第6話 これを第1話だとするならば
7.
翌日、通学路にて。
それはカラカラの猛暑日だった。
季節は初夏真っ只中。
住宅街を足早に突き抜け、僕、佐藤直樹は学校へ向かう。
足元では干からびたミミズ、カエル、トカゲの路上干物セールを実施中だ。
まさに今上空で晴れの神様が自らの祭典を行っているかのように、分け隔てない灼熱で生きとし生けるもの全てに試練を与えているらしい。
そのせいでとてつもなく暑い、足が重い...学校までが遠い。疲れているのか、憑かれているのか。
そのどれもはきっと、こいつのせいに違いない。
「...僕、目立ちたくないんだけど」
真っ黒なゴボウの怪物ことスケイルへ、今日の天気とは対象な冷たい視線をぶっ突き刺す。
この黒色は契約以来、僕に付きまとうようになったのだ。しつこくしつこく。...風呂とトイレだけは何とか阻止したが。
『なんだ...思春期ってやつかァ?40そこらのおっさんなら、風呂トイレ覗かれたくらいでなんとも思わねェだろォ?』
「誰と比べている、どこと比べている、お前は何を知っている。僕は16歳だ、...思春期は関係ない」
第一僕にとって、プライベートエリアに長時間他人がいること自体が物凄く不快なのだ。
ましてやそこにいるのは得体の知れない生物...かもわからない謎の怪物。
周りからの好奇の視線は逃れられないだろう。
こいつがヤバそうな化物じゃなきゃ、とっくに殺処分してる。
まぁ、それが僕にとって好印象な何かであれば話は別だ。むしろその何かを好奇の目から庇いたくもなるだろう。
ふむ。...いや、こいつの場合は身長190センチオーバー、黙っていても周囲に異質なオーラを撒き散らすからどうやっても無理か。死んでくれ。
『言っておくが、オレ様に死の概念はぬァい。存在するか、存在していなかったか、だ。それにもっと、丁重にもてなす事だな、...直樹くん?』
偽りなく本心から言わせてもらうとすれば、僕はこいつのことが大嫌いだ。
理由を上げればキリがないが...今日の調子と合わせて四重苦となろう。
『贅沢言ってんじゃねェぞ、こら。それに何回も言うが、オレは普通の人間には見えねェからよ。そういう心配は無用だ』
僕の方こそ何回も言うが、信用ならないんだよ。仮に姿が見えなくともガス製造工場の排気ガスみたいな、ドス黒い煙が渦巻いてそうだ。
「それに一つ言わせてもらうが、お前は何故似合いもしないフォーマルを着ている...どこから入手したんだ?」
そう。このときのスケイルは出会ったときの肉体か服装の区別がつかない身なりと一変して市販品のようなフォーマルなのだ、しかもブラックスーツと来た。...誰かを殺るつもりか?
『いやァまぁ...ははァっ!色々あんのよ、オレ様にも。勿論お前の命を頂戴しようってんじゃないから...安心しろ?』
もしかしてこれ、服だけ浮いてんじゃないだろうな...。
皮の張り付いた骸骨みたいな不気味ヅラで笑顔を捻り出すゴボウのお化け。子どもが見たら一生のトラウマだ。
「...はぁ」
こいつの変化はこれだけじゃない。
出会ったときからの無造作ヘアーをオールバック無造作ヘアーにイメージチェンジ(あまり変わらない)、ワンポイントアクセサリーのつもりか、この黒色マッキーの持つ大きな左手の中指には銀の指輪がはめられている。...それは挑発と捉えていいんだな?
はっきり言ってこれらの装飾も心底気持ちが悪い。
上から白、黒、黒、黒。
カラーリングは違えど、海外映画の"グリーン・マスク"みたいだ、不気味で危険な感じ。
嫌いな理由を1つあげるとすれば、こういうところだ。こいつだけが何かを知っていて、僕に対しては何をするか見当がつかない。
あと、人間を見下す態度とか、多分、相当ナルシストな性格とか......ああ、一つじゃ収まらなかった。
何でこいつと契約したんだ。そうだ、勢いか。
...違うな、普通から抜け出すためだ。
しかし常に軽快な某グリーンと異なり真っ黒なスケイルの足音はやけに重苦しく、それでいてゆったりとした貧乏揺すりみたいに一定のリズムを刻んでいるようだった。
何故そんなに緊張しているんだ...と、言葉を飲み込む。
これ以上話を長続きさせたくなかったために自重したのだ。
なんて愚痴ばかり考えているうちに、学校へ到着した。
校門、下駄箱、階段、階段、廊下。
僕が教室に入ると、やはりそこは平凡を体現したような喧騒だった。
煩さの中に、何もない。
...しかし、今日は少しだけ様子が違うのか?
