12話 僕が認めたお前なら。(終)
13.
校庭では大勢の生徒が遠巻きに僕と隼人を取り囲むように立ち尽くし、その輪の中心にて、僕らは大の字になって寝転がっていた。
僕が隼人に求めたのは、僕が隼人にしたことの詳細な説明。当事者同士で語り明かすには余りにも酷なテーマではあるだろうが。
「...3年前、確かに直樹は俺を断絶した。......あのときのことは鮮明に覚えている」
「いつもの待ち合わせ場所...あの古びた鉄塔の下で。その日も三人でつるんでからいつもと同じ時間に解散しようとしたとき、....直樹が俺を引き留めて言った」
「そのときの言葉は確かー...
"普通の隼人とはもう、友だちで居られない"
「あのときはハッキリ言ってわけがわからなかった」
「小学のはじめに知り合ってからずっと、お前ら2人...直樹と幸一とつるんできた」
「お前らとは多少分かり合えてると思っていたし、お前らも俺のことを理解してくれているんだと思っていた」
「...そんな関係が、そんな理想の形がいつまでも続くものだと思っていたよ」
「なのにお前は、俺が知っているつもりでいたお前は、訳のわからない..."普通だから"なんて理由で俺を断絶した」
「...どうしてなんだ?お前は」
「どうして俺を認めてくれなかったんだ」
......。
...そうだ。
僕の思っていた通り、これが隼人の僕に...あの事件に対する印象。
「それは...」
言わなきゃいけないんだ。
「俺は...俺自身は、ありていに言ってお前らのことをかけがえのない親友だと思っていたし、当然、二人のことは誰よりも認めていたつもりだ」
「いつも俺と幸一を率いて楽しそうに笑っていた直樹の横顔を、いつまでも見られるものだと思っていた」
「なァ...今の俺ならやり直せるのか?こんな力を手に入れて、普通じゃなくなった俺なら」
「痛みを感じられなくなった俺となら、やり直せるのかよ」
今言わなきゃ、一生後悔する。
隼人のためじゃない...自分のために。
「...」
他の誰のせいじゃない。
こうなったのは全部、僕のせいだ。
一人でつまずいて、一人で転んで...取り残された。誰のことも頼りにしなかったし、誰に助けを求めてこなかった。…僕が悪いんだ。
「だから重いんだよ、幸一」
「.......は...?」
「確かに僕は、お前を断絶した。小学から付き合ってきた貴重な友人を、残酷にも拒絶した」
「お前も見たさっきの力。僕はあの頃から、この類の事件に巻き込まれて...運命を平凡に縛り付けられた」
「お前...何を言っているんだ?」
「...そうだよな。こんなこといったって、普通はわかってもらえるはずがない。」
「単純に言うと...こういう事だ。」
「僕はあの頃から、自身の成長が止まったのを感じた。...いや、自分が特別な人間でないことを自覚した」
「それなのに、お前はいつも僕に期待をする。幸一は日々...あの頃あたりからかな、どんどん特別みを帯びていくことに気づいたんだ」
「勿論僕だって、隼人や幸一のことは誰よりも認めていたつもりだ。他人を気遣い、誰よりも僕らを大切に思ってくれていたお前や、いつも飄々とした雰囲気でありながら...僕らの関係が上手くいくように計らってくれていた幸一には感謝しきれないくらいだけれど」
気付けば僕らは、あの頃の風景の中にいた。今僕らを取り囲む状況は関係なくて、ただ真実を確かめるために。
「じゃあなんで...何がいけなかったんだよ!」
「...僕が」
「僕が耐えられなかったんだよ」
「......」
「隼人。お前は僕にとって、特別な人間だった。勿論幸一も、かけがえのない友だちだ」
「そんなお前らとつるんでいるとき、僕は。僕は自分のことを...」
「主人公だと思っていたんだよ」
「自分が中心で、僕がこの世界の主人公だと思っていたんだ。でもそれは間違いだった」
「現実的なことを言えば、差し詰め主役は幸一で隼人がそのパートナー。僕は主人公の友だちAってところか」
「そのことに、その事実に気づいた途端。自分が特別でないことを知らしめられるのが怖くなったんだよ。...これまでの行い全てが、とてつもなく恥ずかしくなったんだ」
「...あのときの言葉、"普通の隼人とは、もう友だちでいられない"。あれは嘘だ」
「誰よりも平凡だったのは僕の方で、誰よりもつまらないのは僕の感情で。あの場の誰にも...僕はこれらを話したことは無かった」
「最後の意地...悪足掻きとでもいうのかな。現実を見せ付けられる前に、隼人が僕に失望するよりも早く、僕は隼人に絶望することに決めたんだ」
「お前は何も悪くないんだよ、全部僕のせいだ」
......言ってしまった。
全てを、打ち明けた。
もともと微塵も隼人の責任では無かったのだけれど。自分を守るために、親友の期待を裏切ったことを白状したのだ。
僕は、友だち失格だ。
「そんなことが...あるかよ...」
「全部、当時の僕の本当の感情だ。重ねて言うなら、僕は今でも...主人公になることを諦めきれていない」
「....お前には、隼人には本当に...」
「ーっ謝んなよ!!自分だけ話して、自分だけ罪を認めて...!それで満足しようとしてんじゃねェぞ!!」
「....ッ」
このことに関して謝らないと決めていたのに。実際に話してみると、罪悪感に押しつぶされて死にそうだ。
早く謝りたい、謝って...済まそうとしている自分がいた。
そんなことをしても現実は揺るぎないはずなのに...独りよがりでどうしようもない僕がいる。
『オイ、だから...時間がねえって言ってるだろ』
どこからかスケイルの声が聞こえる。
時間がない...?
