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第4話 デッドorアライブ

5.

ビルの屋上に降りしきる雨の中、僕は黒の怪物に選択を迫られた。

怪物の言い分を聞くかどうか...僕が道を踏み外すかどうかの選択肢を、僕は怪物の意向に沿って許容した。


そして怪物の言い分によると、人間には隔という怪物がついていて、人間の欲望や行動によって暴走することがあり、暴走した隔の被憑依者は最終的に悲惨な末路を迎えるという...多分そういう話だったはずだ。

信じられるか、そんな厨二設定。


しかしそれでも、現状をもって状況証拠がそろいつつあったのだ。

もし、その隔とやらがこの黒の怪物で、僕が被憑依者だとすれば...。


先の怪物の言葉

..."どの選択肢を選ぼうト、オマエはオレに出遭った時点で既に損をシている。ここからは、納得するかどうかの問題だ"。


僕の結末は、想像に難くない。

さっきは気圧されたけれど、僕の何か、恐ろしいものが秤にかかっているのだとすれば話は別だ。


「...おい、聞けよ怪物」


両膝が盛大に笑い転げていた。

カッコ良さげな呼びかけに反して、このとき僕はどんな顔をしていたか...なんて言うまでもないだろう。思い出したくもない。


『ァ"ア"ん?なんだァ......直樹ィ』


「一つだけ」


僕の真意が伝わったのか、こいつの気まぐれか。言葉を発した瞬間に遮られる事はなく。


『ホゥ...』


目に力を込める。もしもこいつが暴走した隔であれば、僕は本気でこの場から逃れなければならないだろう。少しでもその素振りを見せたのであれば、躊躇いなく動くつもりだ。得体の知れない拷問にかけられるくらいなら...

もう一度、ここから飛び降りてでも。


「お前は、僕の隔なのか?」


『...何ィ?』


怪物はさっきまで見せていた不気味な得意顔を取りやめて、それこそ神妙な面持ちに切り替える。


『ひひ...フフフヒヒヒ...』


それから...堪えきれない様子で噴き出した。


『ははは!アハハハ!!』


『ひィハハハハハハハハ!!!』

『アーっハッハッハッハァー!!』


本当のマヌケを見た、心の底から面白いと言わんばかりの笑い方。


『...ダからかァ?だからそんなァ、子犬みたいに震えてたのか〜!?...傑作?傑作だなこりゃァ〜!!』

『ヒぃ〜〜!!腹は無いけど腹がよじれる〜!』


怪物は存在しない腹部分を押さえるようにして剥き出しの背骨をよじる。


『はァあ...。オレ様が隔なんてありふれた量産型機関に見えたってのか?それでビビってガクブルしてたってわけかァ?』


「...それじゃあ、どうなんだよ」


これだけ馬鹿にされて、本気で堪忍袋の尾が切れそうだったのだけれど、今は命以上のモノがかかっている。


『直樹、オレが何に見える?』


質問に質問で返すなよ、話が進まないだろ。


「...怪物だよ。黒い怪物」


『怪物、か。フム...そうだ。オレは怪物だ』


こいつは何を言っている、自分の姿を鏡で見たことが無いのか。...見たことが無いのか?


『いいだろう、先にオレ様の自己紹介をしてやろう。光栄に思エ?オレの名前を聞いて1年も生きたやつは居ないからな』


じゃあやめようか、後が怖いし。

...まぁ、聞かなきゃ始まらないんだろうけど。


『オレ様の名は"スケイル"。名前が意味すルのは天秤だ。公平に公正に。後世を公正に更正するために構成された、運命を裁判する組織の一員だな。その組織の名を"ナルフェア"という』


所謂、運命の裁判員ってやつだろうか。...公務員。

それにしては顔や見た目が悪魔的過ぎるんだよ、それはこいつ...スケイルに限った話なのか。他の組員が存在するのか、そもそもそんな組織が実在するのか...甚だ疑問ではあるけれど。


『オレの仕事はさっき言ったような、暴走した隔をブチ殺すこトだ。それがいわゆる、"裁き"に値すル。まァ、ディスティニー・ハンター及びバランサーってところか』


おい、ブチ殺すって言ったぞ。

バランサーどころか...実はこいつが世に災厄をもたらす側なんじゃないのか。


『しかしオレ様の姿は通常、人間には見えない。触れない。それが何故お前には通用しないのか...見ることも触ることもできたのか。どうだ、直樹?質問の答えを間違ったからって命をとったりしないから、安心して答えろォ?』


こいつ、スケイル...。

今の質問で、完全に僕のことを舐めきってやがるな。

僕は物事をギリギリに行うこと以外に、もっと...格段に嫌いなことがある。

他人に馬鹿にされることだ。


頑張ったって普通から抜け出せないのに、努力したってここにしか居られないのに...そんな僕を馬鹿にするやつは、絶対に許せない。

今の僕を馬鹿にすることは、運命上、これまでの僕を...これからの僕をも馬鹿にすることになるからだ。

まぁ...、それを誰かに話したところで理解されないのがデフォルト、そうでなければ偏屈な怠慢と取られるに違いないだろうが。


「答える前に、お前は今自分で墓穴を掘ったことに気づいていない。お前の質問はこうだ、"通常の人間には存在を知覚されないお前が、何故僕には見ることも触ることもできるのか"」


