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第7話 その眼を僕は知っている。

8.

「チッ、だりぃなァーあ...」


脱色された生気のない白髪、体調も気分も優れないといったふうの顔つき、言葉通りけだるそうに着崩された制服。目は虚ろに、時おり、ただ身の回りを睥睨(へいげい)するのみ。

...その全てには、明確な威嚇の意味が込められてた。

よく見ると両耳には以前の隼人からは想像もつかないような金のピアスも開けられている。

一応言っておくが、全て校則違反だ。

...流石に身長までは変わらず、僕より少し高いくらいか。


すでにこの時点で、僕は自分の中のある種の予感に気付いていた。

スケイルの様子、隼人の変貌。

隔ー...。


「あ、隼人だ」


幸一は不思議なほど自然に、まるで友だちみたいに隼人にかけよる。


「今日来るのか...」「ちょっと。話しかけちゃダメ」「近寄るなよ...」「何されるか分かんないぞ...」


ざわざわざわ、言葉の波紋は瞬く間に広がっていく。

凡庸な生徒たちが住まう静寂な池の中へ、不躾にも大きな岩が投げ込まれたような...本人を前にしてこのタイミングで、噂が陰口へ変わる。


そして否応無く全ての視線は彼ら二人に収束するー...クラスの全員が、隼人と幸一の一挙手一投足に注目する。

一触即発、誰もがこれを頭に浮かべた。

しかし隼人は我関せずといったふうに窓際の自分の席へ着席する。その風貌、存在感はいかにも近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

気がつけば幸一は隼人に話しかけている、加えて身振り手振りで自己アピール中。おい、やめろって。


僕の予感は信憑性を増していく。


今の隼人に勝るとも劣らない並々ならぬ空気を纏いつつも、いままで沈黙に徹していたスケイルが、ついにその無気味な口の造形を歪ませた。


『おい』

『あいつは隔に侵食されている』


ー...あいつって?

本当は見当がついていた。

それでもスケイルに問いかけた、僕は何かを期待していたのかもしれない。


『あの隅の席に座っている、まさに不良風の男だ。...なんだ、知り合いか?』


「ああ。...まあ」「...幼馴染だよ」


なんとなく。

なんとなく、それを明言することが憚れた。

...僕にとって隼人は腫れ物だったのかもしれない。


『なら適役だな。行け』


まばらな人の群れの中から、隼人の様子を横目に見る。

現時点で誰かに危害を加えるつもりはなさそうだが、はちゃめちゃな態度の幸一に最早苛立ちを隠せない様子だ。


「...行かないと、どうなる?」


『あの不良が死んで、俺が少し困ることになるな。まァオレが困るのは嫌だから、あいつの存在だけを消して何とか丸く収める手も無いではないが、それは少し労力が要る』


"死んで"、"消して"と、簡単に言う。

話の内容に比べてスケイルの声には抑揚がない、平坦そのものだ。

...それもそのはず。

対象が誰であれ、こいつにとってはあずかり知らぬことなのだろう、ましてや異種族だ。

しかし僕にとってはそうではない。縁遠いとはいえ、過去の話であったとしても、長谷川隼人は幼馴染みである。

色々事情はあるけれど。

少なくとも今、僕は隼人を見殺しには出来ない。


逡巡、選択、...決意。

僕はほんの少しの間隙ののち、拳を握る。


「...わかった」


僕は隼人を、出来れば......助けたい。


...しかし。

そう思ったものの、何をすればよいのか全くわからない。

そもそもこの黒色の言う"裁く"という行為自体が謎である。それに伴うスケイルの存在、何か重大な秘密を抱えているんじゃー......。

...謎が憶測を呼び、深みへ嵌りそうになる。


...仕方ない。

何をすればよいのかスケイルに訊くことにする、本当に癪ではあるが。


するとこの真っ黒黒ん坊は待ってましたとばかりに、無遠慮にまくし立てる。


『ハハハァッ、"裁く"方法はとても簡単だ。要は隔がもたらした欲望の形...詰まる所、被憑依者にとって不相応な幸福、成果をぶち壊すこと』


『それをどうするか聞いてる?...そうだな。

そのためにまず、オレがD・ロードっつう異空間を展開する。これはオレが自由に動き回ることの出来る空間と考えてくれればいい。

それからお前は対象と何らかの決闘をする、行き過ぎた幸福をぶち壊す為のな』


『人間のいう偏差値とやらは知らないが、少しばかり頭の良くて捻くれてそうなお前ならもう分かっただろう。方法は一つ、お前がその決闘に勝利することだ』


『条件は、相手に"負けた"と思わせること』


『なに、隔のことは気にするな。そいつと直接の対決をするのはオレの役目だ。だがあくまでオレは凶暴化した隔を引きつけるに過ぎず、お前が被憑依者に勝利しない限りこちらに勝ちはない』


そして価値はない、と。

そう言ってスケイルは微かに...口角をつり上げた...?