ヒュオオオオオオオォォォオオオ!!!!!
ドグシャっ!!
空気をつんざくような落下音、続いて頭上から隼人に目掛けて、赤黒い影が落ちてきた。
「...かはッ....」
その影にはどう考えたって見覚えがあって...それは現在の隼人そのものだった。
両手には直径20センチくらいの赤のスコップが握られている。今、その先端は深々と隼人の腹部に差し込まれているが。
「は......隼人?」
隔だ。さっき見たとき"これ"は確か、3年前の隼人を模していたハズだけれど...。
「スコップ...タカラモノ埋メタ...』
「鉄塔。堀リニ行コウ、探シニ行コウ』
「...喋った...」
「探シニ、探シニ、探シニ、探シニ..
.サガ死二サガ死二サガ死二逝コウヨ...。ネエ、トモダチダロ?』
「あ"あ"ァ"ァ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ア"ア"ア"!!!?」
グリグリグリグリ、赤黒い怪物の握るスコップが隼人の内部に抉り込まれていく。
「おいッ!やめろよ!!」
僕は慌ててそれを阻止すべく隼人を模した怪物の腕を掴みにかかる。
両腕は僅かに回復していて、すでに骨折は無かったことになっていた...これなら止められる。
「...ナンダヨ。見捨テタクセ二!』
「ぁっ...!あァ"ッ...!?」
しかし、そう上手くはいかなかった。
先に怪物の腕を掴んだ左腕が、怪物の右腕の一振りで切断されたのだ。
『...不味い事態だ。こうなるともう手出しが出来ない』
「なっ...なんで...っ!」
『戦闘は長引けば長引くほど危険度が増す。漫画では主人公らは戦いの中で成長するらしいが...真っ当な現実はそうじゃない』
『戦いの中で、敵も成長するんだ。場合によってはこちらよりもよほど早く』
「ココカナ、ココ二埋メタノカナ?見ツカラナイゾ』
ザクザクザクザクザクザクザクザク!!!
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ア"ア"ア"!!!」
人型の赤黒い隔は、片言の言葉を操りながら隼人の内臓をザクザクと掘り起こす。
隔の赤黒い色が血液の色と同化して、視界に赤が塗り広げられていく。
「くそォッ!!くそッ!!」
『オマエが現実に勝手な妄想を抱いたからだ。登場人物が胸の内を語り明かすことで事件が解決するとか、危険信号が鳴っているにもかかわらず会話中は安全だとか、そんな風に思っていたんじゃないのか』
『そんなことが許されるのは、空想の物語の中だけに過ぎない。自分の犯した罪が完全に赦されることは、現実ではあり得ないことだ』
『オマエのどうしようもない幻想...現実を舐めきった甘さが、今回の事態を招いた』
「.....っっ!!」
こうやってスケイルの話が聞こえている間にも、隼人の身体はスコップで切り刻まれていく。
「くそ、クソ、クソ、クソォ!!」
「僕はお前を.....!!」
片腕を無くした僕はよろめきながらも再度隔に突進する。
『無駄だ、止めろ』
「うるせぇよ!!全部僕のせいなんだよ!僕の!!」
「ーっらァッ!!」
ゴッ!!
手脚は使い物にならない、僕は隔に通算3回目の...全力の頭突きを打つけた。もしも身体に痛みを感じられていたら、この時点でショック死していただろうが。
「ーーッ...ジャマダ。オレラノジャマヲスルナ』
「〜〜〜〜〜ッッ!!!」
ズブッ。
隔はさっきまで隼人を滅多刺しにしていた赤のスコップで、僕の胸部を串刺しにした。正確にはスコップは僕の身体を突き抜けて、隔の腕が胴体を突き抜けている。
隼人は僕の身体の下に横たわり、もう動く気配がない。スコップで腹部を抉られて、今や胴体が二つに裁断されているのだ。
隔の腕が僕の体から抜けて再び隼人を攻撃しないように、僕は右手で隔の腕を掴んで呼びかける。
「ぅぐぐぐぐ!!おい、隼人!起きろ...よっ!おい!!起きろ!!」
...終わりなのか。
こんな、非常識の中で。
僕だけならともかく、隼人まで。
こいつは何も悪く無いのに...あの日、僕が隼人を断絶したせいで。
「おっ...い、...隼人!喧嘩だぞ!?負けてもいいのかよ!?お前はさ...俺なんかよりもずっと...強いハズだろ!!」
こいつは強いやつなのだ。
僕の断絶を受けてもこいつなりの方法で、今日まで自分を貫いてきた。
痛みを忘れても人を気遣い、人に貶されても仕返さず。
そんな隼人が、こんなところで死ぬはずがない。
「僕が...僕が知るお前は...僕が認めるお前は、...こんなところでっ...死ぬようなやつじゃないだろうがァっ!!!」
こんなところで、死ぬはずがない。
僕も隼人も。
「......っ」
隼人が...眼を覚ました。
「......直...樹ィ。...当たり前だろうが...。」
「...俺はこんなやつに、負けたり..
