第二章 第五話 長の死
キース「作者が、自分のホムペにあげたやつを修正するのに、かなり苦労してるみたいだぜ。なにも考えずにアップするからだよ。ふう」
スノウ「え?そんなにひどかったのか?俺、ぜんぜん気が付かなかったよ」
キース「・・・読者がみんなお前みたいなやつだったら、きっと作者も楽だろうな・・・」
作者「・・・・」
私達は疲れを知らぬ者のように、逸る気持ちを押さえて帰路についた。手にした薬草を見る暇もなく、ただただ太陽が沈む様子だけを見て走っていた。時間が無い。焦りと疲れのために、動かしている足が途中で縺れ、転びそうになりながらも2人は必死で走った。日はすでに地平線すれすれの場所にあった。
流れる汗が目の中に入り、ろくに前も見えない。体は火照り、思うように動かない。しかし村で待つ人々の事を思い浮かべながらただひたすらに走った。走っても走っても村は見える気配もなく、このままでは間に合いそうに無い。そんな事を頭の片隅で思い浮かべてもなお、2人は止まる事をしなかった。
私は自分の頬に冷たい物が伝っているのを無意識に感じた。それは涙なのか汗なのか、自分でも考えることも出来ぬほどに私は疲れ果てていた。そしてまだ見えぬほど遠くにある村で、いまだ苦しんでいる人々のことを走馬灯のように思い起こしながら、疲れた足を引き摺るように走った。いや、実際にはもう走ることなど出来ていなかったのかもしれない。私は無意識に同じようによたよたと走っているスノウの腕を掴んでいた。その時初めて私達は立ち止まった。そしてスノウの腕を掴んだまま、私は目を瞑り、空に向って叫んだ。まるでなにかに摂りつかれたかのように。
『お願いだ!間に合わせてくれ!村に急がなければいけない!』
その瞬間、この願いを目に見えぬ誰かが聞き届けたかのように、強い風が2人を取り囲んだ。あまりの強風のため体が飛ばされるのではないかと思うほどの凄まじい強い風だったにも関わらず、私達の居る場所はなぜか平静そのものだった。風だけが、私達の廻りで旋回しているかのようだった。
ふたりの行く手を阻むかのような強風はほんの数秒で、私達の頭の上に上るかのように吹き流れ、空の彼方に消えて行った。私達はまたすぐに走り始めた。日はすでにその体の半分を地平線の下に落としてしまっていた。再び私の胸に焦りが蘇ってきた。体はすでに言う事を聞かず、休ませろと言わんばかりに動く事を拒否していた。意識だけが体を動かしているかのように感じた。
ほんの数分走っただけで目の前に村の明かりが見えた。私は安堵した。安堵と同時に、体がまた以前の気力を取り戻したように言う事を聞くようになったように思え、それから村までの距離は、たった今村から出た若者のように晴れ晴れとした気分で走り抜けることが出来た。
村の入り口に着くと、村人が一斉に私達の到着を喜んでくれた。私はすぐさま村人に炉と鍋と薪の用意を言付け、ガランの家に向った。
ガランは驚きのあまり、椅子から落ちそうになりながらも、涙を流して私達を出迎えてくれた。私はガランに薬草を見せて言った。
「これが幻の薬草だそうです。」
ガランは嬉しそうに、そして大事そうに私の手の上の薬草に触り、私の手を包み込むようにして私の手の上に顔を埋めて感謝の気持ちを述べていた。
「この薬草は、聞くところによると日が没すると萎れてしまい、薬草としての役割を果たさずに枯れてしまうそうです。今、村の者に炉と鍋の準備をお願いしました。すぐに煎じなければなりません。」
私がそう伝えると、ガランは面を上げて私を見た。その顔は期待に胸弾ませているようであった。
「すべては貴方様におすがりするしかありません。どうか村の者達をお助けくだされ。」
ガランが私にそう告げると同時に、村人がガランの家の前まで来て炉の準備が出来たことを告げた。私達はガランの家を出、炉に行き、薬草を煎じ始めた。山の上の竜に教えてもらった事を思い浮かべた。
『まずは弱火で一晩じっくり煮こむ。その後に完全に冷ます。その間、鍋の中に入っている薬草には絶対に手を触れてはならぬ。完全に冷めたら薬草を取り出し、天火に干して乾かし、完全に草が乾いたらまた一晩煮る。これを3日繰り返す。単純だが根気の要る作業だ。途中で水が蒸発して、水かさが少なくなったとしても、絶対に水を後から足してはならない。』
