第9話 その名を、隼人という。
10.
互いの意向が合致したところで舞台移動、校舎外のグラウンドへと向かう。
カツっ、カツカツっ、カツっ、カツっ...
僕と隼人、二人で並び歩く廊下。
リノリウムの床に、疎な足音が響く。
隔とスケイルも人の輪に入れるとするならば、合わせて四人だろうか。
...スケイルはともかく隔は違うか、見た目的に。
見た目というか、隼人の隔は姿が見えない。普通に見ることのできる隔はまさに怪物というビジュアルであるハズなのだけれど...僕が隼人を被憑依者であると認め渋った原因の一つはこれだ。
隼人からは異質な気配を感じとることができるが、隔自体を見ることは出来ない。
スケイル曰くこういうタイプは珍しくないらしいが、一体どうなっている...?
廊下には騒ぎを聞きつけた野次馬が道を作るように群がっている。塞ぐように、ではない。僕らが通る道の先は、ざざーっと人の群れが割れていく。
これはひとえに隼人への恐怖心からかもしれないが、何か、すごいイタズラをしている気分だ。
......。
こうやって並んで歩いていると、僕はまた思い出す。
...ここまでやったんだ、もしかしたらこのあと冗談でなく死ぬかもしれないし、これだけは聞いておきたい。
「...隼人。憶えてるか?3.4年くらい前まで...僕と隼人、幸一の3人でよくイタズラをして回ったこと」
「全部忘れた」
「......そっか」
「......」「...嘘ついた、全部憶えてる。...あの頃は楽しかったなぁ」
その瞬間だけ、当時に戻ったみたいだった。やっぱり隼人だ。
「...僕も、憶えてるよ。あの頃は細かいことなんて何も考えてなくて。すべてのことに...夢中だった」
「...ああ。あの頃はお互い何も持っていなくて。そう、何も考える必要がなくて...だから...」
「......」
「......」
「......。だからこそ俺は、...今の直樹のことが嫌いだ。恨んでさえいる」
「......そうだよな」
僕は謝らない。
僕が謝ると、何もかもを否定する事になるから。
だから僕は、隼人と喧嘩をするんだ。
このときすでに、僕の怪我は無かったことになっていた。
僕が隼人に...幼馴染みにちょっかいを出して、強めに仕返しをされた...怪我しない程度に打たれたとか。
それくらいの虚構になっているんだろう、実に普通で正当だ。
グラウンド到着。
前日は雨だったけれど、今朝の猛暑で地は乾いた...陸上部やその道の専門家ではないにせよ、見た感じの状態はまあまあというところだ。
グラウンドには僕と隼人の二人を取り囲むように、またしても人の群れが出来ていた。
それもそのはず、この喧嘩の勝者が必然的に、この学校の表向きの権力者の一人となるのだから。
まあ事実関係だけを述べれば、僕が負けてそれが隼人に留まるか、隼人が負けてこれが僕に移るか...という事なのだけれど。
ことが動くのは、隼人が負けた場合のみ。
...勝者がいない?
僕としてこれは...そういう戦いだ。
僕と隼人は向かい合わせに、一定の距離を保ちグラウンドに立つ...その間約10メートル。
隼人が校舎を背に、僕がその隼人を前に位置取った。喧嘩が始まれば、この平地において立ち位置なんて関係無いだろうけど。
それに決闘が始まれば、Dロードの効力で互いの持っている条件は全て平等になる...はず。そうでなくては困る。
「直樹。俺もお前に一つ、言っておくことがある。いや...確認しておくことがある」
「これから俺たちがやるのは...喧嘩、で間違いないな?」
...確認?喧嘩であることを...?
わけがわからない。
自分の有利な方法で間違いがないかを確かめたということか?
