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第2話 リライト&フライト

3.

気付けば辺りはとびきりの豪雨で、僕はビルの屋上に立っていた。


夏の夕暮れ。夕立ちの雲も伴って、すでに辺りは真夜中みたいな黒に落ちている。


詳細に言うならば、今の時刻は夕方の6時12分。場所はスーパーや雑貨、エステサロン、レストランなどが複合する"セオ・ナリヤ"という小洒落(こじゃれ)た大型建築物の9階屋上にあたる。

(しかしこの名前を覚える必要はない、もうこれを見る機会は訪れないだろうから)

しかし不思議と周りに人は見当たらなかった。まぁ、この雨のせいだろうけれど。...ここへ繋がるエレベータもしばらく稼働する気配がない。


僕はしばらく、身につけている衣服に水が滴る感覚を確かめてから、ある目的のために動き出した。

大粒の水滴が騒がしく打ちつける厚いコンクリートの上を、屋上の縁に向けて踏み歩く。少なくとも、この上は安全だ。

そのまま歩いて、この床の続く端に設置された網目状の柵に手を掛ける。高さは2メートルほど。

転落防止の目的だろうが、中にはこういう事をするやつもいる。


僕はそのままその柵によじ登り、難なく向こう側へ着地した。


「意外と、簡単だな」


普通の境界を越えるのは。


完全に柵の向こうへ全身を移したのち、後ろで片手にその柵を引っ掴み、身を乗り出して下界を覗き見る。下はコンクリートだろうけど、雨の跳ね返りや陰りでよく見えない。

...そんな中、はじめに目に飛び込んできたのは町で一番高い鉄塔だった。

近々行われる夏祭りに合わせて、その周りの柵にはふんだんに、鉄塔自体にも少しだけ、色とりどりの電飾が散りばめられている。

昔はあの周りや近くの公園なんかでよく、幸一や"あいつ"とも遊んだっけなぁ。近くの家々や道路にも悪戯(いたずら)したりして。

当たり前だけど、何度か見つかって怒られたりしたこともあった。


「そんなの、何が楽しかったんだか...」


当たり前のことをするために享受すべき平凡を受け入れて、皆が通る道を群れになって歩き続ける。そのことに気づいてから...許せるか、そうでないか。


......。


...当たり前で何が悪い?

何も悪くない。ただ僕が、人よりそれを嫌うだけ。


...特別になれるとしたら?

一度や二度、死んでも構わない。

多分、そのどちらも叶わないだろうけれど。特別に死ぬことも、特別になることも。


それは何故?

僕の運命の道は、平凡に縛り付けられているからだ。

何をしても、何をしようとしても、表面的に特別な結果は得られない。

全てが全く平らな値に収束する。


何を試みても、何を夢見ても、与えられるのは突き詰めた平凡のみだったけれど。


...それでもまだ、自殺だけは実行したことが無かったのだ。それを行う意思の有無はさておいて。

僕のつま先から前方には、空虚な闇が広がるだけ。


「...僕はこの境界(うんめい)を超えられる」


平凡から非凡へ。

運命に抗うための手放しを。

降りしきる雨粒を身体に弾きながら、僕はタイタニックの十字のポーズを真似るように両手を広げた。

水滴の衝突を全身に感じながらつま先を揃え、背筋を伸ばす。

目を(つむ)り、体重を前傾に。

5度、10度、15度。


ぐら...ぐらり。


目を瞑っていても、身体が傾く感覚は明瞭に感じられる。

いつの間にか、意識は研ぎ澄まされて。


...体重のほとんどが重心をそれたことで、傾きが加速するのを感じる。


これから死ぬんだ。


あああ。


ああああああ...!!


ああああああああああ!!


ああああああああああああああ!!!

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!


僕の常識が、悲鳴をあげる。


何で何で何で何でこんなことしたんだ!!?

やり直せるやり直せるやり直せるやり直せるやり直せるやり直せるやり直せる!!!



