
16/19

第二章 第十話 地の底にて

スノウ「とうとうお別れだなキース」

キース「うん。短い人生だった。。。」

スノウ「これからは俺に任せて、安心して成仏してくれ(南無)」

キース「・・・・お前、俺を追い出そうとしてないか?」

スノウ「してないしてない。『これからは俺が主役だ!』なんてこれっぽっちも思ってないよw」

キース「・・・・・・・・」

しばらくの間、私は闇の中を漂っていた。なにも見えず、なにも聞こえず、なにも感じず、暑さも寒さも、喉の渇きや空腹感も、なにもかも感じずただ漂っているだけだった。目も見えず、耳も聞こえず、体を動かすことも出来ず、宙に浮かんでいるのかそれとも寝そべっているのか、うつぶせなのか仰向けなのか、それすらもわからず、何も感じないこの空間に私はいた。


そう、あれは夢だったのだ。私が今まで体験してきた過酷な運命、あれは全部夢だったんだ。夢でよかった。私がそう思った次の瞬間、今までなにも聞こえなかった私の耳に、誰かの声が聞こえたような気がした。いや、声ではないのかもしれない。どこかで微かに悲鳴のようなそうでないような、自分の周りで何かの声がした気がした。気がしただけなのかもしれないがその声がなにか悲痛な叫びのようにも思え、この時やっと、私は自分の意思で周りを見てみようと思った。


そう決心した瞬間一瞬にして闇は消え、私は元のヴァルキア城の中にいた。周りには瓦礫が積まれており、今までの荘厳な城は跡形も無く消え去っていた。その場でゆっくりと見回してみると、そこには無残に切り裂かれた私の死体があり、私の死体は母の亡骸なきがらを抱くようにして倒れていた。私と母の亡骸の傍には、無残に胸を横に切り裂かれ、すでに息をしていない子供もいた。ラースとラウドの亡骸もあった。もう姿形がわからぬほどにズタズタに切り裂かれた二人の遺骸いがいは、かろうじて生き残った兵士や奴隷に囲まれていた。


私の中に突如として戦慄が走った。そしてこの事実が私の頭に浸透するまでにしばらくの時間を要した。私は一体何をしてしまったのだろう。結局は、私が守りたかったものすべてを守れずに死んでしまったのか。何も感じなかったはずの数々の感情や怒り、そして記憶が私の中で蘇り、その時初めて泣いた。私と母のむくろの前で思いっきり声を出して泣いた。一体、私は何のために生まれてきたんだろう。一体、私は何のためにあの地獄で耐え抜き、生きてきたんだろう。


どれだけその場で泣いていただろう。時間などどれだけ経ったのかもわからないほど長い沈黙の中で、私はただひたすら泣いていた。止めなく流れていく涙もそろそろ尽き果てるかと言う頃、私の背後から誰かが来た気配がした。私は後ろを振り向いた。


そこには、眩しく光輝く一人の女性が立っていた。もしやこの人はフィーナか?漠然とだがそう思った。それほどにフィーナに似通っていて、そして美しかった。女性は静かに私に近寄りながら言った。

「ようやく私の姿が見えるようになりましたね。あなたが悲嘆にくれている間は、そしてあなたが自分以外のものを見ようとしなければ、永遠にこの暗闇から逃げ出すことは出来ませんでした。気がついてくださってよかった。」

光輝く女性にそう言われ、私は言葉を返そうとしたが、喉に何か詰まったような感覚でしゃべることが出来ない。声が出ないのだ。無理に声を出そうとすると今度は声のない咳が出るばかりで、思うようにしゃべることの出来ない悔しさでいっぱいになった。

「無理にしゃべろうとしなくても構いません。私はあなたのここでの行動を一部始終見ていました。なのであなたが疑問に思うことにお答えできるかもしれません。」

女性は言葉を続けた。

「あなたは、お母様を殺されたその怒りで、我を忘れて無意識に力を使いました。その力は私も存じ上げない不思議な力ですね。その力はまだ不完全だったのでこの程度の被害で済みましたが、不完全のまま力の一部を解放したためにコントロールが出来ず、その力の大部分があなたに跳ね返りました。そしてもうすでにご承知の通り、あなたは死んだんです。」