山の上で聞いた言葉が脳裏で再現された。注意深く火を強くしすぎないよう、焦げ付かぬようにかき混ぜながら煮た。最初の一晩は私が煮たが、村人が代わる代わる私の傍に来ては、私の作業を眺め、手伝い、私を休ませてくれた。村についてから今までずっと私とスノウは休む暇もなくあちらこちらと行ったり来たりし、まだ病気にかかっていない村人達に用事を頼んだりと忙しく動き回っていた。村までの道のりを走り通した疲れや息切れを癒す時間を、ここで初めて親切な村人達から貰った。その時間を利用し、私たち二人は揃って村を出た。ガラドに報告をするため、自分達の村へ帰ろうとしたのだ。私とスノウは再び走り出した。
森の中の自分の仲間のいる村へようやく帰って来た。私はすぐさま、長の居るテントに行った。ガラドは憔悴し切っており、意識も絶え絶えに、ようやく息をしているように見えた。
私が傍に寄るとガラドは私に笑いかけてくれた。まるで私のしてきた事すべてを解っているかのような、私を誇らしく思っているかのような微笑だった。
「長。もうしばらくの辛抱です。もう少しで薬が出来あがるんです。」
そこまで言うと私はその先の言葉が出なくなってしまった。言いたい、伝えたい事は沢山あるのに、胸が詰まってしまい、言葉に出せなかったのだ。頑健で無骨だったが優しい、たくましい長だったが、今は病のせいでやせ衰え、骨と皮だけの姿に変わり果てていた。私の目の奥が熱くなり、瞼を押さえようとした時、後ろに居たスノウが慰めるかのように私の背をポンと軽く叩いた。スノウのその行動が私の意識を覚醒させてくれたかのように、なぜか肩がふっと軽くなった気がして、病床にいるガラドにやっと笑顔を向けることが出来た。私はガラドに一礼し、母の元に向った。
久しぶりとも思える我が家は、何故か懐かしい空気が辺りを充満している気がした。母は元気だった。母が唯一気兼ねせずに居られた友人のマーサは砂漠越えの長く苦しい旅の間に力尽きた。大半の仲間を失ったが、母は以前と変わらず元気だった。口が利けぬ代わりに、きめ細やかな気遣いと優しい態度で皆に接していたため、今では廻りからとても親切にされる事が多くなったようだった。手痛い裏切りを受けた男達は皆気のやさしい者ばかりで、自分にとっても友人と思える者が多かったせいもあろう。ガラドの事以外では、今現在この村の住民を悩ませる要因は無かった。
母の元気そうな顔を見て安心し、再びガラドのテントへ向かう途中、マキシムが不安そうに私を見つめていた。マキシムは私の手を取り、無事に村に帰って来れた事を喜んでくれた。だが、まだ薬は完成していない。完成するまでは本当の意味での安心は出来ないと、改めて思い知らされるようだった。
すでに夜の冷たい風が吹き、空には幾つもの星が瞬いていた。今日は村に残ると言うスノウに別れを告げ、再び母の居るテントに戻り母にキスをすると、薬の様子を見にガランの村に戻った。
村は静かだった。まるで人が一人も居ないかのように。しかし、皆は安心したせいか、夜が更けてきたせいか、各々の家に帰りゆっくりと久しぶりの安堵の床についていた。ただ、私を休ませるためにと、薬草が入った鍋の番をしてくれた村人以外は。
村人はすでに夢現になり、船を漕いでいた。すっかり夜も更け、月が明るく周囲を照らしていた。私は薬番をしてくれた村人を起こし交代すると、床へと誘った。それからは私が、ひきつづき煮立たせないよう細心の注意を払い、朝まで薬を煮続けた。
夜が明け、スノウが眠そうな目を擦りながら私の傍へ来た。交代するというのだ。私はそのありがたい言葉を素直に受けることにした。スノウと交代する前、少し話しをした。スノウは、山からの帰り道の事で不信に思っていることがあるというのだ。
「最初は思い違いかとも思って言わなかったんだが、昨日一晩考えてもやっぱり腑に落ちなくてね。おかしいと思わないか?行きには、途中で休憩したけど、この村から一日半かけて歩いてようやく山についたんだぜ。帰りはどう考えたってとても日没までに村に戻れるような時間はなかったと思う。それなのに、風が吹いた途端に村が見えた。それでもしやと思ったんだが、もしかして俺達は風にこの村の近くまで『運ばれて』来たんじゃないのか?」
このスノウの問いかけに、私はなにも答えられなかった。山の上の青年が言った言葉が胸をよぎる。『風の精』・・・・一体あの青年はなぜそんな言葉を口にしたのか。私と何の関係があると言うのだろう。そんなことを考えながら、薬草を持って帰ってきてから始めて私は自分のベッドに横になった。精神的にも肉体的にもすでに限界を超えており、長く眠るつもりはなくとも、瞼がついに重くなり、深い闇の中に意識が落ちていくのを感じた。
