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怪物と人間

彼は日頃から疑問に思っていた。

なぜ、技術が引き継がれることがほとんどなかったのか。


とある雑居ビルの一室に印刷機が破損した状態で放置されている。

これは現在、政府だけが持つ特別な機械だ。

政府は隠し事をするだけでなく技術を独占している。

それが人類を衰えさせている一番の理由だと彼は考えていた。

一般人に与えられる技術は主に部品生産になる。

それを組み立てるのは決まって国所有の工場だけだ。


どうしてここまで制約する必要があるのだろうか。

彼はそれを探る為に工場跡地へと訪れたことがあった。


今日また訪れてみたが変わりない。

ここも公園同様に資源回収がなされ、やはり何も残ってやしない。

それだけでなく工場は建物自体、半分ほど壊されている。

彼はそこをさっさと通り抜けて、また雑居ビルの密集する地域へと進んだ。


 下層都市へ降りる手段として最も簡単なのがエレベーターという箱である。

とは言え、問題があってそれを一般人が使うことは通常あり得ない。

エレベーターは政府がカメラという機材を用いて徹底的に監視と管理を行っている。

ビルの入り口に大きく書かれた注意勧告を無視して、なおかつ無断で使用するようなことがあれば囚われて二度と檻から出られないと、彼は知り合いの警察官から聞いた。


だが、彼は政府の管理下にないエレベーターを見つけていた。

それは現在はなき財閥の隠し財産で、探索中に偶然に見つけたものだった。

警戒しながら利用しているが、トラブルにあったことは今のところはない。


それを利用して、彼は第三下層都市へと降り立った。


ビルから出る前、息を殺して耳を澄ます。

ここからは怪物がいる。

正体も数も分からない怪物が確かにいるのだ。


以前、彼はここで毛むくじゃらの怪物と遭遇した。

当時はエレベーターに逃げ込むことで難を逃れたが、彼は今、ここから探索に出る気でいる。


警戒して、足元に転がるコンクリート片を闇に向かって投げてみる。

懐中電灯の明かりをそれに合わせる。

もし、怪物の姿が光をよぎればすぐに逃げるつもりだ。


……静かだ。

彼はいよいよ意を決して闇へと一歩踏み出した。


それからビルに沿って移動をゆっくりと続ける。

周囲を見渡せば、この階のビルには電飾付きの看板が多く見られた。

ということはこの時代、人類はまだ前向きに生きていたのだろうか。


そんなことを考えていると、映画館という見慣れない案内を見つけた。

天井までは達していない建物から見て、重要性の高いビルではなさそうだ。

ところがどうも映画館というものが気になる。


彼は中へと進入した。


一階は左右に飲食店を構えていた。

部品だけでも国は高く買い取る。

彼はまず、右にある飲食店へと進入した。


真っ直ぐに厨房を目指す。

ここでも念のため物音を立てずに慎重に移動する。


ゆっくりと扉を半分開けて中を確認する。

生き物の気配はない。

それと運のいいことに色々と残されているようだった。


食器は高くないうえに邪魔になる。

なのでそれには目もくれず、彼は調理機材の品定めを丁寧に始めた。

しばらく漁っては品定めを繰り返して奥に行き当たったところで、ぎょっとするものを見つけた。


骨だ。


それも人ではない何かの骨だ。

それが山のように積まれてある。


彼の心臓が音を立てて激しく警告する。

ここには何かいた。


彼は身を屈めて慌てて店を出た。

その向かいを明かりが照らした時、光が桃色の小さな生物を照らした。

積み上げられたテーブルに囲まれてそれはいた。


あれは巣で、中にいるのは怪物の赤ん坊だ。

そうすぐに察しがついた。

なぜさっき気付かなかったのか。

続けて彼の頭の中で非常識な考えが浮かぶ。

あれを連れて戻れないだろうか。

いやだめだ。

すぐにその考えを振り払って、彼は冷静に行動することを決めた。


そして、ビルの入り口へと明かりを向けた。

そこには親らしきものがいた。


心臓がぎゅっと萎縮して息が詰まりそうになった。

目だけを動かして敵を素早く観察する。


毛のない顔にある目は潰れていて耳が小さい、口は細長く伸びている。

また、人の身長を超える巨体は全身植物に覆われていた。

そいつは二本足で前屈みに立ち、荒く呼吸している。

小さくも鋭い牙が涎で光沢を帯びている。


彼は動けなかった。

懐中電灯の光が怪物の顔と体を交互に照らす。


