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ガイア  作者: 知舘美衣
なぜ人は苦しまねばならないのか
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第二章 第六話 受難

スノウ「なあ、俺はもうこの先登場しないのかなぁ?」

伊紋「そうね・・・日頃の行いがよければ、登場することもあるかもね・・・(不敵な笑)」

スノウ「・・・俺はどうなっちまうんだろ?おい、キース!この悪徳作者になんとか言ってやってくれよぉ(懇願)」

キース「え?ああ、スノウ、まだいたの?」


スノウ「・・・・・・・」

マキシムの死後、私は途方に暮れていた。あまりにも気分が落ち込みすぎていて、迫っている暗雲のことを見逃していた。その暗雲に誰よりも早く気がついたのは、私の口の利けぬ母アルダだった。


 母親は、必死に何かが起こるかもしれないことを私に教えようとした。しかし、その時の私は、他の事を考える余裕がなく、母が何を言おうとしているのかさえ考えられない状態だった。あまりにも母親がうるさく思えたので、母親の手を振り切って冷ややかな夜の空気を吸いに外へ出た。空はどんよりと重苦しい雲行きで、ますます気が滅入る気がした。


 と、突然、雲の隙間から一瞬差し込んだ月の光の先に、何かがうごめくのを見た気がした。私は体の中に稲妻が走った時のような戦慄を覚え、辺りを見回した。

 真っ暗闇の中で、かすかに感じる敵意。この時初めて私は、テントの入り口で心配そうに自分を見つめる母親が何を伝えたかったのかを知った。私はすぐさま地面に耳を付け、瞑想でもするかのように目を閉じた。地面の底からは、まるで溶岩が煮えたぎるような重苦しい、多数の蹄の音が聞き取れた。

 即座にテントに戻り、住民に自分達の危機がすぐそこまで迫っていることを告げた。女子供はあわてふためき、男達はいくさの準備を始めた。しかし、何もかも遅すぎた。


 私がテントに戻り、戦の準備が整わないうちに、馬の蹄の音がどんどん近づいてきた。すでに地面に耳を付けずとも聞き取れるほどの音だ。男達は準備もそこそこに、敵を迎え入れるために前線に出た。

「女子供は後ろに下がれ!この場所を引き払う準備をしろ!子供を連れて森へ逃げろ!」

必死にそう命令したが、誰一人『準備』など出来るはずもなく、女は子供を連れ、森へ逃げ込むだけで精一杯だった。私は敵に囲まれながら母親の姿を目で探したが、すでに姿はなかった。心の中でただただ無事を祈るしかなかった。


 私は、薄い装備の割りには善戦した。しかしあまりにもこの状況では形勢が不利だ。敵の数が多すぎ、しかも敵のほとんどは馬に乗って速やかに迅速に攻めてくるが、こちらは充分な準備が出来ず、慌てふためき、防具を装備している途中で逃げ出そうとしているものや、丸腰で戦いに挑むもの、地面に転がっていた細い棒っきれを引っつかみ敵に挑むもの、自分達の家族を森へ逃がそうと懸命になっているものがほとんどだった。

 夜の闇を縫って時々気まぐれに顔を出す月のかすかな光で、敵兵がエンブレムを着けているのを見た。盾の真ん中で虎が大きく口を開け、その虎にヘビが巻き付きお互いを見つめ合っているような、銀で出来た紋章だった。あの紋章はどこかで見覚えがある。幼少の頃忍び込んだ長のテント内にあった、本棚の中に収められた分厚い本。その本の中にはここら近辺の地図とマークのようなものがあった。幼少の頃はわからなかったが、後にあれはここいらの国の境界線と国旗だと知った。幼少の頃はそんないたずらをスノウと一緒になって毎日のようにやらかしていた。この時もいつも同様、見咎められてはこっぴどく叱られ、お尻が腫れ上がるほど叩かれたので、しばらくは本を見たこと自体も忘れていたのだが。