そう、私は死んだ。自分のズタズタになった骸を見た瞬間に悟った。大事だったものすべてを守ることも出来ずに。また私の頬に涙が溢れるのがわかった。

「あなたはまだ、ここから動くことは出来ません。あなたの気持ちがまだ完全に治まっていないからです。心配事がおありなのでしょう。どうぞゆっくりその場で成り行きを見守っていてください。私はこの場にあなたと共にいますから。心の整理が出来たらまた声も出るようになりましょう。その時には私に質問なりなんなりしていただいて構いません。そのために私はここにいるのですから。」

言われた通り、私はその場でその後の成り行きを見守った。どうやらヴァルキアの大半の兵士は私の起こした竜巻で命を落としたようで、しばらくして様子を見に来たのも、忙しなくあちこちを見て回るのも大抵が奴隷だった人々だった。そしてその中にはスノウの姿もあった。そうか、スノウは無事だったのか。よかった。そう思った瞬間また涙が溢れてきた。

「あの者はきっと、この城を再建してくれるでしょう。私の師匠が守護霊として憑いているようですから。」

見るとスノウはあちこちで無残に壊れた場所に蹲り、または立ったまま身動きも出来ない人々になにやら言いつけたりして片付けようとしているように見えた。だが傍にいる女性の言うように、スノウに守護霊がいると聞かされても、私の目にはなにも映らなかった。

「今のあなたの目には、あの者の背後にいる霊の姿は見えません。霊的レベルの差です。あちらのお方はとても高いレベルの方なのです。私でさえ、かろうじて見えているだけで完全なお姿は見えていません。ただ、以前私はあの方から一時修行を受けたことがありますので、その立ち居振る舞いやオーラでそう感じるだけなのです。」

「霊的レベルとは?」

この時初めて私は自分がしゃべれるようになったことに気がついた。声が出た。新しい発見を見つけた時のようになんだか気分が高揚としていくのがわかった。

「ようやく声が出ましたね。いや、早い方なのかもしれません。私の時はもう少し時間がかかったように思い起こされます。」

女性は優しく私に笑いかけながら言った。

「霊的レベルとは、魂のレベルのことです。生まれたばかりの魂はまず中間の地点のレベルにいます。そこからありとあらゆる修行を経て、霊的レベルを上げていく必要があるのです。生前に良い行いをしたものは霊的レベルが上昇し、悪い行いをしたものは下降するシステムになっています。私も詳しいことはまだわかりませんが、聞くところによると霊的レベルは全部で八段階あり、そのひとつひとつの段階の中にもさらにさまざまな世界があります。あなた方のわかりやすいように言えば、たとえば一段階(中間の地点ですが)の世界があなた方が生きていた世界で、その中にさまざまな国が点在しているようなものです。あなた自身は今生に於いて世界の一部を見たに過ぎませんが、生前の世界には実にさまざまな世界があるのです。言葉も違えば考え方も違う、肌の色も髪の色も目の色も違う人種が沢山います。霊界もそんなようなものです。一段階の中にもカルマの違いで違う国に住んでいる住人が沢山いるのです。そして上や下にも沢山の世界がある。簡単に言えばそんなところですね。」

なんだか雲をつかむような話だ。混乱する私に女性はさらに付け加えた。

「まあ、すぐに理解しろと言うのも酷な話ですね。これから段々わかっていくことになりますからご安心ください。」

にっこりと微笑むと、女性はまた静かに視線を目の前の世界に戻した。


女性の目線に導かれるように、私も視線を生前の世界に戻した。その途端に目に飛び込んできたものは、私の骸の目の前で、生き残った兵士が今までのように奴隷達に向かって鞭を振るっている姿だった。私の中にまたしても黒い感情が沸きあがってきた。激しく強い、憎しみの怒りだ。


私の中に憎しみの感情が蘇るやいなや、突然傍にいた女性が悲鳴をあげて空に飛び立った。見ると私の体の下からなにやら黒い煙のような、それでいて人のような、手のような顔のような、憎しみのこもった正体不明のものが次々と湧き上がってくるのが見えた。そしてあっという間に私の体を包んでしまった。