突然、ピクリと反応した怪物がこちらへと駆け寄ってきた。

彼の震える足は反射的に振り向いて走り出した。

目の前には二つに分かれた階段、その右を駆け上がる。

低い唸り声と激しい呼吸が背中を追ってくる。

彼は二階へと到達すると奥にある大きな扉の向こうへ飛び込んだ。


室内には座席が扇状にびっしりと並んでいた。

ここは劇場らしい。

とにかく座席の間へ急いで身を隠す。

怪物は座席を軽く飛び越えて、その先にある舞台の上に着地した。


懐中電灯の明かりには気付いていない。

目は良くないが、その分、鼻と耳が利くらしい。

呼吸を落ち着かせて冷静に考えるよう努める。


座席から僅かに顔を出して、怪物を明かりで照らす。

ここにいることは把握したようだ。

ジッとこちらを向いて鼻を小刻みに上下させて正確な居場所を探っている。


彼は上着の内ポケットからハンドガンを取り出した。

怪物はその物音を瞬時に拾い、それと同時に跳躍した。


驚いた彼は座席の間にうつ伏せに倒れた。

その背中にあるリュックに細長い口が食らいつく。

乱暴に引き上げて振り回し、彼の体は宙に浮いた。

もがいてあがいて解放された彼の体は飛んで、座席に叩きつけられた。

怪物はリュックが食べ物でないと知って、それを壁に向かって吐き捨てた。


直後、怪物の顔とハンドガンの銃口が互いに向き合う。

手の震えを抑えるために力いっぱい握って、しっかりと怪物に狙いを定めた。

ありったけ発砲する。

空気を切り裂く鋭い音が劇場に響き渡った。

なんとか怪物の顔に数発命中したようだ。

怪物は内側に曲がる爪で顔を執拗に掻きむしる。

低い唸り声を上げながらのたうち回って、やがて絶命した。


彼は怪物が絶命してからもしばらく動けなかった。

恐怖のついでにジンジンと体が痛んだ。


やっと体が動くようになって、彼は劇場を出た。

ボロボロになったリュックを背負って、重い体を引きずるようにして一階に降りる。

怪物の赤ん坊を見遣ると心が殺せと囁いた。

しかし彼は、その声に首を振ってそのまま怪物の巣から脱出した。


 安心はまだ出来ない。

彼は自分を包む闇がいつも以上に恐ろしく感じた。

今この瞬間、闇の中から怪物が襲い掛かってきてもおかしくないのだ。

ここは余りにも危険すぎる。


彼はいつもと違って懐中電灯であちらこちらを乱暴に照らして回った。

安全だと納得するまで懐中電灯を振り回し続けた。


と、その向こうで大きな闇を照らした。


なんだあれは?


彼は右を向いてその方へ歩き出した。

少し落ち着いたのか体を圧迫する重みは軽くなった。

それは気持ちも同じで、彼はまた好奇心に取りつかれてどんどんと進んだ。


先には大きな穴があった。

道路を寸断するほどの大穴だ。

中を覗いて見ると、階下のビルの一部を抉っていた。

天井が斜めに崩落していて、どうやらそこから下に降りることが出来そうだ。


彼は左手にある路地裏を抜けて、それから角を右に曲がって穴の向こう側へと移動した。

そして、階下のビルへと崩落した天井を滑り降りた。


 第四下層都市。

前人未到の階層だ。


そこでさっそく、見慣れない機械を発見した。

四角い箱形で黒いガラスがついている。

その前には文字のならんだパネルがあった。

それがデスクの上にズラリと並んでいた。


部屋の中を明かりが一巡すると、資料も多く残されていることが分かった。

それを一つ一つ確認すると、ここは政府の行政機関だったと判明した。

残念なことに資料のほとんどが数字で埋め尽くされていたわけだが、苦労して宝を見つけることはまあ出来た。


彼はリュックに文字の付いたパネルと持ち運べそうな機材をいくつか選んで仕舞った。

それから乾いた喉をペットボトルの水で癒した。

グッと半分ほど飲み干して、さらに缶詰を四つ平らげた。

今日のメニューは魚肉と青野菜と果物が二つ。

満足した彼は生を実感して仰向けに寝転がった。


また、闇だ。

それにここは息苦しい。


彼は段々と嫌な心持ちになってきて、今日のところは帰ることに決めた。

そうしてヘトヘトになりながら地上に帰り着いたらもうすっかり夜だった。


廃墟の入り口を守る老婆もスラムの住人も見えない。

物静かで切ない雰囲気と冷えた空気が彼の疲れた体をさらに苛める。


彼は人気のない道をひとり歩いて所有するビルへと戻った。

鍵はしっかりと閉じられていた。


それが今夜は少し寂しく感じた。

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