.しねぇ。へへ...お前の知る俺は......もっと強えんだろ」
「隼人っ...」
「...直樹、我慢しろ」
隼人は僕の身体を貫通した隔の腕を掴んでいた。それを思い切り自分の方へ引き寄せて、隔からスコップを取り上げる。
「ぐぐっぁ!!」
「オマエの力なんか、最初っから要らねぇんだよ!!くたばれよ、怪物ッ!!」
ズバァッ!!!
「ーーーーッッ!!』
隼人は隔の持つスコップを取り上げて、思い切り隔の喉元をかききったようだ。速さや力は隔に敵わなくとも、僕の胴体に刺さった腕で動きを制限され、この隔により強化された怪力により一撃に達したのだ。
スコップで切断された部分から隔の形状がゆっくりと崩れていく。
僕の意識も朦朧としながら、隼人の告白を片耳の内に響かせていた。
「直樹...俺も怖かったんだよ。お前にさ、本当に拒絶されているかを確かめることが。俺らの思い出が、偽物になるんじゃないかって」
「お前はこれまで自分勝手なやつだったかもしれない、俺や幸一のことを低く見ていたかもしれない。...それでも、俺や幸一はそんなお前を認めていたんだぜ」
「......」
「って...聞こえてないか」
『ホォウ...まさか、こんな展開になるとはな。ハハァッ、面白いじゃねぇか』
ーーー...。
それから数十分後、僕は学校の保健室で覚醒した。
辺りはもう夕焼けの色に落ちていて、僕の横たわるベッドの脇には"起きたら職員室へ"の置き手紙が目に付いた。
『よォ、直樹。オハヨウさん』
「...スケイル...?」
「......っあ、隼人は!?」
『あの不良ならもう帰ったぜ。今回の件は、とりあえず上手くいったみたいだな』
「上手くいった...?あの状況から、どうやって」
僕の覚えている限り...隼人が隔の持つ武器を取り上げて、隔の喉元を掻き切り退治した...のか?
いや、その前だ...何故隼人はあの時動くことが出来たんだ?
『ハハァッ!あの隔、あの不良の欲望は"承認欲"だったみたいだな。直樹が隼人を認めたときに隔の力が弱まり、与えられたダメージが修繕されたんだろう。まぁ、本当は理屈じゃないのさ...世の中ってのは』
『しかし直樹、この戦いで理解したと思うが、お前の思っている以上に常識は残酷だ。運命収束値を開放させたところで、やはりそれは変わらない』
『それでもよくやった、手間が省けたもんだ』
「......」
『...なんだ、今日の件を経て何か不満でもあるのか?まごう事なく主人公の役割を果たしたはずだろう』
「...いや。なんか」
『...?』
「この感じ、前にもあったかもしれないと思って」
『なんだァ、デジャヴってやつかぁ?それは仕方ねぇだろ。お前の性質上、不自然を修正した中に今回の件みたいなのがあったかもしれん』
また新たな設定が追加された気はするけれど、今はそれを追求する気にはなれない。
「...そうか、じゃあ」
「帰ろう」
『ハハァッ!!呑気なやつだ。まァ、今夜は祝勝会だ!パァ〜っと行こうぜェ』
「行かねぇよ」
『なんだァ?マリッジブルーってやつかァ?』
「なんでそんな単語知ってんだよ、しかも用法違うし。いいから帰るぞ、スケイル」
『ふハァッ!お前、早く帰って妹の様子確認しないとだしなァ?カレシを家に連れ込んでないか...とかァ?』
「お前っ...」
いつの間に、妹のことを知ったんだ。もしも手を出したら何とかして殺す。
...にしても、当分この軽口お化けの事は好きになれそうにない。
まぁまぁ。
後日談というか。
僕の精神が落ち着いてから...今回の件について。
今回の件は正直、僕の中でちゃんとした整理ができていない。気がつくと事件が始まっていて、気がつけば終わっていた。
それでも隼人に本音を話したことは覚えているし、全部僕が悪かったのだとは思う。
大きな物事を経て得たことがあるかといえば特に思い至らないし、特別な体験から何かに目覚めることもない。
それでも...そんな僕でも、今回の件を経てなんだか少しだけ変われたように思う。さっぱりしたというか、淀みが落ちたというか。
僕の唯一のアイデンティティが捻くれた性格だと言うのならば、それは一大事なのだけれど。
とにかく、今回の物語にはここで一旦休符を打つことになる。
次に語るのはあのおバカ副委員長のことかもしれないし、僕の可愛い妹のことかもしれない。
僕としては、それがなるべく楽しい話になれば何よりである。
...なんて。