黒いものが頭の中に直接語りかけた。「憎いなら殺せ」と。甘く、それでいて冷酷な冷たい感情が私を満たした。私はその黒いものの言うことに即座に従いたくなった。が、その時、私の骸の傍にあったグラムリングが突如として光を放った。私はその光を浴び、突然現実に引き戻された。そして黒いものの正体を見た。


その黒いものは、さまざまな憎しみを背負った霊であった。私を仲間に引き入れようと地の底から蘇ってきたのだ。私は自分の目の前にいる醜く汚い霊に嫌悪感を抱くと同時に恐怖を感じた。この黒い霊に引き込まれてはいけない。私の心の中の誰かがそう言った。私は必死で黒い影に取り込まれないようにと抵抗したが、すでに私の体はその黒いものに捕らえられており、身動きできなくなってしまっていた。

「やめてくれ!!」

悲痛な叫びと共に、私は必死で抵抗した。とその時、またしてもグラムリングが以前よりも強烈に光りだし、その光におびえるかのように、黒い影は私の傍を離れ、地中深く戻っていった。息も荒く私がおののいたままでその場で動けずにいるのを見て、女性が空から舞い降り、また私の傍に来て言った。

「ああ、一時はどうなることかと。よく追い払えましたね。」

「あの黒い影は一体・・・?」

私は息を整えながら女性に聞いた。

「あの影は、生前に悪い行いをしたものが、いまだその呪縛から離れることが出来ずに、地中深くで彷徨っている霊達です。この場合の悪い行いとは、先ほどお話したカルマのことではなく、人殺しや強姦、盗み、たかりと言ったすべての悪行のことを指します。」

「それがなぜ今、私の前に現れたのです?」

「あなたは先ほど、強い憎しみの情に己を支配されました。その激しい憎しみの感情に呼応して、地の底から蘇ってきたのです。」

「つまり、私がその、いわゆる『悪霊』を呼んでしまったと、そういうことですか。」

女性は静かにコクリと頷いた。私は自分の足元を見た。そして先ほどの黒い影の出てくる様や醜い感情や表情を思い起こし、背筋がゾッとした。

「しかし、あなたはあの悪霊達に打ち勝った。自分の力で、自分に湧いた憎しみの情を捨てたのです。これはとても意義のあることです。」

私は一部始終を思い起こしていた。あの時私は確かに聖剣グラムリングに助けられた。私は自分自身の力で憎しみを抑えたのではない。そしてもしその場にグラムリングがなかったら、私はとっくに地の底へと引き摺られていったことだろう。グラムリングに対する感謝の気持ちと同時に、自分自身の情を自分自身で抑えられなかった自身のふがいなさを恥じた。

「そう。その感情こそがあなたのこれからの糧。あなたはこれから自分自身を見つめ直さなければなりません。」

女性は静かに、まるで私の中に沸きあがった感情がわかるかのように言った。

「あの剣は、どうやらあなたの感情に呼応する働きがあるようですね。あなたの中で、ほんのちょっとだけでも黒い影に対して恐怖心が湧いたことでその力の一部が開放され、さらにあなたが強く『黒い影から開放されたい』と念じたおかげで、剣もまた光を強く放ったようです。ごらんなさい。」

そう言うと女性は下界(生前の世界)を指差した。先ほど奴隷を痛めつけていた兵士は、グラムリングの放った光を浴びて我を忘れて放心したままその場に立ち尽くしていた。奴隷はスノウに助けられ、放心状態の兵士はその場にいた奴隷に縛り上げられていた。

「あの光には、邪気を払う力があるようですね。すばらしい剣です。」

いまだ地面に転がったままのグラムリングを見つめ、女性は言った。私はその聖なる剣を手に取ろうと近寄って手を伸ばしてみたが、私の体は剣をすり抜けてしまった。

「霊となってしまった今では、いくら聖なる剣といえども、地上にあるものに触れることは出来ません。」

女性が私の行動を見て悲しそうに言った。それならばなんとかして私の知らない人間に持っていかれないようにしなければと、近くで作業を続けていたスノウに近寄った。そして言った。