山の上の青年に言われた工程がすべて終わるまではとてもとても長く感じた。たった三日のことなのに、まるで一年煮続けるのではないかと思わせるほど長く感じた。その間にも、村人は次々と死んでいくのを見なければいけなかったのがさらにが辛かった。もう少し持ちこたえてくれれば・・・もう少し早く薬が出来あがってくれれば・・・焦りと憤りを押さえきれなかった。
「あと少しで、貴方様の苦労も実る時が来るようですな。」
ガランが私に話しかけてきた。まるで私の感じている焦りや憤りを知っているかのように、敬意を表したような眼差しだった。
このときになってようやく私は忘れていたことのひとつを思い出した。山へ行く前に渡された剣グラムリングのことだ。青年の姿の竜が『その昔神が人間に託した』ものと言った。それが本当ならば、これはこの村の宝物のはずだ。私は自分の腰にある重くそして立派な剣を恭しく取り出し、汚れを出来る限り取り除いてガランに手渡した。
「いやいや、それは貴方様に差し上げましょうぞ。この老いぼれが持っているより、わしらが出来ないと思っておったことを成し遂げ、今まさに村の救世主となろうとしているお方に使っていただけるほうが剣にとっても誉れと言えましょう。」
そう言うとガランは再び剣を私に差し出した。この数日の間しか使っていなかったが、なぜか愛着と言うか、離れ難い存在になりつつあった剣だ、私にとっても有難い申し出であることに違いはなかった。ガランの真剣な眼差しを見つめ、なにか決心したかのように、私は深々と礼をしてまた元の鞘に剣を収めた。
ようやく薬が出来あがる日がきた。村人も、そしてマキシムも、皆が鍋の中を覗いていた。薬はあれだけの期間延々と煮続けたのに、不思議と濁ることが無く、透き通ったコバルトブルーの液体になっていた。日没まで煮続け、その後完全に冷めるまで待てばいいのだ。砂漠に程近い土地とはいえ、夕方から夜にかけては急激に冷える。せいぜい小半時も待てば薬は完全に冷めるだろう。村人達も私達も期待に胸が膨らんだ。
日没になり、ようやく火から鍋を下ろした。これからしばらくは今までのように薬の番をしなくてもいいだろう。私にもスノウにも急激に安堵が襲って、同時に眠くなってきた。村人達に促され、私達は薬の鍋に蓋をし、村の一室で静かに眠った。
ようやく薬が出来上がった。この薬を病に冒されている人々すべてに一さじづつ与えていく。薬は太陽の下でキラキラと光って見えた。マキシムの勧めでガランの村人達に先に薬を与えていくことにした私は始めにガランの家の地下で苦しんでいる人々に与えた。すぐに効き目が現れるのか、そうでないのかは解らないが、とにかく今、病気を治すかもしれない薬はこれしかない。私は騙されたかもしれないという漠然と浮かんだ疑いの念をすぐさま断ち切り、次々と村人達に薬を与えていった。山の上で出会った青年の言葉がまた新たに思い起こされた。
「この薬は出来上がってから半日しか持たぬ。この世界の空気が汚れ、薬草の効果が薄れてきているためだ。大勢の人間に与えるなら手早く仕事をこなすしかないぞ。」
半日しか持たない貴重な薬。コバルトブルー色で太陽に当れば七色に輝き、すくった時の質感はドロドロとしているようにもサラサラしているようにも感じられる不思議なものだった。あれほどの長い時間火にかけ煮ていたにも関わらず、薬草の破片などはひとつも見つからなかった。そして焦げ付きなども見当たらなかった。私がガラドの村へ行っている間に番をしてくれた村人に再び感謝の念が湧き上がるのを感じた。
病に伏せっていた村人は、最初の印象よりも多いように感じた。重い鍋を担ぎ、あちらこちらと転々とし、村人達に薬を与えていく。一さじづつ、苦しそうに寝ている人や、ほぼ意識がない状態の人の口を無理やりこじ開け、薬を一滴残さず流していく。スノウと一緒の作業だったが、大変な重労働であった。
約半数の村人に薬を与えた時点で、すでに太陽が傾いていた。夕日が完全に沈むまでにすべての病人に薬を与えないといけない。焦りと疲れを感じながらも、私たちは病人をなんとか救いたいという想いだけで動いていた。
太陽が真っ赤に染まり始めた頃、ようやく村人全員に薬を与え終わり、その足でガラドの待つ自分の村へ大急ぎで戻った。薬はすでに底をつき始めていた。だが、後一人分くらいなら残っている。これでガラドを病魔から救えるのだ。
森の中にある自分の村。その一室でガラドが薬を待っていた。ガラドのテントへ入ると、ガラドが寝ている場所のすぐ脇の床に誰かが倒れていた。マキシムだった。
「いったい、どうしたのです?マキシム殿」
