満足な人生
「都市の外には何があるの?」
「石の床がどこまでも続いている」
「他の都市に行ったことある?」
「一度ある。ここと大差なかったよ」
「つまらないね」
「それは思う」
「昔の人は、もっと楽しく生活してたのかな」
「みたいだ」
「あんたが今まで一番楽しかったことって何?」
「昔の、俺が子供の頃の話だ」
「聞きたい」
「俺には好きな人がいた」
「え、きもっ」
「この話はよそう」
「ごめんごめん。ガキみたいに拗ねないでよ」
「その子は、お前と同じで普通の女の子だった」
「わたし普通かな」
「対して俺はスラムの子だった」
「え、あんたスラム出身なの」
「そうだ」
「へえ」
「お前はスラムの人をどう思う」
「どうって……」
「正直に言ってくれていい」
「汚くてゴミ漁って食べる人」
「ありきたりな偏見だな」
「だって仕方ないじゃん」
「ああ、仕方ない。そしてその通りだ」
「そうなんだ」
「彼らは仕事をまともにもらえない。だから、ほとんどの人は街のゴミを収集しながら、使えそうなジャンクを漁っては、それをリサイクルセンターに売って生活している」
「ゴミの収集て、スラムの人がしてたんだ」
「そうだ。俺も普通の人達と変わりなく見られたかったから、街に出られるゴミ収集を仕事として選んだ」
「その生活のなかで、女の子に惚れたんだね」
「彼女は美しかった」
「ふっ。あ、ごめん続けて」
「彼女は偏見なんて気にしない子だった。汚い俺と毎日のように話をしてくれた」
「それでそれで」
「日を追うごとに、ますます惚れた。俺は純潔で高貴な人間を目指していたから、本当に彼女に憧れたんだ」
「ほお」
「でもフラれたよ」
「急にフラれたね」
「そう、急にフラれた。ただ好みではないと、実に情けない結果だ」
「あれ、楽しい話じゃないじゃん」
「楽しかったよ。ああ楽しかった」
「楽しかったならいいんじゃない」
「そう言ってくれたよあいつも」
「あいつて?」
「前に会った意地の悪い警官を覚えているだろう」
「あ、金くれた人」
「どんな印象だ」
「まあいいじゃん。本当の事だし助かったよ」
「あいつは実はいい奴なんだ。乱暴だけれど正義感があって優しい」
「うん。いい友達じゃん」
「そう、それから友達になろうと言われて、気が付けば友達になっていた」
「いいなあ。あたしの友達なんてろくでもないよ」
「お前がグレた元凶か」
「グレてねーよ」
「ごめん」
「でも当たり。筋金入りの悪だよ」
「そんなに悪い奴とどうして友達になった」
「向こうから誘われて」
「なら、俺と同じで友達作りが下手というわけだ」
「そこ一緒にされたくないけど言い返せないな」
「ところで、お前には楽しかった思い出は何かないのか」
「んー、それならこの前かな」
「いつだ」
「ほら、資料館に連れてってもらった日」
「楽しかったなら良かった」
「わたし、いろんな本を閉館まで読んでたんだけど」
「閉館までいたのか」
「うん。つい夢中になってね」
「何に興味を持った」
「あのね、特に自然だね」
「自然か」
「わたしもあんな自然が見てみたい。可愛い花を摘んだり鳥の歌を聞いたりなんて素敵」
「女の子らしくていいと思うぞ」
「馬鹿にしてるよね。ね、ね、ね」
「いいや。馬鹿になんてしない」
「本当かなー」
「前にも話したろう。将来、必ず見られると」
「生きてて草や木しか見たことないよ。そりゃ花もちょっとばかし咲くけど、そういうんじゃなくてさ」
「小さな愛らしい花だろう」
「そうそう」
「お前、もしかして穏やかに暮らしたいのか」
「それもある。嫌なこと忘れて、のーんびりと生きたい」
「それならこの世界でもきっと出来るだろう」
「無理だよ。わたしはもう取り返しつかない」
「それでもいいんだ」
「良くないでしょう」
「仕事を見つけて、友達を作って、新しい人生を始めればいい」
「そんなことしたって過去は変わんないよ」
「だから、未来を楽しいものにしよう」
「……ちょっとだけ元気でたかも」
「俺が、いつか下層都市から花の種を見つけて持ち帰る。そしたら、お前だけの花壇を作ろうじゃないか」
「おじさん、今日はお喋りですね」
「楽しいんだ。悪いか」
「ううん。わたしも楽しいよ、ありがとう」