「スノウ。俺の代わりにお前がグラムリングを持っていてくれ。頼むっ」

スノウは何も聞こえなかったかのように、他の人間に声をかけられそちらへ向かってしまった。私はスノウの周りを漂いながら、必死で叫んでいた。すると、何かに気がついたかのようにスノウが私の骸のあった場所へと歩いてきた。やっと私の声が聞こえたのだ。ほっと安堵の気持ちが湧き上がってきた。


ところがスノウはまたしても他の人間に呼ばれ、踝を返して元の位置へ戻ってしまった。なんでなんだ。どうして声が聞こえないんだ。激しい憤りに私はその場で悔しがった。女性は私の悔しがる姿を見て近寄り言った。

「人間には私たちの声は聞こえません。あの剣はきっと悪いように取り計らわれることはないですよ。なんせこの大地の女神ガイア様のお作りになったものなのですから。」

私はこの時、自分の忘れている何かが突然思い起こされるかのような胸騒ぎを感じた。だがそれが一体なんなのか、この時の私には知る術もなかった。


私の骸は母の骸と一緒に丁寧に運ばれ、その体を焼かれ、残った骨はスノウやその他の残った心優しい人間達の手によって手厚く葬られた。後に墓の前には、『この地を呪縛から救った英雄の眠る墓』と彫られた墓石が置かれた。一見大惨事にもみえるこの状況を作り出してしまった私に対し、なぜスノウがこのような文句を墓石に彫らせたか。それは私はその時知ることはなかったのだが、どうやら生き残ったもののほとんどが心優しい人間だった現実を見て、これはきっとキースが悪を退治してくれたのだと、一人の正しい心を持った人間がこの地を平和に導いてくれたのだと、その時生き残った人間すべてが感じたからだったのだ。一人の英雄が自分の身を犠牲にしてまでもたらしてくれた平和をみんなで守っていこうじゃないか。そんな願いが込められていたようだ。


「そろそろ、私たちもここを離れる時が来たようです。」

私にずっと寄り添っていた女性が言った。その女性の言葉を受け、私は決意にも似た心持ちで、女性に導かれながらその場を離れることにした。


キースの魂が去った日の夜、一人の男性がキースの墓の前に来た。スノウだった。スノウはただ一人、その場で声も立てずに泣いていた。スノウの腰で、あの聖剣グラムリングが月の光を受けて鈍く光っていた。



女性が先頭に立ち、ふたりはテクテクと歩いてその場を離れた。不思議なものだ。なぜ私たちは霊体となったというのに空に浮かぶこともせずにこうして歩いているのだろう。次第に手足の感覚も生前と同じように感じることが出来るようになり、本当に私は死んだのかと訝るほどに生気が満ちていくようだった。そして冷静に見てみると、霊体が二人で歩いて行く様はなんだかシュールで滑稽に思えた。


しばらく歩いて行くと、とある場所で女性はいきなり立ち止まった。そして私の方へ向き直り言った。

「ここからはあなたにとって、更なる試練とも言える過酷な事態が待ち受けています。まずはあなたをあるお方の所へ案内します。いいですか。決して他のことは考えないでください。そして私の手を決して離さないでください。私の手を離れてしまった場合、あなたは亜空間へと飛ばされてしまいます。それはあなたの、魂の滅亡を意味します。しっかり握っていてくださいね。」

そう言うと女性は私の手を力強く握り締めて目を閉じた。私も釣られるように一緒に目を閉じた。その瞬間私達の体は地中深くへと吸い込まれた。二人のいる場所だけぽっかりと穴が空いたように、二人は足元から吸い込まれ、その勢いに翻弄されながらも、必死で女性の手を離すまいと力を込めた。落ちている間中、私の耳元では気味な声があちこちから響いていた。


どのくらいの時間が流れただろう。そろそろ女性を握る手が痺れ、感覚がなくなり始めた頃、ようやく私達の足は地面についた。今まで下に落ちていたはずなのに地の底に着いた時はドスンと落ちるような感覚ではなく、何かに守られてでもいるかのようにふうわりとした感触で軽くストンと落ちた。恐る恐る目を開けてみて驚いた。そこは地の底に刳り貫かれた空間のようで、その空間には鍾乳洞を思わせる柱が立ち並び、あちこちで怒号や悲鳴が響き渡り、目の前にはガランとした空間だけがあった。どこかで火を焚いているかのような轟きと地鳴りとも思える不気味な響きが常に足元の地面の下から響いていた。