返事がない。私は背筋が凍る程の緊張を覚えた。ガラドが相変わらずの苦しそうな息をしながらも懸命な表情で私に言った。
「どうやらマキシム殿も病魔に冒されたようだ。キース、は、早くマキシム殿に薬を・・・」
「しかし長!薬は後一人分しか残っておりませぬ!あなたの分が・・・」
ガラドは床の中で弱弱しく首を横に振りながら言った。
「キース。マキシム殿は本国に戻って頂かなければならぬお方。そして国の未来を託さねばならない大事なお方。ここでこの方を亡くすことは何があってもあってはならぬことなのだ・・・。さあ・・・・早く・・・薬を・・・!!」
私は迷っていた。マキシムが本国で重要な地位を占めている人物なのは解っている。しかしガラドは自分が幼い頃から慕っており、いわば父親のような存在なのだ。どうにかして二人ともを助けたいが、無常にも薬は一人分しか残っていないのだ。
「キース!!そろそろ夕日が沈む。早く薬を!」
スノウの言葉でいきなり現実に引き戻され、私はガラドのいいつけ通り、マキシムに薬を与えた。匙いっぱいにはすくわず、ちょっと少なめにした。ガラドに少しでも薬を飲んでもらえば、きっとよくなる。根拠のない祈りだけの気持ちであえてそうした。
ガラドに向き直り、鍋に残っている薬を一生懸命すくい取ったが、匙の半分にも満たないほどの量しか残っていなかった。鍋の縁にこびりついている薬を必死にかき集めた。やっとの思いでかき集めた匙半分程度の量の薬をガラドの口元に持っていこうとした。私は是が非でも残りの薬をガラドに飲んで貰いたかった。しかしガラドは再び首を横に振った。
「わしの役目はもう終わっとる。それよりあの子に薬を与えてやりなさい。」
ガラドが指す方向を見ると、ぐったりと横たわった幼い子供が母親に抱かれていた。その子の眼は見開かれてはいたが、正面を見ているのか、それとも見えていないのかさえ定かではない眼をしていた。子供を抱えた母親は目に涙を浮かべながら切なそうに、しかし気丈にガラドに向かって言った。
「そんな、滅相もないことです。長、どうか残りの薬を飲んで良くなってくださいませ。私達のことはお気になさらず・・・・。」
ガラドは私やスノウの顔をゆっくりと見、匙の中身を見て静かに微笑みながら、再び重そうな口を開いた。
「大人一人分はもう残っておらぬ。わしが飲んでも効かぬじゃろう。それより、まだ未来のある子供に与えるがいい。」
言い聞かせるかのようににこやかにそう言うと、長は突然床から這い出し、よろよろと立ち上がり、私の持っていた匙を持ち、子供に薬を含ませた。
「ああ・・・なんということ・・・」
子供の母親は信じられないと言った表情でガラドを見た。母親はその場で顔を両手に埋め、号泣してしまった。ガラドは毅然とした態度で母親を見、病魔に冒されているのが嘘のように、以前と変わらぬ程の気力でその場に居合わせた全員に聞こえるほどの大きな声でゆっくり言った。
「わしはこの子と共にある。いいな。」
言い終わるとガラドの体は地面に崩れ落ちた。周りの見物していた者達すべてが悲痛な叫び声をあげた。倒れたガラドの体を私とスノウ二人がかりで床へ運んだ。
ガラドは最後の力のすべてを振り絞ってまで、子供に薬を与えたのだろう。とても荒く、しかしとても弱く浅い息遣いで意識はもうないに等しいほど弱り果てていた。
太陽が完全に沈み、辺りが暗闇に満たされる頃、再び長の意識が戻った。そして私に村人を再び集めさせると、弱弱しく、周りに居たものでさえも聞き取りにくいほどのか細い声でゆっくりゆっくりと話し始めた。
「よいか・・・わしは・・・もう・・・長くは・・・無い。わしの・・・後継者はここにいるキースとする・・・村の・・・伝統に則り・・・みなで・・・新しい長を・・・助けてあげてくれ。」
集まった村の者すべてがみな喝采をあげようとした。だが次の瞬間、ガラドは床に倒れ、そのまま動かなくなった。新しい長の誕生の喜びと同時に、偉大な村長であったガラドを亡くした悲しみが村全体を包んだ。外には眩しいくらいの星空であるにも関わらず、一同の心は淀んでいた。誰も見てはいなかったが、その時テントの上で一筋の流れ星が空を駆け抜けて行った。
次の日、ガラドの体は焼かれて骨だけになった。ガランの村で起こった疫病を復活させないためだ。私や私の母アルダ、そしてスノウや、ガラドの身近な人物はもちろんのこと、長を尊敬していたすべての村人は、それぞれガラドの骨を守り袋に入れて大事に持ち歩いた。自分の命よりも、幼い命を助けた偉大なる長ガラドは、こうして村人達の心の中で生き続けたのだった。