 ここいら一体は、私達が超えてきた砂漠を境目に、私達の育った国とは別の、強大な国の中に入っていた。この国はヴァルキア王国といい、広大な砂漠のほとんどを戦いによって手中に収め、砂漠の向こうに広がる大地をもすでに配下に入れ、その軍事力で他の国を圧倒していた。元いた国(マキシムが政府官をしている国)も強大ではあったがこのヴァルキア王国ほどではなく、噂では老齢になった王を傀儡かいらいに、軍事の最高司令官である将軍が我が物顔で振舞っているらしかった。


 仲間が次々と殺されて行く中で、私の目の前に一人の敵兵が立ちはだかった。私はかろうじて持って来ていたグラムリングを手に、目の前に現れた敵兵と打ち合った。敵兵は腕に自信のある人物らしく、その戦闘力は今まで倒してきたどの敵よりもすばやく、そして正確だった。やっとの思いでその敵兵を打ち破ると、今度は馬に跨った大将らしき人物が私の前に進み出てきた。敵兵の大将はまるでどこかの国の英雄であるかのようで、しかしその目には冷たい光が宿っており、その圧倒的なオーラで私を鋭く睨み付けた。私を取り囲んでいたその他大勢の小者共を萎縮させるほどの迫力で。

「お前はなかなかいい腕をしている。だが、もはや無駄な抵抗と言うもの。諦めて投降せよ。」

冷たく、背筋が凍るような声で、目の前の男が言った。しかしここで諦めるわけにはいかない。相手をキッと睨みつけ、目で「投降などするものか」と訴えた。その様子を敵の大将も察知したのか、突然馬から飛び降り、キース目掛けて剣を振り下ろした。


 闇夜の一騎打ちが始まった。準備不足がゆえに相手の一撃でさえかなりのダメージを食らうほどだったが、持ち前のその身の軽さで右に左にちょろちょろと逃げ回りながら応戦した。相手の大将はと言うと、まるで遊んでいるような、相手の実力のほどを試してやろうとしているような戦い方で、口には笑みを浮かべながら、キースの体を少しずつ、次は右、今度は左と切り裂いていった。実力の差は歴然だった。私は相手の攻撃を避けるために動き回り、かなりの体力を消耗していた。動きも鈍くなり始めた頃、キースの剣グラムリングが跳ね飛ばされ、剣ごと体が後ろへ仰け反ってしまった。よろよろとよろける私に敵兵の大将が言った。

「お前の実力はその程度か。そろそろ遊びにも飽きた。引導を渡してやる!」

体の大きな大将が剣を振り上げたその時、ほんの僅かな隙を縫って死角に入り込み、大将の剣をグラムリングで受け止め、弾いた。私はこのチャンスを生かしてすばやく敵に切りかかった。グラムリングは大将の横をかすめただけだったが、頑丈に見えた鎧とマントを切り裂いていた。

「なかなかやるな。その度胸に免じて、今生きているものすべてを殺さずに置いてやる。その代わり、おとなしく投降せよ。さもなくば、次こそ引導を渡してやるぞ。残りのものも皆殺しだ。さあ、今この場で選ぶのだ。おとなしく投降するか、己と村人の命を失うか、ふたつにひとつだ。」


 辺りを見回すと、すでに村人のほとんどは敵に捕まっていた。私は殺された大勢の村人の屍を見やり、そして敵の数を見て、もう、この戦いに望みがないと判断した。自分だけが命を落とすならまだよい。しかしこれ以上村人達の命を奪われることは不本意だった。肩を落とし、手の握力が失われ、グラムリングを目の前にぽとりと落とした。地面に落ちた剣は心地よい金属片の音をさせてその手から滑り落ちた。空は月と交代で太陽が顔を出そうとしていた。