ふたりは再び歩き出した。あちこち見回してみても、城や建物のようなものはなにひとつ見られず、目の前を歩いている女性以外の人間の気配もしなかった。


しばらく歩いていくと、目の前にはパックリと大きく口を開けた大きな穴があった。その中は真っ赤な溶岩のようなものに満たされ、そこからこの世の物とも思えぬ唸りがこだまとなって響いてきていた。


穴のすぐ傍に一本の背の低い木があり、枯れた木のように葉もつけず、まるで燻されたように真っ黒だった。その木には、一羽のカラスが羽を休めているかのようにとまっていた。

「お待たせいたしました。連れて参りました。」

女性はカラスの目の前まで来て止まり、丁寧にお辞儀をして言った。その言葉を受けるかのように、カラスが一声鳴くと、目の前にひとりの男性が現れた。背が高く、肌も目も土気色をしており、髪は漆黒のような黒で、髪一本一本から光が発しているかと思えるほど輝いていた。そして着ている服も真っ黒で、手には自身の身長の二倍はあろうかと言う長い鎌を携えていた。鎌は異様な迫力を放ちながら不気味に鈍く光っていた。


女性は、自分の役目はここで終わったとでも言うように、目の前の男性に一礼をして元来た道を歩いて去っていった。後には私一人が男の前に取り残された。その異様な雰囲気を持つ目の前の男性に圧倒されながら、この後私の身に一体何が起こるのかを頭の中で模索していた。


「私はこの地を収めるもの。名はウリエル。その地方で呼び方は様々だが、閻魔えんまと言われる場合もあるしスサノヲともオシリスともまたヤコブと言われることもある。お前にはこの屍天使してんしウリエルの方が親しみやすかろう。この地で罪人を裁くのが私の仕事だ。」

大きく見開かれた黒い瞳を私に向け、鋭く睨むかのように見つめてから言葉を続けた。

「お前は生前、多くの者の命を殺めた。その罪は重い。しかし同時にお前は地上で出会ったほとんどの者に愛され、慈しまれた。結果的にお前は多くの人間を殺めてしまったが、その根源は愛するものを守ろうとする綺麗な心からだ。したがって罪は減じられることになる。」

そうだ。私は悪者であろうとなかろうと、多くの人間を死に追いやってしまったのだ。自分でもわけのわからないその力で。あれほど強烈であれほど破壊的な力になろうとは。死の直前に感じたコントロールの利かぬ己の力にいまさらながら恐怖を感じた。


「なるほど。お前は自分のしたことの重大さがわかっているようだ。お前のその額にある紋章はまさしく風の紋章。その力の一部がお前が激しく怒った時に現れた。」

ウリエルはその長い指、長い爪で私の額を指差した。

「風の紋章は、そのものの霊力が高まった状態でないとコントロールが利かぬ。風がそうであるように、激しく強く吹くこともあれば、そよ風のように穏やかなこともある。それをコントロールするためには、お前自身の霊力をあげる必要がある。今までの生はすべて、お前の持つ霊力をあげるための修行だったのだ。しかしお前は使い方を誤った。その罪をお前はこれからのさらなる試練で悔い改めねばならぬ。」

そう言うと、ウリエルは自身の羽織っていた真っ黒なマントを翻した。


私はウリエルの力で、先ほどとはまったく別の場所へと飛ばされたようだった。その地の地面は硬く棘々としており、私の素足にチクチクと刺さった。左右両側には高い山が聳え、その険しい絶壁はこの地から逃げようとするものを阻むかのように立ち塞がっており、正面には地下へと堕ちこんだ断崖があり、断崖の下には赤く燃える溶岩のようなものがボコボコと不気味に泡を立てて沸いていた。断崖の先には細く長く、奥へと続く岬があり、その岬の先には光る何かがあった。周りはすべて、自分と同じようにこの地に飛ばされ、生きる屍のようになった人々がおり、その人々は岬の先の光る場所へと導かれるように向かっていた。