思い出したように、スケイルはこうも付け加えた。

幸福は行き過ぎるとその意味を失う。まるでいつも誰かに言い聞かせているように、言い慣れた口調で。


『以上だ。質問は受け付けない』


...おい。

控えめに言って死ね、質問をさせろ。初見の人がわからないだろ。


......。仕方ない、か。一応僕は理解した。

ならば。

(ちょいちょい)、と。

僕は幸一へハンドサインを出す。

これにはいくつかの種類があって、今出したのは"こっちへ来い"。共通のハンドサインを持っていることは僕と幸一の唯一と言っていい特別なところだ。

...どうやら無事に伝わったようで、幸一は指示通り適当に会話を切り上げ上機嫌(に見える)でこっちへ向かってくる。


「直樹、事件は現場で起きてるんだっ!」


「...わーけがわからん」


「隼人がなんか、ヤバそうなことになってるぞ!」


わかってる、だからお前を呼んだんだ...と、うっかり口に出しそうになり、寸前で口ごもる。

こいつのことだからどうせそういうことに首を突っ込みたがるんだろうけど...。正直、シラを切り通せる自信がない。

まぁ仮に聞かれたとしても...話すつもりは無いのだけれど。


「...幸一、頼みがある」


「へ、...直樹が俺に頼み!?珍しいこともあるもんだぁ」


「そういうのに付き合ってられない、聞いてくれ。今から少しの間、合図を出すまで僕と会話しているフリをして欲しい。その間僕が独り言を言うかもしれないけれど、うまく合わせてくれるか?」


「ふーん。何か面白いことでもあったのかなぁ?あー、好きな女の子とか!」

「...うーん。えっ...と。まぁ、おっけー」


「頼む。...が、...え?...理由は聞かないのか?」


やってしまった。

僕としたことが、予想外の返事に迂闊にも声が出てしまった...。さっき確認したばかりなのに。

スケイルとの契約上、これって他人に喋ってもいい事だったかな...

...いや、ダメに決まってる。


「あのさ...いや、なんでもなくて」


「 ...あはは、聞かないよ。だって直樹がその顔してるときって、聞いても教えてくんないじゃん。あと、本当に真剣なときとか」


「ま、俺に手伝えることがあるなら言ってよ」


「な...っ」


顔に出てた...のか?まさか。

普通な僕と違って、幸一はときどきこういうことがある。異様に頭がキレるときがあるというか、嘘と本当の境界が見えなくなるときがあるというか。

それより今こそ顔が赤くなっているのかもしれない...深呼吸、すぅ。


...にしても、隼人の欲とは。

それによって手に入れた幸福とは...何だろう。

今の隼人は昔と違い、欲しい物は大抵その力、団体の権力で手に入れられるはずだ。

そもそも欲とは、何かが満たされていないと感じた時に発生するもののはず。隼人の場合は...?


......そんなハズがない、よく考えろ。


『なぁ...直樹。その隼人とやらの最近の行動は?

例えば自己顕示欲が原因の場合は、自分を不特定多数の人間に認めさせようとする行動をとり始める、ぞ』


...何を分かったようなことを。

胸の中で何か、黒い水溜りのようなものがバシャバシャと音を立てる。

恐怖、違う。後ろめたさ...違う!


リセットリセットリセット。

...。


教室を見渡す、周りの生徒はすでに隼人が来る前の雰囲気に戻りつつあった。

隼人は相変わらず自分の椅子に腰掛けている。窓の外、どこか遠くを見つめているようだ。


特に最近の隼人の目立つ行動といえば、市内の高校生不良集団を支配下に置いたことだ。

それから、そういう不良集団過激派の連中の行動で、何らかの事件があったことくらい。

くらい、なんて言葉で済まされることではないかもしれないが。

...こういった類の情報は、本来公に出回らない。しかも、直接の原因でない隼人まで停学になるくらいだから、その連中はよほど派手に暴れたんだろう。


団体を倒して...支配下に。

力を得て、従える。


納得はしていなかった。

しかしこの場ではどうしても、こう思いたかったのだ。


「支配欲...かなぁ。...そうだ、間違いない」

僕は、自分を納得させるように呟く。


『支配欲か。それならそいつの支配力を支える、その根源となるもので決闘することだな。いわゆる、得意分野ってやつだ』


「得意分野...。今の隼人は......喧嘩?」


喧嘩。

殴り合い、蹴り合い、暴力の振るい合い...。

少なくとも、かつての隼人から連想できる単語ではなかった。


『...まぁ、いいだろう。それじゃあ直樹、あの不良と喧嘩しろ。不良漫画的に言えばタイマンだな』


余計なことを口走った自分を恨む。

色んな意味で。

今は見る影もないが、僕はもともと人より運動が得意な方だったのだ...ほんの少しだけれど。昔はそれを鼻にかけて僕と幸一、隼人の3人で色んなところにイタズラをしに走り回って...今は思い出すべきじゃない。


しかし当時の隼人ならまだしも、現在のそれには到底敵わないだろう。


握り締めていた拳が少し緩む。

...諦め...?

それとも、安堵。

そこへすかさずゴボウの化物みたいなスケイルが口を挟む。


『心配するな。D・ロード空間内では決闘に関する条件の全てが平等になる。身体能力や、運命収束値も。

...しかし一つ、勘違いするな?

今こうやって懇切丁寧に説明をしてやってはいるが、お前に選択権は無いハズだ』


...分かっている、全部。

だとするとこの勝負、単純な経験値の問題じゃないか。片や喧嘩上等の現役不良、片や何の取り柄も無い帰宅部。はじめから勝負は決まって...


『...おい、直樹』


ー...!

視線を感じる。

隼人が、こちらを見ていた。

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