 それからのことは、私はほとんど記憶に残っていなかった。目の前で走馬灯のようにいろいろなことが起こり、気がつけば手足に枷が付けられ、武器も奪われ、逃げることすら出来ず、かろうじて生き残れた村人全員が二列に整列させられ、兵隊の後ろを急かされながら歩かされた。砂漠の気温も上がり始め、夜は冷ややかだった空気がだんだんと熱せられるのを感じた。その暑さの中で、私は後悔の念から逃れられずに居た。自分の失態のせいで、多くの村人が命を落とした。そして投降という不本意な結果を受け入れざるを得なかった自分の不甲斐なさに腹を立てた。振り返り、かろうじて生き残ることを許された村人の安否を確認したくても、囚われの身である今、振り返ることも、歩くことさえ、自分の意思では出来なくなっていた。


 陽が上り、やや真上から傾き始めたころ、ようやく一行はとある街に辿りついた。囚われの身のものすべて、到着した小奇麗な街にある一角の広場に集められた。自分達は一体どうなるのか。これから起こることは誰も想像すら出来なかった。


 捕虜達の苦難はまだ始まったばかりである。広場の真ん中に集められた捕虜達は、この先の運命をおおかた予測はしていたかもしれない。が、それ以上に、自分達を捕らえ、まるで珍しい見せ物でも始まったかのように振舞う街の人々に腹を立てていた。

 目の前で繰り広げられている馬鹿騒ぎを前にして苛立ちを抑えることが出来ない元の村人より幾分冷静になっていた私も、この先の自分の運命に抗う術を見つけようとあちらこちらに目をやってはいたものの、目の前をめまぐるしく動く人の波に翻弄され、何も収穫は得られないでいた。

 捕虜達の周りでは、奴隷商人達によって繰り広げられる取引がすでに開始され、息つく暇さえないくらい、まるで嵐の海に立った大波が押し寄せ、また引いていくように、何も考えられないくらいの速さで時間と、周りの人々が私の前を通り過ぎていくようだった。

 気がつけば、私はひとり取り残されていた。かつての仲間達はそれぞれに奴隷として、新しい主人の元へ連れて行かされた。私はこのときになって初めて自分の母親を目で探した。しかし、時すでに遅く、母はもう私の前から姿を消していた。ただひとつの望みは、母がこの街のどこかにいるかもしれないと言うことのみだった。いや、もしかしたら森の中に逃げて無事なのかもしれない。自分自身の心を落ち着かせようと、必死で良いことだけを考えようとしていた。

「お前はいい腕を持ってる。城の兵士として働いてもらう。ただし、一番の下っ端だがな。」

私はどうやら、自分を捕らえた得体の知れない、底知れぬ力を持つこの将軍に力を買われたようだ。この、何を企んでいるのかさえ見えない不敵な笑みの意味を、私は直感で感じ取った。この時点では選択の余地はない。断ることなど到底出来ないことだとわかっていた。もし、将軍についていくことを拒んだとしたら、その場で即、殺されていただろう。母の身を案じ、それぞれに奴隷として連れていかれた他の仲間達の身を案じればこそ、この憎むべき将軍についていくしかないことは充分承知していた。


 しぶしぶ将軍の後についていくと、まず城の城主である王の前に連れていかれ、無理やりひざまずかされ、王に忠誠を誓わされた。そして忠誠の証として、手の平にナイフを当てられ、握らされ、滴った血を献上しなければいけなかった。キースの血を採り、それを羊皮紙に垂らす。血が滴った羊皮紙に無理やりサインをさせられる。それを王が受け取る。これがこの地での(騎士としてではなく、奴隷としての)忠誠の誓いの儀式だった。


 どうやら私は、この城の傭兵として雇われたらしい。「雇われた」とは名ばかりで、実際は奴隷なのだが。この日から私は、この城に前からいるいけ好かない連中(ほとんどが兵士だったが)に足蹴にされ、ぼろ雑巾のように扱われ、終始汚い言葉でなじられる生活が始まった。食事の時間の数分だけは、自由になれることが唯一の安らぎだった。が、城の中には常に人が大勢控えており、将軍からの通達なのか、常に監視されていた。その監視の目を潜り抜けてでも、最愛の母であるアルダの行った先と、大切な授かり物である我が剣グラムリングを探すことが私の密かな使命となった。