気付けば僕は無理やりに身体を捻って...背後の鉄柵に手を伸ばしていた。僕の本能はあくまで平凡であろうとしているのだ。


この状況、手元には2択。


とぶか...やめるか。

周りの人間に止められる、なんて安易な選択肢は既に取り除かれている。

しかし、まぁ。

何があろうと、普通の僕が選ぶのはもちろん後者なんだろう。


ちょっと憂鬱な日に自殺を試みたけれどやはり普通の僕には実行できなかった...そういう、ぞんざいでありふれた収束を目論んでいるんだろうが。

そんな常識(ふしぜん)、もう懲り懲りなんだよ。


"...選び直さない方が、主人公っぽくね?"

ー...幸一の言葉が頭をよぎる。

まさか、な。


僕は常識を蹴飛ばす。


「止めてみろよ、運命!!」


鉄柵を掴む瞬間。

その寸前に、僕は両足で足場を蹴り飛ばし、跳躍した。


飛んだ。


「ああああぁぁぁぁああああああああああァァァァアアアアァァァァアアアア!!!??!!」


何もわからないままに、がむしゃらに。信じられない速度で降下していく。

嘘だろ。

走馬灯が見えたりドーパミンが放出されたりで恐怖を感じないとか、全くの未体験は体感時間が異常に長いんだとか...そのどれもを微塵も感じられない。


ひゅぅうぅゥウウ!!


「......ッうっ」


......。


...今、地面との距離はどれ位だろうか。

雨は降り止んだのか...?

いや、雨よりも速く落下しているだけなのか?

ここへきて、何故か余裕も出てきたみたいだ。

どころか...なんだ。まるで落ちている感覚が無い、宙に浮いているような気分だ。

...重力は感じる。


『...オイ。いい加減目ェ開けろ、離すぞ』


左脚を...掴まれていた。

僕は確かに、常軌を逸したのかもしれない。


「......っ」


あまりの事態に、僕は言葉を失う。

たとえば窮地に親友が助けに来たとか、かつての宿敵が心変わりして駆けつけたとか、そんな"想像しうる"展開でなかったからだ。


僕は確かにビルの9階屋上から飛び降りていて、紛うことなく"正当な自殺"を試みたハズなのに。


『ここで死ぬには、オマエは不自然過ぎるだろ?』


何よりの不自然は。


①今、僕の目前には恐怖を体現したピエロにも悪魔とも見えるドクロ面の真っ黒な人型の怪物が待ち構えていて、

②その怪物は背中から生える無数の黒い手を翼の要領で用い空中を浮遊している。

③そして僕は落下中、その怪物に脚を掴まれて自殺を阻止された...という事だ。


それに、それに。

こいつは...この怪物は人型であれど、確実にこの世のものじゃない。何故なら上半身の、みぞおちよりも下の肉体が存在しないからだ。

こいつの腹にあたる部分は完全な空白で、その少し上には肋骨のような骨格が。上半身と下半身を繋ぐのは一本の背骨だけで、空白となるヘソよりしたの下半身は完全な断面より下に続いている。


何を言っているかは多分、おそらくこの場では伝わらないのだろうけど...投身なんて正常な事態より、余程マズい場面へ展開したことは言うまでも無いだろう。


夢か、幻覚か...あの世か。

...それじゃあ、此処はどこだ?

薄暗い闇を見渡す。跳躍地点よりも大分地面に近づいただろうか、屋上の鉄柵が遥か頭上に霞んでいるが、まだ致命傷を負える高さ。ビルの階層でいえば約4〜5階分くらい。

耳を澄ませば、激しい雨音に気付かされる。

......間違いなく現実だ。

ここからでも勢いをつけて飛び降りれば、余裕で僕を死に至らしめられるだろう。


目前には謎の怪物。やはり地面はコンクリート、飛び降りれば死ねる。


...。


......。


...この状況。全身全霊で気持ちを落ち着かせて、僕はこう言ったのだ。

簡潔に。端的に。



「た」


「...助けてくれ」

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