しかし、ならばここでもう一度宣言しなければならないだろう。喧嘩で負かさなければ、意味がないのだから。
「ああ、違いない。僕たちがやるのは...喧嘩だ」
「じゃあルールを決めろ。お前は知らないと思うが、俺たちの言う喧嘩はただの殴り合いじゃない。公正な掟の下で、互いの意思を果たし合うことを言う」
...ルール。
互いを縛り、規律を正し、秩序を保つもの。
どんな世界にもそれは存在するということか。無法地帯など...ありはしない。
その線でいけば、スケイルはこの世界のルールを守る側だろうか...わからないけど。
ならばこの、僕を縛っている運命は一体何なんだ。
ルールか?掟か?理か?
僕がなぜ、こんな運命に選ばれた?
僕がなぜ、ありふれた普通に選ばれなかった?
僕はなぜ、...選ぶことを奪われた?
「...言いそびれていたが、それならすでに決めている。ルールは」
「負けたと思った方が負け。その一点だ」
「...偶然だ。もしもルールを決めあぐねているのなら、俺は同じ条件を出すつもりでいた。それで決まり、だ」
「...そうか。じゃあ、始めよう」
喧嘩に明確な合図は無いらしい。僕が了承したところで、隼人が構えに入る。
「お前は初めてだろうから...かかってくるまで待ってやる。先手必勝と言うだろう、来いよ」
「...スケイル、出番だ」
『おーおー。一丁前にタッグ感出しやがって。これから何すんだ...何?喧嘩ァ?初めて聞いたァ〜』
...死ね。こんな大事な場面でトボけてんじゃねぇ、こっちは命かけてんだぞ。
『まぁまぁ、オレなりに和ませてやってんじゃねぇか。お前の実力と比較して、相手は喧嘩において叩き上げのプロみたいなもんだ...下手な考えごと持ち込むとか、少しでもこわばって望むなんて以ての外。最低限全力出せねーと、本気で死ぬぜ?』
お前がその道の人間かは知らないが、僕はズブの素人だ。...全力を出したところで、死なないとは限らないだろう。
僕が隼人を倒せるとすれば、その可能性はビギナーズラック。
いや、ビギナーズテクニックか。
僕はこの分野に関して何も知らない。喧嘩をするつもりで生きているやつとは気質が違うはず。...あくまで偶然に頼ることになるが。
それに本当に身体能力が同じになるのであれば、相手はそれを知らない。向こうやこちらの身体能力が上がるにせよ下がるにせよ、相手は必ず驚くはずだ。
そこで確実に一発を入れる、出来れば致命打を。
負けるとすれば...いや、普通は負けるだろう。ルール上は負けると思った方が負けと定義したけれど、そんなもの実際の状況次第で、喧嘩の次第に相違ない。
しかしスケイル曰く、負ける要素は無いらしい。...その自信はどこから来るのだろうか。
僕が思うにー...
『おい。さっきっからごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃ。余計なこと考えてんじゃねェ。何も考えねーでやりゃあいいんだよ』
煩い、はじめて命をかけるんだぞ。
...何て言うと、こいつはあのことを持ち出すんだろうが。
僕がビルから飛び降りた、昨日の夕暮れのことを。
『...はぁ、悪かったな。じゃあお前。
お前の人生の中で特に何かが上手く行ったとき、何かを考えながら、余計な何かに縛られながら...なんてことはあり得たのか?』
なっ...。
こいつ...自分から謝ることも出来たのか...。
にしても、いくら他人事だからって適当なことを言いやがって。
何も考えずに、なんて馬鹿なー...
馬鹿な。
"僕と幸一、隼人の3人で色んなところにイタズラをしに走り回って..."
"...僕も、憶えてるよ。あの頃は細かいことなんて何も考えてなくて。すべてのことに...夢中だった"
"...ああ。あの頃はお互い何も持っていなくて。そう、細かいことなんて何も考える必要がなくて...だから..."
...スケイル。お前のこと、ゴボウから万年筆に格上げしてやる。
そうだ、何も考えずに。
周りがどうとか、自分がどうとか...関係なく。その場に全力を。
「スケイル...頼む」
準備万端、喧嘩開始だ。