すると真っ先に僕の元へ、ある男子生徒が駆け寄ってきた。ぴょんぴょこと。
「やっほー直助。今日も元気だねーっ!昨日俺の勧めたゴボウ料理をたらふく食べたからかな?」
「...元気に見えるとしたらお前は近いうちにレーシックを受けた方が良いと見える、それに僕は直樹。ついでに言うと昨日お前に勧められたのは夏バテ対策のうな重だ」
足裏バネ男幸一。
もとい、鈴木幸一。
僕の幼馴染みであり、白と黒が混合した頭髪が特徴的だ。
今日も爽やかポップなオーラが全開で、話しかけたられた僕にも視線が集まる。...やめろ、近寄るな。
とはいえ僕は僻みという感情を強くは持ち合わせていないので、この幸一というスペシャルな人物と自分を比較して負の感情を抱いたりはしない。
むしろ最近では何故こんな僕と付き合いを続けているのかと、疑問を感じずにはいられない。
「っおい直樹!聞いたかよ!?...ていうか聞いてんのかよ!」
何も聞いていない。
寧ろ僕はお前が何を聞いたことを僕に聞きたいのかを聞きたいところだ、この意味をすぐに正しく理解できた人には普通の僕から拍手を送ろう。
なんて適当なことを思ったが、何ならこのフリに対して「聞いた聞いた、全部聞いた」と返すこともやぶさかではない。
「...ごめん直樹、無視しないで?」
「...何だよ幸一。朝からテンションが高いぞ」
僕の隣で漬物石のモノマネをしている黒曜石のせいで今非常に機嫌が悪いのだ。
...というか、あれ?
僕って、こいつと同じクラスだっけ。
「まあまあ聞けって。...あの隼人が停学復帰すんだってよ!」
...隼人。停学復帰。
いやに聞き覚えのある...いや、普通に知り合いだった。...知り合い。
フルネーム、長谷川隼人。
隼人は幸一と同様の幼馴染みで、昔はよく、僕、幸一、隼人の3人で遊んだものだ。
これもきっかけは親同士のよしみである。
「ああ、隼人が...。」
記憶にある限り、隼人は以前まで物静かでありふれた男子生徒だった。
だった、というと...まぁ、今はそうでないということになるが。
実際、今の隼人は普通ではない。
...端的に言うと、いわゆる不良だ。しかも、とびっきりの。
ー...あれは数ヶ月前のこと。
うちの学校の生徒が他校の不良連中4.5人に絡まれて、金品を要求される事件があった。
言い方は古いが、カツアゲに遭った生徒の話といえる。結果的に被害者となるのはカツアゲを未遂した不良連中なのだが。
その事件の主犯...といえばおかしいかもしれないけれど、そいつらに目をつけられたのが隼人であり、その事件の顛末として、その不良連中合わせて計30箇所以上の骨折、4.5人全てを半年以上の病院送りにしたのも...隼人である。
その後隼人は不良のコミュニティに興味を持ったらしく、たった一人で瞬く間に勢力を広げ、地元の不良集団を残らず掌握する巨大勢力・巨大権力に成り上がった...らしい。
その不良集団、中には過激な連中もいるらしく、停学もそういう関係が原因と聞いている。
僕に対して、友だちがそういう団体に属することをよしとする白状なやつと思われるかもしれないが、そういう団体と関わる以前に...隼人がまだおとなしかった頃から僕とは疎遠になってしまっていたのだ。
元来、僕はおとなしく自己主張をあまりしない隼人とは馬が合わなかったというのもあるが。
...これこそ白状というやつか。
「あー、幸一。お前最近隼人と話したり...した?」
「...いやぁ?なんか、隼人の方が構ってくんなくなっちゃってさ。寂しいもんだよ」
対して幸一は持ち前の温厚で柔和な性格もあり、最近まで隼人との関係は良好だったようだ。
しかしその関係も隼人がそういう団体に入ったあたりからは一方通行になってしまったみたいだけれど。
「全く隼人ってば、今頃何やってんだろうね。意外と家でゲーム三昧だったりしてー...
ガラッ!ガラガラッバンッ!
荒々しく、不意に、教室の扉が開いた。
ー...瞬間、教室の温度が下がるのを感じた。渦中の人物が教室へ入ってきたのである。...隼人だ。