「この質問...僕がここから飛び降りて居ないのなら、いつ僕がお前に触れたんだ?」


刺した。

この怪物の態度に単純に腹が立ったこともあるけれど、実はこれは非常に大きな質問だ。

何故僕がここにいるか、はじめの質問の答えにもなり得る最大の矛盾点だからだ。


『...ほォゥ。マシなのは顔だけかと思っていたが、わりとキレる頭も持っているのかァ?しかしいい質問だ、説明の手間が省ける』


『オレがはじめに言った、お前がここから飛び降りなかった理由...あれは本当だ。しかし、同時にお前はここから飛び降りたこともある。それは無かったことになってはいるが』


『それは何故か、オレがお前に協力を申し出た理由でもアる。...理由はひとつ。見たところ...お前の運命収束力が、並の人間のそれを遥かに超越した強靭さを持ち合わせているからに他ならない』


『1を基準値として通常の人間が1.5〜0.5であるとするならば、お前は全くの1。基準値そのものなンだ。それも1.005とか0.998なんて極微細(ごくびさい)な誤差すらなく、1.0000000...、宝クジの何千何万倍の確率でそうなっている。あり得ないことにな』


...最早基準値でもなんでもなく、模範になんてなるはずも無く、その値が一番の異常と言えるほどに...と、スケイルは笑いを堪えながら説明する。


「それで...。そうなると、何が凄いんだよ」


運命収束値...とかいう、覚えたての単語について説明されたところで、何がどうなのかさっぱりピンと来ない。寧ろ、このスケイルの態度から重ねて馬鹿にされている印象すら受ける。


『ふハァッ...イヤイヤ、オレは"凄い"なんて一言も言っていない。寧ろ、"限界まで凄くないンだ"』


益々どういうことだ。

サッパリわからん、何かに例えろ。

...こいつが紳士とか宝クジ、輪ゴムなんて言葉を知っていることには少し驚いたが。

多分役柄、人間のことは多少知っているのだろう。


『常識ってあるだろ、常識。例えば、漫画なんかで読むような事が非常識だ。劇的な対立のもと、最大のライバルであり友が生まれル...とか。自己の新天地では必ズ、キラキラオーラを纏った美少女が付きまとう...だとか。これらが特別な日常』


『買い物に出かければ前触れなく不慮の事故に遭ウ。特に理由は無いけれど、何か気怠げだったから人生を踏み外す。誰より努力したところでそこから何のドラマも生まれない。...これが現実だ』


『まァオマエの運命収束値からは、これらの現実すらが適正でないと判断されるのかもしれんガ...オマエの場合、適正で無いと何が起こるのか』


『...全て、無かったことになるンだ。お前にとって不自然な行動は、そのどれもが自然になるよう再試行される。それを知覚した回数は、そう多く無いみたいだがな』


「なっ......?!」


「じゃあ...、僕がこれまで生きてきた人生は全て...その訳のわからない、運命収束値とかいう値によって操作されてたって言うのかよ...!」


おかしいと、思ってたんだ。

身長、体重、成績、友人、家庭...。

そのどれをとっても、異常が一つも見つからない。いや、異常が見つかる方がおかしいのだと思うけれど...それでも。

そのどれもが、余りにも普通すぎる。

全国の平均値を図りとったような体格に、明らかに不自然な調整のもと行われるテスト。

何回か入れ替わりはあったけれど、それでも...友人関係において語りにオチのつく話は見つからず、家庭に関してはゲームの中で選択肢を選んでいるような疎外感すら感じる。

こう...生きている実感がないと言うか。

常に何かに縛られている感じで。


僕は平凡であることを、普通であることを何よりも嫌って来た...ギリギリや馬鹿にされることの何倍も気に病んで来たけれど。

それで中学の頃、大事な友人と疎遠になった事もあった...けれど。


全部、これのせいなのかよ。


『そゥだ、お前は平凡に縛り付けられている。厳密には、隔という出力装置が欠落してィることも大きいが』


『これまでそう言ったことに多く悩まされてきただろウ。さっきみたいに、自殺を試みたこともあったに違イない』


『そこで、だ。...最後の選択肢』


『直樹がオレと契約をすれば、オマエの運命収束値を開放してやる。それで不満なら、オマエの望む...特別な人生を歩むことも保証してやろう』


『条件は、オマエがオレに協力して隔を裁く手伝いをすること。』


『...勿論、協力中に必要な場合は本来の運命収束値を利用させてもらうが...これでどうだ?』


「...っ......!」


......。

...。

得体の知れない怪物が、訳のわからない条件で交渉を持ちかけている。

...しかしこれが本当ならば、僕の人生は間違いなく転機を迎えるに違いない。

僕の嫌った平凡を切り捨て、誰もが夢見た非凡を手に入れる。


急転直下...青天の霹靂...二者択一。

悪魔の契約を連想させるが。

それでもひとつだけ、この場で言えることがある。


『さァ、選べよ。定められた人生をありがたく受け容れるか...それとも。自分の意思で、なんの保証もない特別な人生に切り替えるか』


『今の自分を、殺すかどうか』


ひとつだけ言えることは。


ここから僕は、僕の人生は。

間違いなく変わると言うことだ。

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