私は最初、この人々がどこへ向かっているのか確かめたくなり、人々の波に乗って岬まで歩いて行った。その距離は、行けども行けどもまだ着かぬと思うほどに遠かった。地面の棘が足に刺さって思うように歩けず、岬までの距離の長さと僅かに漂う瘴気で体はすぐに疲れ、人混みの多さにうんざりしても、それでも前に行くしかなす術はなかった。


岬に近付くにつれ、周りの人々は先を争って後に続く者達を蹴散らそうと躍起になっていた。しかしそんな人々もすぐに後から来た者達に邪魔をされ、最後尾に戻されていた。私もなんとか争いの少なそうな場所を狙って進んでいくが、どうしても前にいるものと後ろにいるものに邪魔をされて最後尾に戻されてしまい、なかなか前に進めずにいた。


気が遠くなるほど、何度も何度も岬へ行っては戻され、また岬へ戻ることを繰り返した。光るものの正体もわからず、ただあの光だけを求めて歩いた。足はすでに地面の棘と岬の手前での激しい争いの中で傷つき、傷から流れる血は固まってまた新たな傷を作ってはまた血を流し、体は疲労でくたくたになり、争いに巻き込まれた時に叩きつけられ、全身至る所傷だらけだった。それでも、あの光に向かえばなにかいい事が起こるのではないか、そんな漠然とした希望から、黙々と歩き続けた。


何百回と同じように岬へと歩き、ある時ようやく光の近くまでたどり着くことが出来た。そこで初めて私は光の正体を見た。そこには燦然さんぜんと輝く水晶があった。しかし水晶に近付けば近付くほど争いは熾烈しれつになり、力の強いものが弱いものを蹴落とすことに夢中になっていた。中でもとりわけ他の人々よりも体の大きなふたりが水晶の手前に立ちはだかり、お互いに助け合うことなどせず後に続く人々を業火の中へと蹴落としていた。だが後から来るもののほとんどは、その狭い岬の縁で足を滑らせ、轟々と沸く真っ赤な業火の中へと消えて行った。そして業火へ落ちたものは二度と帰ってくることはなかった。完全なる魂の死を目の当たりにし、私は恐怖で震え上がった。


何度も邪魔され何度も傷つきながらもまた岬へ来ては戻され、戻ってはまた岬へと向かう、終わることのない旅を繰り返すうち、私はひとりの女性と思しき人物に目が行った。その人は、私と同じく何千回、何万回と岬へ行っては戻され、戻ってはまたすぐに岬へと、懸命に何かと戦っているかのように黙々と歩いていた。私の目にはその姿が、意地悪な男共に囲まれながら必死で生きていた母アルダを思い起こさせた。


何万回同じ場所を行ったり来たりしただろう。ある時目の前に、あの女性の姿があった。健気に岬まで来ては争いに巻き込まれそうになっているその女性を見て、私はなんとか手助けがしたくてたまらなくなった。その時から私はその女性に気がついた時は、後ろから合図して争っている人々の隙間から前へ行く道を教えたり、またある時は目の前で争っている人々を私の方へ注意をひきつけて道を作ってあげたりした。女性は始めはなぜこんなことをしてくれるのかと困惑した表情をしていたが、次第に私の気持ちを察したように、私の示す道を迷うことなく進んで行ってくれるようになった。


似ても似つかぬ姿にも関わらず、どこか母を彷彿とさせる雰囲気を持つ彼女を助けながらの行程は、ひとりの時よりずっと私に活力を与えてくれた。何度も何度も行っては戻り、戻ってはまた行くことの繰り返しだったが、彼女を助ける度に、いつも心配ばかりかけ、また私のせいで死に至らしめることになってしまった母を助けてでもいるかのように感じていた。


一体どのくらいの時間が流れたのだろう。もう時間など考えられないくらいの長い時を、この地の底で過ごした。体中どこもかしこも傷付き薄汚れて服も地面に叩きつけられた時の衝撃で破れ、足はとっくに感覚をなくしていた。それでも私はひたすら歩き続けた。彼女の後を追ってただひたすらに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