 ある日、食事の時間にふと、中庭から城下町が見えることに気がついた。この城下町のどこかを探せば母は見つかるかもしれない。いや、母でなくとも、かつての仲間の安否をも知ることが出来るかもしれない。遠くを眺めればどこまでも続く砂漠が広がっており、空を見上げれば昼には照りつける太陽とその傍をゆったりと流れる雲を、夜には優しい光の月と満天の星が、まるで私を慰めてくれているかのように感じ、それだけでも少し気持ちが楽になるのがわかった。食事の時間の数分だけ、時々私は自分の気持ちを静めるために中庭に出るようになっていた。ただ、中庭に出る時間を作れば、その日その時間に食事を取る時間などなくなってしまうのだが、冷静な気持ちを取り戻すためにも、そして自分の心を整理する意味でも、この時間はキースにとって欠かせない、つかの間の憩いの時間となっていた。


 城下町には、自分と同じように奴隷として引き取られた仲間がいる。ただ漠然とそう感じることで、毎日、毎時間なじられ、足蹴にされ、汚い言葉を吐きかけられ、時には唾をもかけられるような日常に耐える力を与えられたような気がした。思い返せば私は生まれてこの方、心無い人々に足蹴にされながら育ってきた。時には足腰立てないくらいに打ちのめされ、それでも、傍にいてくれたガラドや母、スノウに元気付けられながら今まで生きてこれた。あの時は今が最悪の時だと思っていたが、それがちょっとだけ悪くなっただけだ。そう自分に言い聞かせるかのように、中庭に出てはぼうっとした時間を出来るだけ取るようにしていた。


城の兵士達に足蹴にされ弄ばれるだけの日常は、うんざりするくらい長い月日、私に捕りついた。与えられた仕事の量は多く、その日一日いっぱいかけても終わらないほどの仕事を何個も与えられ、休む間も与えられない。少しでも手を休めようものなら、意地悪な城人共に雨霰がごとく鞭を振るわれ、何も物事を考えられずただ与えられた仕事をこなすのみの毎日が続き、思考も閉ざされたまま、ただ時間だけが目の前を漠然と通り過ぎるだけだった。


 ある時、ひとつの事件が起きた。周りの傭兵達の話を聞きかじったところでは、どうやら奴隷のひとりが兵士に対してなにか粗相をしたらしいとのことだった。こんな事件は日常茶飯事で、毎日どこかで仲間の誰かが処刑されている。今の私は手も足も出せず、仕事の波に飲まれすぎてまるで自分には関係のない事柄のようにも思われ、いつものように黙々と仕事をこなしていただけだった。手足は痺れ、あれこれ考えることも許されず、腰も折れ曲がり、背中に受けた無数の鞭傷が疼く。今までに体験したこともないほど、私は疲れきっていた。


 意識が朦朧とし、目の前が暗くなりつつある時、私の目の前にひとりの男がやってきた。いやらしい意地悪な冷たい声で、わざと周りに聞こえるように大声で叫んだ。

「奴隷が兵士に逆らった!こいつの生みの親らしいぞ!ひゃっははははっ!!」

 生みの親と聞いて、私は突然、真っ暗な闇の中に一条の光の矢が突如として降ってきたかのような衝撃を受けた。私の母がなんだって?ここ数日、ただ闇の中を彷徨っていただけの私にとって、脳内覚醒を起こすほどの衝撃だった。

 意地悪な城人達は、楽しい宴が始まる前のように、浮き足立って不心得者を見物しようと、城下町の一番広い、比較的整った敷石が敷き詰められた大通りに押し寄せた。私は周りの城人の波に流されるように大通りにふらふらと辿り着いた。体は連日の責め苦で力はなかったが、重たい瞼の奥から必死に真実を見極めようと、目玉だけで罪人を探した。そして見つけた。あの男が言った通り、哀れな母親アルダに間違いないとわかった途端、私の意識は遠のき、その場で崩れ落ちた。目の前にはただ闇が広がるばかりだった。

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